第3話
その日もいつものように日課となっている雑草を刈り取ったりと山の管理をし、イノシシ用のハコ罠を確認した後、趣味である原木シイタケの様子を確認していると問題が発生した。問題といえば少しばかり大げさではあるが、小雨が降り始めたのだ。
季節は秋。朝の天気予報では一日中晴れであったのでそれほど服を着こんではこず、防水ウェアを着ているとはいえ、体温が下がってしまうことは避けようがない。仕方がないので今日の作業をここで終わらせることにして、いつもより少し早いが帰ることにした。
そこでふと、曾祖父に教わっていた道ではない、いつもと違う道順で帰ろうと思ったのは本当に気まぐれだった。
いつもの道で帰れば曾祖父が整備していたので、少しばかりの高低差があるとはいえ自宅まではほぼ一本道だ。しかし今日通ろうとしている道は、少しばかり遠回りすることにはなるがこの町に一本だけ通る県道の近くに出ることが出来る。
雨によって滑りやすくなった山道を進むことを少しばかり不安に感じたので、多少遠回りになったとしても歩きやすい県道の近くを通って帰ることにしたというわけだ。
依然として小雨が降り続いており、少し足早になりながら山道を進んでいると山肌に大きな穴がぽっかりと開いているのが見えた。
この道を通るのは本当に久しぶりだった。いつの間に開いたのだろうと考えを巡らせるが、答えに辿り着くことはない。もしかしたら今まで見落としていただけで最初から開いていたのかもしれないし、つい最近土砂が崩れ何かのきっかけで開いたのかもしれない。
よせばいいのにとも思ったが、いつもより早く帰路についているため辺りが暗くなるまでにはまだまだ時間に余裕がある。この穴の先がどうなっているのか気になってしまったのだ。
とはいえ用心は必要だろう。普段はリュックの奥にしまっているクマよけのスプレーを取り出して片手で持ち、腰に木を斬るための剣鉈をさす。この辺りでクマの目撃情報はないが、用心のため山に入るときは常に持ち歩いていたものだ。
これにて準備完了。ヘッドライトを点灯し穴の奥へと入っていく。
最初に疑問に思ったことは、穴の中は光源が無いにもかかわらず仄かに周囲が明るかった事だ。とはいえそれだけのことで歩みを止めることは無く、穴の奥へ奥へと慎重に進んでいく。
すると目の前の大きな光源…つまり穴の終着点が見え始めたのだ。つまり俺の探検はそこで終わりを告げたというわけだ。結局のところそれは穴ではなくトンネルであったというわけだ。
あっけなく終わったことで少し残念な気もしたが、危険が無かったことに安堵しつつそのトンネルの終着点を目指す。穴の終着地点がよければ、今後は近道として使うことも出来るかもしれないという期待があったのだ。
しかしトンネルの先、つまり出口にあった光景は俺がこの町に引っ越して以降一度も見たこともないような風景であったのだ。
そう思った一番の原因は、この町の四方は山に囲まれているはずだが、トンネルの先の風景は見渡す限りの平原が続いているという事だ。目を凝らせばようやく、かなり先の方に林?の様な物が見える。この町では林など、少し周りを見渡せばいくらでも目に入るというのにな。
そして次に驚かされたのは平原に生えている草が青々としていることだ。今の季節だと草木は乾燥し茶色に変色しているのが普通であるが、この場所の植物はそうではない。とても瑞々しく、植物の状態だけを見れば秋ではなく春といった方がしっくりとくる。
そうして考え込んでいると、額に汗がにじみ始めた。そこでようやくこの場所の気温がそこそこ高く、今の秋仕様の服装だと暑いということに気が回ったのだ。
ここまで異常が続けば、原因は一つしか浮かばない。
「まさかここは…ダンジョン、なのか…?」
1人でいる時間が長くなったためか、最近増えてしまった独り言をついこぼしてしまう。
しかし『ダンジョン』かもしれない、という思いはあったが確信には至れない原因もある。それはネットなどの情報だと、『ダンジョン』とは洞窟の様な場所を下へ下へと進んでいくものであり、今、目の前にあるような平原が続く『ダンジョン』なんて聞いたことが無かったからだ。
とはいえ約20年前に発生した『ダンジョン』には未知の部分が数多くある。平原が続く『ダンジョン』があってもおかしくは無いという気もしないでもない。
もう少しこの場所を調査して確信を得よう。温暖で過ごしやすい気候であるためか、先ほどまでの緊張感が薄れていく。役所に連絡をするのはその後でもいいかという楽観的な気持ちになっていた。
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