居酒屋探偵 杉田乃巳男（すぎたのみお）の事件簿

酒羅場：その３ オラに少しだけ元気をわけてくれ！

この物語の主人公は、もと刑事であり、いまは私立探偵事務所を営む男、

『杉田乃巳男』　（すぎた　のみお）

彼は、頭脳明晰な手腕によって数々の事件を解決するが、

すぐに犯人を警察に引き渡したりすることはしない。

何故なら、けして許されるべきではない犯罪を犯した犯人に、

あえて、酒の席を提供し、償いを受け入れる心の余裕を与えるからだ。

それこそが、自らが以前に犯した罪への断罪なのか？

それは、わからない。だれにもわからない……

『杉田乃巳男』　（すぎた　のみお）は途方に暮れていた。

彼の探偵事務所の仕事の以来が絶えて3ヶ月が過ぎようとしていた。

不倫調査はおろか、飼い猫の捜索の仕事すら来ない。

サイフの残高は３千円を切っていた。

「ひひ……ひひひ！」

人間追い詰められると変な笑い声が出るようだ。

そして、心臓の動機が高まり、変な脂汗が止まらない。

ひひ……世の中のすべての人間が俺を笑っているようだ！

なぜ、俺以外のみんなすべて順調に金を稼いでいるのだ！？

みんながすべて幸せなのに！　俺だけが不幸なのか！？

「そうだ！　ニーサをやろう！　あれなら確実だ！　政府も言っているッ！」

（※注　確実ではありません）

既に末期状態であることは明白だった。

金に切羽詰った人間のやることと言ったらギャンブルしかない。

だが、ニーサをやる資金が無いのに気付き、バレンタインジャンボ宝クジを買うために公園の前の販売所へと向かった杉田の行動は本末転倒であった。

いけるッ！……いける気がするよ！何だか俺、いける気がするんだ！

今までうまくいかなかったから、次はうまくいくに決まっている！

杉田の脳内はキマッていた。（何でキマっていたかは想像にお任せします）

根拠の無い自信は失敗の始まり。

そんな単純な事さえ、杉田の脳裏にはなかった。いや、浮かばなかったのである。

駅前の公園まで早歩きで向かう。

途中、息切れしたので、タバコを吸おうとした。これも本末転倒である。

しかし、タバコは無い。事務所の灰皿のシケモクをチビチビ吸っていたのだから。

仕方なく、杉田はコンビニに寄って買物をした。

「しまった！　タバコが高いので、ビールを買ってしまった！」

ハイライトは520円と高かったので、ついつい安い缶ビールを買ってしまったのだ。

「ま、仕方ない……ん？　春の限定ビールだと、こりゃ得したな！　わははッ！」

杉田は、まっ昼間からコンビニでビールを買い、店の前の駐車場の縁石に腰を下ろし、他の駐車してある車に乗っている人の蔑んだ目を気にせずに、缶ビールを開けて飲んだ。

「ぷはッ！　あぐっ！　く……クソうめぇぇぇぇッ！！　きひぃッ！！」

思わず放った奇声が、その液体の美味さを物語る。

ひとくち飲んだだけだが、脳内に伝わったアルコール注入回路がフル回転した。

昼間に酒を飲む背徳感と、緊張感の中で味わうアルコールの安堵感。

口元がゆるみ、目先は空を仰ぐ。至高の至福の至上。

そして、ついつい買ってしまったツマミの『さきイカ』！

裂いたイカ。さきイカッ！

「ぐおお！　さきイカうめぇ～ッ！」

たかがコンビニのさきイカと侮ってはいけない。イカだか魚肉の混ぜ物だか何だかわからない物体にほどよく塩っ気と甘味と科学調味料のグルタミン酸ナトリウムが絶妙に配合された珍味。

究極のスタンダード。キングオブツマミ。こればっかりは外せない。

そして、500ml缶のビールは、あっという間に底をついた。

「ゲェプっ！　もうなくなっちまった……クソがッ！」

まてよ……サイフに残った金額は2500円あまり……

宝クジは3千円だが、別にそれを買わなくても、もっと安いスクラッチくじがあるじゃないか。そもそも、宝くじ買ったって発表まで待っていたらニーサに間に合わねぇ。それだったら、スクラッチくじの金額だけ残して、あとは酒買ったって問題ないんじゃないの？

あきらかに問題だらけであった。

だが、現実を逃避することにかけてはピカイチである杉田の思考は既に崩壊していた。缶ビールをもう一本、いいちこの原液の小サイズとペットボトルの緑茶、そしてツマミには、ほぼカニっぽいカニカママヨネーズだ。この組み合わせのリーズナブルさは、他の追従を許さない安さだ。

公園前の宝くじ売り場に着く頃には、杉田は既に泥酔していた。

酒を飲み杉田のだ！（シャレです）

「くっそがぁ～……何がニーサだよ？　高橋真麻かよ？」

宝くじの売店の前で、スクラッチくじの金額を見ると、どうやら1回200円らしい。

サイフの残高は1500円……まだ飲める。

と、その時、杉田の目の前に恐ろしい光景がッ！

いったい何が起きたのか？

それは、わからない。だれにもわからない……　　　　　つづく