協力
気が付くと、私や麗奈ちゃん、一緒に物語の中に取り込まれた二人は中庭に戻ってきていた。本条くんの姿はいつの間にか消えている。
本条くん、ちゃんと元の世界に戻ってきてるかな、と少し心配になる。
「あれ、私……」
麗奈ちゃんが私の方を見る。
「麗奈ちゃん、もう大丈夫だよ」
そう言って、麗奈ちゃんに小声で伝える。
「麗奈ちゃん、伝えるなら今だよ」
それで、麗奈ちゃんは理解してくれたみたい。
彼女は、レジャーシートの上に座っている二人に声をかける。
「二人とも、大丈夫? ケガはない?」
ぼんやりしていた二人の目に、少しずつ光が戻り始める。
「二人とも、急に眠りだすからびっくりしちゃった」
私が言うと、二人が体をびくりとはねさせる。
「え! あれ! 今何時!?」
「部活、部活行かないと!」
「大丈夫、まだお茶会が始まって五分しか経ってないよ」
それは本当だった。物語の世界では、時間が止まっていたみたい。
時とケンカした帽子屋だからなのか、物語の世界は全部そうなのかは、分からないけど。
「麗華ちゃんごめん! 私たち部活に行かなきゃいけないから!」
「ええ、もちろん」
そううなずいてから、麗奈ちゃんは遠慮がちに言った。
「あの」
「うん?」
立ち上がりかけていた二人が動きを止めて麗奈ちゃんを見つめる。
「私……と、友達に、なってくれないかしら……?」
一瞬、私たちを包んでいた空気が止まる。
でも、二人は顔を見合わせた後、麗奈ちゃんに笑いかける。
「なーに言ってるの、麗奈ちゃん。私たち、友達だよ?」
「え……」
麗奈ちゃんが固まる。二人はうなずきあう。
「そっか。授業でグループになる時とか、誘ってなかったからだ」
「なんだ、そんなこと? それじゃ、次から誘うね」
麗奈ちゃんは、突然のことすぎて、口をぱくぱくさせている。
「だって私たち、入学してからずっとこのお茶会に参加してるんだよ? それは、麗奈ちゃんと一緒にいるのが楽しいからだよ」
それじゃ、と言って二人は走って行ってしまった。
「ほら、友達だったでしょ?」
私が言うと、麗奈ちゃんは小さくうなずく。
「確かに、ベンチ組に憧れただけで来てた人もいると思う。でも、入学してから二か月、ずーっと一緒にいてくれた人は、間違いなく友達だよ。よかったね」
これで、麗奈ちゃんが物語の世界に行きたい、あっちの世界で生きたいとは思わなくなるはず。少なくとも、今は。
「ありがとう、文原さん。これからも、これからもどうか、友達でいてね」
そう言うと、麗奈ちゃんは笑った。
「あー。明日、ちゃんとみんなに謝らなくっちゃね。放課後お茶会は、やめにするって」
そう言って、片づけを始める麗奈ちゃん。それを手伝いながら、ほっとため息をついた。
♦♦
麗奈ちゃんと別れて、下校しようとくつ箱に向かっていたら、田中先生とすれ違った。田中先生は中庭を見て、何かを考え込んでいる様子だった。
「……田中先生、どうかしましたか?」
そう声をかけると、田中先生はこちらを振り返って笑った。
「おう、文原。今帰りか」
そして、中庭に視線を戻して言う。
「いや、隣のクラスの町田が、放課後もお茶会をする、なんて言い出したって生徒から聞いてな。話でも聞いてやろうかと思ってたところなんだよ」
「ああ、それなら解決しましたよ」
私の言葉に、先生は首をかしげる。
「彼女は友達を作って、放課後のお茶会は中止するって言ってましたから」
「……そうか」
どこか面白くなさそうな、そんな声だった。
ただすぐに笑顔になると、私に言った。
「どうやらオレの気にしすぎだったようだな。よかったよかった」
そう言って、職員室の方へと歩いていく。
「……結局、俺の力を借りたよな」
後ろから声がして振り返ると、そこには本条くんが立っていた。
「でも、ちゃんと仕事したよ?」
「俺が助けに行かなかったら、まずかったくせに」
本条くんが鼻をならす。
「……ありがとう、助かった」
正直にそう伝える。すると、彼は顔をしかめた。
「急に素直になるなよ、気持ち悪い」
『おいそれじゃ、どうしたらええんや!?』
『結局何を言っても文句を言われるんじゃ、困るよねぇ』
『その性格、本当に直した方がいいですよ、ツカサ』
本条くんの後ろから、ぞろぞろとカンちゃん、姿は見えないけど多分ムギ、そしてブーツさんがやってきた。
『無事にキャラクターの一人を捕まえましたね、おめでとうございます』
ブーツさんが拍手してくれる。
「ブーツさんが本条くんを呼んできてくれたおかげです」
ありがとうございます、と伝えるとブーツさんは、頭をかく。
『ふむ、わたしの相棒は感謝を伝えてくれないので、なんだか新鮮です』
「悪かったな、礼の一つも言わないで!」
本条くんが言い返す。
「あの、本条くん」
「あ?」
「私、確かに本条くんに迷惑かけた。本条くんのジャマをしたと思う」
「そうだな」
「だから、本当なら特別司書官としての仕事を、ここで辞退すべきだと思うんだけど。でも、でもね」
ここで言葉を切って、本条くんの目をしっかりと見た。
「私、この仕事を続けたい。ちゃんとやりとげたい」
「……」
本条くんはだまってしまう。数分後、ようやく彼が言葉を発した。
「……いいんじゃね?」
「え」
「お前が、本気でやりたいって言うんなら俺も止めない。役割分担もできるしな。俺はハサミで切ることはできるけど、吸い込むことはできない。今まではキャラクターを逃がさずに、本のページを切って物語の世界に侵入できたからよかったけど、今回みたいに物語から脱走者が出てしまった時、こっちは対処できない。だから」
「だから?」
「言わせる気かよ……」
イライラした声でそうつぶやくと、本条くんは言った。
「俺と手を組め、文原ありす! 二人でなんとか、全員捕まえるぞ!」
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