帽子屋と、麗奈ちゃん

「終わった……」

 私の言葉に、本条くんは首を横に振る。

「いや、まだ終わっていない。大切な仕事がまだ残ってる」

 そう言って、座り込んだままの麗奈ちゃんに向き直った。

「脱走したキャラクターを捕まえたところで、こいつの心は元に戻ってない。このまま元の世界に戻っても、また別のキャラクターに体を乗っ取られる」

「そんな……」

 麗奈ちゃんは、顔を上げて私をにらんだ。

「どうして、止めたのよ?」

「どうしてって……」

「私は、この世界で永遠にお茶会をし続けることを望んだの。私が望んだことなのにどうしてジャマしたのよ!」

 すごい剣幕でそうまくしたてる麗奈ちゃん。正直言って、彼女と話し続けるのが怖い。

 だけど、話さなくちゃ。話して彼女の思いを聞かないと、ここから彼女と一緒に脱出することはできないんだ。

 このお茶会だけのために作られた世界は、麗奈ちゃんの心そのもの。

 麗奈ちゃんが望み続ける限り、帽子屋を封印したって元の世界には帰ることはできない。

「誰だって、物語の世界、別の世界に行きたいって思うことはある。だけど、もしそれがずーっと、永遠に続くとしても、麗奈ちゃんはそうしたいの?」

「そうよ! 私はそうしたかったわ!」

「永遠だよ? もう二度と学校に通えないし、誰かと一緒におしゃべりすることもできない」

「おしゃべりなら、できるわ! 私が連れて来た人がいるもの!」

 まだお茶会の席に座ったままの、二人の女子生徒の方を振り返って麗奈ちゃんは言う。

 二人の表情はうつろで、とても楽しいお話が出来そうには見えない。

「よく見て、麗奈ちゃん。二人とも、表情がないよ。これじゃ、あいづちは打てても、会話は続かない」

 会話はキャッチボールだ。一人ではできない。誰かが話を初めて、誰かがそれに返事をする。それが続かなければ、会話にならない。

「こんな状態の二人とお話をしても、楽しくないよ。会話って、笑ったり、怒ったり、悲しんだりしないと、面白くない。誰かと一緒に感情を動かすから、楽しいんだよ」

 私の言葉に、麗奈ちゃんは言葉をつまらせる。

「だって……。だってちっともみんな、お友達になってくれないんだものっ」

 麗奈ちゃんが叫んだ。

「朝の休み時間だけお茶会をしていた時。確かにたくさんの人が来てくれたわ。でもそれはあくまで、ベンチ組にあこがれていただけ。私と仲良くしたかったんじゃなくって、ただたくさんの人たちに囲まれたベンチ組の自分を写真に撮りたい人たちばかりだった! だから、他の休み時間、私は一人で過ごしてた! 二か月経った今も、

結局友達なんてできてない!」

 麗奈ちゃんは、誰かと友達になりたくて、ベンチグループを作ったんだ……。

 どうにか、彼女を説得できないか、茶会の席に座った二人の姿を見てはっとする。

「麗奈ちゃん! できる! できるよ友達!!!!」

 そう言って、茶会の席に座ったままの二人の肩に手を置いた。

「この二人! 麗奈ちゃんと同じクラスの子だよね!? この子たち、部活があるのにちょっとだけでも顔出そうって、相談してたもん!」

 それは、放課後にもお茶会をすると麗奈ちゃんが宣言した休み時間が終わりそうな時だった。一年生の教室があるフロアへと戻る途中、二人の会話を聞いたんだ。

『部活あるけど、行く? 放課後のお茶会』

『他の子、部活あるし行かないって言ってたじゃん。でもねぇ』

『あれだけ楽しみにしてる麗奈ちゃん見てたら、やっぱりねー』

『ちょっとだけ顔出してから、部活行こっか。そして二人で怒られよう』

『えー、怒られるのは嫌だけどなぁ』

 そう楽しそうに話していた二人の顔が浮かぶ。

「この二人は、麗奈ちゃんのこと、ちゃんと見てくれてるよ。だから友達になってほしかったって、そう麗奈ちゃんが伝えたらきっと、友達になってくれる」

「そんな保障できないわ。アナタにも、私にも」

「二人が友達になってくれなかったら、私が友達になるよ!」

 思わずそう言った。びっくりした顔をする麗奈ちゃん。

「同じクラスじゃないから、誰かとペアになったりはできないけど。でも、休み時間や放課後、一緒にお話することはできる。だから帰ろう!」

 その時、薄暗かった世界に光が差した。現れたのは、大きな鏡。

「この世界は、町田が作った世界。町田の心を映す鏡だ」

 本条くんがつぶやくように言う。

 不思議と、次に何をすればいいかは分かっていた。

「麗奈ちゃん、鏡の前に立って」

 麗奈ちゃんの手を引いて、鏡の前に立たせる。

 鏡の前に立っているはずなのに、鏡にはなぜか、麗奈ちゃんは映らない。

 戸惑った表情を浮かべる彼女に、笑いかけた。

「元の世界に帰りたいって言って。帰って、友達と楽しくおしゃべりがしたいって」

 麗奈ちゃんはうなずくと、言った。

「……永遠じゃなくてもいい。自分が生きてる世界で、ちゃんと感情の動く、生きている人たちと一緒に、おしゃべりや人生を歩みたい。だから、元の世界に返して」

 すると鏡に、麗奈ちゃんの姿が映った。その瞬間本条くんが叫んだ。

「行け、町田! 鏡をくぐれ!」

 麗奈ちゃんはその通りに行動した。麗奈ちゃんの姿が消えたとき、世界は真っ白になった。

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