終わりのないお茶会の、終わり。
『時間とはおさらばして、永遠のお茶会を始めようじゃないか』
とても嬉しそうに麗奈ちゃんは言う。
見た目は麗奈ちゃんなのに、声が麗奈ちゃんのものじゃない。
「どうしよう、カンちゃん。ムギ……!」
あわてて周りを見回すけれど、さっきまで一緒だった二人の姿がない。
それが分かると、ますます心細くなる。
麗奈ちゃんは私以外の二人の客人を見て、笑う。
『こっちは、三月ウサギかな。そしてこっちは、眠りネズミ……』
そして最後に私の方を向いた。麗奈ちゃんは私を見て、目を見開く。
『こっちは……おお、アリスじゃないか。久しぶりだね、アリス』
突然名前で呼ばれて、私は体が硬くなるのを感じた。
そんな私の様子を気にも留めずに、麗奈ちゃんの顔をした『誰か』が言う。
『もう十年くらい前だから忘れてしまったかな? こんなところでまた会えるなんて、時と仲たがいしてしまったわたしにとっては、唯一の幸運だ!」
『誰か』は、私の方に近づいて来る。そこで私は、自分の置かれている状況に気付く。
麗奈ちゃんこそが、物語のキャラクターに体を乗っ取られた人物なのだと。
そこで、ひざの上にある固いものの感触に気付いた。
目をやってみると、昨日の夜、自分の部屋から見つけた本だった。
表紙に石が埋め込まれた本。その石の部分が、ほんのり光りだしている。
「あなた、麗奈ちゃんの体を乗っ取ったの……?」
そう聞くと、『誰か』は嫌そうな顔をした。
『乗っ取ったなんて、人聞きの悪い。わたしは、この少女が望んだ願いを叶えてあげただけさ。この少女は、『時間が止まればいい』と願った。休み時間の、誰かと一緒に写真を撮って、自分は一人じゃないと感じられる時が続けばいいってね。わたしはそれを叶えるために、力を使っただけさ』
「物語から脱走したのは、昨日でしょ!? なんでそんなすぐに……」
すると、『誰か』は笑って言った。
『少し勘違いしているようだから説明しておくとね、物語から脱走したのは昨日だが、準備はもっと前から始まっていたんだよ。この少女が本を手にし、わたしと初めて話をしたのはもう、一週間も前の話さ』
一週間前って、麗奈ちゃんがベンチグループのメッセージアプリで、『お話』を用意して参加すること、すべての休み時間でお茶会をするって決めた日だ。
『物語から脱走することを決めた時点で、普通はもう誰にとりつくか、決めて動き出すのさ。一度暴走前の物語を読んでくれさえすれば、わたしたちは少しの間外に出て、人間と話すことができるからね』
物語から脱走したキャラクターに、そんな力があるなんて。
戸惑う私に、『誰か』はお茶の入ったカップを差し出す。
『さぁ、わたしたちと永遠のお茶会を続けよう。きっと楽しいはずだ』
「絶対に嫌!」
確かに、麗奈ちゃんと一緒に、誰かが考えたお話を聞いたりする時間は好き。
だけど、ただここでお茶を飲んで過ごして、終わりが見えないお茶会なんて、そんなのを続けるなんて、絶対に嫌。
『えー、仕方ないなぁ。……じゃあ、このお茶を飲んでもらうしかないねっ』
そう言って、『誰か』は私にお茶の入ったティーカップを押し付けてくる。
直感で分かる。これは飲んじゃダメだってこと。
ティーカップを手で押し返しつつ、ぼんやりと考える。
ああ、ちゃんと本条くんにこのこと、話しておくべきだったな。
二人で来ていれば、解決できたかもしれないのに……。
「本条くん、今度からはちゃんと、最初から情報共有して、ちゃんと二人で行動するようにするから……。だから、助けて……」
そんなことを言ったって、助けが来ないのは分かってるのに。
それでも、言わずにはいられなかった。
麗奈ちゃんの力が勝って、ティーカップの中のお茶が口に入りかけたその時。
「……あれほど言っただろ。くれぐれも俺の仕事のジャマはするなよって」
今一番聞きたかった声が響いて、ジャキンッと何かが切れる音がした。
音がした方をみると、空中から誰かが落ちてくるのが見えた。
その人は、長いテーブルの上に着地する。
大きなハサミを持った少年……――、本条くんだった。
「まだこの世界の食べ物や飲み物は、口にしてないな?」
私にそう尋ねる彼の表情は、本気だった。
「うん」
「……それなら、いい。とりあえず、無事でよかった」
私の一人行動を責めるでもなく、本条くんはそう言って、ハサミを麗奈ちゃんに向けた。
「麗奈ちゃんのこと、どうするの?」
「まず、町田の体からキャラクターを引き離す。このキャラクターについて、何か情報はないのか?」
本条くんに言われて、いくつかキーワードを思い出す。
「『お茶会』が大好きで、『三月ウサギ』、『眠りネズミ』が友達。『時間』とケンカした。……あっ」
私は、読書が好きで今までたくさんの本を読んできた。
もちろんそれは、著作権がとうに切れた、世界の童話たちも入る。
そしてこの物語がどんなタイトルなのかも、今なら分かる。
「麗奈ちゃんにとりついてるのは、『不思議の国のアリス』の『帽子屋』」
「間違いないな!?」
「うん。間違いないと思う!」
私の言葉に、本条くんはうなずくと、ハサミを抱えて『誰か』の方へ走る。
そして誰かの目の前で飛び上がると、ハサミの切っ先を『誰か』に向けて広げる。
「『不思議の国のアリス』の『帽子屋』、町田麗奈から出ろっ」
そう叫んで、麗奈ちゃんの目の前でジャキンッと刃を閉じた。
その途端、尻もちをつく麗奈ちゃん。その横に帽子をかぶった見覚えのない男の人が同じく尻もちをつく。
「今だ、文川! お前の持ってる『ヴォーパルソード』で吸い込め!」
本条くんの鋭い声で、私ははっとした。
彼のように何か言って、本をどうにかするのかな。
そう思ったけど、体は勝手に動き始めた。
本を開き、何も書かれていないページを帽子をかぶった男の方へ向ける。
「『不思議の国のアリス』の『帽子屋』、回収します!」
そう言い切った瞬間。ページの間から強い風が吹き、帽子をかぶった男を本の中へ吸い込もうとする。
『吸い込まれてたまるか……』
そう言っていた男だけど、帽子が先に吸い込まれ、そして本人もページの中に吸い込まれていく。
男の体が半分以上吸い込まれた時。自然と叫んでいた。
「物語に帰れっ」
そう言いきった時、風の強さが一段と強くなった。
その勢いで完全に男は本の中に吸い込まれた。
きゅぽん、と音がした後、風が止み、男の姿も消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます