梨々花ちゃんからの違和感。

「ね、『お話』がどういうものか、分かったでしょ」

 休み時間終了数分前。私は、『お話』をしてくれた女子生徒と一緒に一年生の教室がある校舎に戻りながら話をしていた。

「うん、よく分かった。自分で作った物語を話すんだね」

 私の言葉に、女子生徒はうなずく。

「そう。麗奈ちゃんは誰かが作った物語を聞くのが好きなんだって。だから最近は、一日一回、どの休み時間になるかは分からないけど、誰かが『お話』をすることになってるんだ」

「その『お話』をするのが誰になるかは、その日の麗奈ちゃん次第ってことだよね」

「そう。だから私たちはいつ、麗奈ちゃんに聞かれても大丈夫なように『お話』を考えておかないといけないの。でも」

 女子生徒は、笑う。

「私は割と、あの時間が好き。自分が考えた物語を話すときは緊張するけど、誰かの考えたお話を聞くのは好きだよ」

 いつか、文原さんの作った話も聞きたいな、そう言いながら女子生徒は自分のクラスの教室に入って行った。

 女子生徒は、『お話』の情報以外にもう一つ、麗奈ちゃんについて教えてくれた。

『あ、そうそう。麗奈ちゃんが休み時間にベンチで集まることを【お茶会】って言うようになったのも最近のことだって聞いたよ』

 この情報も何か役に立つかもしれない。覚えておかないと。

 でも、お茶会っていい響きだよね。楽しそうだもん。楽しそうと言えば。

 なんだか、久しぶりに同じ学年の子と長話したなぁ。時間が一瞬で過ぎたもん。

 そう思いながら、自分のクラスの教室に入ろうとする。

 すると、教室のドアの前に立っている梨々花ちゃんと目が合った。

 彼女は、腰に手をあてて、私に言う。

「本条さんさっき、町田さんのベンチにいたよね?」

「え、あ、うん」

 梨々花ちゃん、気づいてたんだ。さすが学級委員長、よく見てる。

 中井梨々花ちゃんは、私のクラスの学級委員長をしている。

 いつも完璧にこなして、田中先生からの信頼も厚い。

 そんな彼女がいるのに、仕事を頼まれやすいのは私っていう謎。

「ベンチグループに入りたかったんなら、言ってくれればよかったのに。同じクラスなんだから」

「え……」

 思わぬ梨々花ちゃんの言葉に、私はおどろく。

 確かにさっき、梨々花ちゃんたちが中庭のベンチにいたことは知ってる。

 でも、私がまじるのは不似合いだなって思うようなメンバーだったんだ。

「あ、えっと……。私なんかが、あの中に入ったら不自然かな、なーんて思って」

「どうして?」

「だってみんな、部活動や個人で表彰されてるような人ばっかりだからさ」

 一週間に一度行われる全校集会。

 この集会では、全校生徒が集まって話を聞くことになる。

 そこで、誰かが賞をもらった時は、表彰イベントも行われるんだ。

 梨々花ちゃんのベンチで見た人たちは、私は話したことはないけど、みんな見覚えがあった。

 どこで見たんだろうって気になってたんだけど、さっき廊下を歩いてる時に思い出したんだよね。

 あの人たちのほとんどが、全校集会の時に一度は表彰されたことがある人だって。

 部活動の大会でいい成績を残した人や、作品を作ってそれが賞をとった人。

 そんな人たちと一緒に、まだ何も成し遂げてない私がまじるのもなぁって。

 すると、梨々花ちゃんは鼻を鳴らした。

「気にしなくていいのよ。文原さんみたいに、何も特技がない人が来ちゃだめっていうルールはないわ」

 ……うっ。そんなに話したことのない梨々花ちゃんに、『何も特技がない』ってはっきり言われちゃった。ちょっとへこむ。

『なんやこのクラスメート。なかなかトゲのある言い方しよるやん』

 カンちゃんが、見えないことを言いことに梨々花ちゃんの制服を引っ張る。

 うう、注意したいけど、梨々花ちゃんにはひとり言にしか聞こえないから、言えない。

「招待状、用意しておくからぜひ来てね」

 ぜひ、のところにものすごい力を入れて、梨々花ちゃんは私に笑いかけた。

 ……うん、すごい圧を感じる。

『招待状をもらったら、必ず来るのよ。必ずよ。来なかったらどうなるか分かってるわよね?』

 そう言われている気がする。

「あ、うん。麗奈ちゃんがいいって言ったらね……」

 ベンチグループのかけもちしてもいいんだったら、とりあえず顔を出すくらいは。

 そう思って答える。すると、梨々花ちゃんは首をかしげる。

「そんなの、いいって言うに決まってるじゃない。だってベンチグループのかけもち禁止だなんて、誰にも決める権利、ないんだから」

 ……まぁ、それはそう……かな。

「とにかく、来てね。絶対よ」

 そう言うと、梨々花ちゃんは教室の中に消えて行った。

 去っていく彼女の背中を見送りながら、ふと思う。

「そういえば、梨々花ちゃん、最近話し方、少し変わった……?」

 気のせいかな。そんなことを思いながら自分の席につくと、ななめ後ろから声をかけられる。

「……二回連続、中庭に出て、何をしてたんだ?」

「ぎゃああああっ!」

 本条くんだった。彼は、私の席のななめ後ろ。

 分かってたけど、忘れてた。

「人のことをオバケ扱いするな」

「私が何をしようが、関係ないでしょ」

 そう言うと、本条くんはうなずく。

「ああ、関係ない。ただ、余計な仕事を増やされたくないだけだ」

「何よ、余計な仕事って。失礼な!」

「見当違いな人間に聞いて回って、脱走したキャラクターに警戒されたら厄介だからだよ」

 ふん、と本条くんが言う。ほんと、性格悪い。

「本条くんこそ、全然関係ない人に話聞いてたんじゃないの? 封印した本、私が持ってるから関係ありそうな人、探しにくいんでしょ?」

 そう言うと、本条くんは後ろをにらむ。そこには、ブーツさんが立っている。

 封印した本に案内してもらう方法は、ブーツさんに教えてもらったことだって気づいたのかな。

 ブーツさんは、知らん顔をして本条くんを無視する。

「そんなもの、なくても俺は探せる。大体、聞き込みしなくても探せる方法はあるからな」

「え、何それ知りたい」

「絶対教えてやらない」 


 ベーッとあっかんべーをする本条くん。

 かっこいいって思ってくれてる女子にゲンメツされちゃうよ?

 そう言おうかと思ったけど、やめておいた。

 口は、災いのもと、ってね。

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