麗奈ちゃんベンチグループ

 次の休み時間。私は再び中庭までやってきた。

 相変わらず、それぞれのベンチでは楽しそうな会話が繰り広げられている。

「うわぁ、入り込めないよぉぉ……」

『勇気を出すんや、アリス! このままやと、いつまで経っても輪に入られへん』

 カンちゃんにぐいぐいと体を押される。全身でストッパーをかける。

「だって、断られたら立ち直れないもん」

『アカンかった時は、アカンかった時や。その時は次の手、一緒に考えたる』

「そんなこと言ったって……」

『アリス、その内気な性格を変えたいって言ってへんかったっけ? 変わっとらんやん』

 そう言ってからなぜか、カンちゃんは口元を抑えた。

「私、そんなこと、カンちゃんに伝えたっけ……?」

 思わずそう言い返す。

 確かに、自分の意見があっても言えないし、行動できないのは前から。

 小さい時からこの性格を変えたいと思ってたことも事実。でも気づいたんだ。

 そんな簡単に、性格を変えることはできないし、変わるためには勇気がいる。

 そんな力を使うくらいだったら、そのままの方が楽ってことに。

 すると、また姿を隠していたムギが言う。

『アンタの気持ちがカンに見えただけじゃねぇの? ホラ、カンは今までにたくさん、キャラクターに乗っ取られた人間の気持ちや、キャラクターの気持ちを聞いてきたわけだし?』

「ああ、そういうこと……」

 私がそう言うと、カンちゃんはほっとした顔をする。

『とにかくその性格じゃ、いつまでもキャラクターは脱走したまんまやし、キャラクターに体を乗っ取られたままの人間が出てくる。それか、ツカサに仕事をとられるか、や』

「それは嫌」

『それじゃ、やるで。考えたって一緒や。やってみるんや!』

 またカンちゃんが体を押す。今回私は押し返さなかった。

 カンちゃんのふわふわの両手と、いつの間にか増えたムギの両手。

 四つの手に押されて、私は麗奈ちゃんのベンチの前にやってきた。

 麗奈ちゃんグループのベンチは、他のベンチグループと少し違う。

 どこが違うかっていうと、まずベンチをベンチとして使っていないこと。

 本当なら、ベンチは座るものだけど、麗奈ちゃんグループは座ってない。

 背もたれなしのベンチの上に、ランチョンマット、地面にはレジャーシートを引かれている。

 そしてベンチをテーブル代わりに、地面に座ってお話をしている。

 まるでここだけ、ピクニックをしているような感じ。ちょっとオシャレ。

 そして麗奈ちゃんグループは何度も角度を変えて、こっそり写真を撮っている。

 本当はスマートフォンの持ち込みは禁止されてるからね。

 ウワサでは、麗奈ちゃんはここで撮った写真をSNSに投稿してるらしい。

 もちろん顔は加工したりして、誰が誰かは分からないようにはしてると思うけど。

 ただ、麗奈ちゃんがどうしてそんなことをするのかは、私には分からない。

 麗奈ちゃんグループが写真を撮り終るのを待っていると。

 彼女と一緒に写真を撮っていたクラスメートの女子が私に気付いて言った。

「麗奈ちゃん、文原さんも入れてほしそうにしてるよ」

「文原さん……?」

 麗奈ちゃんが、写真を撮るのをやめて私の方を見る。

 私は、どうすればいいか分からなくて、とりあえず彼女に会釈した。

『そんな他人行儀な……』

 カンちゃんの声が聞こえたような気がするけど気にしない。

 麗奈ちゃんはいつもオシャレをしている。

 もちろん学校は制服だし、くつ下の色とか長さまで決まってるから、服装に関してはあまり自由がない。

 だけど、たとえばそでで隠れる場所に、ブレスレットをしてきても、バレない。

 麗奈ちゃんは、先生にバレないようにオシャレをする天才なんだ。

 あとは、持ち歩いているハンカチも、フリフリのレースのついたかわいいものだって聞いたことがある。

 あまり自由の利かない学校生活だから、先生に怒られないギリギリのところを探して、楽しんでるみたい。

 そんな彼女と私は、考え方も行動も全然違うから、あまり話したことがないんだ。

 それなのに急に、あまり話したこともない私が現れたら、おどろくよね。

 麗奈ちゃんは、私のところまで歩いてきて言った。

「アナタも、私たちのグループに入りたいのかしら?」

「え、えっと……はい」

「そう。ちょうど、メンバーを募集してたところなの。歓迎するわ」

 そう言いながら、ベンチに集まっている他のメンバーに私を紹介してくれる。

「今日から、同じ一年生の文原ありすさんがメンバーに入ります。仲良くやっていきましょうね」

「よ、よろしくお願いします」

 あわてて頭を下げる。小さな拍手が少しだけ起きて、すぐ止んだ。

 場所を開けてもらったところに、座らせてもらう。

 隣に座っていた人に、小声で尋ねる。

「もう、麗奈ちゃんのベンチグループに入って、長いんですか?」

 すると、多分私と別のクラスの女の子が答える。

「ううん。私は、まだ参加五回目。他のグループだと、毎日参加するのが普通なんだけど、麗奈ちゃんグループは、参加しても参加しなくてもいいの。ただ、グループのメッセージアカウントがあって、そこで前の日に参加するかしないかを言わなきゃいけない。人数が少なすぎたら、ある程度の人数が集まるまで声がかかる仕組みなの」

「毎日参加しないでいいってところがいいんだよね」

「でも私は三回に一回くらいは参加するようにしてる」

 周りの女子たちも口々に言う。

 麗奈ちゃんは別のベンチの方へ歩いて行ってるところだった。

「ああやってね、他のベンチのグループメンバーが何人いて、どんな人がいるのかを観察してるの。人数が増えたら、もっと中庭中央のベンチに移動したいんだって」

 なるほど、いいベンチっていうのは、そのベンチのある場所のことだったんだ。

 校舎の廊下の窓から見える中庭。

 その中庭の中央は、校舎の廊下の窓からならどこからでも見えるくらい、目立つ。

 その目立つ場所に座っている人たちは注目が集まるってことなんだね。

 やっと、いいベンチとそうでないベンチの違いが分かってきた。

「でもこのグループは日によって人数が違うから、なかなか引っ越せないんだって」

「そうなんだ……」

 あいづちをうちながら、私は聞きたかったことをまず、生徒たちに聞いてみる。

「あ、あのさ。……最近、この子性格変わったなぁって人、いる?」

 毎日が参加不参加を選べるグループだとしたら、メンバー全員のことを知っている人は少ないかもしれない。けれども聞かなければ始まらない。

 すると、生徒の一人が言った。

「うーん、それだったら、麗奈ちゃんがそうじゃないかなぁ」

「麗奈ちゃんが!?」

 その女子生徒は、考え込みつつ言う。

「元々ね、麗奈ちゃんのベンチグループって毎日一回、朝の休み時間だけ集まるって決まりだったの。だけど、一週間前急にメッセージが届いてさ」

 女子生徒がスマートフォンを取り出して、私の方に画面を向けた。

 そこには、『明日からのお茶会について』というメッセージが表示されていた。

「えっと……、『明日からすべての休み時間を、お茶会に使います。持ち物は、コップつき水筒と、何かお話を用意してきてください』って書いてある。お話。お話……?」

「そう、そのお話が厄介なの。それのせいで、メンバーから脱退した人もいるし」

 お話ってなんだろう。普通に、みんなに向かって何かを話すってことなのかな。

 女子生徒の一人が言う。

「説明するより、実際に見てみた方が早いと思うよ」

 そう女子生徒が言ってすぐ、麗奈ちゃんが戻ってきて言った。

「それじゃ、今回のお話を聞かせてもらおうかしら」

 麗奈ちゃんが言うと、周りが顔を見合わせた。

「今日は……そうね。それじゃ、アナタにお願いしようかしら」

 麗奈ちゃんは私の隣に座っていた女子生徒に視線を向ける。

「えっと……、それじゃ始めます……」

 女子生徒は立ち上がって、私たちに向かって『お話』を始めたんだ。

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