ブーツさんに教えてもらった、やり方で
「……まさか、こんなやり方があるなんて……」
図書室の前で私は立ち尽くしていた。腕の中の、小さな光の筋が出ている。
『今回、封印した本を持っているのはアリスさんですから、特別にやり方をお教えしましょう。まず本を封印した場所に戻り、強く念じるのです。物語から脱走したキャラクターがどこへ行ったか、教えてほしい、と』
ブーツさんによると、人間にとりつこうとしているキャラクターが最近までいた場所に、封印された本が案内してくれるとのことだった。
そして今、教えられた通りに行動してみた結果、動きがあったというわけ。
「この光の先に、人間にとりつこうとしているキャラクターがいる可能性が高いってことだよね」
そうひとり言を言ったつもりだったのに。二人分の返事が返ってくる。
『そういうことになるねぇ』
『早速、ついて行ってみるでぇ!』
そうだった、今の私は一人じゃない。ムギとカンちゃんが一緒だったんだった。
ムギは、昨日最初に話しかけてきたときと同じように姿は見えないけど。
何でも、必要な時以外は姿を隠しておきたいんだって。
『特別司書官以外にも、オレたちの姿が見える人たちがいるんですわ』
ムギはそう言っていた。
『物語の世界から脱走して、人間の体を乗っ取っているキャラクターにも見えるんでね』
だから、その人たちにそうぐうしてもすぐ気づかれないように。
そのために、姿を消しておくんだって言ってた。だから今は、私の目にもみえない。
それが、少しだけさびしい。
朝の休み時間はあと、十分ほど。これを過ぎると朝のホームルームが始まっちゃう。
それまでに、場所だけチェックして教室に戻ろう。早足で光の筋を追った。
数分後、たどり着いた先で光の筋はぷつり、と切れていた。
「うわぁ、ここ、一人で来る場所じゃないいぃぃ」
さっきまでは光の筋を追うのに必死だったから気にならなかったけど。
今は、この場所に一人で立っているのがとても恥ずかしい。だってここは。ここは!
校舎の廊下の窓から丸見えの、中庭なんだもん!
別に、中庭が嫌いなわけじゃない。ただここにいるのは基本、二人以上の女子グループ。
たくさん置かれたベンチにそれぞれ集まって、楽しそうにお話してる。
ウワサによると、この中庭のどのベンチを陣取れるかが大切みたいで。
いつも同じベンチの周りに同じ女子グループメンバーが座ってるんだって。
だけど、メンバーが増えると、別のベンチをめぐって戦いが起きたりするんだとか。
さらにこの中庭は、一年生から三年生までみんなが使える場所。
当然だけど、先輩にゆずれって言ってくる二年、三年生もいるって聞いた。
それでも、一年生だけでベンチを確保しているグループもある。
ぱっと見ただけで分かる一年生のグループが、少なくとも三つあった。
一つは、隣のクラスの町田麗奈ちゃんを中心としたグループ。
もう一つは、同じクラスの中井梨々花ちゃんのグループ。
そして、奈央ちゃんが所属する一年の女子テニス部のメンバーグループ。
女子テニス部以外にも、部活で固まってる一年生グループはありそうだね。
あとは二年生か、三年生のグループのように見える。
これだけたくさんの先輩グループの目も気にせず過ごせる一年グループ、すごい。
私だったら、周りが気になって仕方がないよ。
「ありすちゃん、こんなところにどうしたの?」
突然、女子テニスグループから抜け出してきた奈央ちゃんに声をかけられる。
「あ、えっと」
しまった、誰かが声をかけてきてくれた時のこと、考えてなかった。
焦る私に、彼女は笑って言う。
「あ、もしかして、ベンチ組にちょっと憧れて来たの?」
ベンチ組。それは、休み時間のたびに、ここのベンチに集合する人たちのこと。
自分はその仲間には入れないけれど、憧れてるって人もいるって聞いたことがある。
「あ、そ、そうなんだぁ」
とりあえず、なんとかごまかさないと。そう思って、うなずく。
本当は別に、仲間に入れてほしいとは思ってないけど、変に思われたらダメだし。
でもウソをついてるわけだから、少しだけ、心が痛む。
私のウソには気づかずに、奈央ちゃんがあるベンチの方を指さす。
「麗奈ちゃんなら、多分メンバー募集してると思うよ」
「メンバーを募集してる!?」
まるで部活みたい。おどろく私に奈央ちゃんはうなずく。
「そうそう。麗奈ちゃん、メンバーを増やして、お引越ししたいって言ってた。麗奈ちゃんのところなら、招待状がなくてもメンバーに入れてもらえるんじゃないかな」
「招待状……」
なんだか、何から何まで非日常だ。頭が痛くなってきそう。
「梨々花ちゃんは、招待状を送った人しか参加させてくれないって言うから」
奈央ちゃんが付け足すように言う。
「そうなんだ……。詳しく教えてくれて、ありがとう。行ってみる」
そう奈央ちゃんに伝える。でも、奈央ちゃんはその場を立ち去らない。
まだ私に何かを伝えたそうに、私を見つめてる。
「奈央ちゃん……?」
「あ、ごめんごめん。一つ、気になることがあって……」
「気になること?」
すると、奈央ちゃんは私の方にずいっと近寄ってきて小声で言う。
「昨日放課後、田中先生から頼まれごとしてたじゃん?」
「うん」
「……何もなかった?」
「うん?」
昨日、担任の田中先生に頼まれたこと。それは、図書室に本を返却することだった。
実際は、ただ本を返却するだけじゃなくって、本を封印することになっちゃったけど。
ただ、それを奈央ちゃんに説明するべきかどうか……。
思わず、後ろに立っているムギとカンちゃんの方を振り返る。
ムギはさっきまで姿を隠していたけれど、今は姿を見せていた。
二人は、無言で首を横に振っていた。それで私は決めた。
「特に。ただ、わざわざ図書室に寄ることになって面倒だったけど」
「何も、なかったんだ……」
どこかほっとしたような、少しさびしそうな、難しい顔を奈央ちゃんはした。
だけどすぐに、顔をしかめて言葉を続ける。
「あたしが田中先生に言ってあげられたらいいんだけど。アリスちゃんだけじゃなくって、他の人にも仕事を回してくださいって」
そう! 本当はそう言ってほしかった。昨日までは。
でも昨日、田中先生に頼まれて本を返却に行ってなければ。
私は今、ここにいない。だから、そういう意味では田中先生に感謝してるつもり。
田中先生は、今年からこの学校にやってきて、そして私たちの担任の先生になった。
それまでは別の地域で先生をしてたんだって。
別に田中先生が嫌いなわけじゃない。でも私にばかり仕事を頼むのは、ちょっぴり不満。
多分、頼みやすいからだろうけど、でも、もっと他の人にも仕事を頼んでほしい。
だって、私以外にも生徒はいるわけだし。
「ううん。奈央ちゃんが悪いわけじゃないから」
そう奈央ちゃんに言いながら、心の中では分かっていた。
不満があるのなら、自分で言わないといけないって。
奈央ちゃんとは幼稚園の時からの付き合いだけど、彼女に頼りっぱなしだった。
何か伝えたいことや意見があってもいつも自分では言わなかった。
そして奈央ちゃんの背中に隠れて、奈央ちゃんに伝えてもらってた。
だから、中学生になって奈央ちゃんと同じクラスになった時は嬉しかった。
これからも、奈央ちゃんに助けてもらえると思ってた。
でも奈央ちゃんはテニス部に入ってから、変わってしまった。
いつも自信に満ちあふれて、思ったことをはっきり伝えていた奈央ちゃん。
それが、周りに合わせて意見を変えるようになってしまったように感じる。
それに、テニス部に入って忙しそうだから、お話もしなくなっちゃったし。
その時、ベンチにいた一年の女子テニス部のグループから奈央ちゃんに声がかかる。
「奈央ー」
「はーい。……ごめん、行くね」
奈央ちゃんはそう言って、私からはなれて元いたグループの方へ戻っていった。
戻っていこうとした時、奈央ちゃんから少しだけ、違和感を感じた。
多分、戻っていくときの表情が、怒っているように見えたからかもしれない。
『ほんなら、やることは決まったな』
カンちゃんが私の肩をたたく。
『とりあえず、レイカとかいうヤツの仲間になって、話を聞くんや』
「そんなつもりはないよ」
さっき奈央ちゃんにそう言ったのはただ、その場をごまかすためだったんだから。
すると、カンちゃんは首を横に振る。
『自分、分かっとらへんな。光の筋は確かに、この場所を指した。つまりここによく来る人間の中に、キャラクターに乗っ取られた人間がおるっちゅうわけや』
『そしてここは、基本決まった人しか来ないってことだろ。それなら、いつもここでおしゃべりしてる女子たちに話を聞いた方が早いってハナシ』
「話を聞くって……何の」
私の言葉に、カンちゃんがため息をついた。
『呆れてまうわ。……いつもと様子が違う人がおらんか聞くに決まってるやろ』
「あ、そっか」
『キャラクターに体を乗っ取られた人間は、キャラクターの性格や口調に似てくるワケだからねぇ。そういうイメチェンを図った人のことなら、同じ女子グループだったらすぐに
気付くでしょ』
ムギに言われて、考えていたことが当たっていたことを知る。
『ささっ、話しかけるんや。今! すぐに、や!』
「いやいやチャイム鳴っちゃうから!」
もう朝のホームルームが始まるチャイムが鳴る。
続きは、次の休み時間。そう思って私は中庭から教室に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます