物語の暴走の意味
ムギと二人で、本を拾い集めていると、数冊の本が私の方に差しだされた。
カンちゃんのふわふわした手じゃなくて、ちゃんと人間の手。
手の持ち主が誰か確かめるために、顔を上げる。
ブーツさんだった。
『相棒が、失礼しました』
ブーツさんは長い横髪を耳にかけながら言う。
『ツカサとわたしは今まで、ずっと二人でこのエリアを担当してきました。だから急に一緒に仕事をしろ、と言われてもどうしたらいいのか分からないのでしょう』
『他の特別司書官と一緒に仕事することは、なかったのかい?』
『ないですね』
ムギの言葉に、ブーツさんが即答する。
『もう何年も前の話なんですが、ある女の子と交わした約束を忘れてないんですよ』
案外かわいいところ、あるでしょう。
そう言って、ブーツさんが笑う。
「その約束って……?」
『自分が必ず特別司書官として役に立つから、他の人と組まないでくれ、と』
『それでこの辺りの物語の暴走を二人っきりで止めてたとはねぇ……』
ムギが意味ありげな表情で私を見る。
「何?」
『……いや? そんな少年の心を、アンタが動かせるか心配してやったまでさ』
「そりゃどーも」
ムギのニヤニヤした笑いを無視して、ブーツさんに視線を合わせる。
「でも最近、物語の暴走が増えたっておっしゃってませんでした?」
『そうなんです』
ブーツさんの表情が暗くなる。
『今までなら、一年に数回しか物語の暴走は起きませんでした。ですが今月はもうすでに、二回、物語の暴走が起きています』
確かに、今までの回数からすると、増えているのが分かる。
「結局、物語の暴走って、何が起きてるんですか?」
『物語のキャラクターたちが、反乱を起こしたと考えて頂ければよいかと』
「反乱!?」
なんだかものすっごく危険な匂い。
もう逃げ出したくなってきた!
『自分、著作権、って知っとるか?』
突然、カンちゃんが私に聞いてくる。
「なんとなく、は……」
誰かが作り出した作品を守るためのルール。それが、著作権。
作り出した人以外の人が、自由に作品を使えないようにするもの。
『著作権が消えるっちゅうことも、知っとる?』
「作者がお亡くなりになってから何年、とか決まってましたよね?」
『その通りや。著作権が、一つのポイントになってくるねん』
カンちゃんがそう言いながら、本を本棚に戻し始める。
『物語のキャラクターってのは、誰かが本を開いたら、物語の
『自分たちは、自分の生きたいように生きられない。そう伝えられたキャラクターたちの中には、外の世界に出たいと考える人たちが出てきます。それが、物語の暴走につながるというわけです』
ムギとブーツさんが、悲しそうな顔をする。
「で、でもっ! 著作権の切れた物語なんて、この世にたくさん……!」
数えきれないほどたくさんあるはず。
そもそも、同じ物語でも作者が違っていたりするのもあるし。
印刷された物語なら、まったく同じ物語が世の中にあふれてる。
それら一冊一冊に、キャラクターはいる。
そのキャラクター一人ひとりに、心が、魂があるんだとしたら?
一冊の物語の暴走を止めたとしても、別の同じ物語が暴走したりもするはず。
それじゃ、キリがない。
それにそれが全部、著作権が切れた瞬間に暴走し始めたら……。
自然と身震いが起きた。それを見てカンちゃんがぽん、と肩をたたく。
『著作権が切れたからってすべての物語が暴走を起こすわけやない。一つのきっかけに過ぎへん。そのきっかけ以外に、何かが起きたとき、物語の暴走が起きるんや』
「何かが起きたとき……」
『たとえば、本を大事にしてもらわれへんかった時。本を読みながらお菓子を食べたりして汚すやつ、おるやろ?』
『物語のキャラクターが、本を読んでいる人間の気持ちに共鳴しても、そうです』
ブーツさんが遠い目をして言う。ムギが嫌そうな顔をする。
まるで何かを、思い出したくないかのような、そんな表情。
『……あと、本を読んでる人間が、物語の世界に行きたい、だとか物語の住人だったらよかったのにと願ったりすること、あるだろ? その本の中に、外の世界に出たいと思ってるキャラクターがいたら……』
「いたら……?」
『本自体が、その人を物語の世界に取り込もうとするか、キャラクターが飛び出してきて、その人の体を乗っ取っちまう』
『それが、物語の暴走。そういうことが起きないために、わたしたち特別司書官がいるんです』
ブーツさんが胸を張って言った。
彼は、この仕事にほこりを持ってるんだ、そう分かった。
「ツカサとあなた方がうまくやっていけるかは、わたしも保障できかねます。けれど、今はそうも言ってられません。次いつ別の物語が暴走を始めるか分かりませんからね』
ですから、とブーツさんが私の方に向き直る。
『少なくともわたしは、あなた方を認めます、仲間として。何か情報が入れば、あなた方にも必ずお伝えします。ですから、一緒に戦ってくれませんか?』
ブーツさんの言葉で、私は考える。
本条くんも、そうなのかな。彼も、特別司書官の仕事が好きなのかな。
大切に思ってるのかな。
私も、特別司書官として活動を始めたら。
そうしたら、自分にもっと自信が持てるかな。
やってみないと分からない。だったら。
とりあえず、どうなるかは分からないけど、やってみよう。そう思えた。
「お役に立てるか分かりませんが、頑張ります!」
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