うさぎを追うはずが、追いかけられて。

監視官ウサギ。

『いやはや、いやはや。早々の対応、感謝感激雨あられ、やでぇ』

 突然、ぽんぽんと肩をたたかれて振り返る。

 そこには、黒いチョッキを着た白いウサギが立っていたの。二本足で。

 言葉が出ない私を気にせず、ウサギは言葉を続ける。

『ワイ、今回の物語修復を見届けるために派遣された、監視官ウサギや。カンちゃんって呼んだってな』

 監視官ウサギ……――、カンちゃんがウインクしてくる。

 ウサギのウインクなんて、初めてみた。これってきっと、普通じゃないよね?

『とはいえ、やってしもたなぁ。三人のキャラクターが逃げてしもてるやん』

「俺のせいじゃない。そっちの二人のせいだ」

 本条くんが私たちの方に歩いて来つつ言う。

「俺なら、物語の中に入り込んで、うまくこの場を収められた。なのに……」

『ほうほう、そっちの二人は最近、特別司書官に復帰したってカンジやね』

 本条くんの言葉を無視して、カンちゃんが私を見上げる。

「最近、復帰した……?」

 復帰した、ってことはまるで……。

「前は、特別司書官だったみたいじゃん……」

『アンタは忘れてるけどな、事実、そうなんだよねぇ』

 ムギが大きくため息をつく。

『だから、安心しな。そこの二人にアンタはウソはついてねぇ』

 さっき本条くんとそこの騎士さんに、私はウソをついたつもりだった。

 特別司書官じゃないけど、特別司書官だって。

 だけど、本当に……、本当に私、特別司書官だったってこと?

 カンちゃんは首をかしげると、一冊のノートを取り出した。

『心配なら確認したるけど、どうする?』

「そんなこと、できるんですか?」

『まぁその本を持ってるっちゅーことは、ほぼ確実に特別司書官やと思うけどね』

 そう言いながら、カンちゃんはノートをめくる。

 しばらく、カンちゃんがページをめくる音だけが室内にひびいていた。

 数分後、あるページでカンちゃんの手が止まった。

『うん。ちょうど十年前、文原ありすとムギは、特別司書官に任命されてるで』

「え」

『ただ任命されてから全然、仕事しとらへんみたいや』

『そりゃ、今まで特別司書官に任命されたことすら、忘れてたんだからねぇ』

 ムギがカンちゃんに向かって言う。

「オレの相棒は、物忘れが激しいんでね。大事なことも大事じゃないことも、みーんな、すーぐに忘れちまう」

『そりゃ、なかなか大変な相棒を持ったもんやなあ』

『分かってくれるなんて、アンタ、イイヤツだな』

『任しときっ』

 カンちゃんは、胸を張る。

『ああ、それは置いといて、や。ワイは監視官としての役割を果たさなあかん』

 カンちゃんは、ポケットの中から懐中かいちゅう時計を取り出す。

 そして時計の針を確認すると真面目な顔をした。

『三日。三日以内に、逃げ出したキャラクター三人をここへ連れてきて、物語の中へ連れ戻す。それが、今回のミッションや』

「逃げ出したキャラクターたちを連れ戻す……」

『逃げ出したキャラクターたちは、この世界に生きてる人間の誰かと縁を結ぼうとする。縁を結んでしまった人間はキャラクターに自分の体を乗っ取られてしまう』

「体を乗っ取られてしまったら、どうなるんですか」

『簡単なことや。キャラクターとその人の人生が入れ替わるねん。キャラクターはその人間の人生を生き、元人間は、物語の役を演じて過ごすことになる』

 物語の中に入ってみたい、物語の登場人物だったらいいのにと考えたことはある。

 でも、一生物語の世界で、何度も同じ物語をくり返すことになるのなら。

 絶対、そんなところへ行きたくない。

 たとえそれが、ハッピーエンドでもバッドエンドでも。

『キャラクターが人間と縁を結んで体を乗っ取るまでのタイムリミット。それが三日なんや。もちろん、キャラクターの力も個人差あるからな、三日を過ぎても大丈夫なこともあるし、その逆もある。なんせ、早い方がいいってことには変わりないねん』

 そう言ってから、カンちゃんは私に向き直って言った。

『特別司書官、アリスとムギ。自分らに、物語修復とキャラクターの連れ戻しを指示する。……よろしく頼むで』

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