物語、炎上。
図書室のある校舎へ入るドアは、既に開いていた。
「一体どうやって……」
『アンタみたいに先生に気に入られて、仕事を頼まれるうちに、学校のカギが置いてある場所を突き止めたんだろうねぇ』
「私は別に、好きで仕事を頼まれてるわけじゃないっ」
『もちろん、分かってるさ』
そう言いながら、ムギは声のトーンを下げて続ける。
『……っていうのは冗談で。オレのようなヤツが、向こうにもいるんだろ』
「ムギみたいな人……?」
『そう。……話が通じる相手だったらいいけどな』
そう気軽に言って、ムギは先に校舎の中に入っていく。
校舎の中は真っ暗だった。
けれど一か所だけ、青白く光がゆらめいてる場所がある。
『あの光の先に、図書室がある。光をたどって先に進めばいい』
ムギの言う通りに、光をたどっていく。
何かをぶつけたり動かしたりする音がひびいてくる。
「なんだか、大そうじしてるみたい」
『大そうじなら、よかったんだけどねぇ』
どちらかというと散らかる一方さ、そうムギは顔をしかめた。
図書室の前にたどりつくと、ムギが先に室内に飛び込んだ。
私もその後に続く。
図書室の中は、昼間来た時とは全く様子が違っていた。
まるで、図書室の中に小さな台風がやってきたみたい。
本という本は、空に浮かび上がっては地面に落ちてをくり返し。
本棚の中には一冊の本も残っていない。
飛び交う本をよけて青白い光のもとへ近づいてみる。
青白い光の正体は、青く光る大きな大きな炎だった。
その炎は、テーブルの上にのせられた、一冊の本から発せられている。
その本は、紙しばいと同じくらいの大きな本だった。
開かれたページには何も書かれていない。
ページの中央から、火が燃え上がっているだけだ。
炎からは、いくつもの紙が舞い上がり、二つの人影にぶつかる。
一人の顔には、見覚えがあった。
同じクラスの
彼の身長くらいある大きなハサミの切っ先を地面に突き刺している。
きっと、あれで風に飛ばされないようにしてるんだ。
「え、ハサミ……!?」
おどろいてしまって思わず、そう声を上げる。
すると、本条くんがこちらを振り返った。
「なんでこんな時間に一般人が……!」
『ここは危険です、はなれてくださいっ』
鋭い声がして、本条くんと私たちの前にもう一つの人影が立ちはだかる。
おとぎ話に出てくる騎士みたいな服装をした金髪の男の人。
その人に向かって、ムギが言葉を返す。
『あんまり役には立たねぇだろうが、手伝いに来たぜ。オレたちも特別司書官だ』
風の音がうるさすぎるせいで、叫ぶような声で言うムギ。
え、ちょっと待って。ムギ、オレたちも特別司書官だって、言ったよね……?
私、特別司書なんかじゃないよ?
あわてて訂正しようとする私の方を見て、ムギがくちびるに手を当てる。
だまってろ、ってこと? でもそれじゃ、この人たちにウソついてることになる。
私の気持ちをよそに、騎士さんみたいな人は、私が手に持っている本を見た。
『ふむ。その本をお持ちということでしたら、間違いなさそうですね』
私の部屋の本棚に入っていた、見覚えのない本。
買った本は、大体どこでどんな日に買ったか、記憶している私。
でも、この本は記憶にない。
それなのになぜか、この本を知っているような、どこかなつかしい気持ちがある。
なぜこの本が私の部屋にあったのか、知りたい。
だから、とりあえずムギのウソに付き合うことにしたんだ。
「お手伝いします! 何をしたらいいですか!?」
そうたずねると、騎士さんみたいな人が口を開きかけた。その時。
「必要ない! 俺は俺のやり方で暴走を止める。ジャマするなっ」
本条くんだった。地面に刺していた剣をこちらに向け、私たちをにらんでる。
「物語の中に入って、ルールを破ったキャラクターを消す。それが、俺のやり方だ」
「キャラクターを、消す……?」
思わず聞き返した私に、ムギが説明してくれる。
『キャラクターが消されても、物語自体は変わらない。代役が来るんでね』
「代役……」
それってつまり、別の誰かが、いなくなったその人の役の代わりをするってこと?
『代役が立てられなかった時は、一般の人に読んでもらえない場所に本自体が、移されるってワケ』
「そんなのダメ!」
物語は、誰かに読んでもらうために、誰かに力を与えるために作られた物。
それなのに、誰にも読んでもらえない場所に置かれるなんて、おかしい。
「物語も、キャラクターも、人間が作り出したものだ。逆らうなら、消すまでだ」
「そんなの間違ってる。キャラクターだって、生きてるんだよ!?」
そう口に出してから、ふと疑問に思う。
物語の
そんなはずはない。物語の登場人物は、物語の中に存在するだけ。
そこに、命はないはず……。
そう思っていると、本から上がる火の手がさらに大きくなった気がした。
「まずい!! のんびりお前と話してるヒマはない!」
そう言うと、本条くんはハサミの切っ先を本に向けた。
そしてそのまま、本のページを切ろうとする。
「ダメ!!!!」
そう叫びながら、体は勝手に動いていた。
開いている本を閉じようと手を伸ばす。
本を閉じたら、炎も消えると思ったから。
いざ炎に近づいてみると、見せかけの炎かと思ったら、違った。
やけどしそうな暑さではないけれど、温かい風が吹き荒れる。
持っていた本に体重をのせながら、無理やり本を閉じようとする。
最初は、まったく閉じる気配がなかった本。
だけど少しずつ、表紙と裏表紙が近づいていく。
『……まったく、無茶するもんだ。命がいくつあっても足りないぜ』
もう一つの手がそえられた。
ムギの手だった。
「どけ! 物語に取り込まれるやつが出たらどうする気だ!」
後ろで本条くんの叫ぶ声が聞こえたけれど、気にしない。
絶対に、この本を壊させはしない。私の手で止めてみせる。
本を閉じる手に、さらに力がこもる。
本はあと数センチで閉じる、というところまで来ていた。
あと少し、もう少し……。そう思っていた時。
『このままだまって、閉じられてたまるか』
そう声が聞こえた気がした。
そのとたん、本がまた大きく開き、三つの光が飛び出す。
「くそ、やっぱり出やがったか!」
本条くんがハサミを振る音が聞こえた気がした。
振り返ろうとした私に、ムギの鋭い声が飛んでくる。
『今は、この本を閉じることだけ考えてくださいませんかねっ!?』
その言葉で視線を本に戻す。
二人がかりで、再び全力で本を閉じにかかる。
あと少しで完全に閉じられそうになった時、ムギが叫ぶ。
『特別司書官、アリスとムギ、物語修復を開始する!』
そのとたん、私が手に持っていた本の表紙についていた石が光りだす。
その石の放つ赤い光が、もう一方の本が放つ炎を吸収し始める。
暗い室内に、赤と青の光が満ちあふれ始めた。
炎を放つ本の、ページを開こうとする力が弱まる。
『物語に帰れ!』
ムギがそう叫ぶと、本がガチャンと金属のような音を立てて閉じた。
青と赤の光がはじける。
閉じた本の表紙には、騎士が持つような盾のマークが現れた。
風がやみ、飛び回っていた本が、次々と地面に落ちる。
『……ふう。とりあえず、物語封印成功っと。おつかれ、アリス』
終わったんだ。
そう思ったら、足の感覚がなくなって、床に座り込んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます