ありふれた日常の、終わり。

図書室の異変

 夜。突然、目が覚めた。

 目覚まし時計の時間を確認する。現在、夜の二時半。

 本当なら、眠くて仕方がない時間帯。だけど。

 今は誰かに起こされたかのように、頭がすっきりしている。

 シャランッとまた鈴の音。それと一緒に声も聞こえて来た。

『……始まったぞ。窓の外、見てみろ』

 窓の外……?

 ベッドから起きだして、外を見た。

 窓からは、自分の通っている中学校の校舎が見える。

 一年生の教室がある校舎と、それから、図書室のある校舎。

 図書室の入っている校舎を見たとき、見なれないものが映った。

「……何、あれ……」

 校舎が、燃えていた。

 青い炎が、窓から外へともれ出している。

「大変! しょ、消防車!!」

 あわててスマートフォンで電話をかけようとする。

 すると、声が言った。

『ムダだろうねぇ。ほとんどの人には、アレ、見えないから』

「見えない!? 燃えてるのに!?」

 私の言葉に、今度は答えてくれた。

『フツーの人には、いつも通りの景色に見えるのさ。フツーの人にはね』

 それじゃまるで、私がフツーじゃない人みたいじゃない。

 そう言い返そうとした時、声が続ける。

『取り返しがつかなくなる前に、助けに行ってあげた方が、いいんじゃない?』

「助けるって、何を」

『特別司書官をさ。……多分今頃、一人で苦戦してると思うんだよねぇ』

 相変わらずのんびりした声で、声は言う。

 声が昼間言っていた、『特別司書官』。

 それが今、こんな真夜中の学校にいるってこと?

『早く決めないと、特別司書官、物語の中に取り込まれちまうぜ?』

「物語の中に、取り込まれる……」

 そう聞いた瞬間、体は動いていた。

 普通なら、そんなこと、誰も信じないと自分でも思う。

 でも、なぜか私にはそう思えなかった。

 物語の世界に取り込まれたら、戻れない。

 そんな確信が、私の中にはあったんだ。

 パジャマから制服に着替えようとする私に、また声がかかる。

『……こんな時まで、マジメかよ』

「ほっといて!」

 あ、くつ下は洗面所だから、まぁいいか。

 パジャマの上からブレザーをはおり、ズボンを脱いでスカートにはき替える。

 その時だった。本棚に体がぶつかって、本が一冊とび出した。

「いったぁ」

 本を本棚に戻そうとしたとき、ふと疑問を感じた。

「あれ……? こんな本、持ってたっけ……?」

 その本は、まるでおとぎ話に出てきそうな表紙をしていた。

 金属のようにかたくて重いブックカバーでおおわれている。

『題名のない物語』。そう書かれた本の真ん中には、大きな石がはめこまれていた。

 ニセモノの宝石みたいなそれは、キラキラ光りそうだけど、くもっていた。

『……いやぁ、くすんじまってるねぇ。最近、使ってなかったからな』

 声が言う。

『それ、ちゃーんと持って行きなよ。今から必要なんだから』

「これが?」

『そう。それがないと、物語の住人たち、止められねぇんだわ』

「それってどういう……?」

 私が聞き返そうとすると、声がいつもより低くなった。

『話はあとだ。でなけりゃ、本当に、取り返しがつかなくなっちまうぜ?』

 それでもいいのかい、という言葉に私は本を持って、部屋を出た。

 まだまだ聞きたいことは、たくさんある。

 だけど、確かに声の言う通りだ。

 本当に校舎が燃えているのなら、なおさら。

 家族にばれないように、足音を立てずに玄関のドアを開けて外へ出た。

 一気に学校まで走る。

 校門が見えてきたところで、気づく。

「でも私、校門のカギなんて持ってない……!」

『そんなもん、オレがいれば、なくて問題ねぇ。全速力で走れ!』

 声に言われると、どうにかなるような気がした。

 全速力で走る。校門とぶつかる寸前、するどい声がした。

『今だ、とべ!』

 思いっきりジャンプする。

 すると、あるはずのない場所に、足場があるかのように足がついた。

 そのいきおいのまま、またジャンプ!

 そしたら校門の上まで飛び上がっていて、飛び越える形になった。でも。

「降りる時どうするのおおおぉぉぉ!?」

 迫ってくる地面。ぶつかる……!

 そんなに高くないから、大きなけがはしないと思うけど。

 でも足首をねんざしてしまいそうな、そんな高さ。

 何より、そのまま着地したら絶対足が痛くなる高さ。

 まるでスローモーションのようにゆっくりと落下していく私。

 地面に足を打ち付ける前に、地面の床とはちがう、ふんわりとしたものをふんだ。

 そのおかげでどこもけがをせずにすんだんだ。

「……何もないのに……」

 見た目は、近くの地面と変わりない。

 だけど、たしかに感しょくは、他よりやわらかかった。

 何度もふんでいると、怒ったような声がした。

『……アンタ、わざとふんでるワケ? 痛いんですがね?』

「え……?」

 足をどけてみると、先ほどまで透明とうめいだった『何か』が姿を現した。

 その『何か』は、体を起こす。

 それは、私と同じくらいの年ごろの少年だった。



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