第28話.厄災の炎陽
「……前より少し頑丈そうになったかも?」
逃げ惑う兵士や拠点運営に関わっていたであろう民間人のふりをした人間たちを倒しながら進んであたしは大聖堂へやって来た。
何だか、あの日はとても大きく恐ろしいもののように見えたけれど今日はそうでもない。あたしの心境の変化のせいかな。
ここが最後の砦、とでも思っているんだろうか、入口に兵士たちと星術師たちが固まってこちらを射殺さんばかりの目で見ていた。
「そこにいても死ぬだけだよ――逃げてもどうせ死ぬけどね」
そう言いながらウィリデを正面へ。あたしが歩いてきた道が赤々と燃えているので、その光を受けてウィリデの
「――憎悪の淵から
炎の魔法はあたしとウィリデの得意分野だけど、これはその中でも一番の火力を誇る魔法。
「其は血潮の深き赤」
あたしにとって炎とは怒りの象徴だ。そしてそれは、赤ければ赤いほどいい。
「憤怒の縁を
其は火炎の猛き
丁寧に音を重ねるように編み上げた詠唱。飛んでくる星術や矢はあたしの足元から立ち上る熱気に阻まれて届かない。
「お前の罪が戻り来た
これが、お前に下す
これが、お前に赦す
ウィリデを高く掲げる。魔力で頭上に描き出す太陽のような圧倒的な熱量。
「焼き尽くせ――――厄災の炎陽ッ!」
その名を叫ぶと同時に杖先を大聖堂へ向けて振り下ろす。獄炎の塊が発射された。
勿論、逃げられるなんて思わないよね?
夜だというのに昼間みたいに眩しい光が大聖堂を照らす。
それはそうだ、あたしが発動した『厄災の炎陽』は小規模の太陽みたいな炎の塊。紅蓮のそれが放つ燦然たる輝きがこの場に一時的な昼光をもたらすのも当然のことだった。
逃げ惑う人々が上げる悲鳴すらも自然発火するような高温が大聖堂に迫り、そしてすぐ衝突する。
最早蒸発させるような勢いで建材を喰らい始める炎。その目映い紅蓮に、同じような赤を見据えたあの日のことを思い返す。
「…………」
あの日、あの炎に誓った復讐を、今あたしはやっと果たしたのだと実感した。
サルザリア大壁は崩れ、監視塔は燃えた。そして大聖堂も燃やし尽くされて朽ちる。
「……ここまで、長かったね、シア」
熱気で逆巻く風があたしの黒髪を揺らす。頬を掠めたその熱さの中に、シアの声が聞こえたような気がした。
本当に長かった。
でもやり遂げた。あたしはあの日の誓い通りに、サルザリアの忌まわしい全てを怒りと憎悪の炎に包み込んだのだ。
小さく息を吐いて、そっと目を閉じる。
何だか、とても疲れたなと思った。
「――ララ」
「……先生」
燃えて崩れていく大聖堂の前でその炎をぼんやりと眺めていたら、上からカルラルゥを乗せた黒竜が降りてきた。
静かな声で呼びかけられて、やっと“今”に意識が戻ってくる。
「爆角の子たち、仕込んでたんだね」
「ああ、秘密にして悪かったね」
「ううん、どこから漏れるか分からないし仕方ないよ」
あたしが肩を竦めると、カルラルゥは風に煽られて肩に掛かった黒髪を手で払いながら「そうだな」と苦笑した。
「どうやらもう、この拠点内に人間はあと僅かなようだ。殲滅が済んだら少し休もう」
「……はぁい」
「疲れたかい」
「……うん」
「連戦だったし、お前は強敵と当たり続けたからね、仕方あるまいよ」
「望んで当たったんだけどね……」
「満足か」
「……多分?」
それよりずっと空虚、と溜め息混じりに答えると、カルラルゥは紫の目を細めて「そうだろうね」と頷く。多分彼女も同じ気持ちなんだろうなと思って意味もなく何度か瞬きをした。
「……ねえ、先生」
「何かな」
「この戦いが終わって、あたしの中の怒りがもしも、もしもだけど、冷めてしまったら、ウィリデは力を失ってしまう?」
白木の杖身に炎の赤を受けて
「いや、大丈夫だ。魔導具に込められた思念は成った瞬間のものを維持する。心配するな、ララ」
「……そっか」
ぼんやりと握ったままだったウィリデを強く握り直して抱きしめる。
「そっかぁ……よかった……」
ここまでのあたしを支えてくれたこの杖が、この先の道も一緒に歩んでくれるなら、進んでいけそうかなと思った。
そう安堵した目の前で、ついに枠組みまで焼き尽くされた大聖堂ががらがらと火の粉を散らしながら崩れ落ちる。
「サルザリアは終わりだ」
「うん」
ああ、準備には時間がかかったけれど始めてみればあっという間のことだった。
対魔境防衛戦線サルザリア大壁、拠点市街共に陥落。
魔境による大陸制覇のための一戦目が、炎と共に幕を閉じる。
――――――――――
《おまけ解説》
魔導星術と魔法、星術との違いについて。
基本的に詠唱のあるものは魔法。詠唱は世界の理に干渉するための宣言であり、方向付けの導だからである。
反対に星の力を振るう星術は、求める力を指定するのみなので詠唱を必要とせず、ただ星の力の名を叫ぶのみ。
この二つを合わせララが生み出した魔導星術は、詠唱によって星々の力に干渉、星の名と、その干渉の名とを核心の言の葉として放つものとなった。
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