第27話.拠点市街へ

 ミセスを撃破した。その達成感は、想像していたより空虚で、静かなものだった。

 遠くで人々の悲鳴と魔物たちの声がする。街が燃え始めたのか、学園の屋根越しに見る景色のあちこちに煙が立ち始めていた。


 はぁ、と一つ息を吐いて夜空から視線を地上へ戻す。まだまだ戦は続いているんだ。


「――取り敢えずもう一戦、かな」


 集団の気配がする。


 視線をふっと修練場の入口へ。足音が沢山迫ってくる。

 多分ミセスを閉じ込めた氷葬が大きくて目立ったから集まってきたに違いない。何せ魔導星術とは違う純然たる魔法だし。

 現れた集団の先頭にいた男が巨大な氷柱の中に絶命したミセスを見つけて目を見開く。


「ハンナドール殿ッ、なっ、まさかっ……貴様ッ、魔物か?!」

「……さあ?」

「愚弄するかッ……!」


 三十人程度の部隊。拠点防衛のために壁の内側に残された軍の一部だろうか? 考えながらもウィリデを構――「ふはははっ、邪魔だ邪魔だァッ!!」修練場の外壁を壊し、何かが高笑いを響かせながら突っ込んできた。


「……ヒースラウド??」

「ふははは……ん?――小娘かッ!」

「わぁ……」


 突っ込んできたものの正体はヒースラウドだった。全身返り血まみれで赤黒くないところを探す方が難しそう。広げた黒い翼も一面血の色で斑。乗っていた土竜はどこへやら、戦斧を携え飛行の勢いで壁をぶち抜いたらしい。


土竜ビビちゃんは?」

「置いてきたが?」

「へぇ」

「あれも好きに暴れていることだろう! 市街戦は徒歩かちに限る!!」

「あんたは飛んでるけどね……?」


 何だか肩の力が抜けた。


 今まで、あたしに対してあまり良い印象を持っていないだろう彼と話すのは緊張することばかりだった。

 けれど、戦闘の昂りで理性の吹き飛んだ彼は思ったよりハキハキとした感じで結構話しやすい。何だろう、粘着感みたいなものが無くなってカラッと乾いた印象だ。

 と言うか、魔導具である眼鏡が無くなるとこんな感じになるんだなこのひと……


「ヒッ……血濡れの魔物……」

「怯むな、我らは誉れ高きサルザリア拠点防衛軍であるぞ!!」


 どうやらサルザリア大壁所属軍は言葉通りの全軍を荒野に集結させたんじゃなく、一部に拠点防衛軍って名を与えて壁内に残していたみたい。まあ、普通そうするよね。


「けど、ねぇ?」

「くく、ふははっ! 無駄な足掻きだ!」


 ヒースラウドへ向けて小首を傾げて見せると彼は心底愉しそうに笑って戦斧を構えた。あたしもウィリデを構え直す。


「ハンナドール殿の仇ッ……皆の者、かかれェッ!!」


 あたしたちをわらわらと囲んで、兵士たちは憤怒の声を上げた。自分たち自身を鼓舞するような声だった。

 四方八方から剣先が突き出されるのを必要最低限、ウィリデで払う。ちくちくと面倒だな、一息で焼き払おうか――


「まどろっこしいッ!」

「えっ、わっ、嘘ッ?!」


 あたしが炎の魔法を構えた直後、地味な攻撃に腹を立てたヒースラウドが戦斧をブンッと円形に一周振るった――あたしが背後にいるっていうのに!!


 慌てて跳躍。寸でのところで間に合い、足の下を鋼色の刃が凄まじい勢いで通り過ぎる。


 咄嗟にしゃがまなかったのは撒き散らされるであろう血を浴びたくないからだ。あたしが避けた直後に、思った通り周りの兵士たちが一瞬で真っ二つになって血が噴き出す。

 無駄に血を浴びずに済む足場の目処が立たなくなってしまったので、致し方なくヒースラウドの右肩に下り立った。別に文句を言われなかったのでよしとする。


「ちょっと危ないじゃん!!」

「知ったことか、避けられないならば貴様はそこまでというだけだろう!」

「はー?!」


 言い合いをするあたしたちを前に、仲間の血を浴びた兵士たちは、それはもう可哀想なくらいに青褪めて「化け物……」と震えていた。

 それでも武器を構えて近づいてくるので感心しつつ、サッとウィリデを振って残った兵士全てを焼き払う。

 これ以上ヒースラウドと一緒にいたら変な巻き込まれ方しちゃうだろうから、さっさと片付けて別行動に戻るに限る。


「よしっ、あたしもう行くからね!」

「勝手にしろッ! 俺はここら一帯を更地にするぞ!!」

「それこそ勝手にして……」


 多分、今殺した兵士たちと同じような部隊が拠点内にあと何部隊かいるだろう。それをサクッと片付けてしまおうかな。

 まあ、さっきカルラルゥの魔力と同時に爆角の魔物が現れて暴れだしたから相当減っていそうだけど。あれに勝てる人間はそういない。


「……そうだ」


 ふと思い立って北へ目を向ける。炎や煙が空へ向けて立ち上る景色の中、記憶と変わらぬ姿で佇む大聖堂。


「へぇ、建て直したんだ……」


 よし決めた。


「確か重要拠点なんだよね、あれ」


 戦争の準備を進めている最中に間諜からその話を聞いて「あの時燃やしといて良かった」と思ったものだ。


「今度は形も残らないくらいに燃やし尽くしてあげるよ」


 重要拠点が破壊されれば心も折れるだろう。まだ生き残っている兵士や星術師の意志と一緒に、サルザリアに残る記録類も焼いてしまおうと考えた。


 赤く、紅く、燃え盛るそれでサルザリアの壊滅を知らしめるんだ。あたしがここから逃げ出したあの日の炎が、この日の炎を予言していたんだと分からせてやる。

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