第26話.グレアリア・ハンナドール
サルザリア大壁陥落。崩れていく白亜の大壁の姿に魔境軍は色めき立った。
魔境の長い長い歴史の中、魔物の全てが望んでいた瞬間だった。
「ふははははッ! 今こそ、魔境の力をこの地に轟かせる時ッ!! 皆のもの、進め、人類の全てを蹂躙せよ!!」
血にまみれた戦斧を片手で易々と掲げ、ヒースラウドは歓喜と興奮に満ちた声を上げる。
ギラギラと輝く銀の双眸、眼鏡はどこかへ吹っ飛んでいってしまったらしい。特殊な魔法のかけられたそれが無くなったために、戦狂いの本能の抑えが本格的に効かなくなっているようだ。
「進め進めッ!! ふはははははッ!!」
吼えるヒースラウドは地竜の脇腹を蹴り、先陣を切り裂くように駆けていく。
彼に率いられた軍も各々の昂りを咆哮に込めて叫び、凄まじい勢いで魔境軍未踏の地へと進軍していった。
――――――
閃光、爆発じみた衝撃波があたしの炎を吹き払った。レイピアの剣先を受け止めたウィリデを構える腕が軋むほどの衝撃。
「っ……そういう武器もあるんだ」
ウィリデの銀細工に絡め取られたままギリギリと音を立てるミセスのレイピア。その剣身には青白い星術術式が綿密に刻み込まれていた。
ザッと見ただけでもかなりの高等術式なのが分かる。相当な手練れが刻んだに違いない。星の生まれる衝撃を空から導いているようだ。
「これはサルザリウス筆頭星術師殿より賜った星術器『
キィィ――と星術術式が発光。まずい、と思ってウィリデを引こうとするがミセスが腕を捻ったことで剣身が炎型の銀細工から抜けない。
「爆ぜろ、羅睺ッ!」
「っ――氷雪よ!!」
叫んだのは同時。剣を封じ込めようと瞬く間に氷結が始まる、しかし星術の威力がそれを上回った。カッと再び閃光が弾けた。
「っ、ぐ……!!」
吹き飛ばされて、あたしは修練場の地面に転がった。視界が明滅する、脳が揺さぶられてしまったらしくすぐに立てない。立て立て、と念じるが平衡感覚が狂って動けなかった。
「そんなもので私と戦えるものか、痴れ者め」
「っ、この……」
「あの日に聖女として死んでおけば良かったものの。貴様が愚かにも逃げたから貴様の親友も死んだのだ」
「ッ!!」
ミセスの声がぐわんぐわんと脳の中を揺らしていく。虹色の油膜みたいな輪郭線を帯びて揺れる視界の中で、彼女の冷淡な目が剣呑に光っていた。
うるさい、あの日の憎悪と悲しみが、
「あんたたちがっ……サルザリア大壁なんてものを、っ、監視塔の聖女なんてものをっ、作ったせいでしょ……!!」
立て、戦え、あたしはこの女に勝たなきゃいけないんだ。
「っぐ、ぅ……はぁ、はぁ……」
ウィリデを支えに、ふらふらしながらも立ち上がる。ミセスは再びレイピアを構えた。剣身が光る。
「はぁ、っ、そっちが剣なら、こっちも、やってやる……」
離れてしまった星々の力を再び導く。ゆっくりとウィリデを正面へ。一呼吸。
「……――お前はあの日の
ふっと青白い輝きがウィリデの
「銀光、濃藍を裂いて断つ」
杖身の下の方を握ったあたしの手から光が幾筋も杖の先へ緩やかに昇っていく。
「お前はあたしの
閃光、暴嵐を薙いで討つ」
星々の力がウィリデの杖身を覆って、鋭く、怜悧な輪郭を編み上げた。
「時は来た、厄災を、喝采を、さあ叫べ」
そう、これは星々の冷たさをあたしの牙にする魔導星術。名を――
「――
ウィリデを覆う余分な光が、金剛石を砕いたように散る。
姿を現したのは、凍てつく青白い光の剣。
あたしの怨敵を刈る、星々の静かなる裏側の力、星光の剣だ。
構えて、刹那の静寂。睨み合いはそう長く続かなかった。
「――ッ!!」
三馬身の距離を、ミセスは恐ろしい勢いの踏み込みで瞬きの間に詰めてきた。空気を裂くような鋭い刺突。星光の剣で払い除け、返す刃でミセスの喉を狙う。
次の瞬間、銀の刃の上で星術が爆ぜるのが分かった。一歩退いて小型の城塞結界を張る。羅睺の星術が散った一瞬を狙って剣を振るった。
星々の裏側の冷たさがあたしの沸騰した怒りを冷ましたのか、先程の苛立ちは淡々と凪いでいた。冷静に、冷徹に、ただただ敵の急所を狙い続ける。
白炎師団長ともミセスとも、少しだけ言葉を交わしてみたけれど、絶対に分かり合えないという確信を深めるだけだった。
彼らは彼らの正義で――あたしにとってそれは悍ましいものでしかないけれど――あたしたちはあたしたちの正義で、衝突している。
戦争っていうのは、そういうものなんだと思った。
だからあたしは必ずここでミセスを殺さなきゃいけないし、ミセスも勿論あたしを殺す気でいるだろう。
ウィリデの
羅睺が吼えて、再び星術が弾けた。苛烈な銀の光を城塞結界で迎え撃つ。
ああやっぱり――
「――それ、二回発動すると次の発動までにある程度の時間が必要なんでしょ」
そうでなければ、殺したい相手に対してあんな攻撃力のあるものを常時発動しないなんておかしい。
それに、発動時に見える星の力の流れからして、あの
連発したら器の方がもたないんだろう。相殺できない威力を一点集中させてくる攻撃なんてやりにくくて仕方ない。羅睺の弱点はあたしにとっての幸運だった。
跳んで、上段から星光の剣を振り下ろす。羅睺の星術発動の
避けられて、しかしそれでいいと振り下ろした剣が地面を抉る。また突進、剣先が再び土を巻き上げた――六度、繰り返す。
ミセスの刺突があたしの攻撃の合間を縫って襲い掛かってきた。左の頬を抉られる――でも、準備は整った!
「――北天の輝き、南天の影。座して待てよ、汝は幾星霜を身に刻む」
炎よ、と叫んだ。噴き上げた紅蓮の炎がミセスをあたしの狙った位置へ――六芒星の中心へ追い込んでいく。
「厳かなれ――――氷葬ッ!!」
大地に穿った六の星が線を結ぶ。迸る力は純然たる魔力。刹那、時すら閉じ込める速度で氷結が発生。ミセスを封じ込めたまま、そこに巨大な氷の柱が立った。
「魔導星術なんていう新しいものに気を取られたかもしれないけど、あたしの本分は魔法だから」
ね、と微笑みながら跳躍。
剣身にひび割れを作りながら星術を爆ぜさせた羅睺に「やればできるんだ」と雑な賛辞を送って、分厚い氷壁を割ったミセスの心臓に星光の剣先を突き立てた。
「ッ――!!」
「――あたしの勝ち」
「っぐ、ぁ、ララ……シズベッ、ト……! 人類の、裏切り者、め……貴様に、今後、安寧は無いものと、思えッ……!!」
「…………そんなこと、知ってるよ」
ミセスが血を吐きながら叫んだ言葉をじっと受け止め、一つ息を吐いて氷壁を軽く蹴る。剣が抜けて、彼女の胸から血潮が激しく噴き出した。
それを見つめながら、空中で『
それがなんだか哀しいほどに綺麗で、あたしは少し泣きたい気持ちになりながらふわりと着地して、ついに夜の紺碧を浮かべ始めた空をじっと見上げた。
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