第25話.魔王の一手

 ひらりと宙に躍らせた体を、魔法で呼び出した風に乗せる。

 眼下ではサルザリア大壁をぶち破ったセシリージゥがそのまま壁内に進んで建物を飲み込み始めていた。


 ウィリデを握って宙を舞うあたしへ向けて、拠点市街地内の人々が何か叫んでいる声がする。魔物だの何だの、多分そういう内容だ。

 彼らの身分が何であれ『サルザリア聖教国』を演じていた人間なのに変わりはない。このまま魔境軍に呑まれてしまえばいいと思う。


 あたしは学園を、その修練場に立つミセス・ハンナドールだけを見つめていた。


 彼女を殺したら、この空虚な感覚も少しは満たされるのかな。



 学園が近づく。ミセスの茶色の双眸に宿る剣呑な眼光と、苛立たしげな表情がよく見えた。


 腰のベルトにはもう一本レイピアが吊るされている。使い潰して戦うことが前提みたい。苛烈さだけは嘘じゃなかったっぽいなぁ。


 ウィリデに魔力を込めて炎の魔法を用意、全身を取り巻く風を暴虐な竜巻に変えて初撃を構えた。うっすらと微笑みを浮かべて一言。


「――久しぶり、ミセス」

「ララ・シズベット――役目から逃げた痴れ者が、よくものうのうと!」

「あは――嘘つきが何か言ってる」


 衝突。あたしとミセスは、今までにない距離で視線を交えた。




――――――




「――あ、そう言えば」


 先程、対魔境軍の大将首をこの手で落としてきたのだが、願い続けてきた監視塔の崩壊がようやく叶った状況での万感の思いに押し流されてララに伝えることをすっかり忘れていた。


「まあ、大将首あんなもの、些事だな」


 サルザリア大壁からひらりと飛び降りて学園の方へ向かっていくララを見送り、騎竜に飛び乗ったカルラルゥは「さて」と魔力に満ちて輝く紫の双眸で眼下の街を見渡した。


「仕込みは上々」


 街の石畳の下、深く深く何層も潜り込んだ場所。至るところにカルラルゥの魔王の権能に応える力を感じる。彼女は白皙の美貌にゆうるりと愉しげな笑みを浮かべた。


 監視塔へ数多の飛行型の魔物を差し向けた理由を、彼女は「『監視塔の聖女』を消耗させるため」と宣言していた。


 実際、サルザリアを落とすには五本の監視塔に納められた『聖女』が大きな障害となるのは事実なので、魔境の誰もそれを疑問には思わなかっただろう。


「ちょっとした贈り物サプライズをあげようね」


 自分の魔導具『やましき瞳』の概要が人類側に伝わっていたことがララの話から判明した際に、カルラルゥは人類側に魔境の情報を得る手段があると初めて知った。


 どうやらそれは「教皇の奇跡」などと呼称されていたようだが――恐らくは星術の一種だろう、魔物の固い口を割らせることができてしまうらしい。



 だから、この計画は側近たる配下たちにすら隠すことにした。



「さあ出番だよ、お前たち」


 轟、とカルラルゥの魔力が津波の如くサルザリア上空から街へと降り注ぐ。それに、大壁の基礎にある星術結界すら掻い潜る深さを進ませたモノたちが応えた。


「――派手にやっておしまい」


 人間たちの逃げ惑う街の下、カルラルゥが張り巡らせた土中の刺客・・・・・が爆ぜる。


 ドォォンッと派手に上がる爆炎。石畳を捲り上げ、家屋を破壊して刺客たちが地上に姿を現した。爆炎を生む爆角ばっかくを有する土中の獣、どんな固い地層も掘り進む魔物だ。


 監視塔の視線をひたすら上空へ固定したのはこのためだった。地中を進んでくる気配を悟らせぬよう、地上と上空にしか攻撃手段がないのだと思い込ませるよう、些細な違和感を抱く隙すら与えぬよう、とにかく空からの攻撃を続けたのだ。


「ふはははっ! 壮観だね、人類!!」


 一瞬で混沌と化したサルザリア拠点市街を見下ろして笑い、カルラルゥは騎竜の手綱を軽く引いた。

 あとは優秀な配下たちが好き勝手に暴れるだろう。大将は後ろで大人しく時を待とう。自分が暴れすぎては彼らが拗ねてしまう。


「好きなだけおやり、ララ、ヒースラウド、セシリージゥ」




――――――




 ――ガギィッ!!


 竜巻の勢いを乗せた杖身がミセスのレイピアに受け止められる。ぶつかり合ったまま紅蓮の炎を放つと、鋭い舌打ちと共にミセスは後退した。


 ふわりと着地、炎の合間を縫って突き出された剣先をウィリデの杖身でいなす。鎧犀の突進のように重たい。

 教師のふりをしていたときは微塵もそんな雰囲気を感じさせなかったけれど、彼女は相当手練れみたいだ。


 ああ……最初の魔導星術ミーティオ・インベィルの効果が切れようとしている。

 全身をみっちり満たしていた星々の力が自然なものへ戻ろうとしているのを感じた。

 そう言えばそろそろだっけ、と思いながらミセスの突きを弾く。


 ……腰に下がっている方のレイピア、微かだけれど星術の気配がする。あっちが本命かもしれない。今あたしに注いでいる星の力の流れが元に戻ったら、何か仕掛けてくるかな。星術のこもった武器そういうものにはあまり詳しくないので何とも言い難いけれど。


 空気すら縫い止めるような鋭さと素早さの突き、どうやらミセスはあたしの前に『落涙のウィリデ』を破壊しようと考えたらしい。受け流す刺突の感触が変わった。


「壊れるわけないでしょッ!!」


 炎の形の銀細工に剣先を絡めて折る。ミセスは折れた剣を即座に捨てて次の剣を抜いた。


「シアの髪だよ、ミセス、この杖の核はシアの遺髪だッ! あんたたちが殺した、あたしの親友の思いがここにあるの!!」


 だから壊れるわけがないでしょ。鉄を溶かすほどの炎熱をばら撒き、あたしはそう叫んだ。


「――それがどうしたッ!」


 自分の表情が抜け落ちるのを自覚した。その刹那、あたしの中の星々の力が砕けるように霧散する。


「私は『鋼鉄の女傑』グレアリア・ハンナドール! 揺らがぬ精神性こそ我が真の武器ッ!」


 ミセスの咆哮と同時に突き出された剣身、銀の刃の上で青白く星術の術式が弾けるように瞬いた。

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