第23話.撃破

 弓のように構えた杖と手の向こう、喰い尽くされた銀霧星雲ネビュラの先で苦々しげな顔をして次の星術を編み上げるコルネルの姿がある。


 ――よし、視認した。


 あたしが今、引き絞った弓矢のように構えている魔導星術『光輝たる天青シリウス』は、あたしの獲物を、その喉笛に食らい付くまで永遠に追いかける猟犬だ。


 成立の条件は、放つ瞬間に術者あたし獲物を視認すること。


 一対一の状況で用いる技でありながら、弓矢の如く構え、引き絞りながら編み上げる術式なので、成立の条件自体は単純でも、妨害を避けての発動が難しい魔導星術だった。


 訓練での成功率は大体四割ってところ。でも、術として成立してしまえばあとは確実に敵を屠る確殺の矢となる。

 それを、この土壇場で成功させられた。あたしの手に引き下ろした、全天で最も明るいその星は今、あたしの牙となった!



 そうして放った青白い輝きの矢は、鋭く吼えるような弦音を一つ、鮮烈な星の光の狼となって宙を駆け出した。


 全天で最も明るいその輝きは、コルネルが抵抗として放つ燦然新星スーパー・ノヴァを呑み込み、再び湧いた銀霧星雲ネビュラを切り裂いて駆け抜けた。


 先程までの戦いで不安定になった足下、後退りしたコルネルが体勢を崩す。その薄青の目が敗北を悟ったように柔く細められた。



「――見事」



 倒れていく老爺の喉元へ、青い星の狼の牙が深く、突き立てられた。










「っ、はぁ……はぁ……」


 やった、勝った。


 張り詰めていた神経がフッと緩む。座り込んでしまいそうになって、まだ戦いは終わっていないと体を叱咤する。


 強かった、流石大陸一の星術師。


 でも、あたしが勝った。最後に立っているのはあたしだ。ゆっくり息を吐いて瞑目、再び開く頃には震えた呼吸を整える。


「……よし」


 配下と同化して巨大な粘体になったセシリージゥが近づいてきている。多分、あのままぶつかって、サルザリア大壁を破る気だ。


 早く、監視塔の皆を解放しなきゃ。




――――――




 かつて、重い聖女衣装を引きずって上った階段を、軽やかな戦装束の裾を揺らして駆け上がっていく。


 緊張で口内が乾いていた。

 かつての仲間たちがどんな姿になってしまったのか、どんな姿にされてしまったのか、あたしは知らなければならない。

 それがとても怖かった。


 小さな木戸が一つ。その表面にいくつも打ち付けられた木の板。聖女という偽りの冠を被せた少女を閉じ込めるそれは、沈黙を塗り込めたような色をしていた。


 震える手で掲げたウィリデの杖先を板に滑らせていく。端々の釘が弾けて、板は次々硬い音を立てて床に落ちた。


 深呼吸を一つして、そっと戸を引く。


 ふわり、と舞った埃が仄白い明かりに照らされて一瞬浮かび上がり、暗がりに沈んだ。








「――……っ!」


 緩やかに明滅する白銀の陣が床を、壁を、天井を埋め尽くしている。星術の陣だった。


 そしてその真ん中に、ぽつん、と白装束が転がっていた。


 全身が震えた。聖女選定の日に見た四人の顔を思い出す。あの時誇らしげに揺れていた皆の髪の色を、思い出してしまう。


 冷たい床に広がった艶のない金の髪。


 あたしはそれが、かつては蜂蜜みたいに美しい黄金色だったことを知っている。


「ッ、あぁぁ……ロクサーヌ……!」


 厳しくて気高くて、あたしのことを腑抜けと呼んでいた。でも、聖女に選ばれて呆然とするあたしに、優しい言葉をくれた人だった。


「置いていって、っ、ごめん……助けられなくて、ごめん……!」


 ぼろぼろと涙がこぼれた。どれほど苦しかったろう、悲しかったろう。その後も利用されている己を、どれだけ悔しく、辛く、そして腹立たしく思っただろう。


 燻されて、元の色も分からないほどに茶褐色に乾びた肌の上、塔の中と同じく星術の陣が明滅している。離れてしまった星の力を求めて呼んでいるのだ。


「っ、ひぐ、うぁぁっ……!!」


 これが『監視塔の聖女』だ。

 サルザリアの、この大陸の人間の罪業だ。

 こんなふうに、少女の命と体を使い捨てるようなものが!


 何が礎だ、こんなの狂っているとしか言いようがないじゃないか。どうしてわからないんだ。こんなことをしなければ滅びる存在人類に価値なんてないじゃないか。


「待たせて、ごめんね」


 祈るようにウィリデを構える。


 その杖先に、紅く、炎を灯した。

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