第20話.サルザリア大壁へ

 『星々は汝らのミーティオ・祝福にあらずインベィル』が抉り取った大地を、あたしはひたすら真っ直ぐに走っていた。


 白炎師団は壊滅状態で、残党はあたしの配下が片付けてくれる。へこんだ地面を駆けていると背後から蹄の音が聞こえてきた。

 走りながら振り返るとあたしの黒馬が追いかけてきてくれている。速度を落とすと追い付いてくれたので手綱に手を伸ばしてサッと騎乗した。


「このままサルザリアまで走って」


 無力化した監視塔を、今のうちに制圧する。


「待っててね、皆」


 イニヤとセシリィ、システィアに、ロクサーヌ。皆の顔を思い出す。あたしが置いて逃げてしまった皆。


 混乱している大将軍の陣の右翼を、城塞結界を纏って貫くように突破。追い縋る兵は炎で薙ぎ払い、ひたすらに駆ける。

 そして、戦場の喧騒が遥か後方に遠退いた時――土煙を上げるサルザリア大壁はもう目の前だった。







 馬を下りて、白亜の《内壁》に設けられた階段を駆け上がる。


「侵入者だ!!」

「っ!」


 吼えるような声に、発生源を見れば剣を振り上げた白衣の男たちが駆け下りてくるのが見えた。聖職者のふりをした星術師たちだろう。


「小賢しい魔物めッ!!」


 今は星術が使えないので剣を取ったのだろうが、使いなれていないのが丸分かりだ。知性派と見せかけて脳筋なヒースラウドと戦闘訓練をしていたあたしの目には子供の遊びにしか見えない。

 魔法を使うまでもないな、と判断してウィリデの杖身で受け止め、弾いて外へ。


「うわぁぁぁっ!!」


 壁や手摺のない《内壁》の階段から外へ弾かれれば当然落ちていく。消えていく悲鳴を捨て置いて、次々下りてくる星術師たちをどんどん弾き落としていった。


「っ、多い、なっ……!」


 多分、今のところサルザリア大壁に到達した魔境のものがあたしだけなんだろう。


 たった一人、一度でも侵されれば終わりだという強迫観念でもあるのか、星術師たちは必死の形相で集まってくる。

 きっと壁上に待機していた者のほとんどが流れてきているので、あたしにかまけて正面の防備が疎かだろうと思い、馬鹿だなぁと呟いた。


 まあ確かに、その焦りは間違いではない。

 あたしが来たからには終わりだ。


 蹴散らして蹴散らして、やっと階段を上り終えた。目の前にあるのは、かつてあたしが入れられた監視塔。


「……よし」


 まずはここから、あたしの後に入れられてしまった同胞を解放して――




「――待て、ララ・シズベット」

「ッ!!」




 監視塔に向けて一歩踏み出したあたしの背後から、そんな声がかかった。




――――――




 ヒースラウドが黒雷師団長に続いて紫風師団長の首も切り落としたちょうどその時、彼の軍勢の上に大きな影が下りた。


「――閣下!」


 見上げた先には魔王カルラルゥの騎竜の姿があった。返り血で元の色も分からなくなった戦装束のまま、興奮冷めやらぬ表情で彼は主君を振り仰ぐ。


「ヒース、全軍を更に前進させる」

「仰せのままに!!」

「このまま行けばサルザリアを呑み終える頃には夜が来る。人間の動きの鈍い時間だ、サルザリアに陣を張るつもりで動くように」

「はっ!!」


 それだけ告げてカルラルゥは竜を進めた。大将軍を討ち取るのだ、と気づいてヒースラウドは銀の双眸を凶暴に煌めかせる。


「閣下に続けッ! このままサルザリアを喰らい尽くす!!」


 轟音の鬨の声を上げる配下を引き連れ、ヒースラウドは戦斧を掲げて走り出した。





 赤樹師団を消化した後、青水師団をも飲み下したセシリージゥは、同胞を寄り集めたその巨体をずるりずるりと引きずって荒野を進んでいた。


 先程のララの一撃が、恐ろしいことに古龍の息撃ブレスのように大地を抉り、凄惨な爪痕を刻んでいる。元人の身でよくやったものだと思う。


 あの魔導星術は、星の力を多分に含んでいるので、魔物であるセシリージゥが痕跡に触れると火傷のような痛みを感じさせた。

 痕跡ですらそれである。ララが人類側でなくて良かったと、絶対に有り得ないことを考えて少し笑う。

 そこを避けて進みながら、セシリージゥは体内に残る青水師団をじゅわじゅわと消化していった。


 荒野はララの一撃で一時的に砂嵐すら吹き払われており、常よりもかなり視界が良い。


 人類軍の残党は、ララが残した軍勢と猛り来るって進むヒースラウドの軍勢、魔王直々に率いる少数精鋭に次々食い荒らされている。

 セシリージゥがわざわざ行って、ちまちまと摘まむ必要はなさそうだ。



 現在の巨体故に、先ほどカルラルゥがヒースラウドの軍勢に告げた指示は聞き取っていた。

 カルラルゥも恐らくそれを分かっていて、ヒースラウドの上で命を下したのだろう。彼女の良く通る声が粘体に心地好かった。


『魔王様が大将軍やってる間に壁壊すかぁ~』


 そう考え、サルザリア大壁目掛けて速度を上げたところで、大壁上に目映い閃光がひらめくのが見えた――星術だ。


『……あの一撃の後に星術使えるような奴がいたわけ?』


 並みの星術師であれば、ララに星の力を奪い去られてしばらくは星術が使えない。星々の力の方向ベクトルが、しばらくはその全てがララを向いているからだ。


 だから、それを乗り越えて星々の力を引き寄せられるほどの、相当の使い手が大壁上にいるということになる。


『ふぅん……ま、ララなら何とかするでしょ』


 進みは止めない。辿り着くまでにララが敵を片付けると確信しているからだ。


(だってあいつ、僕らの魔王様から一本取ったんだよ? あの程度の奴に負けるわけないじゃん)


 まあもし万が一があったら、相手を飲み込んで助けてやろう、と内心肩を竦め、セシリージゥはずるずると進んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る