第19話.魔導星術
杖を天へ向けて構えたあたしを中心に暴風が吹き荒れる。
荒野に降り積もった砂塵を吹き飛ばし、敵味方全員の体を激しく打つそれは、あたしの魔力でできていた。
「――星天よ」
呼び掛けと同時に、ウィリデの
それは猛烈な風を孕んで雲を貫き、漂っていた白雲を真円に吹き払ってその向こうの青空をぽっかりと露にした。
あたしの上空に開いた丸い窓。昼間の空、見えないけれど星々は変わらずそこにあるのだとカルラルゥに教えて貰った。
「我が力を
銀の光の柱を中心に、あたしの上から空へ向かって順に一層、二層、三層――計七層の超大型魔法陣が描き出される。
強風に煽られて乱れる黒髪も気にせず、あたしは次の言の葉を舌に乗せた。
「集約せよ、重襲せよ、数多の銀光を唯一我が元に」
七層の魔法陣を通して、戦場全域の上空に在る星々の力をあたしに一点集中させる。
監視塔に降る星の力も奪って無力化した。聖女たちを動かしている星術師からも力の根源を奪い去ったのだ。
ウィリデを中心に置いて、あたしを包み込むように立ち上がっている光の柱を通して、ドッと恐ろしいほどの重圧に似た純粋な力が降り注ぐ。あまりの重たさと強さに全身が軋んだ。
「ぐっ……――さあ、時は来た」
空に向けていた視線を下ろす。
白炎師団長バルドとその側近が、最早嵐そのものと化した魔力衝撃波を纏ったあたしに近づこうともがいているのが見えた。
もう、何をしたって無駄だ。
ウィリデの杖身をぎゅっと握る。
――行くよ、シア。
星天から降り注ぐ星々の力の奔流を魔力で調整する。両足を踏ん張って真っ直ぐに前を見据えた。迷いはない。
「真実の暴かれる時が」
詠唱が成る。
あとは、最後の言霊だけ。
「――
振り下ろした杖の先から、目映い白銀の光線が放たれた。
――――――
魔王カルラルゥは
鮮烈な星々の光。人類が自分たちの上にのみ在る幸いだと思っている白銀の光。
七層の超大型魔法陣が引き下ろした荒野全域の上空全ての星々の力を、ララは魔法で制御しながら自身のものとしてみせた。
(私の配下と何やらこそこそしていると思ったら、こんなものを編み出していたとは)
星術が毒となる魔物には使えず、魔法を魔物の力と忌み嫌う人間にも使えない、ララだけの技、魔導星術。
魔法とは世界や理への干渉を可能とする神秘の技であり、星術とは星々の力を人の身で振るえるように組み上げる技である。
ララは、魔法で星々の力に干渉し、本来この場の星術師が共有するはずのその力を一時的に独占する術式を組んだのだ。
今、ララの身体には相当な負担がかかっているだろう。荒野上空の星の力を全て己に引き下ろすための魔法行使にかかる膨大な魔力量。
そして、天空から降る莫大な星々の力の奔流は、本来人一人の身で受け止めるのは不可能なほど大きい。
体内の魔力の流れにも、軽微ではあろうが影響が出るし、身体的にも力の圧で骨が軋むような痛みがあるはずだ。
(星々は汝らの祝福にあらず、ね……)
ララの怒りと、杖の核となった
その煙が晴れたとき、ぽっかりと穴の空いた大壁を見て、カルラルゥは「ああ」と胸を押さえた。いつかの
「――ここからが本当の戦だ」
難攻不落のサルザリア大壁が崩れた。星々の力を奪い去られて星術師や監視塔もしばらくはその力を振るえない。魔境軍にとって、まさに千載一遇の好機。
(時代の変わる日が来た)
鮮やかな紫の目に、単身駆け出していくララの背が見えた。
きっと監視塔へ向かっている。今代の『監視塔の聖女』たちはララの同輩だ。今ならばまだ、呪物として消費しきられる前に迎えに行ってやれるはず。
監視塔を疲弊させることを計画したとき、ララは不安そうに言ったのだ――あたしたちはその日に間に合うの、と。
間に合わせるさ、と答えた心に嘘はない。だから今日だった。間諜と配下を存分に使って、サルザリア側の用意も全力で間に合わさせた。
(行け、ララ。お前の同胞を弔いに。お前の執念を果たしに)
漆黒の戦装束の裾を翻し、カルラルゥは傍らの黒竜に騎乗した。竜の四肢が大地を踏み鳴らす。大きな双翼が開き、荒野の暴風を容易く掴んだ。魔王を乗せた竜が浮上する。
目の前に広がる戦場、十万を超える数立ち並んでいた人類軍は今や、散り散りに逃げ惑う敗者の群と化した。最奥の大将軍の陣にも混乱が見える。そうだろう、とカルラルゥは残虐に嗤った。
(今日まで、我々がどれほど必死に準備を整えてきたと思っている)
魔の淵に魔力を注ぎ、兵を増やした。
サルザリアの内側に潜り込んで気づかれぬよう蝕んだ。
魔境を知らぬ人類に、牙を研ぎ続けた魔物が勝利する。
荒野に、魔王の声が響いた。
「進め、我が軍よ。魔物の時代の訪れを、この大陸に轟かせよ!!」
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