第18話.白炎師団長バルド
ウィリデの白い杖身を、白炎師団長の剣が受け止める。
短く舌打ちをして魔法を展開、あたしとウィリデの得意な炎が閃いた。
「えぇい、ちょこまかと……!」
「そっちこそ、五年前の死に損ないなんだから早くやられてよ」
「貴様ッ!」
激昂して突撃してくるのを、手綱を引いてひらりと躱す。
あたしたちが司祭様だと思わされていた相手の正体は、人類軍第一位の白炎師団を率いる凄腕の軍人だったってわけだ。
本当に腹が立つ。
再び、雄叫びを上げながらの突進が来る。
手綱を引きながら軽く合図をすれば、あたしの賢い馬はその鋭い牙ですれ違いざまに相手の馬の首を切り裂いた。
甲高い嘶きはそのまま断末魔。どう、と倒れた軍馬から師団長バルドが勢いよく転げ落ちる。
「ぬぅッ……!!」
受け身をとって着地した白炎師団長に炎の雨を降らす。怒りで赤黒くなった肌に、かつてのあたしが刻んだ火傷の痕がくっきり見えた。
「――バルド師団長ッ!」
「助かった、アルサス!」
「……ほんと邪魔」
飛び込んできた金髪碧眼の側近が寸でのところでバルドの体を自身の馬上に引き上げる。この副師団長がさっきから邪魔で仕方ない。
苛立ったところへ、横合いから監視塔が放った星術が突っ込んでくる。それは城塞結界にぶつかって激しい閃光を放ち、一瞬あたしの視界を奪った。
「貰ったッ!」
「くっ……――ウィリデッ!!」
たとえあたしの目が眩んでもウィリデには関係ない。シアの遺髪に留まる彼女の意志が、あたしを守ろうと魔法を展開する。
鮮やかな紅蓮の炎ともう一層の城塞結界。炎ごとあたしを切り裂こうとしたバルドの剣を結界が弾き、吹き出した炎が相手の防具と肌を炙る。
視界が戻ってくると、バルドは剣を握る手をもう一方の手で押さえ、苦々しげな顔であたしを睨んでいた。
副師団長はいつの間にか馬をバルドに譲り、その傍らで長剣を構えている。彼我の距離は二馬身ほど。先に邪魔な彼から片付けたい。
そう思ったところへまた監視塔からの星術攻撃。これじゃ集中できない。
ウィリデを振ってあたしたち三人を囲む中型城塞結界を展開する。黒鉄色の魔法陣が重なり合って描き出された。
白炎師団の兵士たちは自分たちの長が敵の結界に閉じ込められたのを見て動揺している。それをあたしの軍勢は見逃さず襲い掛かっていった。
「……ねえ」
半球型の城塞結界に覆われて少しだけ戦場の喧騒が遠退いたことで、少し疑問が湧いてあたしは口を開いた。
「あんたたちはサルザリアのやり方が、『監視塔の聖女』なんて物が、正しいと思うの?」
普通の神経をしていたらおぞましくて堪らないと思うんだけど、と訊ねる。
別に、サルザリアの人間の答えをどうしても知りたいわけじゃない。どんな答えが返ってきてもあたしはサルザリアを潰すもの。
けど、彼らが何を思いながら『サルザリア聖教国』を演じていたのか、少し、気になった。
「あんたは、どんな気持ちであたしたちに『司教』と名乗ってたの?」
ウィリデの
その潤むような翠の中のシアの遺髪を見つめて「あたしたちを『聖女』として殺すことに、何も感じなかったの?」と最後の一言をこぼした。
視線を再び戻すと、バルドは顰めっ面で口を引き結んでおり、側近は物言いたげな顔で視線をそらしていた。
「――大陸中の人類の命がサルザリア大壁にかかっている」
重たく口を開いてそう告げ、バルドは剣を構え直す。
「その礎となるのは、我らサルザリア大壁所属軍も同じこと。命の使われ方が違うだけだッ!」
そう叫んでバルドは馬の腹を蹴る。鋭い嘶きと共に馬が走り出した。その鬼気迫る表情に嘘はない。
「――そう」
そっか。
本当に、あたしたちはサルザリアの大人たちにとって……少なくともこの人にとっては、ただの道具だったんだな。
うん、そっか。
「分かった――」
動揺はなかった。むしろ、ただ納得が冷淡に降ってきただけ。憎しみと怒りが、沸点を超えて、いっそ冷たいような熱度で重たく心の底を満たした。
「もう終わりにしよう」
馬に乗っていては狙いが定まらないので、そのたくましい首を撫でて労ってから下りる。
ウィリデの杖先を空へ。
魔力を練り上げ、この日のために編み出した特別な術式を構える。
あたしの全身から突風のように溢れた魔力に押し留められてバルドの突進が止まった。
「――魔導星術、展開」
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