第17話.戦狂いと粘体の王
自身の配下を率い、ヒースラウドは地竜を駆っていた。地竜の頑強な四肢が荒野を蹴り、激しい砂埃を巻き上げる。
突き進む先には黒雷が描かれた銀の旗を掲げた一群が待ち構えていた。間諜がもたらした情報にあった、黒雷師団と呼ばれる人類軍第二位の師団だ。
(第一位の白炎師団には――小娘のところが当たっているな……チッ、つまらん)
舌打ちをして仕方ないと首を振る。
簡単な話だ。
蹂躙は彼の得手とするところだ。
ヒースラウドは背に担いでいた得物の柄を握った。彼の魔力が巡り、固定用の魔導金具がガチャッと外れる。
ブン、と低く風を切って構えられたのは彼の身の丈ほどもありそうな巨大な戦斧。
柄頭に
戦斧の一閃が十人を一度に薙ぎ払う。
普段は理知的な白い顔に赤い血が散った。戦の興奮で銀の双眸がぎらつく。
次の一振りで、ヒースラウドは監視塔からの光線をいとも容易く弾いた。黒雷師団に動揺が走る。
「さあ行くぞ人間共ッ、閣下の覇道の礎となる己が身を誇るがいい!!」
魔境軍総軍の勝利とこの大陸の人類の滅亡を主君に。そんな野望を胸に抱いた魔境一の戦狂い率いる軍が、黒雷師団と衝突した。
「わぁ~……ヒース、キマってんじゃん……」
引く……と肩を竦めたのは、馬にも竜にも乗らずに歩兵のなりで荒野に立つセシリージゥである。
彼が率いる同胞の兵は、皆
望む先には赤い樹の描かれた緑の旗を頭上に翻す赤樹師団。確か人類軍第五位の、長物の扱いに長けた師団であったはず。
「まあ、何を使ってようと僕らには関係ないんだけど」
セシリージゥはそう呟きながら背後を振り返った。ここからは見えないが、この魔境軍総軍を率いているのは彼が敬愛してやまない魔王カルラルゥである。
「一番活躍して褒めてもらおっと」
彼の望みはそれだけだった。
「さ、みんな、行こっか」
号令とも言い難い普段通りの声色でそう告げて、直後にセシリージゥの体がどろりと溶けた。毒々しい紫の粘液体がずるずると進み始める。
彼の同胞たる配下も皆一様にずるりと溶けた。色とりどりの粘液体の魔物たちが波濤の如く、群れて、赤樹師団の陣へ殺到していく。
「なっ、ヒッ、来るなぁッ!!」
『そう言われて止まると思ってる?』
師団の戦闘で長槍を構えていた恐らく師団長であろう男の顔が恐怖に染まる。軍馬たちが一斉に棹立ち、怯えて嘶いた。
粘液の大波が赤樹師団に衝突。どぷり、と意志をもって広がり、瞬く間に呑み込んでいく。
彼らの魔力は自身の体積を魔力の続く限り増やすことができる。
魔境軍の中で最も規模の小さなセシリージゥの軍勢は、しかし最も素早く、広範囲の殲滅を果たすことに長ける集団であった。
そしてその全てを支配下におさめているのがセシリージゥ――粘体の魔物たちの王である。
逃げようとした最後の集団をこぷり、ときっちり呑み込んで、巨体となったセシリージゥは一旦停止した。
毒々しい色合いの巨大な粘液体の中、人間たちが苦しそうにもがいている。
監視塔から放たれる光の矢も、軍勢全てを合わせた巨体の表面を削るのみにとどまって決定打とはならなかった。
それでもじりじりと焼かれる痛みは少なからずあるので、セシリージゥはもごもごと全身を揺さぶる。
停止したセシリージゥの粘液が呑み込んだものの消化を始めた。
一度に一師団二万人程度を呑み込めるその巨体であるが、あまり呑みすぎると同胞同士の結合が脆くなってしまうという弱点があった。
『さっさと溶かして、次はどれにしよっかな』
同胞を代表するセシリージゥの目からは、魔境軍に蹂躙される人類軍の姿がよく見えた。
『黒雷はヒース、白炎はララかぁ。赤樹は終わったからあと二つ。どっちから行こっか』
それとも、と遥か先へ視線を移す。
五本の固定砲台。かつて、彼の敬愛する魔王が人の子であった頃に祀り上げられようとされた
飛んできた特大の一撃を今度は大きく身を揺すって躱し、セシリージゥは『う~ん』と思案した。
『白炎を片付けたら、ララが真っ先に行きそうだなぁ』
残しておいてあげようかどうしようか。
『……ま、消化してから考えよ』
視線を戻した先、混戦状態になっている前線中央付近で、ララが魔力に包まれたウィリデを白炎師団長に振り下ろすところだった。
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