第16話.開戦

「――閣下、サルザリアが動きました」

「ああ、ようやくか」

「思ったより時間がかかったね、先生」

「まあ、戦争は乙女と同じく仕度に時間がかかるものだよ」

「そうそう、更に言えば刺激的で面倒で胸躍らせるとこも女の子と同じだねぇ」


「待ちくたびれちゃった。あたしはもう準備万端だよ」

「人の子の五年ならまだしも、今のお前に五年は短いだろう小娘」

「一応まだ人の子感覚ですぅ~」

「よく言うよ、僕らの魔王様からついに一本取っておいてさ」

「ふふん、死ぬ気で鍛えたから――今日のために、ね」



「お前たち」

「「「はい」」」


 ヒースラウド、セシリージゥと並んで背筋を正す。あたしたちの魔王が黒衣の裾を引いて一歩前に進み出る。


「全軍を砂塵の荒野へ。お前たちも持ち場につくように」

「はっ」

「はぁい、任せて」

「張り切っちゃうぞー!」

「ああ、頼りにしているよ」


 あたしはこの五年ですっかり身に馴染んだウィリデを強く握り、軽やかな戦装束の裾を捌いて歩を進めた。


 行くよ、シア。






「――さあ、開戦だ」




――――――




 吹き荒ぶ砂塵に霞む遥か先、黒々とした魔物の群が見える。明らかに統率の取れた様子、敵は根城たる荒野の奥で待ち構えていた。


「……間諜はかなり処分したはずですがね」

「ぬかったな、アルサス」

「申し訳ありません、処分は如何様にも」

「構わん、戦とはこういうものだ。いくら裏をかこうと結局は真っ向から衝突する。そして強い方が勝つだけだ」

「……そうですね」


 対魔境防衛戦線サルザリア大壁、大陸中の国家から五年をかけて集められた精鋭中の精鋭で構築された対魔境軍は今、大壁を背に、砂嵐の吹き荒れる荒野にあった。


 まさに壮観。十万を超える兵の群である。


 背後に構える軍用兵器は五つ。サルザリア内の星術師たちが『監視塔の聖女』の運用設定を一時的に変更、迎撃ではなく星術師による操作を受ける固定砲台となっている五本の監視塔だ。


「軍旗を掲げよ!!」


 総大将たる『大司教大将軍』の号令で全師団が各々の隊旗を掲げた。バルド率いる白炎師団の師団旗は文字通り、魔物を喰らう白き炎が描かれた黒い旗である。


 砂嵐に煽られながらも次々に旗が揚がる。黒雷の銀の旗、青水の黄の旗、赤樹の緑の旗、紫風の灰の旗、今ここに対魔境軍の全師団が集結しているのだという証明だ。


「ついに始まりますね、師団長」

「ああ」


 馬上で短く言葉を交わし、白炎師団を率いる二人は荒野を睨んだ。



 しばし、両者の間には砂嵐の荒れ狂う音のみが響く。



 やがて。



「――全軍、突撃ィッ!!」



 沈黙を切り裂く『大司教大将軍』による裂帛の号令が響き渡った。


 全軍が鬨の声を上げて進み出す。


 軍馬の蹄が大地を蹴る地響き、兵たちの雄叫びが天高く渦を巻くように轟いた。










「――全軍、突撃」


 カルラルゥの声は、冴え渡る刃のような鋭さで魔境軍全軍に届いた。


 砂嵐の向こう、サルザリア大壁を背にした人類軍はほぼ同じタイミングに号令が叫ばれたようだ。

 あたしたちが動き出すとほぼ同時だった。地面が揺れるほどに大量の人馬が動き出す。あたしも黒馬の腹を蹴った。



 直後――轟く咆哮。



 これが魔物の鬨の声なんだろう。人類の天敵たる本性を剥き出しにした魔物たちの雄叫びが空気を震わせた。


 任された軍を率いて、あたしは『落涙のウィリデ』を掲げた。


 降ってくる矢の雨は、たとえ砂嵐に紛れようとも見逃さない。杖を通して魔力が唸る。迸る術式、上空へ放って――展開。


「城塞結界!!」


 戦における堅牢の象徴を冠した超大型結界魔法。黒鉄色の魔法陣が幾重にも描き出され、矢の雨を弾く不落の傘となる。


「鎧犀兵、進めッ!!」


 その名通り、鋼鉄で鎧った犀の如し魔物たちが横陣になって先行。人類軍の先鋒たる槍兵たちをいとも容易く蹴散らしていく。


 成す術もなく吹き飛ばされ、殴打され、踏み潰されていくサルザリアの先鋒。そろそろ来るだろう、とあたしは遠くにそびえ立つサルザリア大壁を見上げた。


 五本の監視塔。聖女が呪物である以上、迎撃にしか使えないわけがない。


 塔の最上階、黒々と開いた小窓に白光。



 ――来るっ!!



 城塞結界の位置を更に前へ押し上げた。


 しかし飛来した光の矢は、あたしの城塞結界を遠慮なく貫いて混戦地帯の鎧犀たちを次々撃ち抜いていく。


「明らかに通常時より強いっ……」


 運用方法を変えれば、恐らく呪物としての使用期限は短くなるはずだ。開戦時から早速固定砲台扱いするということは、きっともう、の用意も済んでいる。


「反吐が出る!!」


 サルザリアは決して変わらない。今この瞬間も「護国のため」と勝手に命を差し出されようとしている少女同胞がいるのだ。

 早く監視塔を無力化、あるいは使い切らせない・・・・・・・と。そして聖女交代の瞬間を襲撃すれば。


 大丈夫、この五年で今代の聖女たちはかなり疲弊している。通常時の聖女と違って十年なんてまずもたない。

 あたしの知っている皆は優秀だったから、こんなにも戦わされているけれど、もうきっと限界は近い。


 ごめん、と言葉が漏れる。

 ――すぐ、迎えに行くから。


「続けっ!!」


 個人用に凝縮した城塞結界を纏い、あたしは軍の先陣を切った。牙を剥く黒馬を駆り、ウィリデを振り上げて、槍の穂先のように目の前の敵陣へ突っ込んでいく。


 翻ったのは白い炎が描かれた黒い旗。


 同じように突撃してくる馬上の男と目が合った。





「――っ、はは、いつぞやの“司祭様”じゃん」

「――――ララ・シズベットッ!!」


 あたし、運が良いね、シア。


「あの日殺し損ねたから、今度こそきっちり焼き殺してやる……!!」

「その首貰うぞッ、人類の裏切り者ッ!!」


 ウィリデの翠玉エメラルドから紅蓮の業火が迸った。

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