第10話.魔法を使う者
「私もお前と同じだったんだよ」
魔王が、監視塔の聖女だった?
「え……? うそ、そんなことあるわけ……」
「嘘じゃない」
「でもっ、だって、そんな……」
理解できない。首を横に振って、否定の言葉を待つけど、カルラルゥはただ静かにあたしを見つめ「嘘じゃない」と繰り返すだけだった。
「あの塔の中、充満する煙と、釘で打ち付けられた戸、それに気づいた瞬間に分かってしまったんだろう。自分が、何にされようとしているのかを」
燻された喉の痛みと、釘の刺さった手の痛みを思い出す。あの気持ち悪い薬草の焼ける匂いを思い出す。
「お前は、魔法が使えるね? それで塔を壊して逃げたんだろう」
「っ、ぁぁ……」
「交代の日、あの塔は星々の力が届かないよう陣を張られているから、
星術で魔法は封じられない、とカルラルゥは言う。
「う、ぅっ、じゃあ、あなたもそうだって言うの……」
「ああ、同じだ。己が聖女という名の呪物に祀り上げられようとしていることに気づき、サルザリアを憎み、燃える怒りのままに、塔を破壊し、逃げた少女――それが二百年前の私だ」
あたしは怒りの炎が再び煽られるのを感じながら、カルラルゥを見上げた。ほぼ睨み上げるような顔をしていたと思う。
「なら……なら、何故、サルザリアをあのままにしておけるの」
「簡単な話だ、この大陸の全てを掌握するにはまだ武力が足りない。いいか、サルザリアだけを破壊したってすぐに第二、第三のサルザリアができるだけ。根本の解決はできない」
「でもっ……でも……」
「気持ちは分かる。私だって本当なら、すぐにでもサルザリアを壊してしまいたい」
両手を固く握り締めて俯いたあたしに、カルラルゥは沈んだ声で共感を示した。
「…………ねぇ、あなたのところで努力すれば、あなたのようになれる?」
低く、唸るようにそう訊ねる。
この魔王のように、どの魔物よりも強くなれば、人の正常な命数を失うほどに魔法を極めれば、あたしは、あの憎きサルザリアを破壊し尽くして、この大陸ごと燃え盛る紅蓮の中に葬ってしまえるのだろうか。
あたしの中に燃えた憎悪と怒りを、正しく感じ取ったのだろう。紫の目を丸くしたカルラルゥは、すぐに薄く微笑んで頷いた。
「お前がそう望むなら私がお前を強くしよう。魔王の名にかけて約束する」
「
「ふははっ、魔王の名が“そんなもの”か。ふはははっ、うん、いい目だ」
緩く細められた紫眼が、ゆらりと人外の情緒を帯びる。
「――分かった、サルザリアへの憎しみにかけて約束しよう」
「……それでいい。あたしはララ。ララ・シズベット。よろしく、先生」
「ああ、よろしく、ララ」
――――――
「魔法を極めること、それすなわちこの世の理への理解を深めることだ。理への理解が深まることは、この世界との親和性が高まることを意味する」
そんな説明から、あたしの勉強は始まった。
魔王カルラルゥと復讐を目指す師弟関係を結んだ日から五日。
凄まじい勢いで体力を回復したあたしは、魔境の深部に位置しているのだという魔王の住処にて魔法の勉強をすることになった。
この、城と言って遜色ない広さの屋敷は緩やかで長い坂の一番上に建っていて、眼下には街が広がっている。
魔物も街を作るんだ、とぼんやり呟いたあたしにカルラルゥは「まあね」と笑った。
人は魔物を野蛮で危険な動物のように思ってるけど、その実文化的な生活を営むものが多いらしい。
言葉だって話すし、仕事にも就くし、何かを学んだり、教えたりもする。そして、誰かを愛することだってある。
あたしたち人間とそう変わらないじゃん、と言ってあたしは泣いた。よく分からなくなって涙が出てしまったんだ。
「人間を殺す本能は嘘じゃないからね。天敵であることには変わりない」
そう言った後、カルラルゥは「だからしばらくは私が許可した範囲から外へ出ないように」と厳しい顔で言った。
この屋敷にはカルラルゥの配下がたくさんいる。理性的なひとが多いそうだけど、目の前に人間がふらふら出てきたら、本能に負ける可能性もあるらしい。
復讐を遂げる前に死にたくないから、あたしは彼女の言うことにしっかり従うことにした。
そういう経緯で、あたしは勉強を始めた。
「魔法を極めると……理を理解できて、そうすると世界との親和性が高まって、ええと……それで?」
「寿命が延びる」
「は?」
「理を読み解いて、この世界のことを人間が知れる以上に知れば、もっと効率的で上手い生き方に気づくものだよ」
「それが、寿命に繋がるわけ……??」
「うん」
「えぇ~……??」
意味が分からない。もっと分かりやすく例えてくれたりしないかな。
あたしは毎日大混乱だった。
神の力を借りて起こす、と教えられていた聖術も、その実正しくは『星術』で、星々の力を借りて起こす神秘の一種だと教わった。
だから山の上や高い建物の上では聖術……星術の威力が上がるのだという。空に近いからだ。
黒鹿の魔物に出会ったあの時、神がいる空に近いから威力が上がったんじゃなく、星々に近かったから威力が上がったんだなぁと思い返す。
「やっぱり、神なんていないんだ」
「さあ、どうだろう。少なくとも、サルザリアの言う『創世神様』がいないのは確実だろうがね」
「反吐が出る」
「はいはい。さ、続けよう」
そう言って肩を竦めたカルラルゥは腕を組んだ。
「魔法をもっと効率的に使うなら、魔導具が必須だ。それを作ろう」
「魔導具?」
「サルザリアの連中が『呪物』と呼ぶ――こういうものだよ」
こういうもの、と言うと同時に手を下へ向けて翳す。カルラルゥの影から、ずずず、と細長い何かが伸び上がってきた。
真っ黒なそれをカルラルゥの白い手が掴む。直後、墨に浸けたようなその黒がフッと霧散して、その正体が
カルラルゥの長身に並ぶ高さの、艶やかなワインレッドの杖身。黒鉄の細工に支えられた水晶玉の中にぽっかりと浮かぶのは黒目が白濁した眼球だ
思わず、声が漏れた。
「『
魔王の使う、呪物。
「知っていたのか」
あたしの言葉にカルラルゥが不思議そうに目を丸くしたから、慌てて頭を横に振った。
「えっと、学園で、習ったの。魔王の持っている呪物について、って」
「へぇ。じゃあ、どこからか漏れたんだな。私は奴らの前に出ていったことがないから、知り得るはずがないのに」
「教皇が、魔物から聞き出したって……――ん?」
「どうした?」
「その情報を魔物から聞き出したのは五百年前って、言ってたけど、でも、先生が魔王になったのって、二百年前……?」
色々おかしい。
そう言ってあたしが首を傾げると、カルラルゥもほっそりした指を顎に当てて「ふむ」と首を傾げた。
「……私もかつて学園で聞いたよ。魔王云々の話はなかったがね。あれだろう、聖女がされる呪物の授業だろう」
「そうそれ……って、よく覚えてるね?」
「記憶力はいいんだ」
ふふん、と笑うカルラルゥにあたしは肩を竦めた。
「恐らく半分は作り話だな。魔物たちに聞けば分かるが『監視塔の聖女』という
「……ほんと、嘘ばっかり」
「そうだな。あの授業の本当の狙いは、監視塔の中で真実に気づいた瞬間の爆発的な憎悪を煽ることだろうから」
「……それをして、何の利が?」
「ああいう呪いは、憎悪が膨れれば膨れるほどに強くなる。そういうものなんだ」
「……そう」
本当に何もかも、あたしたちを呪物にすることに費やされていたのだなと思う。魔力が体内で渦を巻くようだった。
そんなあたしを見かねてだろう、かつて同じ
「憎悪の炎は、復讐を望むなら絶やさずにいなければならないが、燃やしすぎても己が身を呑むだけだ」
「……はい」
「よろしい。じゃあ話を戻そう……お前の魔導具を作ろうという話だ」
カルラルゥの細い指先が宙をなぞった。先に灯された魔力が淡い黒の燐光になり、すらすらと何か陣を描く。
「これが精錬の陣。ここに材料を揃えて魔力を流し込めば、最も“適切”な形になる」
サッと一振した左手で宙に描いた陣を掻き消し、カルラルゥは自身の魔導具である『疚しき瞳』を持ち上げて見せた。
「そして材料は三つ。基礎を固める基材、中核を支える支材、そして最も大切な核だ」
私の杖の核が分かるか、と言われて、あたしは迷いなく「眼球」と答えた。かつて魔王が抉ったとされる聖職者の眼。そこに宿る強い魔力をあたしの目は見逃さなかった。
「正解。いい目をしているね、ララ」
「…………」
あたしは何も言わなかったけど、その実当然だと思っていた。
だって、あたしにとって目は魔法を使う上で最も大切なものだからだ。
あたしは、見ることで、魔法を使えるようになっていったのだから。
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