第5話.聖女の真実
「これから一夜を通して最後の儀式を済ませましたら、貴方は正式に聖女になられます。どうぞ朝日の差すまで祈りを」
聖女の完成は監視塔で一夜を明かしたら、ということらしい。
あたしは腹ぺこでふらふらのまま、真白の衣装の裾を引きずって最上階にやって来た。
聖餐の用意が、とか言ってた気がするんだけどどこにも見当たらない。そのくせ、聖水の入った水差しとコップは用意されていて少し腹が立つ。
いくら祈ったところで今更あたしの聖術が強くなるとは思えない。
なので、外でも見ようかと思って木製の窓に手を掛けたけど釘か何かで打ち付けられているのか開かなかった。
「全部閉めっきりじゃん……どうやって光の矢を外へ放つわけ……?」
正式に聖女になったら開けに来てくれるとかなのかな? でも、聖女になったら日用品を運ぶ聖職者たちにすら会ってはいけないって決まりがあったはず。
どういうこと??
でもお腹が空いて頭が働かなかったので、あたしは柔らかい敷物にころりと転がった。一階の方で何か作業をしている音がわずかに聞こえてくるだけであとは静かだ。
今日は『監視塔の聖女』が入れ替わる日だから、不在になる聖女たちの代わりに聖職者様たちがこの塔が並ぶ壁の上にずらりと並んで一晩中この国を守るらしい。
そして国民は一晩中、戸と窓を閉めて家に籠り、この国の平穏を祈るように定められているそうだ。
こんなあたしが、本当にこの国を守る柱の内の一つになれるんだろうか。
さっき輿に揺られている間に、日が傾いてきていたのでもう夕暮れだと分かる。空腹も相まって眠くなってきた。
……少し寝ちゃおう。目覚めた頃には、実感皆無の聖女の誕生だ。
――――――――
国民は皆、全ての戸と窓を閉じ、ひたすらにこの国の平穏を祈ること。
ミセス・ハンナドールはそう言って今日最後の授業を終えた。
私は寮に戻りながら、ララのことを考えていた。明日になったらララは『監視塔の聖女』になる。もう二度と、会うことはできない。
「シア、忘れ物?」
「……ええ。探すのに時間がかかりそうだから先に行っていて」
「手伝おうか?」
「大丈夫、ありがとう」
寮に戻る生徒たちとは逆方向へ足早に歩を進める。胸がドキドキして、緊張から少し指先が冷えた。
ララに、会いに行こう。
こんなこと、ミセスにバレたら叱られるどころじゃ済まないかもしれない。何より、こんなことを思い付いた自分にびっくりだ。
けれど、今日中じゃなきゃ、もっと厳しい決まりを破ることになるし、と自分の中で屁理屈をこねる。
ただ一言、応援と、親愛を伝えるだけ。
覚悟は決まった。
抜け道はララがかつて見つけたものを知っている。夜の始まりの暗さに紛れ込めば監視塔まで誰にも見つからずに行けるはずだ。
走る、走る、走る。
案の定、外には誰もいなかった。走りながら監視塔の方を見上げれば、壁の上から聖術の光が魔境側へ向けて放たれているのが見えた。聖職者様たちだ。聖女不在の今、彼らがこの国を守ってくれている。
ララも、すぐにそうなるんだ。
やっぱり今日中に会わないと!!
足を早めて、そこでやっと大変なことに気づいた。
監視塔は五本。
ララがどの塔に入ったか、知らない。
「ど、どうしよう……!」
とにかくもっと近くへ――
慌てながらも、とにかく一番近くにある塔の根本へ向かう。
「嘘……!!」
塔の根本に、火が着いていた。
――――――
「……っう、げほっ、げほ」
焦げ臭い、喉がヒリヒリする。
あたしは咳き込みながら目を覚ました。一瞬この場所がどこか分からなくなって、瞬き三つ分遅れて「監視塔だ」と思い出す。
夜になったんだろう、寝入る前は木の窓の隙間から差していた外の光が今はほぼ無いに等しい。そんな暗い中、もやもやしたものが部屋に満ちていることに気づいた。
「けほっ、うえ、ん……煙……?」
目や喉がヒリつく。薬草が燃えたみたいな変な匂いの煙だ。大きく咳き込んで、ふらつきながら立ち上がる。
もしかして塔の下で火事でも起きた?
「っ、ここから出なきゃ……」
重たい衣装や装飾品をいくつか脱いで身軽に。高価なものだろうけど、あたしの命には代えられないから仕方ない。
薄暗がりの中、手探りで見つけたドアノブを握って――――
――――開かない。
「え……? っ、うそ、なんでっ……っう、げほげほっ!」
押しても引いてもびくともしない。
「誰かっ、誰か助けて!!」
必死に扉を叩く。
叫んで、ひたすらに叩いていたらその手に激痛が走った。
半泣きになりながら見れば、何かが刺さったらしい穴から血が出ている。
恐る恐る扉を指先で探ると、何本かの釘が飛び出ていた。
――――故意に、閉じ込められている。
愕然として、この訳の分からない状況に絶望しそうになったあたしの脳裏に、ミセス・ハンナドールの声が響いた。
――四日間対象を飢えさせるそうです――
――箱に閉じ込め、特別な薬草をその下に敷き、火をかけ、一晩
――そうして聞き出した中に、その呪物の情報があった――
――もしあなたが『監視塔の聖女』に選ばれたとして、敵を知らずに国を守れますか?――
理解と同時に衝撃が脊髄を駆け下りた。戦慄、ってこういう感覚なのだと思った。目を見開く。煙で染みたけど、気にしている余裕はなかった。
「あ、あぁぁ……」
おぞましい、おぞましい、おぞましい!!
この神聖なる国は、呪物に祀り上げられた少女たちの屍の上にあったのだ。
そしてあたしも、その屍の一つにされようとしているのだ。
「……っ、嫌だ、絶対に嫌だ!!」
気づいた今、素直に殺されてやるもんか!
聖女の帽子を投げ捨て、意識を聖術から魔法へ切り替える。
この国では、魔物と同じだと言われて疎まれる魔法。この状況だ、もう隠さない。
喚ぶのは暴嵐、板を打ち付けられているであろうこの扉を吹き飛ばす。
怒りのあまり、扉の向こうの壁まで吹き飛ばしてしまった。外の風が一気に吹き込んで、弱った体が少しよろめいた。でも、決して足は止めない。
きっとすぐに異変を察知される。防衛のため待機している聖職者たちがすぐそばにいるのだから。早く逃げなきゃ。
転びそうになりながら階段を下りる。
火が見えてきたので水を生み出し、消しながら進んだ。一階に辿り着くと、ほとんど燃え尽きた草の束が散らかっている。これが特別な薬草か。蹴っ飛ばして進む。
扉に飛びつき、これも打ち付けられていることに気づいて魔法をぶつけた。
荒れ狂う嵐と一緒に勢いよく飛び出した直後「きゃっ!」と、ここで聞こえるはずのない悲鳴が聞こえた。
夜の青に翻った亜麻色の髪。煌めく翠の瞳があたしを見て丸く見開かれる。あたしも目を見開いた。
「え……シア……?!」
「っ、ララ!! ああ良かった、無事だったのね!」
何も知らないシアから見れば火事で逃げてきただけに見えるだろう。ここで悠長に説明している余裕はない、とシアの手を掴む。
「待って、それどころじゃないの、あたしたち騙されて――」
――飛来した光の矢が、シアの肩を貫いた。
「っ、え……?」
「シアッ!!」
ぐらり、と傾いたシアの体を支える。光の矢がふわりと消えて、大きな傷から信じられないくらいの血が溢れ出た。
「やだ、うそ、だめ、シア、シア……!」
「ラ、ララ……え、私、いったい……?」
「だい、じょうぶ、大丈夫だから……」
ここは攻撃が飛んでくる。現に、壁を見上げると白い光が見えた。次が構えられている。シアの腕を自分の肩に回し、ふらふらしながらも歩き出した。
「どこかへ隠れて、治癒の聖術を……それで……この国を、出なきゃ……」
いくつもの足音が聞こえる。
こんな状況なのに――いや、こんな状況だからか、五感が冴え渡っているみたい。背後から迫り来る気配に、半ば倒れるように姿勢を崩すと、飛んできた光の矢が頬を少し抉った。
やけくそで魔法を連発する。炎や風が相手の視界を悪くしてあたしたちが逃げる時間を稼いでくれた。
「――聖女の一人が逃げた! 決して国外に出すな!! 生きてさえいればどんな状態でも構わない!!」
そんな声が背中に突き刺さる。それで、聖女を呪物にするのは聖職者たちも知っていることなんだと理解した。
――この国は、狂っている!
「っ、おねがい、死なないで……!」
ひたすらに走る。
喉も肺も焼けるように痛い。
でも、逃げなきゃ。
でなきゃ、殺されてしまう!!
「おねがい、死なないで、シアッ……!」
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