第2話.魔物の呪物
聖女選定の日が決まっても、あたしたちの日課はそう変わらない。
授業は毎日四時間、昼には食堂でシアと一緒にご飯を食べて、午後はみっちり聖術の修練。
ああでも、聖女選定の日が決まったからか、修練は少し厳しくなったかも?
ロクサーヌは鬼気迫る表情で修練をしていてちょっぴり怖かった。あんなに頑張らなくてもいいのに……
あたしはほどほどに頑張って、ほどほどにサボってる。シアに溜め息をつかれたけど、これがあたしだもん。
そんなある日、神聖さや純潔、純真を尊ぶこの学園には少し相応しくないような授業が行われた。
題して『魔物が使用する呪物について』。
敵を知れってことかしら、なんて皆で囁き合ったけど、ちょっと恐ろしげだから怖がっている子もいた。
「――その呪物は、作成に長い時間を要することから、強力な武器になります」
ミセス・ハンナドールはそう言って、授業を始めた。
良く通る声で授業の開始を告げてすぐ、彼女は黒板にさらりと犬か猫か、判断し難い動物の絵を描く。
「まず、元になるのは意志ある生物です。この時点で呪いとして非常に強いものになることが分かりますね?」
呪いの基礎知識は『魔物への対抗術』の授業で習っている。あたしたちは揃って頷いた。
「魔物たちは、その用意した生物に最低でも三年、特殊な液状薬を飲ませます」
判断し難い動物の絵に向けて、コップの絵から矢印が引かれる。
怖い、とシアが隣の席で呟いた。
「その後、四日間対象を飢えさせるそうです」
飢えるのは嫌だな。
ひもじいのは、とてもつらいことだ。
「そうして弱った対象を今度は下部に穴が空いた箱に閉じ込め、特別な薬草をその下に敷き、火をかけ、一晩
ミセス・ハンナドールは箱の絵を元の絵の周りに描いて、感情の読めない目で小さく溜め息をついた。
「翌朝、対象が異常に乾燥した死体になっていれば成功で、その日から呪物として使うことができるそうです」
そこで、前の方に座っているラーナがバッと手を挙げた。
「ミセス・ハンナドール! どうして私たちにこのお話を? 魔物たちは、その呪物ですでに我が国に攻撃をしているのでしょう? 聖女様たちが防げているのなら、心配いらないのでは……?」
「ミス・カロン、歴代の聖女様たちもこうして敵の武器に対する知識を蓄え、国を守ってきたのですよ。もしあなたが『監視塔の聖女』に選ばれたとして、敵を知らずに国を守れますか?」
ミセスの真っ直ぐな目に見つめられてラーナはしおしおと肩を落とした。
「……愚かな質問でした、申し訳ありません」
「よろしい。他に質問のある者は?」
そう言ってあたしたちを見渡したミセスの姿に、ちょっと気になることが浮かんできたあたしは「はぁい、ミセス・ハンナドール」と挙手した。
「何でしょう、ミス・シズベット?」
「知ることの重要性はよく理解しました。けれどそもそも、その呪物の作り方は、どこから知ったものなのですか?」
「なるほど、誤った情報源である可能性を指摘しているのですね?」
「まあ、そうかもしれないです」
ちょっと肩を竦めて見せれば、ミセスは「お行儀が悪いですよ」と小言をくれる。はぁい、といつも通り答えて、彼女の返答を待った。
「……いいでしょう」
一度目を瞑り、開きながら大きく息を吐いたミセスは、困ったような顔でそう言った。
あたしがこうして変な質問をして、授業の計画をぐちゃぐちゃにするのはたまにあることなんだから、そろそろ慣れてくれればいいのに。
「魔物には、知能が高く人語を解する個体がいるのはご存じですね? 今から五百年は前のことです。当時の『監視塔の聖女』の内のお一人が、飛行する魔物を打ち落としたことが始まりでした」
五百年、結構昔だな。そんなときから、もう魔物はあたしたち人類の敵で、聖女様たちはすでに監視塔にいたんだ、と思った。
「恐ろしいことに、その魔物は聖女様の光の矢を受けてもまだ息がありました。当時の教皇猊下が『捕らえて魔物についての情報を引き出すように』と命じられましたので、聖教会の皆様でその魔物を捕らえたそうです」
聖女様の力で滅しきれない魔物がいるのだと思ったら、当時の教皇様の思いつきにびっくりしてそれどころじゃなくなった。
魔物って、人類が持ってる拘束具で抑えきれるのかな。
「そうして聞き出した中に、その呪物の情報があった。教皇猊下直々の聖術により嘘を言えないようにしてのことでしたので、偽りではないとされています」
「へぇ……ありがとうございました、ミセス・ハンナドール」
「納得したのならよろしい」
頷いたあたしの姿に小さく嘆息しながらも気持ちを切り替えたのか、ミセスは「さあ、次は魔物たちの王が使う呪物についてですよ」と言う。
「魔物たちの王は読んで字のごとく魔王と呼ばれ、魔物が生まれる深淵を抱く魔境を統べるとされる存在です」
誰も魔王の姿を見たことがないらしい。あたしの興味はすぐに呪物から魔王に移った。
そんなあたしの目の輝きに気づいたのだろう、ミセスが「これもまた、先程の魔物から聞き出した話です」と付け加える。
「そんな魔王が使うとされるのが『
もしかして誰も魔王の姿を見たことがないのは魔王がそうして目を取ってしまうからかな、なんて考えながら、あたしは授業が終わるまでしっかり話を聞いていた。
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