監視塔の聖女~炎の中、真実を知った少女は復讐を誓う~
ふとんねこ
第1話.聖教国の少女たち
――この国は、狂っている!
「っ、おねがい、死なないで……!」
ひたすらに走る。
喉も肺も焼けるように痛い。
でも、逃げなきゃ。
でなきゃ、殺されてしまう!!
「おねがい、死なないで――――シア……!」
――――――――
この国には五本の監視塔があります。
魔物の領土、魔境に面する大きな壁。その上に等間隔で並ぶあの塔です。
そのそれぞれに一人ずつ聖女様がいて、この国に害を及ぼすものたちを聖なる光の矢で射てくれるのです。
だからこのサルザリア聖教国は、小さな国でありながら、魔物の進攻を退け、創世神様への信仰を守り続けることができています。
その尊きお力によってこの国と我々国民を守ってくださる聖女様たちを、私たちは『監視塔の聖女』と呼んでいます。
勿論、あなた方はご存じですよね?
よろしい。さて、本題です。ゼイレス聖教学園であなた方が、何のために日々研鑽を重ねているのか……ええ、そうです。
国を守るためにその命と力を注ぎ、いずれ弱ってしまわれる聖女様たちの後を継ぐ……そう、新たな聖女になるためですね。
ええそうです、教師一同、大変誇らしく思います。この中の五人が、今年の末に新たな『監視塔の聖女』に選ばれることが決まりました!
浮き足立つ気持ちも分かりますが静かに。
いいですか、選定の日まで、今と変わらず、いえ、今以上に勉学と聖術の修練に励み、己を磨き上げること。分かりましたね?
よろしい。それでは今日の祈りを捧げましょう。聖水を配りますよ。いつも言っていますが必ず飲み干すこと。よろしいですね?
――――――
「けふっ」
「ちょっとやだ、はしたないわよララ」
「ごめん、出ちゃった。でも、聖水を飲むと皆そうでしょ?」
「……否定はしないけど」
「ね?」
あたしが小首を傾げてみせると、親友のシアは肩を竦めて「だからと言って、外でしていいということにはなりませんからね」とわざとらしく大仰に言う。ミセス・ハンナドールの真似だ。似てる。
「はぁい」
半笑いで答えたあたしに、シアはもう一度肩を竦め「聖水の難点はそこよね」と艶やかな亜麻色の髪を払う。艶めいたそれに思わず目を奪われた。
シアの髪は本当に綺麗。腰まで真っ直ぐに伸びたそれは、こうして中庭で日の光を浴びると艶々と光を放つようになる。
皆はその様子を天使様みたいって言うけど、あたしは天使様の羽だらけの中に浮かぶ目がちょっぴり怖いからその形容は苦手。
だから代わりに、長いまつ毛に縁取られた翠の目と、花びらみたいな唇、薄桃色の頬を合わせて、お人形みたいってこっそり思ってる。
地味な黒髪に、琥珀色の目の平凡なあたしとは大違いの美少女だ。
シアが言うことに「苦いのも難点!」と付け加えた。そう、あたしがげっぷをしちゃったのは、毎朝お祈りの時間に飲む聖水のせい。
いつか聖女になるかもしれないゼイレス聖教学園の生徒であるあたしたちのために、聖教会の大司教様が祈りを捧げて清めた聖水。
毎朝届けられるそれを、あたしたちは朝の祈りの時間に飲むことを決められている。毎日飲むことで心身が清められるらしい。
で、この聖水がね……
どんな奇跡が込められているのか知らないんだけど、いつもぷちぷちと泡立っているの。石鹸とかが入っているわけじゃないよ? 本当に自然にぷちぷちしてる。
飲むと喉がギュッとするし、少し苦いし、さっきのようにげっぷも出ちゃうし、あたしは苦手。でもミセス・ハンナドールが目を光らせているから残せないの。
「それにしても、私たちの世代とはね」
「聖女選定の対象の話?」
「うん。このところ、魔物の進攻が激しかったから、もしかしたら今回の聖女様たちは十年保たないかもとは言われてたけど……」
「基本十年交代って教えられてたもんね」
「…………」
「シア、緊張してる? 大丈夫だよ、シアほど優秀なら絶対選ばれるって」
「うん、だといいな。頑張らなきゃ……ってあなたね、そう言う自分はどうなの」
「え~? ううん……」
「なりたくないの?」
「だって……『監視塔の聖女』は、塔に上がったらもう、誰にも会えないんだよ?」
そう、聖女は誰にも会えない。食事や日用品を運ぶ聖職者たちとすら対面しちゃいけないんだって、そんなのひどい。確かに国を守るために常に目を光らせていなきゃいけないから、仕方ないのかもしれないけど……
そう言うと、シアは翠の瞳を細めて「ララ、寂しがりやだものね?」と笑った。
「仕方ないかもね、私も――「なんて愚かなのかしら!!」――……うわぁ」
シアの言葉に被せて投げつけられたのは、魔物の首でもとったかのように偉そうな声。誰のかはよく知ってる。半眼になったあたしたちはそのままそちらを見た。
そこに立っていたのは、取り巻きをぞろぞろ連れた同級生だ。
「何かご用? ロクサーヌ」
「腑抜けた言葉が聞こえたから来たまでよ」
「へぇ」
気の抜けた声を返すとロクサーヌの空色の目がキッと剣呑になる。
「貴女のことよ、ララ・シズベット! この国を守る『監視塔の聖女』に選ばれる栄誉に浴する機会を「寂しいから」で手放すなんて有り得ないわッ!」
「でもロクサーヌ、それは個人の自由ではないの?」
「幼くして親をなくしたわたくしたちをここまで守り育ててくれたこの国に、恩を返すまたとない機会なのよ! それが理解できないの?!」
やんわりとしたシアの言葉にも遠慮なく鋭い声が返る。しょうがないなぁ。
「ごめんね、ロクサーヌ。きっと聖女にはあんたみたいな人が向いてるんだろうと思うよ。あたしは、あんたが言う通り腑抜けだから駄目だな」
「なっ……! っ、恥を知りなさいッ!!」
顔を赤くしてわなわなと震えたロクサーヌはそう言い捨てて歩き去っていった。暖かい陽光が降り注ぐ中で蜂蜜色の髪がきらきら揺れていた。
「まったく……」
「すごい愛国心だよね」
「彼女の言っていることも理解できるけれど、言い方がまずいわ」
「うん」
ロクサーヌは多分、責任感がありすぎるんだろう。
確か彼女は、どこか遠くの王国の貴族の血を引いているって話だった。それがどうして赤子の内にここへ来ることになったのか……とにかく、そういう自分に色々思うところがあるらしくてああなっているんだと。
あたしは自分の出自も知らないし、国に恩は感じてるけど彼女ほどじゃない。
「あ~、そろそろ休み時間終わりだ」
「じゃあ行こっか」
「うん」
まあきっと、シアやロクサーヌみたいな人が選ばれるのは確実だろう。いつも人一倍頑張ってるもん、そうじゃなきゃおかしいよね。
「ね、シア」
「ん?」
「応援してる」
あたしがそう言うとシアは目を丸くして、それからふわっと花が咲くみたいに微笑んだ。
その笑顔は、とっても綺麗だった。
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