第14話


焚が泣き終わる頃にはもうすぐ学校では午後の授業が始まる時間だった。


「焚ちゃん大丈夫…?」


「…くそ恥ずかしいとこ見せた」


そして焚が正気に戻っている頃であった。思いきり人前で泣いてしまったことなんて今の焚の記憶の中では初めてで恥ずかしくて今度は顔を真っ赤にさせる。

そんな焚も愛おしいと思っている表情で真群は笑って頭を撫でる。


「おい!そこまで触れていいって許可してないぞ」


そう言ってあまりの恥ずかしさから真群の手を振り払ってしまう。しかしそれでも真群はニコニコしながら呑気に「いつもの焚ちゃんだぁ」なんて言ってるもんだから焚は呆れる。


「お前相変わらず変な奴だな…」


「えへへ褒められた〜」


「褒めてねぇよ。たくっお前本当にやっかいな奴だよ」


なんて笑顔で漫才劇みたいなものが出来るほど二人の距離は近づいていた。それは二人も理解していてようやく友達のような距離感で接せることを言葉には出さないが喜んでるし楽しいと感じている。まぁ第三者から見たら男女がこうも仲がいいと友達以上にも見えると言われそうだが焚の周りにそんな無粋な事をいう人はいない為世間一般的な視点には気づきはしない。

まぁ気づいても二人とも自分達の関係は世間一般的なものとは合わないと思うだろうから気にしないのだろうが。


「あぁ、もう俺は帰るからな。お前は安静にして一刻も早く退院してこい」


そう言って病室の出口まで歩く姿を見て名残惜しそうにする真群だったがこれ以上引き止めることはなき笑顔でうなづきながらまたねと手を振る。


「…学校で待ってる」


その気持ちを分かっているから焚も笑顔を返す。笑顔で言ったらきっと名残惜しさも少しは軽減出来るんじゃないかと思って笑ったが笑えば笑うほどいつまでもその人を見つめていたいと思ってしまう自分に苦笑する。

でもいつまでも一緒にとは行かないから真群は目を逸らし焚が出ていくのを待った。

それを見て少し真群がそれほど名残惜しそうにするのをしっかりとこの目で見れたのが面白くて笑って病室から出ていく。


「〜♪」


そして嬉しそうに小さな声で鼻歌を唄いながら廊下を歩く。もちろん廊下に誰もいないことは確認した上で歌ってる聴かれたら恥ずかしくて穴に潜りたくなってしまうから。


「…ん?」


歩いてると一つ病室の名前かけに見覚えがある名前があった。


「…そういえばあの後どうなったか聞いてないな」


そう思って我咲 夏ノと書かれた病室のドアをコンコンと叩いてみる。あの時倒れていたが今は大丈夫なのか、自分がいない時間何があった聞きたくての行動だ。別に夏ノの事好きでもないしむしろ嫌悪感を抱くタイプだが焚だって鬼じゃない怪我の心配ぐらいはする。


「誰だい?」


「…焚だ。見舞いに来た。入っていいか?」


中から少し元気の無い声が返ってくる。だから少し心配になり控えめに聞いてみる。すると「あぁ君か。どうぞ」と許可を得る。だから焚が病室のドアを開けて中の様子を見ると真群の病室とそう変わらない質素な部屋に豪華なお見舞いの花であろう物置かれている箪笥の横で頭に包帯を巻いた夏ノがベットに腰掛けていた。


「…怪我大丈夫か?」


やはり夏ノへの謎の嫌悪感は消えないからつい素っ気ない態度で聞いてしまう。


「あはは、ご覧の通り。おでこを数針縫った程度だよ」


「縫ったってお前大怪我じゃねえか!」


そんな焚の態度に気にもせず笑いながらおでこをトントンと指で叩くもんだから慌てて叩くのをやめさせて叫ぶ。縫うほどの怪我を次の日に触るなんて怪我が開いたらどうするんだと睨みつける。


「やだなぁ死ぬ以外の傷なんて全て軽症さ。ま、この世界は死ぬ方が珍しいし死ぬ傷の方が一瞬で治るから死んだ方がよかったかな?」


「不謹慎なこと言ってんじゃねえよ。あの場面本当に死ぬかもしれない状況だったんだぞ」


呑気に笑ってるからツッコミを入れるがイマイチ効いていそうにない。考え方が大雑把すぎるのだ。だから焚は苦手意識を持っているのかと考えたがもし夏ノが几帳面な性格でもこの嫌悪感は消えなかっただろうなという謎の確信がある。だから優しい口調では話しかけられない、棘がある言葉ばかり口からは漏れ出してしまう。


「まぁまぁ生きてたんだからいいでしょ。…あぁ水未のことは残念だったけどね。お悔やみ申し上げるよ」


そう言った顔はとても悔やんでいるような表情をしていた。本気で悲しんでいるのだろうと感じるが焚は何故かその悲しみに疑問抱いてしまう。夏ノが悲しむのをこの目で見て感じたのに脳は夏ノは悲しむはずなんかないって叫んでる。自分は過去にこいつと何があったんだと思ったが自分じゃ思い出せない以上夏ノから聞いた話が事実だと思うしかない。だから焚は感じる矛盾を心の底に押し込める。


「…あの時何があったんだ?」


水未が死んだ事を悲しむ気持ちは同じだ。だからこそ仇を討つ為に今やるべきことはあの時何があって、あの男は何をしたのか、聞かなきゃいけない。


「あの時かぁ…そうだね話した方がいいだろうね焚くんには。水未とちょっとした雑談をしていたらね、突然教会のドアを開けて入ってきた男、フードで顔が見えなかったけど君より少し年上そうな子がいてね。最初はお悩み相談してきた人かなって思ったんだけど、黙って近づいて来たもんだから、二人して警戒はしていたんだけど男はその警戒もくぐり抜けて一瞬の隙に水未の心臓を貫いて"異能"を使ったみたいでね、私も助けようとしたんだがナイフで切られて倒れているうちに水未は悲惨な姿に…」


フードの男は知り合いではなかったらしいが勝手に入ってくる知らない人は裏町ではよくある事らしくそこら辺は気にもしないように話す。その言葉の中でも焚は異能という言葉に目についた。奇人と奇鬼が異能を使えるとは聞いてはいたが実際異能を見るのも初めてで詳しくは聞いていなかったからどういうものかも知らなかった。


「そもそも異能ってどういうものなんだ?人を奇鬼に変えるなんてことが出来るもんなのか…?」


異能と聞いて思いつくのは心を読んだり、触らずに物を浮かす程度の超能力の範囲内だった。それが昨日の出来事から焚の中の異能のイメージが覆されたのだ。もしかしたら思ったよりも奇人や奇鬼は危険な存在なんかじゃないかと思い直す。


「異能の力の種類についてはあまり解明されてない、人によったらとても攻撃的なモノから日常的に使うモノそれぞれあるんだろうぐらいしか、でも異能がどんな物かはハッキリしている」


丁寧に説明し始めたから焚も真剣に耳を傾ける。異能という力の源については気になっていた所だ。


「異能は泥の女王のほんの一部だ。つまり奇人は皆泥の女王に侵された人間なんだ。神の一部を持って正気でいられる者は少ない、だから奇人は数が少ないんだよ。だからあの謎の男の異能が人を奇鬼擬きにするというのはあり得るんだよ。奇鬼泥の女王の欠片的なもの劣化したクローンみたいなものだからね。もしあの男の異能が力を流し込むものだとしたら奇鬼擬きには出来るだろう」


「力を流し込む異能…それがあいつの力。それにしても泥の女王は人間を奇人にして危険なモノを与えたりするのにそれに矛盾するように死がない世界を作るなんて事したりして何がしたいんだ?」


不思議なものだ神様だからか何がしたくてこんな世界にしたのか分からない。平和にしたいなら危険なモノを人間に持たせる意味はないし、そもそも人間にわざわざ力を持たせたらいつか神殺しを目指す馬鹿だって現れる可能性がある。そんな面倒なことを起こすのは神様だって嫌じゃないか?と考えるが、よく神様の思考は人には予想ができないと歴史にはよく書かれているからそんなもんかとまで考える。


「いや、それがね人を奇人にしているのは泥の女王様ではないらしいんだ。確かに泥の女王様の一部は使われてるが奇人にする為に人を泥に侵しているのは別にいるらしい」


焚の思考はこの言葉によって覆される。どうやら神様だって矛盾した行動をしたい訳ではないようだった。


「そうか。……あれ、そう言えばお前は泥の女王に会った事ないんだよな。じゃあそれはどうやって知ったんだ?」


そう問うと夏ノは困ったように笑う。だから訝しげに睨みつけてしまうのだ。


「人づてに聞いたんだ」


「…誰から聞いたんだ?その人はどうやってその事実を知ったんだ?」


あまりにも怪しすぎるそう思ったからか問い詰めるように質問続けるように言う。それにまた困ったような顔をした夏ノは少しだけ黙った後焚の鋭い目線に耐えきれずに降参したように両手を挙げる。


「分かった、分かった。ちゃんと答えるよ。話は焚ちゃん、君から聞いたんだ。その事実は泥の女王から確認したらしい。俺は昔の君の純粋さを知って信じていたからね、それを聞いて信じたよ」


「…俺から?」


その口からは驚きの事実が出てくる。焚は自分が夏ノと関わっていた話は確かに聞いていたが覚えていないもんだから、そんな重要そうな話までしていたのかと驚く。自分はどこまで裏であったことを忘れているのか何故裏と関わり始めた今でも思い出せないのか不思議に思う。だから焚はこの話が事実なのか疑って棘のある目線を送ってしまう。だが何もかも覚えていない今の焚じゃこれが真実なのか確認する術はない。

じっと見つめてみるが夏ノの表情からは何も欲しい情報は汲み取れない。よっぽど隠すのが上手いかそれとも全部本当のことを言ってるのか、やはり分からないのだ。

それは焚が感情を理解しにくくなっているせいでもあるのだろう。


「何でその話を昨日してくれなかったんだ?」


だから今知ることが出来るであろう情報の限り絞り出してもらおうと問うてみる。でも内心では昨日話されてもいまいち実感も湧かなかっただろうし今と同じように信じるのは難しかっただろうから夏ノが隠そうと考えた意図も理解出来た。でもそれでも昨日知っていれば何か違ったかもしれない異能の危険さを理解して二人から目を離さなかったかもしれないと淡い期待を抱いてしまうのだ。


「昨日話さなかったのはすまない。でも昨日話していたとしても焚くんに混乱を与えていただけだと思うし水未との出来事は変わらなかったと思う。あれは仕方ない、避けられないさだめだったんだよ」


「…さだめって言葉は好きじゃない」


分かっている。理解している。もし自分が男が来た瞬間居ても何もできない役立たずだっただろうことぐらい焚は確かに理解している。だから責めることも嘆くことも上手くできなくてただあの運命がどうすれば変わっていたのかばかり考えてしまう。


「そうだね。さだめって辛い言葉だよね。でもね、人間は本来産まれてきた時に死が決まっているんだ。私が信仰する神様はその死の分幸せな運命があると言われてる。だから水未も幸せな出会いがあったんじゃないかな」


「こんな異常な世界で異常な死に方をしたのに…そんなこと信じてんのか」


子供に語り聞かせるような、子供しか希望を抱きそうにないくだらない、誤魔化しの話をこいつは当然の話の様に話す。だから焚は神父なんてもの好きじゃないと考えてしまうのだ。


「うん、信じてるよ。だって水未、君に出会ってからとても楽しそうだったもん。これも幸せな運命の出会いの一つだったんじゃないかな」


真っ直ぐと綺麗事を言う夏ノに焚はこういう人間が人を救うのかと実感した。焚はこの言葉を信じることも救いにすることも出来ないがこんなにも純粋に幸福な人生を信じてる人間を人は求め崇めるのだろう。


「それにねあの時君をあの場所離したのはきっと守るためだったから。君を守りたいと思っているほど君が大切だったんだ」


「俺を守る為…?」


「後から知ったんだけど水未が裏町の殺人鬼だったそうじゃないか。もしあの時私が情報を渡して君が勘づいてバレていたら水未は私も君も殺さなきゃいけないかもしれなかった。だから水未はどうしても君を殺したくなかったんじゃないかな。愛した人を殺したがるあの子が」


そう言われれば確かに水未は焚を守ろうとしたのかもしれないけど焚には違う意味を感じていた。


「水未は俺が殺人鬼だと知っても殺さなかったと思う。確かにそれを恐れている気持ちはあっただろうけど俺は約束したから側にいるって。だから水未があの時あの場所から離れるように言ったのは守る為じゃなくてただの友人の水未として見ていて欲しかったんだと思う。あと…水未もお前から俺を離そうとしている感じがした、お前何かしたのか?」


友人の水未、それだけを見て欲しかった気持ちもあるんだけど水未はあの時確かに夏ノに対して警戒してる節があった。だから思い切って聞いてみる。


「…さぁね。私が焚くんに殺人鬼と関わるのはやめろとでも説得されるとでも思ったんじゃないか」


「…」


しかしよく分からないという態度で流されてしまう。烏真も水未も夏ノの何に警戒しているのか知りたかったが、やはり本人に聞いても簡単には答えてくれないようだ。焚も確かに嫌悪感は抱いているが、その反対に安心感も抱いている矛盾した感情があるのだ。だからイマイチ警戒して避けようとは考えはしない。そもそも心の何処かで自分の過去を思い出す為には夏ノと関わるのは避けられない運命だと叫んでいる節があった。


「聞きたいことはこれだけだ。邪魔したな。ゆっくり休め」


そう言って腰掛けていたベッドの脇にある椅子から立ち上がり出て行こうとする。その瞬間夏ノが腕を掴み引き止める。


「焚くん。奇人には必ず異能がある。その異能を使う為には神に祈りの言葉捧げないといけない。きっとこれから君は自身の異能を知るだろうから、その時また私の所においで」


心底愛おしいと言わんばかりの顔と声を聞いた途端焚の記憶がフラッシュバックする

__「俺はいつだって君のこと___してあげるから。だから___してごらん?大丈夫____だから!あぁそうしたらまた俺の所に戻っておいで。____よ__」

目の前の夏ノよりも少し若い頃であろう顔で愛おしそうに笑う映像と共にノイズだらけの言葉が脳を突き刺すように流す。

だから焚はふらついて床に膝をつく。記憶を思い出すという行為がこれほど苦しいものだと予想していなかった上今フラッシュバックが起こると思っていなかったから勢いよく膝をついたもんだから膝も痛いし頭もガンガン痛む。


「…何か思い出したかな?」


夏ノが淡々とそう問う声は聞こえるが表情までは見えなかったからどんな気持ちでそう聞いたのか分からなかったが、不思議とその言葉に恐怖を抱いた。言葉の意味になのか、夏ノの感情にかは分からないが早くここから離れたい気持ちが湧いてきて焚は痛む頭を抱えながらフラフラと立ち上がる。


「…分からない。疲れたから帰る」


そう一言言ってもつれる足を無理矢理動かして病室を早足で出る。夏ノはその言葉に何も言わずにただ笑顔で手だけ振っていたが振り返りもしなかった焚はそんなこと知らない。

知った所で焚に手をふり返す余裕などなかっただろうが。

そうして焚はフラフラと病院から出る。この痛み一刻も早く家に帰って寝て回復を待ちたがったが、烏真が今日の放課後部室で待ってると言っていたことを思い出して学校へと足を向けて歩き出す。

学校に行く途中で裏路地への道がありそちらをチラリと見た後「あぁもう倒れても拾ってくれた友人はいないんだな」と考えると余計体調が悪くなった気がして早く部室に向かい休む為に学校へと急いだ。


「…まだ授業中か」


すると授業が終わる前に着いた。しかし今の体調で授業に出る気など塵とも湧かず、先生に見つからないようにしながら部室へと直行する。

部室まで行き入るとまだ誰もおらず烏真達は早めに学園に戻っていたこともあり午後の授業を受けているのだろうと焚も気付き、誰もいない部室の椅子に座り目の前にある机に突っ伏して少しでも身体が楽になる体勢にする。

そうしてノイズまみれの夏ノの言葉は何を言っていんただろうかと今頃考え始める。

「おいで」という台詞と同じようなことを言っていたのは覚えてるし、その言葉がキッカケでフラッシュバックしたのは分かるのだが重要そうな部分は全部ノイズだらけで必死に思い出そうとしても頭が痛む一方なのだ。

どうせなら夏ノに同じようなセリフを前に言ってないか聞けばよかったと後悔するがその反面あの時の恐怖を思い出し、聞かない方がいいものだったかとも考える。

そう焚が考え事をしているうちに疲れた脳は段々と回らなくなっていき、瞼も落ちていく。

思考が闇に落ちるその瞬間あの愛おしそうな顔が真群に似ていたな、何て変なことを考え意識は落ちた。


__夢を見た。

燃える家をただ見つめてる。

その目には狂気が写っているんだろうと分かるぐらい自分の異常性に気づいていた。

肉が焼ける匂いがキツくて吐き気がする胃を抱えて隠しながらまるで他人事のように見ている。

でもこの家は自分の家なのだ。

じゃあ焼かれているのは自分の身内しかいない。

なのに助けようとも思わないし身体は動くことはない。


「おかあさん、おとうさん、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


そう口からこぼれ落ちる。許しを乞うように言葉だけは繰り返されるが涙の一つも出てきりゃしない。

自分は何て薄情者だろうと思った。

あの焚もそう思っていただろう、と考えまでしたところであの焚とは何なんだろうか、これはただの夢じゃないのか?

分からなくなる。

でも何も考えたくないことはわかる。

この罪から目を逸らしたいのだ。

だから俯く。

すると手に、ライター、を、持って、いることが、わかる。

あぁ自分が焼いたんだ。

全てを焼いたんだ、だって理解するまで時間がかからなかった。

震える手を見つめる。

数分、数時間、と感じるほど見つめていた


「__!早くここから離れるよ!…何処に行くの?って…__より早いけど__に行こう。ここにいるよりはずっといいよ」


そう叫んで自分の腕を掴む者がいた。声を聞いただけで分かる。姉さんの声だ。綺麗でまっすぐで憧れの姉さんの声。

今、その声に救われる気がした。

いつまでも俯いてる自分の腕を引っ張って姉さんは前を歩く。

何処に行くのだろうかとぼんやり考えて歩くうちにいつの間にか姉さんは目の前から居なくなっていた。

それどころか周りは白一色の不思議な空間になっている。

あぁでも夢なんだからこんなことあるかと呑気に考えていた。

いつのまにか自分の体がドロドロと黒い泥の様に溶けていく。

その気分を感じながら俺はまた目を閉じるのだ。

世界の__も彼女の__も、もう何も見たくないから。


「や__!やく__!焚!!」


自分の名前を呼ぶ声で焚は意識を浮上させていく。

そして目を開けたらそこはいつもの部室であの強烈な焼ける匂いも姉もない。居るのは心配そうにこちらを覗き込んでいる烏真と立橋だけだ。


「焚、目が覚めた?君酷く魘されていたけど大丈夫なの?」


「魘されていた…?」


その言葉でやっと自分が汗びっしょりかいて悪夢特有の起きたときの嫌な気分が纏わりついてることを理解する。

焚は夢の内容は覚えているし嫌な夢だったことは確かだったが最後に見た泥になる夢が心地よかったから魘されるほど夢だったのか分からなくなる。


「ほんと大丈夫?ぼんやりしすぎだよ。頭バカにでもなった夢でも見た?」


心配しながらも煽る言葉を忘れない。そんな烏真の様子にようやく焚は意識がしっかり戻ってきた。


「…大丈夫だ。はぁ、そんな夢見ねえよ。それに馬鹿になったら魘されることもないんじゃねえの」


「…そこまで返せるってことは大丈夫そうだね。君本当目が離せない人だね。ここまで僕の心配をさせるの君ぐらいだよ」


焚の平気そうな顔を見てホッと息をつく。もしあのまま目覚めなかったりしたらどうしようなんて考えた僕が心配のしすぎだったなと烏真は思い直す。本当に焚は目が離せないのだ、まるで産まれたての赤ん坊が成長をする姿を見守ってる気分でいつまた危険に巻き込まれて死に直面するかヒヤヒヤする。死がない世界のはずなのにな、と思いながらも。焚からは会った時から死の匂いがすると烏真は直感的に感じていた。


「悪かったな、事件に巻き込まれ体質で」


「焚くん確かにいつも事件の中心にいるよねぇ。烏真がいつもそれをハラハラして見てるのが面白いんだよね」


そう言って笑う立橋に「余計なこと言うんじゃない」って殴っている烏真がいたが対してダメージが入ってない様にヘラヘラ笑うもんだから呆れてため息をつくことでこの話題は終わった。

そして終わったかと思うと烏真が焚の方を向いて何か黒い物を投げてくる。


「うぉっと…!」


いきなり投げてきたもんだから慌ててキャッチしてよく見てみるとそれは拳銃だった。

何て物騒な物を投げているんだと焚は二度驚きながらも本物なのかとジロジロと観察する。


「心配しなくても本物だよ」


「は…?そっちの方が心配だっつうの!昨日もそうだけど何でお前こんな物騒なもん持ってんだよ」


突然の凶器に驚きの連続だ。本物の拳銃なら

なおさら扱い方を知らない人にとっては持つだけで心配になるに決まっている。焚だってナイフを持っているがあれは果物ナイフで凶器には出来るが一応誰しもが手に入れることができる物だ。拳銃は違う。この日本では法律的に拳銃の所持は禁止されているはずなのに高校生の烏真が何処からこんなもんを持ってきたのか謎だらけだ。

裏町で手に入るのか…?と一瞬考えはしたが流石の裏町でも高校生の烏真に売るバカはいないだろうと考えたい。


「まぁ落ち着きなよ。一から全部説明したあげるから。僕が知ってること」


「全部…?…分かった話せよ」


拳銃の話如きから全部話すとは、どういう風の吹き回しか?と思ったが二人が真剣な顔をしている為とりあえず大人しく話を聞くことにした。

そもそも烏真達が何故この世界の異常に気づいたのか、何故死にたがりになったのか明確な理由を焚は知らないのである。


「まず死がない世界が始まった時から話そうか」


「始まった時?そう言えばいつからこの異常が始まったか知らないな。そもそも死がない世界を知ったのも最近の話だし。最初から死がない世界だったていうオチはないよな?」


あるはずがないと分かっていてもつい聞いてしまう。最初から異常は正常だった可能性を。でもそしたら今までの話と食い違いが起きるから本当に無いとは理解しているのだ。


「そりゃあり得ないのは理解してるでしょ。死が無くなったのは2年前の話だよ。君達が中学生の頃かな。とある国で戦争を長いことやっていた兵士達が気づいたんだ。何回殺しても敵兵は生き返る、何回作戦を果たしても同じ作戦が繰り返されて同じ人を殺す。そんなループする戦争で人を殺す兵士達だけが異常性を受け入れて気づいた。だから兵士達は何度も上官にその話をしたけど人に手を下してない奴らは異常性に気づかず兵士達の精神を疑い、立場が悪くなりを繰り返し、そして多くの兵士達が壊れ精神病院に隔離された。それが2年前の出来事。そのおかげで兵士が少なくなり戦争が終わった事実はあるから異常に気付けるようになったのは確かに2年前で、その日から僕らの世界は異常なものに変わった」


「戦争が起こっていても規模が小さいものばかりだし日本では起こってないと思うが…何処からそんな情報手に入れたんだ?」


烏真の説明はわかる。確かに戦争をしている途中で死がない世界になったらその変化は一目瞭然だろう。しかし兵士達は精神病院に送られて信じられなかったんだったら表には出てないはずだ。裏町に戦争から逃れた者でもいるのかと予想したが次の言葉で覆される。


「僕が、僕達が、その狂った兵士の一人だからだよ。いわば少年兵というやつさ」


「烏真達が…?お前ら日本人だろ何で戦争なんかに?」


そう言った二人の表情はなんといっていいか分からない淡々とした顔で、声で、そう言うもんだから焚は事実を疑った。


「立橋は外国人とのハーフでね、元々真群とは腹違いだから育った場所も違うんだよ。だから外国で育った立橋は人攫いにあって軍に売られたんだ。まぁ立橋は戦争が終わった後幸運なことに親がまだ探していてくれてね、それで日本に来れたの」


「そうだったのか…それにしては真群と仲がいいな」


「まぁ兄弟が特殊だったからさ。兄弟はすぐに人を殺すことで物事を解決しようとする俺を言葉で何回も何回も説得しては止めて、でも殴り合いの喧嘩には一切手を出さないっていう俺に理解がある人間だったから一年もしたら馴染んだよ」


重い過去を聞いて焚はびっくりしたのもあるが一番に驚いたのは少なくても日本に来れたのは2年前からはずなのに違和感のない日本語と真群が突然現れた兄弟をすぐ受け入れたことだ。しかしよく考えれば真群はおおらかな性格をしているから兄弟が出来たら良いお兄ちゃんヅラをするに違いない。自分ならば受け入れなくて関わり合おうとは考えないと焚は思うが。


「日本語、上手いな。日本に来たのは2年前ぐらいなんだろ」


「細かいことを言えば一年半ぐらい前に来たよ。でも烏真がよく日本の作法についてとか日本語とか教えてくれていたから、あんまり困らなかったかな」


「烏真は日本出身だったのか…?じゃあどうやって少年兵に?」


焚にしては珍しく褒め言葉を使ったのは本当に凄いなと感じていたからだ。しかしその後の言葉にまたしても疑問にぶつかる。


「…そのことを話す為にまず僕の出自と正体から話させてもらうよ」


「正体…?」


出自から隠し事をするような重要なことがあるのかと思うが、烏真なら産まれた時から話せたりしても不思議じゃないなと少しふざけたことを焚は考える。


「僕は産まれた時から半分奇鬼で半分人間なんだよ」


「は…?お前が奇鬼…?ただの人間のようにしか見えないが…あ…そう、言えばお前異能を使っていた、な…奇人じゃないのに」


その言葉に驚きで酷く動揺する。まぁただの人間だと思っていた人が突然自分は半分人外なんだって告白してきたら誰しも混乱するし受け入れがたい。しかし焚は昨日烏真がハンドガンじゃ出せない威力をハンドガンで出していた時その前に何か言っていたのを覚えてる。あれが神への祈りだとしたら夏ノの言っていた異能の発動条件と一致する。あれが異能じゃなければ烏真が奇鬼じゃないと信じないで鼻で笑って流せたのに、焚は見てきたのだ、この世の異常を。


「そう昨日使ったのは僕の異能、簡単に言えば威力を強くする力。僕は奇鬼だから異能が使えて奇鬼だから実の身内に君悪がられて売られたんだ」


「…異能が使えること以外人間にしか見えない。本当に奇鬼とやらなのか…?」


人外がこんな側にいたことを受け入れるにはやはり時間がかかるのだ。だから焚はどうにかして冗談じゃないかという理由を探して問う。


「僕は男同士の双子から産まれた。男という子供を産む機能を持っていない身体から産まれた上に双子という血縁関係にある禁忌の関係から出来た、双子の子なんだ。身内全員が口を揃えて化け物が生まれたと言って僕を売るまでの間軟禁していない者と扱っていた。僕のそれを証明するのは異能が使えること、そして歳を取っても姿が変わらないことだ」


「双子の子…?姿が変わらない…?本当なのか?」


「本当だよ。俺は烏真と何年も一緒に過ごしてきたけど烏真が姿を変えようとしない限り成長をしたところを見たことがない。いつまでたっても少年兵なの。面白いでしょ?」


異能が使えるのをみた時点で受け入れるべきだったのだがやはり疑いは捨てれなく本当か聞いてみると立橋はそれを簡単に肯定する。何が面白いんだと言いたいところだったけどよく見たら烏真の表情に曇りを見せたことによりハッとする。


「分かった、理解した。烏真が奇鬼なことも少年兵だった事実も信じて受け入れるよ俺は」


「…焚。無理しなくていいんだよ」


焚は自身の受け入れがたい気持ちよりも烏真が悲しそうにする方がよっぽど許せなくて大事なことだった。だから焚は無理なんかしてないからそんな顔するなと言いたくて仕方なかった。


「烏真は烏真だよ。人外だとしても俺はあの時出会ったあの日からお前が仲間だということは変わらない」


そう烏真達との関係を名前にするならば"仲間"だ。対等で同じ目的があって信頼関係にある。それが焚の答えだ。


「そっか…。あんがとね焚。僕も君のこと仲間だと思ってるよ」


「俺も俺も〜!烏真のことも焚くんのことも大好き」


立橋が二人に抱きついてそういうもんだから二人は顔を見合わせて「「何だそれ(りゃ)」」何て笑うのだ。


「ふふ…まぁ受け入れてくれるとは正直予想外だけど話して良かったよ。僕は産まれた時から意思を持って学んで淡々と生きてきた。でも少年兵になって人と関わるようになってから人間が愛おしく感じるようになって僕は人として死にたいと思ったんだ。だから僕は死がある世界が欲しい。人間と同じ場所に行きたい」


「そういえば奇鬼の死は消滅だって言ってたな。ハーフの烏真はどうすれば人間と同じ死になるんだ?」


そう愛おしそうに言う烏真をみて本当に人間を愛してるんだなと思った。だからこそ烏真を人間としての死をあげたいと心の底から考えた。


「僕は半分人間だから今のうちは死があるけど段々と生きる時間と共に奇鬼の部分が大きくなるんだ。だから僕が死にたいと思った時には死がなくて本当に困ったんだよ。このままじゃ僕は消滅するか永遠の時間人外として生きるしかない」


「そっか、烏真は人間のまま終わりたいんだな」


焚はそう言ってふとこの異常な世界でも死をもたらす方法はあることを思い出す。今の焚か立橋がならば烏真を"愛している"から殺せるかもしれない。でも焚は何故かそれを言いたくなかった。だから口をつぐんでただ笑うのだ。烏真を本当に殺してあげたい気持ちはあるはずなのに、言えない、言いたくない、そう心が叫ぶのだ。


「俺は烏真の味方だよ」


そう嘘なのに本気でそう思うから自分はイカれてしまったんじゃないかと焚は思った。

あぁ全てはこの世界の異常性のせいだ__

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