第13話

あれから家に帰ってから寝るまでの記憶が曖昧なまま焚は起き上がる。

ふわぁと一息あくびを出してのんびりしているがまだ昨日の出来事に整理はつけられていなかった。

あれほどの事が一日で起きたんだから当たり前と言えば当たり前なのだが少しだけ目が覚めたら全部夢だった、なんてオチがないかと何度思ったか。でも水未だったものが暴れた時についた打撲が酷い色になっているのを見て焚は現実だと実感するのだ。

友達が殺人鬼でその上化け物になって自分が殺したという現実は消えないものだなと考えるほど胸は痛むが焚にはまだ生きるべき理由がある。

それは自身の愛の形を知りたいという何とも言えない自分だけが満足する生きる理由だがそれでもいいと焚は考える。だって愛を知れれば水未の気持ちも知れてその上真群への感情が何なのか分かって、今度こそちゃんと言葉で感情を返してあげられるのだから。

しかしそれを示し奮い立たせてくれたのは烏真だったという事は驚きもあるがリーダーを務めるだけあって烏真の言葉は強い芯があった。

ふと焚は自分と烏真達との関係は何というのだろうかと考えた。

他人

これは違う気がする。焚の中にはもう確かに烏真への感情がある。

部活仲間

確かにそうだが少し浅い気がする。

協力者

協力はしているがそう言われると微妙な気持ちになる

そう考えてるうちに朝の支度が終わり結局烏真達への関係すら分からないのかと自身へのあまりにも理解力の無さに少し呆れた。

こんなんじゃ焚は到底完璧人間には遠いんじゃないかと少し前の焚に問いたくなる。

でも焚が目指していた完璧人間とは一人で生きる人生というものだったからそもそもの話真群や水未と関わるようになった時点でそれは崩れ去っていたのだ。

だから焚の中から段々と完璧になろうという拘りが、気持ちが、無意識に薄れてきているのだ。

人と関わることが怖いのはまだあるがそれが今の焚が消えてしまうんじゃないかっていう恐怖ではなく大切な人が消えてしまったり、傷つけてしまったらどうしようという恐怖なのだ。

だから焚は少し前の焚から変わってきていること、いや学んできていることを自覚できればもっと世界が広がるのだろう。

正直少し前の焚は周りから人形や廃人の雰囲気に近かく、無知で純粋な天然人間だと思われているところがあったしかし今では噂事件の事以来クラスメイトからはそんなイメージは消え去りちゃんと怒ることができる同じ人間なんだと一部の人間からは好感を抱かれたまである。

これもそれも真群という存在がキッカケを作ったということは皆が分かってる事で裏では眠り姫の焚とそれを目覚めさせた王子様な真群と噂されては他にも焚が目が覚めた代わりに王子様が眠りについて今度は姫様のキスで目覚めるんじゃないかとおふざけで学校の人達が噂をしているのを焚はまだ知らない。

知ったら怒りに火がつくのが目に見えているので流石に学校の人らも焚がいる時にそれを言うの禁じられていて「(姫の前では)言ってはならぬ噂」と某魔法物語の悪役の呼び方のノリで広まっている。


「今日も学校か…何かそんな気分じゃないな」


さて焚の知らない話はさて置き。焚は朝の支度が終わり学校に行くために玄関のドアを開けるという所でピタリっと止まってしまう。

まだ昨日の事を思い出すと気分が悪くて体調が悪くなるのだ。思い出さないように他のことを考えるのだが打撲の痛みを感じるたびにフラッシュバックするように昨日の光景を思い出す。だからどうしても体調が優れなくて限界で座り込んでしまった時

ピンポーン

と家のチャイムが鳴る。この家に真群以外の人が来るなんて思っておらずびっくりして焚は尻もちをつく。


「焚?いるかい?入っていい?」


そして扉の向こうからは烏真の声が聞こえてくる。焚はあまりにも自分のダサさをすぐさま隠そうと立ち上がってドアを開けようとするが今度は慌てて過ぎてドアを開けた瞬間足が絡まって前へと転ける。


「うぉ!」


そうして烏真を巻き込んで地面に倒れるんじゃないかと思って焚は目を閉じたが意外なことに地面とキスする羽目にはならず烏真が立ったまま焚を支える形で無事に済む。


「え…?」


「大丈夫かい?しかし君が無様に転けるなんて槍でも振るんじゃない」


焚はあのヒョロそうな烏真が自分を支えられるとは思いつかなかった上支えられた時触った身体に筋肉がしっかりついてるのを感じて驚きでぽかんとした顔を見せてしまう。

その顔が距離が近い状態だったから見られていないことは幸いだったが転けたというだけで揶揄われているから焚にとってはプラマイゼロである。


「う、うるさい!今日は偶々調子が悪かっただけだ!」


「あはは本当に偶々ぁ?もしかして焚ちゃんはドジっ子キャラなんじゃないのぉ?」


離れてすぐに顔を真っ赤にさせて反論する焚を見て、楽しそうに揶揄う烏真がいる。

烏真は焚を怒らせるのが楽しくて仕方ないのだ。必死になる姿を見ると愉悦を感じるタイプの人間だから。


「ぐっ…あーもう!家まで来たって事は何か用事があってきたんだろ!さっさと用件を言えよ!」


言い返せば言い返すほど烏真が有利になることを理解して焚は話題を逸らすことで何とかこの恥ずかしい状況から免れようとした。


「ふぅん逃げるんだぁ?まぁいいけど」


しかしその修正も虚しく烏真は煽りながら価値を誇った顔をする。焚はそれを見て逃げたとかじゃない、俺が無駄話から話を戻してやったんだと思うことで煽りに反応しないように我慢する。


「…ぐッ…ハヨ用件イエヤ…」


そしてこっちが勝ったんだぞというアピールで無理矢理な笑顔を作って怒りを抑えましたといわんばかりのカタコトになった声を絞り出した。


「ふふはいはい。昨日は散々だったけど今日は良い報告だよ。真群の目が覚めたらしいから今日は午前の学校サボってあいつのお見舞いに行くよ」


「そうなのか!…あ、いやでも俺は…」


烏真の言葉でパァッと明るくなった焚だったがまだ告白の返事の答えを見つけていないことを思い出して会ったら何を言えばいいか分からないから自分は会わないと俯いて暗い表情で言おうとするが烏真がそれを止める。


「…告白の返事なんかさ、一旦忘れて会ってやってよ。あいつお前が来なかったらきっと落ち込んで入院が伸びちゃうよ」


そう優しく言って笑う。烏真は自分達にもここまで焚がコロコロ表情を変える様になったのが嬉しいのだ。だからそれを真群に見せてやりたいと思う。

まぁそれをやる理由は自分だけの焚じゃなくなったんだよ〜!って煽る気満々って意味だが。


「そ、うかな?俺何か言える気がしねえ」


「「おはよう寝坊助野郎」ぐらいでいいんだよ。ほら弱音吐いてないで着いてきな。どうせ君がいるだけで真群は喜ぶんだからさ」


珍しい焚の弱音に少し驚きながらまぁ最近連続色んなことが起こったし焚も自分の前でも精神不安定な所を見せてくれるかと納得した。その後にビデオでも撮って真群に自分はこんなにも頼ってもらえてるですよ〜!とも煽るように追いとけばよかったと後悔する。烏真は優しい時はとことん優しいが基本的に身内には容赦ない、というか遠慮がないのだ。

烏真はそれでも少し迷った顔をする焚の手を掴み引っ張って歩き出す。


「大丈夫、大丈夫。何も悪いことにはなんないよ」


とか色々優しい言葉をかけながら烏真と焚は病院まで歩く。焚はその言葉を聞きながら自分に大丈夫だと暗示をかける。すると最初はのっそりとした歩き方だったのがしっかりとした歩き方に変わっていき会話も段々いつもの煽り合いに戻って、調子が戻ってきた。


「お前なぁいい加減立橋をパシるのやめてやれよ」


「パシってませ〜ん!立橋が勝手に立候補するの」


何て二人楽しそうに病室の前に着くまで話すほど焚は不思議と緊張はしていなかった。いや最初のうちはしていたんだろうが烏真との会話が楽しくてほぐれていったのであろう。


「じゃ、開けるよ」


律儀にも烏真は焚に声をかけてから病室のドアを開ける。中には既に立橋がいて真群と何か話している。そしてドアの開けた音に反応して二人は焚達を見る。

そのことで焚は真群と目が合ってやっと起きたのだと実感して泣きそうな顔で真群に一歩ずつ近づいて。


「遅すぎるんだよ!この寝坊助!」


と叫んで真群に勢いよく抱きつく。焚も抱き着こうなんて考えていなかったのに色んな感情が溢れ出てきて衝動的に動いてしまった。


「焚ちゃん?!……うんごめんね、そしておはよう」


最初は焚からの大胆な行動で驚いて固まった真群だったが焚があまりにも強く抱きしめるもんだから安心させるように笑顔でゆっくり噛み締めるように抱きしめ返す。


「おはよう真群」


そして焚の返事にまた驚く。焚がスラリと自分の名前を呼んでくれたもんだから真群は嬉しさと照れで顔が少し赤くなる。


「おやおやお二人さん熱烈だねぇ。僕たちはもう真群と会話済みだしあとはお二人でゆっくりどうぞ」


「ヒューヒュー!兄弟頑張りなよ〜!」


何て二人を茶化して烏真は病室から出ていくもんだから焚は自分が勢いに任して恥ずかしいことをしてしまったのを自覚してまた勢いよく今度は離れる。


「…ッ」


「……」


そして離れたことにより二人は目が合うその瞬間両方が顔が真っ赤なことを知りまた恥ずかしくて数秒黙り合ってしまうのだ。


「…焚ちゃんありがとう」


「何がだ…?俺はまだお前に返事すら返してない」


先に口を開いたのは真群でお礼を言うもんだけど何のお礼かは焚には全く理解できなくて困惑する。


「俺を待っててくれたこと、俺の告白をちゃんと考えてくれてること、俺に新しい君に恋をさせてくれること、全て嬉しかった。もう一度言うね。ありがとう」


そう言った真群の顔は心底嬉しそうだった。それを見て焚は心が苦しくなる。自分は真群の思うような人間じゃないそう思うから。


「…礼を言われることじゃない。俺はお前を傷つけてしまった、俺はお前への感情がまだ分からない、おれは、お前の恋がまだ信じきれてない、完璧に程遠い馬鹿な奴だ」


だからちゃんと分かることは言葉にして返していく。それが今の焚が一生懸命考え抜いた仮の答えだ。弱音を人に見せることになろうともその人の感情の分焚は真摯に返していきたいのだ。


「別にそれでいいよ。傷つけられても君が側にいてくれたら、感情が分からなければ一緒に考えてくれたら、信じられないなら信じてくれるまで愛を伝えるから、焚ちゃんは完璧なんかじゃなくてもいいんだよ」


真群は今の焚を、変わっていく焚までも肯定するのだ。それは昔の焚に救われたからだけでは出来ない愛なんだって焚だって分かる、分かっていた、真群はずっと、ちゃんと、自分を見ていてくれているんだって。

だから焚は嬉しくて泣きそうなのを我慢して笑顔作るのだ。そしたら真群も一緒に笑顔になってくれるから。


「ありがとう、真群。俺と出会ってくれて」


「こちらこそ」


二人は見つめ合って美しく笑い合う。誰かがこの時の二人を見ていたとしたらそれはまるで恋人同士の美しい逢瀬にでも見えただろう。でも焚はまだこれを愛だと名付けられないままだ。何かがずっと引っかかっているからだ。何が引っかかっているのか分からないが愛だと名付けるのを邪魔するように頭にモヤをかけるモノがずっと存在している。

それはきっと焚が無くした記憶の中にある感情から来ているモノであろうことを焚は何となく感じていて。

それは昔の焚と昔の真群がかかわっているだろうこともなんとなく分かっていた。

でも今は目が覚めた事だけを喜びたいから聞くことはしなかった。


「しかし本当に寝坊助さんだな。どんな夢見てたんだ」


笑い合った後焚は揶揄うようにそう問う。すると真群は少し悩むように動作をして口を開く。


「あんまり覚えていないんだけど焚ちゃんが隣にいて、次の瞬間場面が変わって綺麗な青空が見えていて何だか太陽に包まれたような気分で暖かった気がする」


真群は自分が見た夢に焚が出てきたことは幸せだったはずだし悪いことは見てないはずなのに何だか悲しい夢だったなと思い返す。

でも悲しい気分の夢だったことは伏せる。それを言って焚の顔を曇らせたら嫌だったからだ。


「はは何だそれ。夢の中にも俺が出てくるのかよ」


知らないまま焚は夢の中にまで自分が出てきたことに笑ってる。それを見て真群はホッと安心したが次の言葉でその安心は驚きに変わる。


「でも何か悲しそうな顔をしてるけどやっぱ他に怖い夢でも見たのか?」


「…え?」


真群は心底を驚いた。まさか焚に隠している感情をよまれるとは思っていなかったからだ。それだけ焚は真群のことを見ていたという事にもなるのだけど嬉しさより困惑が勝ってしまって、困ったように「いや、怖い夢は見てないよ。ただ眠りさえしなかったら本物の焚ちゃんと過ごせる時間があったはずなのになぁって思っていただけ」と誤魔化すように笑うしかできなかった。


「…そっか」


誤魔化されたと理解したが焚は困っている真群を見ると何も言えなくて一言だけで終わらす。本当はもっと踏み込みたいのだが焚はまだ自分にその権利があるのか分からなかったから悲しいことに何も言えないのだ。


「あ、あ!そうだ。焚ちゃんは俺が寝ている間何かあった?」


その焚の悲しそうな顔を見て慌てて真群は話題転換して空気を明るくさせようとする。

焚もそれを察してか慌ててる真群を見てつい吹き出してから口を開く。


「俺は、友達が出来たよ」


そう言った時、そういえば自分達は友達関係ではあるのだろうかと悩む。友達とかすっ飛ばして告白されたから分からない。


「え?!えぇ!?と、友達って俺以外と?!そ、それは男の人…?女の人?」


焚の言葉に心底驚いたようで大きな声を出して慌てた様に確認する真群の言葉の中に自分達が友達関係ではあることが分かって焚は喜びでふわりと笑う。


「はは、女の子、可愛い乙女な子だった」


あまりにも綺麗な花が咲いたような笑顔でそう返事するもんだから真群は勘違いして、もしかして自分より好ましい人間が出来てしまったんじゃないかと思って半泣きになる。


「おれより可愛い…?」


そして勘違いした頭は突拍子もない言葉を出す。好きかどうかはまだわからないと言われたばかりだからどう言葉で確認すればいい分からなくなっての言葉だったがこれでは真群が自分のこと心底可愛いと思っているナルシスト的な発言ではないかと焚は疑った。


「え、あーいや可愛さか、うーんドッチモカワイイト思ウヨ」


だから真群の乙女心(?)を傷つけないように考えて絞り出した答えは思ってもいないことだったから焚の言葉はカタコトで不自然になった。


「…あ!いや違う!違うよ!俺は可愛いと思われたいんじゃなくて!…その嫉妬したの。比べたりするもんじゃないって分かってるけど、どっちの方が焚ちゃんの中で仲がいいと思ってくれてるのかなって…」


焚の返事を聞いてようやく勘違いが起こっていることを理解した真群が凄い勢いで訂正する。そうして焚は珍しい嫉妬という感情を向けられたことに気づいてビックリして固まる。


「…あ、ごめん、重いよね…」


「…あ、いやまぁ確かに重いが悪い気はしなかったから安心しろ。あと俺は友情心には差はつけられない、かもしれない」


ショボンと萎んだ風船のように落ち込んで半泣きの真群を見て焚は肯定はしながらフォローはいれるが正直どちらの方が大事?と聞かれていたとしても焚は困り果てて答えることはできないだろう。水未も真群も同じぐらい大事で同じぐらい側にいて楽しいと感じる存在で何より二人共焚を変えてくれた人物だ。その事実が何よりも重く、焚を救ってくれたと言っても過言じゃない特別なのだから。だからこれから出来る友達もきっと焚に良い影響をくれる人達なんだろうと思うと友情に差なんかつけられない。


「あ、ごめんね。良くない話題だったね。うん、そうだどうやって友達になったのかとか、良かったら聞きたいな」


「友達になった時…そういえば告白されてその返事で友達になったな。今思うと不思議な関係の作り方だった」


真群は反省をしながら話題を広げる。すると焚は正直に真群にとっては二度目の衝撃の事実な単語が出てきて思わず固まる。


「乙女って言っただろ?人を愛するのが得意で俺とは正反対な奴だったよ」


固まっている真群を見ても気にせずに話を進める。


「ふふそんな驚くなよ。お前だって同じような友達になり方だった癖に」


あまりにも長時間固まってるからつい焚は笑いをこぼしてしまう。だって水未と真群は少し似ていると思っていたから、二人がもし出会う未来があれば仲良くなったんじゃないかと考えていた。しかしそれはもい叶わない夢だということも理解していた。


「むぅ…確かに俺は下心は少しあって近づいたけど最初はあわよくば仲良く出来たら良いな程度で側にいれればいいとしか考えてなかったよ。思った以上に焚ちゃんが魅力的な人間だったのが悪い」


拗ねたような顔で真群は好意を伝えるため焚はこいつはまた調子の良いことを言ってると呆れる。好意の伝えすぎは逆効果だと押して押して押すタイプの真群は気づかない。


「え、俺が悪いのか?俺のこと魅力的なんていうお前の目が悪いと思うけどな」


「俺だけじゃありませーん!その友達さんだって君の魅力に惹かれてるじゃないか」


あまりにも絶対焚は魅力的だと譲らなさそうな真群に焚は困ったように「えぇ…そうなのか」と否定もできなくなっていく。しかし水未が自分のこと好きだと言ったのは寂しさからだから自分の魅力ではないんだがなとは心の中だけで焚は思う。何故口には出さないのかというと水未の事情を勝手に説明するのは悪いなと律儀な性格が出た考え方だったからだ。


「あ、そうだ。その友達さん俺にも紹介してよ。3人で焚ちゃんがどれだけ魅力的なのか語り合いたいな」


「…」


その言葉を聞いて焚は水未が死んだ瞬間を思い出す。自分があの時あの場所から離れさえしなかったら、と後悔の波で焚の顔が曇りそして、無言になってしまう。真群にどう説明しようかとかじゃなくてただ単に水未が死んだと口に出したら焚が現実を受け入れなければいけない辛さで黙ってしまったのだ。


「焚ちゃん…?」


そして心配そうに焚を見つめる真群を見て覚悟を決める。どちらにせよこの異常な世界で異常な死に方をしたという事実は変わらないのだ。


「…死んだんだ。水未、俺の友達は死んだ」


「え…?死んだって…この世界で?どうやって…」


その言葉に真群は動揺したように口早く問う。真群は焚の姉がこの死なない世界で死んだことを知っている、だから焚が二度も大切な人を失ったというのは確かな異常なのだ。まるで焚が呪われているような。


「いや、今回は姉の死とは関係ない。謎の男が化け物ような姿に水未を変えてしまったから俺がそれにトドメを刺したら灰になった。多分人間じゃなくなったから死が存在したんだ」


そう拙く言葉を紡ぐ焚を見て真群は先に焚の精神を心配すればよかったと後悔した。

そして真群が返事を返そうとした瞬間だった病室のドアがガラガラと開く音がする。


「それ違うよ焚。奇鬼にはね死は存在しない。奇鬼は殺されたら天国にも地獄にも輪廻にも行かない。ただただ消えるんだよ」


「…烏真、それは言わなくて良かったんじゃない」


「真群、焚はもうね裏町の存在も奇人の存在も知ってる。君が焚をあの町から離したいのは知ってた、でも君が焚をこの異常に巻き込んたんだ。だから隠し事はもう無しにしよう」


焚は奇鬼がどこにも行けないまま消滅する事実を聞いて固まってしまう。そんなのあまりにも水未は救われないじゃないか、水未は確かに重い罪がある、それでもそれは生きて償うという未来もあったはずだと、水未は愛が欲しかっただけの純粋な子供だったんだと焚はふつふつと水未を殺した自分と奇鬼に変えたあの男に対して怒りが湧く。真群と烏真が自分のことで喧嘩をしているのも真群がずっと自分に隠し事をしていた事実など焚にとっては今はどうでも良かった。ただ友達が酷い目にあって助けられなかったその怒りが焚の俯かせる。怒りを抑えるように、手は爪で血が出るほど握りしめる。


「…焚ちゃん」


「焚、怒る気持ちは分かるけど復讐する機会は必ず作るだから今は生き急がないようにね」


真群の心配するような声も烏真のフォローするような声も流れていく。自身の怒りは抑えきれないそう思った瞬間だった。真群がベットから出て立ち上がり焚の側まで近づいて片手を手にもう片手を頬に当てる。


「焚ちゃん、悲しい時は泣いていいんだよ。我慢しなくたっていいんだ」


「…は」


そうして焚はやっと気づくんだ、自分は怒ってるよりもそれよりもずっと、ずっと悲しくて仕方なかったことを。我慢していたのも涙が出ないように無意識にしていたんだと。

真群が優しく、とても優しい目で焚の頬を撫でるもんだから。

ゆっくり一粒ずつ涙が頬を伝う。それを真群は拭いながら「悲しかったんだね。大事だったんだね」って慰めるように言うもんだから涙が流れるだけの泣き方だったのが段々と声が漏れ出すほどの大泣きになっていく。


「うぅ…ひっくうぅうううう!」


それを驚いたように数秒眺めていた烏真は焚が思いきりなけるように配慮してまた音を立てないように病室を出ていく。

そしておでこを合わせて泣いてる焚を支える真群だけが病室に残った。


___


病室の外で二人は缶コーヒーを飲みながらゆっくりと話す。

「立橋、やっぱり僕は焚に全てを話すべきだと思うよ。真群のことはともかく僕たちの事情はね」


「そうだね。あの焚ちゃんならきっと話しても大丈夫だ」


烏真と立橋はこれからのことを話し合っていた。二人が隠していた事情を話す時が来たのだと分かったのだ。だからいつまでも焚を守るために隠すことを選んだ真群とは分かり合えないとしても二人は焚を信頼することを選んだ。


「それに栄下が完璧に敵に回った時点で隠すのは無理だしね」


「天下の暗殺一家が敵だしね」


そう言って二人は顔を見合わせて苦笑いする。知り合いが敵になるのは図太い二人だとしてもつらいのだろう。


「…ねぇ焚は僕のことを受け入れてくれるかな?」


「大丈夫だよ。烏真、焚は君の敵にはならない」


そう珍しく烏真は弱音を吐く。すると笑って立橋は大丈夫だと確信したように言うのだ。


「ねぇ、立橋。もし焚が受け入れてくれなくて何処かに行ったとしても。お前だけは僕の前から消えるなよ」


「…もちろんだよ。烏真、君が死ぬその日まで側に居ると誓うよ」


烏真は立橋に縋るようにそう言うだから立橋は寄り添って安心させるように誓うのだ。

これはずっと昔から誓っていたこと、烏真と出会ったあの日から立橋はずっと烏真の前から消えないと誓い続けているのだ。


「僕は真群の様に恋は出来ない。焚のように成長もできない、お前の様に誓うことができない。こんな自分勝手な僕の死まできっと寄り添っていてくれ。僕が死んだらお前は自由に生きるんだよ」


「…自由に生きれるかは分からないけど烏真が願うなら頑張るよ。だって俺の命は烏真の物だから」


二人がどうしてここまで依存しあったのかはまだ誰も知らない。でもこれから知ってもらうのだ。二人の物語を、二人が望んだ矛盾した想いを。

だから立橋は今だけは自分だけの烏真だと思っていたいと力強く烏真の手を掴む。

本当は死んでほしくない、そんな想いを口には出せないまま。


「さぁ立橋。僕たちの戦いはこれからだ。いつ何があるか分からない。僕たちがすることは二人を生き抜かせれること、そして僕が死ぬこと、それが達成した日にはきっと世界は明るく照らされてるよ。…あぁそうだ。やらなくちゃいけないことは沢山ある」


「そうだね…頑張ろう。頑張って今を生きて明日の死を自身の手で掴み取らなきゃね」


二人が異常なのかこの世が異常なのか分からなくなったとしても烏真は死を求めるだろうし立橋はその手伝いをするだろう。死がないのはおかしいがすぐに死にたいのはおかしい、それが普通なはずなのに二人は昔にあったことでイカれてしまったのだ。それはまるで死がない世界で死のうとした鬼人を殺そうとした鬼達のように。

この世はイカれきっている。

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