第12話
そんなクラスメイトと亀裂が入った昼休憩だったが焚はそんなことを気にはしない。
対して元から仲がいいとは言えないし仲が悪いとも言わない他人の距離感を保っていたから特に支障はないのだ。
だから放課後になった途端焚の周りからあからさまに離れるクラスメイトを見てもどうも思わなかったし。むしろ歩き始めると自然と道が空いて楽だな、なんて呑気なことまで考えていた。
そんな感じで学校から出た焚は真っ直ぐと迷いなく水未の家という名の倉庫に向かう。三度目だから流石に水未の家までの道は覚えたな、何て考える焚がいるが、普通の人間だったらあまりにも裏路地が複雑すぎる故に三度じゃあ覚えられない人が大半だ。
三度で覚える焚の空間把握は優れていると言ってもいいだろう。
そして水未の家の前まで着いてコンコンとドアを叩こうしてふとこの裏町では勝手に入っても特に問題ないんだなと思い直し。
「水未入るぞ。焚だ」
裏の常識に合わせて焚は声をかけて返事を待たずに入る。
「えぇえぇ、あなたの気持ちはすごく分かります。寂しかったんですね、苦しかったんですね」
「そ、うなんですぅ!」
そして勝手に入ったことを焚は後悔する。どうやら水未は他のお客さんを招いて話を聞いていた様でお客であろうボロボロの格好の男が水未の言葉を聞いて泣いて縋ってる場面に出くわしてしまった。
「あ、焚ちゃん!ようこそ〜!後もう少しでお話が終わるのでそこで座って待っていてください」
「え…」
そう言って水未はすぐ側のベットに指差すが焚はこんな状況で他人の自分が話を聞いてていいものか悩み入るのを躊躇するが、二人はすぐに焚がいない様な雰囲気で話を続けているから、焚は邪魔にならないように気をつけながらベットの上に座ってただ見ていた。
「水未ちゃん!水未ちゃんならわかってくれると思ったよ。ぼ、僕を愛してくれてるもんね。僕の味方だもんね」
「はいもちろん!貴方の優しさ、感情の豊かさ全てを愛してます。だから安心してください」
何でこんなちゃちな恋愛劇を見せられているのだろうと焚は失礼なことを思う。二人は恋人関係なんだろうか?や人に見られてる所で愛を囁くなんて恥ずかしくないのかなど考えてるうちに二人の会話段々終わりに近づいて最後に水未がこう男に囁く。
「愛しているので今夜この部屋に来てくださいね」
「う、ん!もちろん行くよ」
何と焚の目の前で夜のお誘いをしているのである。焚はそれを聞いて驚きと困惑に陥った。裏町にいる住人はこんな所までオープンなのかと異常を疑った。
「さて焚ちゃん終わりましたよ!…?焚ちゃーん終わりましたよー」
焚が恥ずかしさと困惑で頭がパンクしてるうちに男は帰ったようで水未がこちらにやって来て話しかけるが数秒の間固まってしまい心配そうな声でもう一度声をかけられる。そうして焚はやっと思考が回る。
「お、お前なぁ!そういう話は他人がいない所でしろ!」
思考が回ってすぐに焚はプンスカと怒る。流石にこのオープンさまで裏の常識と言われても焚は受け入れられないだろう。
「ん?…あぁすみません、すみません!久しぶりに恋人との時間だったので。それより焚ちゃんとこんな早い時間に会えるなんて嬉しいです!」
そう言って水未は抱きついてくるからそれを焚は手で阻止する。久しぶりだからと言ってイチャイチャシーンを見せられたのは焚にとって遺憾の意だ。
「ていうかあの男本当に恋人だったんだな。歳の差結構ありそうだったが」
「えへへ。そうなんです彼、大人でかっこいいでしょ?そういえば焚ちゃんには恋人がいるんですか?」
焚が聞きたかった事は未成年が大人と付き合ってしかも手まで出されて大丈夫なのか?っていう事だったが水未は呑気に彼氏自慢しながら恋人の有無を聞いてくる。
「…いねぇよ」
一瞬真群の顔が浮かんだが、真群からの告白の返事はまだしてないしokするとも限らないからいないとだけ返事をする。
「ふーんそうなんですか。じゃあ私が立候補していいですか!」
「はぁ?!お前恋人いるだろ!意味のわかんねえ事言ってくんじゃねえよ」
水未があまりにも素っ頓狂な言葉ばかり返してくるもんだからついに焚が叱るように返事する。まるで漫才のようなノリで会話が進むもんだから焚の声も自然と大きくなる。
「でも私焚ちゃんのお姉ちゃん想いな所、一途でウブそうな所、全て全てが可愛くて堪らないんです。あぁ今ちゃんと叱って会話してくれる所も好き好き好き!ふふ本気です」
「だから恋人は二人は作れないんだって…」
しかし段々と水未の声がうっとりしたような本気で恋をしたような甘い声を出すもんだから焚は理解できなくなっていって声が小さくなっていく。
「あぁ可愛いですね。愛したい。愛したいよ」
「ふざけるのもいいか…うおっ」
焚が必死に宥めようとしてるうちに水未は焚に近づいてベッドに座っていた焚を押し倒して覆い被さる。そしてスカートの中に隠し持っていたナイフを出して焚に向ける。
「…ッ!どうしたんだよ水未!」
焚はどうにか起き上がろうとするが思った以上に力強い水未の拘束のせいで身動きすら取れない。
「焚ちゃん私、私ね一人ぼっちだったの。だからね最初は仲のいい親子が羨ましくて欲しかった、でも手に入らないから、次は仲のいい姉妹が欲しかった、でもそれも手に入らないんです。だから恋人をいっぱい、いっぱい作って私を満たすんです」
水未が一人ぼっちだと言った時真群の作文を思い出す。そうすると段々と水未と真群が重なって見えて何だかちゃんと話を聞いてあげたいという同情心からか湧いてきた感情のまま水未の顔をしっかり見た。するとその顔は泣きたくて仕方ないと言わんばかりの歪んだ笑顔だったもんだから焚は抵抗するのをやめた。
「…水未お前は確かに間違っちゃいない。でも俺はお前のこと愛してあげれない。俺は愛がわからないんだ」
そう言って片手をあげて水未の頬を涙を拭くように撫でてあげる。
「いいんです。いいんですよ…私は愛してあげることだけが私を満たすんです。だから焚ちゃん愛させて愛しちゃダメなら殺しちゃいそうなの」
水未は苦しそうな声でそういうもんだから焚は優しい笑顔を向ける。
「ううん。水未は確かに人を愛してはいるけど、やっぱり愛が返ってこなきゃ満たされないよ。水未は自分の愛と同じぐらいの愛が返されたいんだな」
「え…みたされてないのぉ…わたし愛すだけで無償の愛こそ正しくて」
水未はその言葉を聞いて目を見開いた後言葉を反復するように自分に問いかけるように呟いていく。その呟きの途中で焚は水未の口を閉じるように指を当てる。そして焚は無意識に溢れてくる言葉をただただ紡いでいく。
「無償の愛は綺麗だけど正しいわけじゃない
俺は愛という感情がまだ理解できてないけどそれでも水未が満たすには愛が必要だってことぐらい分かる。だって水未泣いてるじゃん、男と話してる時だって何処か泣きそうだった」
そうだ、だから焚は本当に二人は思想相愛の恋人関係か疑ったのだ。男が求めてばかりで全然水未の内心なんか知らんぷりで苦しめている。あんなにも水未は本物の愛を注いでいるのに。
「水未はちゃんと愛してくれる人を見つけないといけないよ。あの食い潰してくる男や俺みたいに愛がわかってない奴らじゃなくてちゃんとお前を見てくれる人を」
「そんな人!…そんな人存在しない!いないいないんです!何人愛しても見つからないの!」
等々涙が溢れ出た水未は焚の言葉に噛み付くように叫ぶ。心からの叫びだろうことは簡単に理解できた。水未はずっと迷子だったのだろう。一人迷うことは苦しくてつらいって焚は教えてもらったから焚はナイフが掠るの気にせずに水未を優しく抱きしめる。
「うん、うん。そうだな中々見つからないよなぁ、分からないよな。…だから一緒に俺が探すよ。俺も今愛の勉強中だからさ。一緒に満たしてくれる人を探そ。…何年経っても見つからなくて何年でも側にいるからさ」
そう言ってポンポンとあやすように優しく水未の背中を撫でてあげると水未は等々声を出して泣き出した。だから焚は泣き止むまでずっとずっと撫で続けた。
「うっ…うぅ…本当に側にいてくれるの?」
「あぁ、約束するよ。だって俺の命を救ってくれた水未を助けたいと俺は俺の意思でそう考えれたから」
焚は「約束な」と言って小指を差し出す。そして水未は「あは…指切り…一つ夢が叶いました」と言って小指を絡め合う。
「「指切りげんまん嘘ついたら針100本飲ます。ゆびきった」」
そうして二人は約束を交わす。二人が友達になった瞬間と言ってもいい約束事をしたのだ。焚は優しく微笑み。水未は希望を見たように目に光を写していた。
「ふふ針100本も飲んだら死んじゃいますね」
「約束を破らないから死なねぇよ。ずっとな」
二人は顔を見合わせて笑い合う。愛が欲しい水未、愛を知りたい焚、二人があの日出会ったのはもしかしたら運命だったのかもしれない。
「あぁそういえば裏町の殺人鬼を追うんでしたよね。…探しにいきましょうか」
そう言って水未は元気よく立ち上がり「役に立ちますよ〜!」と手をブンブンと回している。
「あぁそうだ今日は少し寄り道の日ってことで俺は昔の俺について夏ノに話を聞きに行きたいんだ。着いてきてくれるか?」
「そうですか。何処までもお供しますよ!何たって私は焚ちゃん専用裏町の案内人なんですから!」
焚の目的を話したら水未は快承して「じゃあいきましょう!」と言って手を差し出す。
だから焚は「あぁ」と返事して手を繋いで部屋を出るのだ。
「昔の焚ちゃんってどんな人だったんでしょうね?」
「さぁただ弱虫だった事は覚えてる」
「えぇ〜〜焚ちゃんが弱虫な姿なんて想像できません!今の焚ちゃんが、かっこよすぎるからですかね」
そんな雑談をしながら裏路地を二人隣り合わせて歩く。
「でも弱虫な俺の方が好かれていたみたいなんだ。何だか皮肉めいてるよな。俺は今理想の姿になった気分だったのに」
「…私は今の焚ちゃんの方が好きですよ。まぁ今の焚ちゃんしか知らないんですけどね!」
そうか水未は今の自分しか知らないから安心できる所があったのかもしれないと考える。
今まで昔の焚も含めての感情ばかり向けられていたから変わってしまった自分だけを見てくれる人が足りなかったんだと実感する。
今の焚を見てくれる水未の目は気を楽にさせるのだ。
「…嬉しいよ。本当に。だから俺を見つけてくれてありがと水未」
「えへへどういたしましてです」
そんな心がポカポカする様な会話をしてるうちに夏ノの教会前まで着いていた。
今から昔の焚について知ると思うと緊張してきた。焚は昔を思い出したら今の焚が消えてしまうんじゃないかってずっと不安でだから昔の自分を探していたのにいざ目の前になったら昔の話なんて聞く勇気が無かったんだ。だから前来た時は拒絶ばかりしてしまったのだろう。なんていう矛盾した行動だったと少し自分に呆れる焚がいる。
でも今は今の焚が消えても今の焚を知って覚えていてくれる人がいる。だから勇気を出して焚は自ら教会の扉を開けた。
「夏ノいるか?聞きたいことがあって来た」
そう声をかけながら教会に入ると夏ノはステンドグラスの下で祈りを捧げていた。そして焚の声を聞いて振り返るのだ。その顔を見て焚はあらためてまこと似ているなと実感した。
「やぁ焚くんに水未くん。ようこそ教会へ神の下俺が君達を歓迎するよ」
そう言って綺麗にお辞儀する姿は清く正しい神父だった。こう見ると夏ノはこの裏町で正しく善人なんだろうと焚は思う。でも何故か前も付き纏った謎の夏ノへの嫌悪感が離れない。
「…今日は俺の昔の話を聞きに来たんだ。俺はどうやってここに来てどう過ごしていたんだ?」
しかしその嫌悪感は今はどうでもいいことだ。今は意を決して昔の焚の話を聞きに来ただけだ。
「うん。それを聞きにくると思ったよ。…そうだねそんなに話せる事は少ないけど出会いの話からしようかな」
そうして夏ノは語り始める。焚とは3年前姉と喧嘩をして家を飛び出て来た焚が路地裏に迷い込み困っているのを声をかけたのが始まりらしい。その時は姉との仲直りのアドバイスをして表通りに返してあげただけの関係だったらしい。しかし焚はまたこの路地裏に自らの意思で迷い込んできた。目的は夏ノに出会い話を聞いてもらいたかったから、らしい。話とは両親と上手くいってないや学校でも一人ぼっちだということだったから夏ノはアドバイスをしながら話を聞いた後これは一度では解決しない話だなと思い毎週水曜日の放課後待ち合わせをして話ては裏町を案内する役を買ってでたらしい。そんな日々を少し過ごしていたがある日忽然と焚が待ち合わせ場所に来なくなった。しかし夏ノは焚の連絡先も家の場所も知るはずもなくこうして焚と夏ノは会わなくなって今に辿るらしい。
「その間に泥の女王…とかいう奴に出会ったりしたとか話さなかったか?」
「いや、そういう話は聞いた事はないな。それに俺は冬世ちゃんいさしく泥の女王様に嫌われてるらしいから俺といる時間で会う事は無かったしね。あぁ神様の一人に嫌われるなんて俺は神父として力不足かな」
一瞬泥の女王の事を夏ノが知っているか迷って聞くか悩んだが思い切って問うて見ても欲しい情報は出てこなかった。
それに焚は夏ノから昔の焚の悩みを詳しく聞いてもいまいち実感がわかずただそんなこともあった気がするなんて曖昧な気分しか湧かなかった。
そもそも夏ノに出会ったことすら忘れていたのだからやはりちゃんと自分で思い出さないと実感が湧かないのかもしれないと焚は考える。夏ノとの会話じゃ何も得られなかった。
「それより焚くん確か裏町の殺人鬼を追っているんだろう?」
「そうだけど…何処から聞いたんだよそれ」
裏町のまとめ役となると隠し事すら出来ないらしい。そして夏ノが殺人鬼の話を持ち出した時ピクリっと驚いた様子な水未がいたのを話に夢中になっている焚は知らない。
「そうそう!その殺人鬼についてちょっとした情報を持っていてね。それを教えてあげようと思ってね」
「無駄足にならなくて良かった。助かる」
水未が焚に気づかれない様に小さく息を吸う。まるで落ち着かないといった姿だった。
でも隠すもんだから焚はまた重要な時に大切な相手を見てやれないのだ。
「殺人鬼どうやら若い女性の様だ。ここらへんのホームレスやら行き場をなくした者達に近づいて優しくして被害者が自ら着いてくるように誘導して攫っていたらしい」
「そうか、それで見た目とか「焚ちゃん!すみません。少し夏ノくんと二人で話したいことができたので席を外してくれませんか?」え…あぁ分かった」
夏ノの話を聞いて殺人鬼の正体を突き止めようともっと情報を引き出そうとした所で水未が大きな声で言葉を遮る。
そして焚をここから追い出す様に背中を押すのだ。
「水未…大丈夫か?」
そうしてやっと焚は水未の顔色の悪さに気付き教会から出るまであと一歩という所で水未の目を見つめて本気で心配するような声が出る。
「…大丈夫です。焚ちゃん、殺人鬼については私がついでに聞いとくので、先に私の部屋に戻っといてくれます?」
「…わかった。信じて待ってる。だから帰ってこいよ水未」
何となく焚は水未がこんなにも顔色が悪いのか察した。しかしそれを今口に出すことはせずに水未を信頼して水未の家で待つことにした焚は教会から出て一度振り返り閉じた扉を数秒見つめてから焚は前を向き歩き出した。
___
「夏ノくん約束を破るんですか?」
「うん?何の話だい」
焚が去った教会では今にも殺し合いが始まりそうなほどの殺気で満ち溢れていた。
「私は夏ノくんの事だって愛してるんですよ?とぼけるのはやめてください」
そう言って水未はゆっくり夏ノに近づきながらスカートの中からナイフを取り出して脅す様にそれを向ける。
すると夏ノはにっこり笑う。まるで殺されないと確信しているかの様で本当に殺意を持って近づいた水未にとっては不気味で仕方ない。
「何を笑ってるんですか?それとも貴方がやってきたこと焚ちゃんに話してもいいんですか?まぁその時には私は貴方を死体にしているだろうから安心してくださいね」
「あははははははは水未、お前油断しすぎなんだよ。まるで自分しか人を殺せないみたいに思い込んでる様だけどそれは違うでしょ」
「違いますけどでも夏ノくんは私のこと殺せないことぐらい分かります」
夏ノと水未は人を殺せる条件を知っているようでお互いを煽り合い睨み合う。そして雑談は終わりだと言わんばかりに夏ノは手を広げて言葉を紡ぐ。
「あぁ水未お前の働きようは凄く良かったけどあの子に近づきすぎた、だから消えてくれ」
「嫌です。私は貴方を殺してでも生きる。あぁ神よ生よ我が愛の名の下に」
そう言って水未は夏ノに向かってナイフを振り下ろすがそれは後ろからの衝撃と共にぴたりと止まる。
「あ…ぇ…?」
そうしてナイフが落ちる音共に夏ノの笑い声だけがこの教会に残るのであった。
____
「水未遅いな」
焚は言葉通り水未の家まで戻ってきて1時間ほどそこらへんのガラクタを触りながら待っていた。
しかし水未は中々戻ってくる事はなく時間だけが進んでいく。
時計の針を見るたびに焚の不安は積もっていく一方だ。
水未は真群以外に初めて側にいていいと思えた大切な存在なのだ。だから水未の意思で帰ってこないということは考えていないがあの教会で何かあったら、どうしようとずっとぐるぐる悩んで少しあそこから一人で離れた事を後悔していた。
焚はここでウダウダするぐらいなら様子を一度見に行くかと立ち上がりドアを開ける。
「「うぉ!」」
そして勢いよく扉の前にいたであろう人物にぶつかる。焚は驚きながらも水未がやっと帰ってきたのかと安心して前を向くがそこには予想外の人物がいた。
「焚…?何でこんなとこにいるのさ。まさかこの部屋の住人の知り合いなんて言うんじゃないんだろうね?」
そこには烏真がいて、烏真の手には銃を持っていてまるでここに危険人物がいるから武装してやってきたと言わんばかりの姿で焚は良くない予想が当たってしまったと少し落ち込む。
「ここの住人とは…友達だ。…烏真は殺人鬼を追ってきたんだな」
「何だ理解してここに来てたんだ。なのに殺人鬼のこと友達だというなんて大分裏町に毒されたね焚」
きっと裏町の殺人鬼もウィリアム先生を殺したのも水未なんだろうと今までの情報と様子で焚は予想は出来た。でもそれでも友達になった事実はねじ曲げたくなくてぐっと黙る。すると烏真は呆れたようにため息をつく。
「殺人鬼は?」
「今は出かけてる」
「なら丁度いいやちょっと入らせてもらうよ」そう言って烏真は遠慮なく入り床を調べ始める。そしてしばらく調べていると地下への扉であろう場所を見つけた。
「焚、真実を見る覚悟はいいかい?」
「あぁもう出来てるよ」
烏真は振り向かないままそう聞く。だから焚は意を決して返事をするのだ。それを聞いて烏真は地下への扉を開ける。階段が見えた時点でもうすでに錆びた鉄のような匂いと強烈な肉が腐ったような匂いが充満する。
そして二人は無言で顔を見合わせた後階段の下を気をつけながら歩く。
そして階段を降りきった先には一つの1DKの部屋にたくさん敷き詰められた死体いや、もう腐った肉の床が出来上がっていた。あまりの気持ち悪い空間に思わず焚は吐くが、烏真平気な顔をしながら周りを見渡すもんだから少しの驚きと烏真なら平気そうにするだろうなという謎の確信があった。
そしてこれを全てを水未が殺したのかという事実を焚は受け入れるのに凄く痛みを感じた。
水未の罪は重すぎる、でも焚はこれを見ても尚まだ友達だということを変えないだろう。
「証拠を見つけたね。あとは本人にどうやって人を殺したのか聞くだけだね。焚歩けるかい?」
「…うっ…だ、大丈夫だ。水未は今夏ノの教会にいる」
烏真その返事を聞くと「急ぐよ」って言って早歩きでここから出る。焚は少しこの罪を目に焼き付けた後烏真のあとを走って追いかける。
「焚、下手したら戦闘になるかもしれないから僕の側から離れないようにね」
「水未はもう見境なく人を殺さない」
「…そう信じてあげたいけどもしもの事は考えとかないといけない」
教会へと走りながらそう言う烏真に反論するが烏真は至って冷静に正しい判断を下す。だから焚は何にも言えなくなったまま無言で二人は教会まで走った。
「焚行くよ」
そうして教会の前まで数分でたどり着き扉の前で烏真は一言焚に声をかけてからドアを思いきりあけてすぐさま銃を構える。
しかしそこには予想外の状況が広がっていた。
「…未…水?」
フードを被った男が立っていてその横で夏ノが倒れている。そして何より目につくのは人間より数倍に膨れ上がった肉塊のような化け物が水未が纏っていた制服を飲み込んでるもんだから、焚は水未が化け物に食われたのかと思う。だけど次の瞬間その予想より上の絶望が降りかかるのだ。
「かみよぉぉおおおおせいをぉぉおおぉおおあいのなのもとにぃぃぁぁああぁぁぁあぁ!」
そう水未の声の名残がある不気味な声で叫んで襲ってくるものだから瞬間的に焚はこの化け物は水未なんだと理解して固まる。
「焚!」
それを見て烏真は焚を突き飛ばして庇い代わりに吹き飛ばされる。焚は烏真が負傷した事実から無理やり正気を取り戻して水未だったものにナイフを向ける。
でも手は震えて仕方ない。
声も詰まって出てこない。
でも自分がしっかりしないと水未を救えないだからしっかりと立ってナイフを持って化け物に走る寄りナイフを刺そうとするが暴れる為中々に当たらない。
「焚!僕が足止めをする!君はそいつにしっかりとどめを刺すんだ!」
そう言うと烏真はぶつぶつと何かを唱えた後「Fahren in die Hölle!」と叫んで銃を撃つ。その威力はまるで砲弾を撃ったような威力でハンドガンで到底出せるものじゃ無かったがそれを気にする暇もないまま焚は再生しようとする化け物の心臓らしき塊にナイフを突き立てる。
すると化け物は大きく叫び声をあげる。そして灰となって消えていく瞬間。
「…やくちゃぁん…死の元は愛だよぉぉ…」
化け物はそう焚に向かって遺言を残す。死の元は愛、今までのピースが焚の中で合わさる。きっと人を殺すためには人を強く愛すことが必要なんだろうと。
そしてウィリアムと同じ時の様に水未の人生であろう記憶が焚に流れ込んでくる。
梨果 水未(なしか みずみ)は物心ついた時にはすでに両親は二人とも浮気をしていて家にいないことがほとんどな育児放棄状態だった。両親から貰える僅かなお金を愛だと信じて生きてきた。しかしそれは小学校の入学式で違うと分かる。入学式周りが皆両親と一緒にいて笑い合って記念写真などを撮っている中水未は一人ぼっちでただ先生の話を聞いて帰るだけだった。唯一救いといえば両親は水未が一人でも生きていけるように頭が良い学校、お嬢様学校に通わせてくれたことだろう。しかしその救いは中学生に上がってから地獄へと変わる。両親が全く学校に顔を見せないのと水未が普通の子より娯楽を知らなかったせいでクズの子だとイジメを受けるようになるのだ。そうしていじめを受ける日々が続いた結果心が壊れかかっていた水未はいじめっ子の前で初めて弱音をこぼす
「どうしてわたしはこんなめにあわないといけないの?」
そんな至って普通の疑問にいじめっ子達は笑いながら言う。
「水未ちゃんが変だからぁ!直してあげてるのよ?これは愛よ、愛。あははははは」
その言葉を聞いた瞬間これが愛なのかと、イカれかけていた水未は受け入れてしまう。
そうして水未は愛か、愛は傷つけるモノなのかと、理解して、じゃあこの子達を愛して貰ったんだから返さなきゃとイカれた思考は固まって次の瞬間いじめっ子達を殺していた。
そうしてもういじめられない嬉しさをこれが愛し愛されて満たされた時の気持ちなんだと誤認した。
それが水未の愛の殺人鬼の始まりである。
その記憶を受け取って焚はまた、また失うのかと心が叫ぶ。
「水未…!消えるな!生き返れ!生き返れよ!」
そう叫び焚は必死に水未の灰をかき集める。
「無駄だよ。奇鬼擬きになった人間が死んだら消滅するんだ」
するとずっと観戦していた謎のフードの男がそう話しかけてくるもんだから焚は睨みつけてナイフを向ける。
「…久しぶりだね。栄下、君が人間を奇鬼にしたのかい?」
「あぁそうだよ!烏真、醜い人殺しは人でいちゃいけないからね!化け物にしてあげたの」
どうやらフードの男と烏真は知り合いのようでお互い名前を呼び合う。しかし今の状況もあってか感動の再会なんて事は塵ともないただただ殺意が溢れている。
「栄下君のしてることは見逃せない。ここで大人しくお縄についてくれ」
「嫌だね。僕はまだやることがある。ここでおさらばさせていただくよ」
そう言って烏真が銃を向けるが怯むことなくスタンドグレネードを投げて目眩しをして目が見えるようになった時にはさっぱり綺麗に栄下は消えていた。
「チッ…さすがは暗殺者様。…焚大丈夫かい?」
「…分からない」
「…え?」
烏真は真っ先に焚の安否を確認するが焚は俯いて分からないと焚には考えられない弱々しい返事が返ってきて烏真はつい聞き返す。
「分からないんだ、愛がなんなのか、水未があんな死に方をしなきゃいけない理由が、全てが…」
「…みんなそんなもんだよ。疑問抱えて生きてる。でも生きてればいつか分かることもある。だから焚君は知るためにこの世界を生き抜け」
焚が迷子の子供のような声を出すと烏真は優しくでも道を示すように焚に前を向けという。だから焚はまだ知りたい、ならここで立ち止まる訳にはいかない、だから必死に立ち上がる。
「うんそれでいい。後始末は僕がしとくから君は先に帰ってゆっくり休みな。明日部室で情報をまとめるからね」
「あぁ…分かった。…悪かったな弱音を吐いて」
「次弱音を吐いたら弱みとして握ってやるから気をつけなよ」
その言葉を聞いて焚は帰り道を歩き始める。
友達を失った痛みを引きずりながら焚は考える。俺は守られたいんじゃない大切な人達を守りたい側なんだって。
溢れば溢れるほど焚は自身の弱さを自覚する。だから水未の死も、罪も、全てを背負って強くなろうと決意した。
そして今日という友達が初めて出来て、友達を初めて失った日が終わっていく。
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