第10話


結局昨日小1時間裏路地を彷徨い歩いて学校に行くギリギリの時間に帰宅した焚は迷い続けて疲れ果てた自分を見て未水に頼らなかった自分の意地に後悔する。

しかしどうしても怖かった。未水に関わったらまた真群が眠り醒めなくなった時の様に誰かを失う怖さを体感するんじゃないかって。

なら一人がいいじゃないか。

そう思ってはまた焚は自分が一人で解決しようと意地を張ったからこそこうなったことを思い出して、もうどうしたらいいか焚には分からない。

ただ、ただ一人がいい、きっと一人で生きれる私は完璧な人間。

無理だ、一人じゃ駄目な欠陥人間なんじゃないかと交互に頭に浮かんでは自分が何なのか分からなくなって、家に帰っても、学校に行っても、ごちゃごちゃになった思考を止められないまま時間が過ぎ去ろうとする。

そんな思考の中でも何度か部室に行こうかと悩みはしたが、結局失敗した焚が烏真達に何かを言う資格などないと思い込み、責められるのが嫌だから。なんて子供みたいな言い訳で部室にも寄らずに、しかし家にも帰らずにいつのまにか焚は夕方の町を彷徨っていた。

"夜に、なったらどうしよう"

そう日が落ちていく空を見ながら焚は考えた。

焚はごちゃごちゃとした思考の中でこうも考えていた。

真群が自分に抱いた気持ちを知りたい。

そんな淡い感情をぶら下げてるようにゆらゆらとライターの炎のように自分の心の中で揺れているのを自覚していた。

知ってしまったら今の焚が変わることはわかっている。でも焚はただ真っ直ぐに昔の焚に宝石のような感情を向けた真群に何か答えてあげたかった。

例え、今の焚が昔の焚とは変わっていて、もう別人みたいなものだと理解していても。

だって今の焚が真群という人間を見て近づいてしまった事は事実だから。あの一回だけだったデートといえるか分からないものは今の焚のものだから。

だから真群が昔の焚を見ていたから自分に関わったと分かっていても今の焚の感情を理解して、それを真群に伝えてみたい。

そう思ったことだけは、間違いだと思いたくなかったから。

それに自分が自分の感情を理解できないなどということをそのままにしたくなかった。それが吊り橋効果などというものから生まれたかもしれないものだとしても、と考えたから焚はただこのぐちゃぐちゃになった感情を消化したかった。

それは真群の為とか綺麗事は言えない、でもこれを自分の為でもない。ただ焚は矛盾した感情を抱えきれないから、どうにかして軽くしたかった。

それだけの話だ。

だから夕方の町を歩いて考えたのだ。このまま日常に溶けていくぐらいなら誰かを抱えてでも夜を知って、真群が目を醒めた時自分が言葉を紡げるようにしようと。

夜を知って自分の感情を理解できるのかと問われたら分からないとしか言えないが少なくとも夜は焚が知らない昔の焚を知っているから、それを思い出せれば、焚が失った何かを取り戻し感情を理解できるのではないかと淡い期待を抱いたのだ。

そもそも完璧主義の焚が知らないことがある時点であまり良い気分にはならない。それも自分が関わっていることについて、と言われれば尚更。

だって焚にとって無知は罪に近しい、知りませんでは社会にも世界にも通らない。色んな知恵をつけなければ人は食い潰される側になるだけだ。

人間は同じ同種すら敵として見るのだから賢くなるのに損はない。

それに焚は烏真が隠してる裏の世界とやらに少し興味があった。

奇人という焚と同種の人間がどう生きてるのかが知りたいそう思ったのは、きっと自分だけを共犯者と呼んで近づいてきた真群の存在が大きいだろう。

真群が奇人という存在を知らなかったのか、それとも知っていて焚に近づいたのかも多分裏の住人に訪ねていけばいずれ分かることだろう。

そうして何とか記憶を辿って昨日水未がいた場所、倉庫のような水未の部屋まで行くのだ。

この町は一回路地裏に入れば複雑で似たような道が多い上治安も悪いからそこまでたどり着く前にまた迷ったり不良に絡まれたりしたが撃退して30分ほどかかったが無事水未の部屋の前までたどり着く。

正直焚は水未の部屋の前に辿り着いた時本当にここで合ってるのか少し不安になったが自分の記憶力の良さを信じてドアをコンコンで控えめに叩いてみる。

もちろん呼び鈴などというものつけられてる様子もなかったからの仕方なしという気持ちでこんな原始的な方法を取ったのだ。

今でも田舎や古い家に行けば呼び鈴がない事ぐらいザラなんて事は知識では知っていたが焚の周りにそんな家は無かった。つまり焚は根っからのお嬢さん気質な所があったからこその渋り顔だった。


「はぁい?誰ですか?」


コンコンと鳴らしてから数分たった後に少し不思議そうな声が聞こえてくる。

この声は昨日聞いた声に間違いないと確信してやっと焚はホッとする。


「…焚だ。昨日会って今日ここにきたら裏社会の人間を紹介してくれるって言ったから来た」


簡潔に目的をさっさと話して水未の疑問が晴れるように話す。


「あぁ〜!猫ちゃん!やっぱり来ましたね!でもしかし、しかし勝手に入ってこない人は初めてでちょっぴり緊張したぁ」


「誰が猫ちゃんだ!…というか勝手に入るとかあり得ねえ」


確かに倉庫っぽい、使われてない感じの。だから勝手に入る気持ちは分かるが焚はもうここに人が住んでいるんだと分かっているからそんな非常識なことはしない。

それよりもまた猫ちゃん呼びされたことに不服たてる。


「あははは猫ちゃんって意外に常識人だったりします?ここでは常識を持つほど変人って見られるんですよ」


「だから猫ちゃん呼びはやめろ!」


常識を持つほど変人になるとはやはり裏である限りまともな人間はいなさそうだと焚は考える。まぁでも人外がいる世界で人間の常識を持っていったって意味などないのだが、それに気づくにはまだ裏に染まりきっていなかった。


「はぁい。猫ちゃん呼びはやめますね。ふふ焚ちゃん」


「…最初から名前で呼べっつうの」


"焚ちゃん"と呼び方は真郡と同じだが水未が女だったからか焚は不思議なほど真郡と被さることは無かった。

むしろ水未がちゃん付けしてくることに違和感などチリとも湧かない。彼女は誰にでもちゃん付けしているのだろうことが簡単に想像出来たし同い年なんだから別にこれが普通なのだろうと思っていた。


「ふふふ名前で呼んでほしいなんて可愛いこといいますね」


「可愛いか…?苗字でも名前でもそう変わらないだろ」


そう言って笑ってる水未に対して焚は心底不思議そうにする。焚的には呼び方など反応できたらそれでいい何て淡白な考え方をしているから日常的にも人のこと「お前」や「おい」とかで呼んでしまうのだ。

だから名前を呼ぶのは可愛いなんて言葉がイマイチ理解できない。


「ふふ可愛いですよ。…それよりも案内はいいんですか?私的にはこのまま可愛い会話を続けてもいいんだけどねぇ」


「…確かにお喋りしに来たんじゃなかったわ。昨日の宣言通りはよ案内しろよ」


可愛い、可愛いと連呼されたことが気に食わなかったのか焚はムスッとした顔で偉そうに案内を促す。

水未はそんな態度も「可愛いね」なんて言って気にもとめて無かったが。


「はぁい。じゃあまずは昨日ちょびっと話題に出た掃除屋さんでも紹介しますね。ついてきてください」


そう言って焚を倉庫から出るように促し路地裏を軽やかに迷いなく歩いていく。

焚はその姿を見て流石に裏で住んでる訳あるなと感心して言われるまま着いていっていた。


「掃除屋さんは所長と副所長さんそして二人の構成員で仕事をしてるんですけど基本所長さんの姿を見た人はいないんです。だからいつもは構成員の一人が指揮を取ってます」


「所長が顔を見せないのも気になるが所長がいないんだったら普通副所長がまとめるもんじゃないのか」


普通なら所長の代わりは副所長だ。でもこの適当そうな社会じゃ部下がまとめることもあるかと焚は考える。


「いやぁそこの所長さん姿は見たことないんですけど…だいぶ変わり者らしくいつも所長が起こした事件の処理を副所長がしてるらしく。それに追われていて通常業務が出来ないらしいんです」


焚の考えとは全く違った。どうやら副所長は常識人うえの苦渋の選択だったらしい。しかし所長は姿が見えないのに事件は起こしまくるとはどんな事をしているのか不思議になる。


「所長の姿って夏ノすら見たことないのか?」


「夏ノくんも見たことありません。ただ噂では事件を起こしては水の様に消えていくらしいです。水未も一度その所長に所有していた便利機械ちゃんを爆破されたことあります。爆破したとこは見たんですがその時にはもう人影一つありませんでした。ただその後副所長さんが謝りに来たことで所長さんが起こした事件だと分かりました」


水の様に消えるとはどういうことなんだろうと焚は考えながら水未も呆れてるほどの変わり者が奇人という事に少し危機感を感じる。異能を使って表でも暴れたら焚にも飛び火するかもしれないそう思ったからだ。


「そんな奴が所長って本当にここの治安は悪そうだな」


「そうですね。この裏町を歩くのは一般人には大分キツイらしいです。まぁ一般人が裏町まで入ってくることは滅多にないんですが。ここはあの迷路の様な路地裏を通らないと辿り着かないですからね」


「町…?ここ町になるのか」


水未から出てきた単語に少しビックリする。この町に裏町ができるような場所があったとはここで産まれて育ったが焚は全く知らなかった。


「はい。もう少し歩いたら少しひらいた場所に出ますよ。そこを皆裏町って呼んでるんです。まぁ全てを無くした人、裏でしか生きれなかった者の集まりなんで町と言っていいか分からない場所ですが」


「それでもこんな田舎でも都会でもない町に裏町なんてものよく作ったな。少しでも商店街や住宅街から離れたら山ばかりなのに」


この町は田舎でも都会でもない。1時間あれば都会に出れるが車がなくちゃ生きるのに不便な小さな町だ。そんな町のすぐ隣は山ばかりなのにその中に町があるなんて普通の住人は知りもしないだろう。


「まぁまぁそんな些細な疑問よりぃ。掃除屋さんに会いましょう。ここです、ここ」


そう言って少しひらけた、路地裏よりほんの少し広いかな、といった場所に入ってすぐに曲がり一つのボロビルに入る様に促される。

焚は裏町に入った時ホームレスやどうみても変人らしき者が屯っていたのを見て絡まれたら面倒だなと考えたから目的の場所にすぐついてホッと安心した。


「みたけさ〜ん!紹介したい人連れてきました」


そう大きな声でいいながら問答無用でドアを開けて入っていく。

焚は少し相手の返事も待たないまま入っていいか迷うが水未がどんどん奥に入っていくため迷うのがアホらしくなって後ろをついていく。

オンボロビルの中身は意外に綺麗な事務所って感じで机の上に乱雑に置かれた沢山の資料らしき物を抜けば本当に整っていると言ってもいい場所だった。


「ちょ!水未まだ返事しとらんやろ!入るなや!」


奥にいたのは金髪の髪を後ろで団子にしていて片目が隠れた男だった。男は慌てた様に書類で埋もれた状態で座っていたが書類が飛び散るのも気にせずに立ち上がる。それで焚の方をチラリと見たら少し目を見開いた後、髪の毛が飛んでないか確認する様に髪の毛を整え始める。焚という初めてのお客さんが来たからの身だしなみなんだろうけど金髪の男のアホ毛は何回直しても飛んでいるから髪の毛の手入れしていないんだろうな、なんてどうでもいいことを二人は考えていた。


「…ごほん。二人共俺のアホ毛に注目すんな。これはもう寝癖ちゃうねん、チャームポイントと化してるねんよ」


「あははみたけくん風呂に入ったのにいつです?」


「だから寝癖とかちゃうわ!!…てか何の用で来たかさっさと話せや。まぁ予想はつくけど。どうせそこのお嬢ちゃんの案内役を買ったから最初にここの治安を保ってるうちでも紹介しに来たんやろ」


ここの治安を守っている組織である掃除屋は基本このみたけという男が回している。みたけがいない時の掃除屋はほぼ機能していない同然の荒地だったのだ。


「ふふそうです。たたらくんもいますか?良ければ二人まとめて紹介したいのですが。あ、所長達がいないのはもちろん知ってますよ」


「もちろんいないのはホンマ困るんやけどなぁ。はぁ…あ、たたらやな。たたら〜!昼寝の時間は終わりや。大人しく一階に降りてきな!」


「うへ〜〜い…」


みたけが階段に向かってそう大声を出すと気が抜ける返事と共に真ん中分けの黒髪の男、たたらという人物であろう者が降りてきた。焚は後ろらへんにいたがたたらは降りてきてすぐ何故かこちらを見つめてニコリと笑う。しかしその笑顔は目が笑ってない奇妙な笑い方だったから焚はつい警戒してしまう。


「へぇせんぱいの妹さんですか〜?」


「まだ何も言うとらんやろ。妹ちゃうお客さんや」


「あぁ〜確かに焚ちゃんとみたけくんって似てますね!」


言われてみれば二人は似ている。片目を隠す金髪の色、赤い目とピンクの目を強調させる三白眼。ただ似ていないのはみたけが明るい声で人の良さそうな関西弁を喋るところぐらいだろう。焚がもし笑顔で関西弁を喋り始めたら周りがギャップで混乱に陥るだろう。


「ってそんな話しにきたんちゃうやろ。自己紹介するで自己紹介」


そう言ってパンパンと手を叩くことで水未とたたらがキャッキャッ似ているところを話しているのを終わらせる。


「えぇ〜と…焚ちゃん?ここは鬼、奇人達を人を死の代わりに眠らせることが出来るから治安維持の為にそれを使わせて貰ってる掃除屋さんや。人が死なへん時代では殺し屋でもあったみたいやな。…そして俺が副所長代理ここのまとめ役みたけや。よろしゅうな。でこっちが」


「掃除屋の戦闘員担当のたたらだよー。せんぱいが弱すぎるのでいっつもおれが特攻役なんですよ〜」


「俺が弱いちゃうんてお前より強い人間なんてそうそうにおらへんねよ!」と言いながら割と本気でたたらの腹に突きをいれるみたけがいたがたたらがヘラヘラとダメージを喰らってなさそうにしているから周りからは少し小突いただけだと認識されて終わる。


「俺は眠りたくないし眠らせたい人もいないから依頼する予定はないが…お前らはなんで人を眠らせようとするんだ?」


「それは人が死なへんくなって殺し屋が続けれんくなったからっていうのが組織としての理由やけど。俺個人として沢山鬼の人達が異常すぎる世界に押しつぶされて発狂しているのをみてどうにかしたいと思ったからやな」


思った以上にまともな返事が返ってきて焚は少し掃除屋の必要性を見直す。確かに永遠に死なない世界を自分だけが認識できるなんてこと常人には重すぎる事実だろう。

受け入れられずに忘れる人間が大半なんだから受け入れられずに発狂する人間がいるものだ。


「意外にまともな組織で驚いたって顔してるね〜。まぁこんなこと言うのはせんぱいぐらいだよ。所長は何かハピエンの為とか言ってるし俺はただ人殺しが生き甲斐だったから殺しに似ているこれを続けてるだけだしね」


「やっぱまともじゃねえ」


「あははまぁみたけくんみたいな常識人は裏町では珍しい部類ですよ」


よくよく考えたら水未もまともな人間と言ってかは分からない。見ず知らずの焚を拾ったり変な倉庫に住んでいたり焚から見たら水未も立派な変人だなと思いやはりここは焚を困惑に落とす場所だなと認識した。


「そうやなぁ。まともなのは俺ぐらいで悲しいわ。…あぁもう一人まともな人おるよな有名人で」


「あぁ冬世ちゃんですね!この後焚ちゃんに紹介しようと思っていたんですよ」


「おぉ丁度良かったわ冬世に届けもんがあんねんついでによろしく。ちなみにめっちゃくちゃ危険物やから中身は見たらあかんで」


まるで冬世の所にいくと分かっていたようわざとらしい言い方で用事を押し付けてくるみたけ。焚はこいつ常識人ヅラして面倒事押し付けてきやがったとガックリする。


「えぇ〜!…まぁいいですけど借り一つですよ」


「ついでやのに借り一つ作らなあかんのかい!まぁええけど」


水未かすかさず貸し一つにする当たりこういうお使いごとは慣れているようだ。みたけも貸し一つってことをすぐにOKにするのを見て焚はこれが水未達の日常なのかと納得した。

焚は今まで近所付き合いなどした事ないからこうやって他人に他人へのお使いに頼まれることなど初体験に近い。それも裏町特有の危険物を運ぶお使いなんてものを近所に野菜を届けるみたいなノリで渡すもんだから見るだけで焚の常識がバグりそうだ。


「さて焚ちゃん。今から常識人2の噂人の冬世ちゃんに会いに行きましょうか」


「噂人?」


そう言って掃除屋事務所から出て行く水未について行きながら焚は疑問を問う。


「冬世ちゃんは極度の眠りたがりなんですが何故か人の噂が沢山集まる不思議な人物なのです。裏町の表向きの番長が夏ノくんだとしたら彼女は裏番長ってやつなんですよ」


「ふぅんどっちが強いんだ?」


番長という例えはどうかと思ったが水未のおふさげには慣れてきた頃で焚は流し聞いてツッコミを入れずに自身の疑問を優先した。


「物理的強さでいったら冬世ちゃんですかね。あの人は神に好かれていて加護を受けていると噂されていて冬世ちゃんに喧嘩売りに行った者は加護の力で大体返り討ちにあったとか。夏ノくんは暴力は得意じゃないんでそこは信者頼りなので喧嘩をしたら冬世ちゃんの方が強いんじゃないですかね」


それを水未は不満気にブーブーと言葉でブーイングを飛ばしはするも律儀に疑問に答えてくれる。しかし水未も冬世や夏ノが実際に暴力で総ている所を見たことがないから噂や本人から話でしか判断できない。


「神の加護っていきなりファンタジーな話になったな」


「こんな歪んだ世界なんですから神様もどきぐらいいて不思議じゃないですよ。焚ちゃんもいつかわかります」


確かに奇鬼という人外はいると聞いたが焚は実際に奇鬼の姿を見たことがないから実感が湧かない故に神の存在もあまり信じられなかった。いくらこの世界が異常だとしても神なんてものがいたら簡単に異常が正常になるんじゃないかと考えた時ふと焚はひっかかる言葉を見つける。


「神様擬きってことは本当の神様はいないってことか」


「さぁ分からないです。私もまだ神様は見たことありませんから。ただ冬世ちゃんいさしく神様擬きはいる、だそうです」


そんな会話をしながら裏町を歩く中ふと焚は未成年が二人なのに絡んでくる輩はいないなと周りを見る。すると大体の人は水未を見てギョッとしてからあからさまに目を逸らす。まるで水未に怯えているようだった。


「なぁ、「ここです。着きましたよ」え、あぁ」


その疑問を問おうとした時だった一つの裏町にしては綺麗な家の前に着いてそこで水未は立ち止まり目的地だと遮るように言う。

だから聞けないまま促されるように水未と共にその家に入って行く。


「冬世ちゃーんお客さんですよ!」


「…あ?今昼寝中で〜〜す!お帰りやがれ」


家の中は沢山のクッションと薄い掛け布団らしき物で溢れている。まるでこの部屋自体が一つのベットかのようだ。水未が声をかけたらそのクッションの山の中から声が返ってきた。

どうやら水未が言っていた極度の眠りたがりは本当だったようだと焚は考える。


「掃除屋さんからお届けものもありますよ!」


「あ〜…それははよ渡せ」


「焚ちゃんに自己紹介したら渡しま〜す」


そう水未が言うと冬世は不満気そうな声を出しながらクッションの中から起き上がる。焚よりも明るめの金髪が癖毛になっていて眠た気な目をした女性がクッションの中から出てきて焚は顔が予想通りの見た目だなと思う。

そして冬世は焚の方を見て何か気づいたような顔をする。


「お前、泥の女王が言っていた奴じゃん。はぁ〜〜〜?何でこんなとこにいんだよォ?いやいやここに来るのは当たり前か。でも前見た時は夏ノの金魚のフンだったよな?ありゃいつお前泥の女王に出会ったんだ?女王様は夏ノの前には現れないんだがなァ」


「…は?」


どうやら焚は表向きのまとめ役の夏ノとも裏のまとめ役の冬世共知り合いだったようだ。しかし冬世が言う泥の女王が何のことか分からなくてただ頭に疑問が浮かぶばかりだ。


「あ?泥の女王のことわかんねぇの?あの女主張激しいじゃん。会った時名乗ってくるでしょ「私は泥の女王、この世界の呪い(死)を司る者」なんて言ってくるやついなかったかァ?」


「…いや分からない。俺は夏ノといた時の記憶さえ無いんだ」


やっと前の焚を知っている者に出会えてほっする反面自分に思い当たる記憶がないことを話されて困惑が深まる一方だった。


「冬世ちゃん私も私も泥の女王についてわからないですー!」


裏に詳しそうな水未ですら知らないなら裏について記憶が抜け落ちている焚が知るはずがなかった。そもそも呪いを司る者ってなんだ?厨二病か?なんて焚は本気でここの住人の頭を心配になった。


「あぁ〜…記憶障害か。クソ余計な事言っちまった。はぁ泥の女王ってのはこの世界の神擬きであり元奇鬼である女のことだよ。水未、お前には一回話しただろこの世の死という概念を歪めた神擬きがいると」


「あぁ!泥の女王さんがこの世に死を無くした神様だったんですね!」


その発言に焚は衝撃を受ける。死を無くした原因がこんなにも早く分かるなんてしかも自分も会っていた何て知りもしなかったと。


「その泥の女王って奴はどこに居るんだ?」


「ここにいるが?」


焚が勢いよくそう問うと冬世は面倒くさそうに床をコンコンと叩いてそう言う。だから二人しては?みたいな顔になってしまう。


「…ここって…下に何か空間があるのか?」


「いいやァ。床のすぐ下、この地球上の全ての地面そのものが泥の女王様だ」


その発言に焚は理解できても上手く飲めこめずに固まる一方水未は「やっぱ神様って規模が違うんですね」何て呑気に感想を述べる。

冬世が言ってることが確かなら本当に神と呼べるほどの存在だと言うことが身を染みて分かる。


「じゃあ誰だって出会ってるも同然じゃねえか」


「いんや確かに地面と同化して地球全体を見ているが偶に泥人形を作って気まぐれで人と話す時があるのさ。あんたはその気まぐれを体験しているんだよ。そもそも地面に話しかけても泥の女王さまは見てるだけだから聞こえちゃいない」


やっと絞り出した言葉も混乱しすぎて重要な事を言えてない。冬世はその言葉に丁寧に返事をしてやる。


「人の声を常に聞く担当は別の神様擬きさァ。確か脳の小人だっけなそいつが人の死を消しながら人の声を聞いて、泥の女王が人の魂をそのまま転生させながら人を常に見ている」


「じゃあ脳の小人やらに死がある世界を望めないのか?」


そう言うと冬世は少し不思議そうな顔をする。


「お前死が欲しいのか?夏ノと一緒にいたからお前も死がない世界を望んでるんかと思ったよ。まァ脳の小人が人の声を聞いても人の話なんか聞きゃしない。あいつは人間の事心底見下してるからな。死が欲しいならどうにかして泥の女王の目につく行動をして女王様の方に交渉を持ちかけなきゃいけない」


「死がある方がいいだろ…!ッ…というか本当にそんな神様なんか存在してるのかよ。あんたの幻覚かなんかじゃないのか」


神様なんて存在がこの世に干渉してる事実がどうしても今まで日常を過ごしていた今の焚には受入れ難い。そもそも焚はまだ奇鬼すら存在してるところを見た事ないのだ。


「ふぅん信じないのか。こんなにもこの世は人間すら歪んでるのに。奇人は見たことないのか?」


そう言われるとウィリアム先生の腕が鱗まみれで鋭い爪になっていたことを焚は思い出す。確かにこの世は人間すら化け物となる。それに死を無くすなんて芸当神様ぐらいしか出来ないのではないかと思い直し焚はそれでも受け入れ難い事実に俯く。


「…その泥の女王様とやらの目につく為にはどうすればいいんだ?」


「さァね。知らね〜〜〜!自分で調べな」


それでも死がある世界にする為、いや昔の焚を知っている泥の女王に出会う為に前を向いてそう問うがそう簡単にいくような問題ではないみたいで冬世は本当に知らないと言う顔でそう返した。


「…あぁでも最近裏町で人が消えてるらしいな。死体は出てないけど、でも忽然と消えるらしい。裏町ではもっぱら死を司る殺人鬼が現るれたと噂だねェ」


「つまりそれを追えば何か掴めるかもしれないということか」


冬世が独り言を呟くような声でそう呟くと焚はすぐさま自分に泥の女王に近づく手がかりをくれたのだと理解する。


「…助かった。水未、俺はこれからその殺人鬼について調べるがお前は」


「焚ちゃん!!やめましょう?…あ、違うくて"今日は"やめましょう!明日からなら私もお手伝い出来ます。夜の裏町は危ないですから今日は一旦帰りましょう」


「俺は別に大丈夫だ」と言おうとしたが水未は真っ直ぐとこっちを見て止めるように促す。あまりにも水未が必死なもんだから焚は一度傲慢さから失敗した身なのも思い出してそれを受け入れることにした。


「分かった。じゃあ明日から調査をするから手伝ってくれ」


「はい。じゃあ帰りましょう」


そう会話して水未は焚の手を握りしめて帰る為に引っ張ってくる冬世はというと手だけ振ってそのまま眠りの世界へとまた落ちていった。

そうして二人裏町から出る為に歩く中水未は話しかけてくる。


「焚ちゃんは何で死が欲しいんですか?」


「俺自体が死が欲しいってわけじゃない。ただ死がない世界は異常だと感じるし、それにその世界で死んだ姉の謎が知りたい」


水未はこの死がない世界を受け入れてるようで心底疑問に思いそう問うた。その答えに水未は納得したような顔をする。


「ふふそうですか。あぁそうなんですか、焚ちゃんはお姉さんのこと愛していたんですね」


水未が返した返事は焚には斜め上の返答でどうしてその言葉が出てきたのか分からなくてそう言おうと横を向いた時に見えた水未の表情で何も言えなくなる。

うっとりと心底愛おしそうにでも歪な笑顔をしていたのだ。

そうして少しの間無言で歩いてるうちにあっという間に元の表通りに出た。


「じゃあ焚ちゃん。まぁた明日」


そう言って水未は恋する乙女のように笑うもんだから一瞬焚は水未が真群と被って見えた。全く似ていないはずなのに。

そうして水未は裏路地の闇へと戻っていった。


「…また明日」


水未の背中が見えなくなってやっと焚は返事をして今日が終わったのである。

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