第9話


朝が来た。

学校に行くと烏真達が真群は意識不明になって入院していること、そしてウィリアム先生が人が変わったように学園に登校してきたことを教えてくれた。焚から見てもウィリアム先生は変わってしまった、暗い目でただただ毎日をロボットの様に前やっていたことをこなすだけになってしまった。

元通りになんかならない。

__俺がしてしまったことは全て間違いだった。

そう感じるのような毎日になる。

朝になった。

烏真達は事件を解決したことを誉めてくれたがそんな言葉も焚の心には残らない、ただこぼれ落ちていく。

朝になった。

ウィリアム先生は焚を焚として見なくなっていた。毎日のようにしていた生徒への面談も無くなった。いつも1人になると兄さんと言って泣いてるのを見た。

朝になった。

真群は目覚めない。

朝になった。

目が覚めない。

朝になった。

覚めない。

朝になった。

ウィリアム先生が自殺した。何故死ねたのかは分からなかったが、焚が殺したのも同然だった。

朝になった。

学園に行くのも苦しい。ただただ静かないつも通りの生活を送ってるようで、でもその行動に感情を持てない。

朝になった。

暖かくなった風も焚にとっては何も感じはしない。

朝になった。

烏真が「ウィリアム先生が死んでから意識不明になっていた生徒達が目覚め始めてる」と聞いた。

朝になった。

初めて真群の病室へ行ったが何を持っていけばいいか分からなくて手ぶらでただ真群の寝顔を見つめた。

朝になった。

今日も病室に行った、でも真群は眠っている。

朝になった。

毎日学園帰りに病室に行くのが日課になった。真群は目を開けない。

朝になった。

朝になった。

朝になった。

朝になった。

朝になった。

朝になって。

何度も朝が来た。

そうしていつの間にか季節は夏になっていた。でも真群のいない学園には慣れない。焚は夏になってようやく真群の病室に通うのはやめた。その代わりに放課後ふらふらとぼんやりしながら夜中まで歩き続ける日が増えた。でもウィリアム先生は叱りに来てくれないし真群は迎えにも来ない。当たり前だ。焚が全て壊したのだから。

夜が来た。雨が降っている夜が来た。

傘もささずに焚はただぼんやり何を考えることもなく廃人のように街を歩き彷徨う。

びしょ濡れになった身体も気にする様子が。ない。

ただただ迷子のように、誰かを探すように歩き続けた。

するとぼんやりしていたせいか足が絡まって無様に転ける。水溜りがそんな焚をうつしている。いっそ水溜りにうつった焚が笑いでもしたら何か変わる気がするのに焚の顔は無表情のままだ。

立ち上がれない。立ち上がる気力もない。

ずっと焚は間違ったことを後悔している。

ずっと焚は壊したことを反省している。

ずっと焚はあの言葉を理解したいと必死になっている。

最近寝れてなかったせいか、ひどい眠気に襲われる。

_もうこのまま目を閉じてしまおうか。

そんな焚らしくない考えに落ちる。

落ちて、落ちきったら、どこに行くのだろうかと考えながら段々と瞼はおりていく。


「おやまぁ。大きな仔猫ちゃんが1匹」


そんな女の声が上から聞こえてきたところで焚の意識は暗闇へと落ちていった。

___暗い。

暗闇が広がっている。

何処を見ても黒色の空間。

下を見ると真っ暗な暗闇に自分の顔がうつっているように見えた。

うつった自分の顔は酷く、そう酷すぎる醜い歪んだ笑顔を浮かべていた。

ニッコリ笑ってるのに目は殺意が篭ったような感じがして口は上がりきってるのにまるで憎しみの言葉を吐きそうな、とても醜い顔だ。

こんなもの笑顔なんて言っちゃいけないだろ。

そう呟いたはずなのに音にはならない。暗闇には静寂が広がっている。

だから怖くなって私は唯一見える床にうつった自分の顔に手を伸ばしてみる。

すると床は水のように波紋が広がって手は暗闇へと吸い込まれるように入っていく。

腕まで入ったところでピタリと止まる。

これ以上はまだダメと言わんばかりに。

自分はこのまま暗闇の一部になりたかったのにどうして止まるのか分からなくて押してみるがピクリとも動かない。


「私は愛が何か知ってる?」


すると床にうつる焚が話しかけてくる。相変わらず醜い笑顔のままで。


「愛は__ことだろ?」


だから問いに答えてあげる。すると床にうつっている焚は困ったような顔をして首を横に振る。


「じゃあ怒りはなぜ生まれると思う?」


先程の問いへの答えは間違ったようだから今度は慎重にゆっくり考えて答えを出す。


「怒りは自分への劣等感から生まれるんだろ」


そんな答えに床にうつる焚はなんとも言えない表情をする。


「傲慢さはどうやったら分かるの?」


次の質問は少し言葉が詰まる。自分が今一番実感していることだからだ。


「傲慢さは2人だから分かるんだよ。一人じゃわからない」


「じゃあ人間皆、傲慢なんだね」


一人じゃ傲慢さを理解できなかった自分を思い返して気づくのが気づかないのがどちらが良かったのかわからなくなる。

人間は傲慢な生き物だ。

でもそれを理解する必要があったのだろうか?

一人だったら誰にも迷惑だってかけない。二人だからこそ傲慢さの悪いところが出るのだ。

だから自分は一人で生きたかった。


「一人は悪か?」


だから今度は自分が焚に問うてみた。


「そうだな。じゃあそもそも悪って何だと思う?」


問いが問いで返されたから少し困惑した後悩むように自分の顎に手を当ててみる。


「わからないよ。悪とか正義とか人間が引いた曖昧な線引きじゃないか」


正義とか大義とか言葉を使う人間は大体エゴの塊なのだ。でもかと言ってエゴが悪だとは言い切れない。じゃあ悪も正義も結局は同じものじゃないかと思う。


「じゃあ悪魔って存在は何だと思う?」


悪魔と言われれば悪いものというイメージがある。でも正義も悪も同じならば。


「天使と同じ存在。人間を純粋にしたもの、エゴの塊だと、思う」


天使や悪魔はきっと人間よりごちゃごちゃしてない純粋で一つの感情だけを持って産まれた存在だろう、と私は考える。


「じゃあ最後ね。貴方は誰?」


「私?私は焚…。…?焚?私?」


そこで私は自分が誰なのか思い出せなくなるのだ。そもそも私の一人称ってこうだったけ?名前も焚だったけ?苗字は何だっけ?

そんな疑問だらけになった私を見て床にうつる焚はクスクスと笑う。


「やくってさぁ。何でやくなの?」


そう言われて頭が痛くなる。「君はこれから焚だ」そう誰かに言われたから焚は焚なのだ。でも誰に言われたんだったか思い出そうと顔を思い浮かべようとするが思い出せない。そもそも何故焚だったのかも分からない。

私が失った記憶は思った以上に多そうだ。なんて冷静に考えてるが頭痛は段々酷くなっていく一方でただ唸り声しか出ない。

私は何をなくしたのだろうか。

私は何を手に入れたのだろうか?

わたしってなんだろうか。


「起きる時間ですよ。先輩」


そんな思考を巡らせていると後ろから声をかけられて振り返ろうとすると後ろはいつのまにか光で真っ白になっていて、私はその眩しさにまた目を閉じる。

そして意識が浮上していく感覚に陥る。


「あ、起きました?大丈夫ですか?ご気分は?金色の猫ちゃんさん」


焚が意識を取り戻してうっすら目を開けるとそこには肩につかないからつくかの髪にピンク色のメガネをかけた少女がこちらを上から顔色を見るように覗き込んでいるのが見えた。


「…」


「ありゃまだ眠ってます?おーい。起きなよ仔猫ちゃん夜だよぉ?あは!夜なら起きなくていいのかぁ。これは困りましたね」


言葉に反して全く困った様子がない少女をぼんやり見ながら焚は目だけ動かして状況を確認する。ここはどうやら何処かの屋内のようでコンクリートの壁と床には似合わない豪華なでかい紫色の綺麗なベットの上で眠らされていたようだ。


「ここ、何処か知りたいようですね。何処だと思います?」


ふざけた様子の少女に敵意は全くないように感じられたから焚は起き上がって改めて周りを見渡す。


「倉庫か…?」


コンクリートの箱に似合わないベット以外にはいろんなガラクタが放り投げられたように散らばって置かれていて到底何処かの家とかには思えなかったから焚はついそう呟く。


「倉庫ー?!ひどいですよ!これはひどい!私の可愛い、可愛いお部屋を倉庫とはひどいいいようです!」


「どう見ても部屋には見えねえよ」


だってガラクタだらけでベット以外何処を歩けばいいか分からない状態なのだ。しかもそのガラクタがぬいぐるみなど可愛い物なら分かるのだがタイヤとかそこらへんにある鉄パイプ、ネジの山やら本当にガラクタなのだからこの汚さとコンクリート剥き出しの壁がそれに拍車をかけて到底人が住んでるようには見えなかった。


「こんな可愛い乙女な部屋に入れてあげたというのに失礼な人ですね。これでもあのここら辺じゃ有名なお嬢様学校に通ってるスペシャルな乙女ですよ」


確かに少女が着ている制服に焚は見覚えがある。多少改造されているが昔姉が着ていた制服と同じような服だ。腹がチラ見せにしている改造の仕方はお嬢様学校に通ってる者としてどうかとは思うが。


「お嬢様がどうしてこんな部屋に住んでんだよ。ガラクタは百歩譲ってコンクリの床や壁はねえだろ」


少女はそう言われると焚から少し離れてガラクタの山の上で楽しそうに踊るようにくるりと一回転したあと手を広げて笑う。


「あはッ確かにこのコンクリは良くありませんね!でも私こんな部屋でも気に入ってるんですよ。だって皆がくれた私だけの居場所で秘密基地なんですから」


ひとしきり笑った後そう言って本当に愛おしいそうに部屋を見つめる。どうやらこの部屋は少女の家ではないようだ。どうなったらこんな部屋を誰から貰えるのか分からないが大人で言うセカンドハウスのようで、まぁ焚から見たら、ある意味倉庫という言葉は間違いではなかったようだ。


「それはどうでもいいけど、この部屋まで俺を運んだのはお前か?」


ふと焚は何故この部屋にいてベットに寝かされていたのかを思い出す、自分が雨の中外で倒れていたから運ばれたのは確実だろうがこの少女にそんな力があるのか疑問を覚える、もし運んだのが彼女じゃなくてもベットを借りた恩があるのは確かだが、念のため聞いてみる。


「見つけたのは私ですが、運んだのは夏ノくんです」


「夏ノ…?まぁ世話かけて悪かったな」


夏ノという名前に覚えがないから誰だみたいな顔になる焚だったが彼女とさえ知り合いな覚えがないから知らなくて当たり前かと考え謝りの言葉だけは伝えておく。


「夏ノくんは夏ノくんです。ここらへんで有名な神父さんですよ?知らないんですか。そうですか。知らないのにここの住人なんて不思議な人ですね」


「あのなお嬢様学校のあんたと違って俺は一般家庭産まれでしかも神とか宗教とか興味がねえから。知らなくて当たり前だと思うが」


すると何がおかしいのか少女はまた笑い出した。焚は笑うところあったかと困惑した顔を見せるが、それを見た彼女はまた笑いが一層増したようで腹を抱えて大笑いする。


「何がおかしいんだよ」


焚はそれを見て感じていた恩よりも怒りが勝ってつい言葉強めに問うてしまう。


「あはははだって仔猫ちゃん変なこと言うんですもん!一般家庭?宗教に興味ない?奇人が何を言ってるんですか!」


「奇人って…誰が変人だボケ」


あまりにも少女が変なこと言うもんだから焚は意地になって刺々しい言葉を吐いてしまうが先に罵倒してきたのはあちらなのだからこれは仕方ないことだと思うが、その言葉を聞いた少女がピタリっと止まり不思議そうな顔をする。

それに焚は不思議そうな顔をしたいのはこちらだと言わんばかりにジトッと睨みつける。


「仔猫ちゃん本当に裏の住人ですか?」


「裏って普通の一般家庭生まれ育ちだ。ヤクザとかには関わったことねえよ。こちとら優等生で通ってるもんでね」


焚はこの際仔猫ちゃん呼びは追求すると話が曲がってややこしくなりそうだから置いといて、今何か噛み合っていない、すれ違っている話題を合わせる為に話し合う。

焚は見た目だけなら裏の住人にも見えはなくないがヤクザなどとは関わったことない。

しかしお嬢様学校の通っていると言った少女のお嬢様はお嬢の方のお嬢様だったかと焚が考えてるうちに少女は心底困惑した顔で悩んでいた。


「あれれ〜?夏ノくんは同類だと言ってたのに?」


「何かの間違いだったんじゃねえの」


そもそも夏ノという人物に心当たりがない焚にとっては人違いでは無いかと思うしかなかった。が少女は夏ノの言葉を信じきっていたようで本当に「うーんうーん」って困ったような顔をしていた。


「え〜と、サイレンのように響いてる歌や死なない人間とかは本当に見たことないんですか?」


「は?…何でそのこと知ってんだ…?」


ここでようやく焚と彼女の話が噛み合った。焚は自分と真群しか聞こえないと思っていた歌の話と人が人が死なない世界だって理解してる異常さにやっと裏とは奇とはどう意味だったか理解する。


「あら何だ。貴方烏真くんから何も説明を受けてないのですね」


「…。烏真は知ってんのか、もっと悪魔の歌や人が死なない現象を理解してる人達がいることを」


つまり、裏社会とはこの世界の歪みを認知している者という認識で合ってるのだろうと焚は考える。それを烏真達は知っていたが焚には話されていない。それに何か理由があったのか分からないが焚はそれに怒りを覚える。


「少し違いますね。悪魔の歌を聞いても理性を取り戻した者と人が死なない現象を理解してる者裏の住人でも2種類に分かれます。理性と異能を手に入れた者を奇人と呼び、歪みを認知した者を鬼と呼びます。どちらも裏の住人になる資格があります。あと一つ奇鬼というものがいますがその説明はまた後でいいですね。はい!ここテストに出ますよ〜!覚えてくださいね仔猫ちゃん!」


怒涛の勢いで説明される。最後の奇鬼とは何なのか問おうかと焚は悩んだが今は目の前にある問題から片付けていこうと思う。


「奇人に鬼…。悪魔の歌を聴いて理性を取り戻す奴なんて居たんだな」


「えぇいますよ。理性を取り戻したと言うより異常な自分を受け入れたと言った方が正しいですけどね。鬼も少ないですけどそれを超えるレベルで奇人はとても珍しいので同類を見つけた時の嬉しさは計り知れません」


そう言う少女は本当に嬉しそうな様子だ。しかし悪魔の歌が聞こえていて正常な人間は自分達に以外にいたことに驚きを隠せない。


「私達奇人は特別な存在です。異能が使え、その上死にたい人達に眠りをあげれる。殺すことは出来ませんけど。今のところ奇人だと分かっているのは私と冬世ちゃんそして夏ノくんと貴方です」


「…?真群は?遠之宮真群も奇人だろ?」


人間に長い期間眠らせるのは凄いことだろうけどウィリアム先生みたいに無差別に意識不明にさせる異常化の人間は困ったものだな、何て考えて話を聞いてると引っかかる部分があったから焚は問うてみた。

すると不思議そうな顔をして少女は悩むように考えた後やっぱり何も心が当たりがないような顔をした。


「知らないのか?烏真のことは知ってるのに真群を知らない…。…俺のことは烏真から夏ノという奴に伝わって知ったのか?」


「え…?いいえ違いますよ。確かに夏ノくんは人類終末クラブとは知り合いですがお互い思想が違うので情報交換はしないのです。だから貴方は夏ノくんとは昔からの知り合いかと思っていました。まぁ反応的に違うんでしょうけど」


先ほどから出てくる夏ノくんとは誰だということしか言えない焚に神父の、しかも裏の住人の知り合いなどいない。しかし烏真はもしかしたらこの裏の住人というやからに焚のことも真群のことも言ってないかもしれないという可能性に焚は辿り着く。


「夏ノってやつに会わせろ。それで分かるだろ。…え、とお前の名前なんだ?」


そう焚が言うと今更ですがと言わんばかりに少女はクスクスと笑う。


「私は狛鳥 水未(こまどり みずみ)。本当の愛を探す奇人です」


そう言って水未は握手をしようと手を差し出す。本当の愛とは何なのかは理解はできなかったがそこを否定する理由もないから焚はその手を握る。


「俺は…おれは焚。お前達の言葉で言うと多分同じ奇人だ」


「ふふ可愛い名前ですね」


そう言われて言葉が詰まる。焚は自分の名前の何処が可愛い名前なのか分からなくて何で返せばいいか全くわからなかった。


「さて自己紹介も終わったことだしこの裏社会のルールを説明する為にも夏ノくんのとこに行きますか。あぁでも烏真くんに言っちゃダメですよ?烏真くんと夏ノくんは本当に仲が悪いですから」


そう言って水未は部屋の出口から外に出てこちらに来るように促してくるから焚は重たい身体で立ち上がり部屋から出て行く。そこには裏路地らしき場所が広がっていた。


「烏真と夏ノは何で仲が悪いんだ?」


特に外に対してあぁやっぱり倉庫みたいな部屋だったかぐらいしか浮かばなかったから気になっていたことを口に出す。


「そもそも烏真くん達が異端なんですよ。この裏社会では」


「死が欲しいのはそんなにおかしいのか?」


そう焚が問うと水未は不思議そうな顔をする。


「皆寿命で死ねば一回リセットされて同じ人生を歩むんですから。普通に死んでも同じだと思うんですよね」


「…それすらも変えて。完璧に死ぬのが烏真の目的じゃないのか」


寿命でも死ねないこと、ループしていると言う世界に焚は驚くがそれは顔に出さないでただそんな世界が嫌だから烏真達は変えたいのではないかと問う。


「それが皆分からないんだよ。今の世界はどう足掻いたって生きれる、存在ができる。でも変えてしまったら人類はこの世から存在が消えるみたいな気持ちになっちゃって皆どうしても死が怖いんだよ。だから皆烏真くんがイカれてるって言ってる」


「イカれてるのは烏真達以外だろ。ずっと同じ人生をループする世界なんて気持ち悪い」


そう焚が呟くと水未が困ったような顔をする。水未は死にたくない理由も死ねない世界が嫌な理由にも共感できてしまうからどちらの味方にもなれないのだ。


「で、その死なない世界を保とうとする派閥をまとめるのが夏ノって奴なのか?」


「まとめるというかこの世界をもっとより良くする為にボランティアをしてる相談役が夏ノくんですね。常に人の善であろうとするからこの裏社会でいつの間にか中心にいたんです」


人の善であれ、それは世間的に言えばとても良い心がけなんだろうけど焚にとって少し苦手なタイプだった。焚は焚のエゴで動く。だから大義やら正義などという部類にはあまり良い顔が出来ないのだ。もちろんそれが悪いこととは言わない。でも大体そういう人種は押し付けがましい所がある。そこが苦手なのだ。


「…やっぱりそんな人間に心当たりはねぇな」


「そうですか…まぁ会ってみれば分かることです。さぁあの教会が夏ノくんの住処ですよ」


今も昔も焚には全く関わり合いが無さそうな人間で余計何故自分のことを知っていたのか疑問が深まる。そうして悩んでるうちに水未が指を刺して少し街外れまで歩いた場所にある山に近く自然に囲まれているでも綺麗に整備されている教会に入るように促す。


「勝手に入っていいのか?」


「いいですよ。皆勝手に入って勝手に相談していきます」


そう言って焚が扉を開けるのを迷ったのを気にしないように代わりに水未が扉を豪快に開ける。ギィとなって開いた教会はいたって一般的な人が想像するような普通の教会だ。長椅子が並んでいて奥に十字架とステンドグラスがキラキラ光で輝いている。

そしてその光照らされている男が一人佇んでいた。


「お客さんかい?あぁ未水じゃないか久しぶりだね。そちらは焚くんじゃないか。無事起きたんだね」


「やっほー。夏ノくんは相変わらず元気そうですね」


そう言う水未に夏ノと呼ばれた男は「さっき会ったばかりじゃないか」なんて言いながらニコニコ笑っている。光に照らされて神父服を着た男は白髪の髪に横に流すように髪を一つくぐりしている。焚は一番驚いたのは思った以上に若そうな顔をしている。この顔ならば20代前半と言われても納得してしまうほど若そうな神父だった。


「焚くん、今日は何の御用かな?水未は用なんて無いだろうし。あぁ、今日の礼なら要らないからね。私は私の善に従ったままだから」


「率直に聞く。お前何で俺の名前知ってんだ」


まるで善人です。みたいな態度が焚にとっては君悪く感じるしナチュラルに名前を呼んでくる自分はこの男のこと何一つ知らないのに親しさを見せてくるこの男が嫌悪感を感じて仕方なかったから早く話を切り上げる為に要件を言う。


「あぁ、それはね。君が有名人だからだよ。人を完璧に殺してみせた人間としてね」


「焚ちゃんが人を殺した…?それは本当ですか?焚ちゃん」


夏ノが言ったことが嘘だと直ぐに分かる。裏社会にいることが長そうな水未が知らなくて驚いてる様子をみればわかるし何となく焚の中の警戒心がこいつを信じてはいけないと警報を鳴らしている。だから焚は夏ノを睨みつける。


「人を殺したことは事実だが、あの事件がそんな有名になったとは思わない。それに新聞では俺が殺したなんて一言も書かれていなかったし俺以外知るはずないんだ」


「そうだね。そのはずだね。じゃあ何で真群くんは君の姉が死んだことを知ってるのかな?」


そう言われて今まで気づいていなかった違和感にようやく気づく。そうだ、何故真群は姉が死んだことを知っているのだろうか。新聞にだって死者一名と書かれてるだけで名前までは書かれてなかったはずだと焚は考える。

ならそこまで考えてこいつは真群と同じ焚が忘れた昔の焚の知り合いという結論に落ち着く。


「お前は俺が忘れた昔の焚(わたし)の知り合いか」


「そうだよ。大正解。でも忘れられてるとは思わなかったよ。悲しいな」


大袈裟に悲しそうなポーズをとるがあまり悲しそうな感じを見受けられなかったところ忘れられていたのは想定内だったのだろう。


「やっぱり焚ちゃんと夏ノくんは知り合いでしたか?」


「違う」「そうだよ」


そう水未に問われて全く反対の答えを同時に焚と夏ノが答える。


「あぁ焚くんは忘れてるから改めて自己紹介しないと知り合いにはしてくれないのか」


「自己紹介したって元からの知り合いかと言われたら俺は昔の焚(わたし)とは別人と考えるべきだから結局は知り合いじゃねえんだよ」


そうやって焚は突き放すように話すのに夏ノはそれを無視するようにニッコリ笑って握手の手を差し出してくる。


「私は我咲 夏ノ(われざき なつの)。君の相談役でもあった、ただの神父だよ。今も相談事があれば気軽にどうぞ」


「相談事なんてお前にするかよ。俺はこの世界に死を戻すって決めてんだから。敵だろ」


そう睨みつける用に言うと夏ノは面白そうに笑い始める。水未は「焚ちゃん敵はないよぉ」なんて呑気に言ってるし焚は突然の笑い声に驚くしかなかった。


「あははは。あ、すみません。でも面白くって。だって焚くん死を取り戻す理由なんてないのに突然敵だなんて言って、猫のように威嚇してくるから」


「確かに焚ちゃんって猫っぽいよねぇ」


確かに焚は確かな死を取り戻したい理由はない。ただ死がない世界は歪んでると言われればおかしいと思ったから協力してるだけだ。あとは姉が何故死んだか知りたかったという理由があるがこれは知りたいだけで取り戻したい理由にはならない。


「だ、って死がないなんておかしいだろ」


「おかしい?何故?死がない世界がおかしいなんて常識誰が決めたの?むしろ素晴らしいじゃないか。これが人が目指す最終目的ディストピアじゃないか。むしろ人の死を望むのはおかしくないのかい?」


そう言われて焚は言葉に詰まる。確かに死を望むのは正しいことではないのかもしれないでも人が死なないのはおかしいことで、これはもしかしたら人が突然常識をひっくり返されてびっくりした結果おかしいと思ってしまってるだけかもしれない。そんな思考に陥る。


「でも、じゃあ、姉が死んだのは理不尽だろ不公平だろ」


「確かに不公平だね。理不尽だね。ね、だからその理不尽の穴を埋める為にどうやったら人が死ぬのか調べないといけない。それは君達人類終末クラブの人達と目的が一致してるだろう?なら敵なんかじゃなくて協力ぐらいは出来るんじゃないかな」


そう言われれば焚に言い返す言葉が思いつかない。でもこの男を味方というのはなんか違う気がして肯定する返事もできなかった。


「とりあえず。焚ちゃんと夏ノくんは敵じゃないってことでいいんですよね」


「そうだね。敵ではないよ」


そう水未が問うと夏ノのは焚の意思など無視して敵じゃないことを肯定してしまう。その言葉に水未は嬉しそうな笑顔を見せる。


「じゃあ仲間ってことで、夏ノくん焚ちゃんに裏社会のルールを教えてあげてください」


「おや今回の目的はそれのようだったね。じゃあ長々しく話してしまって申し訳なかった。焚くんも仲間とは言わなくていいからルールだけは知っといた方がいいから聞いておくれ」


確かに今日は裏のことを知りにきたんだと焚は思い出す。まだ邪魔とかされているわけではないから敵と確定するのも違うなと考えて無言で頷く。


「じゃあ説明するね。まず覚えていた方がいいことは二つ。

一つは鬼同士で傷つけ合うのダメ

これは鬼達が死がないと理解してるから気軽に同志を傷つけない為のルール。でも中には掃除屋っていうルールを破った者や恨まれた者を殺す(眠らす)職業の人達もいるからその人達は例外なんだよね」


「掃除屋ってやつだけが自由に出来るのはおかしくないか?」


そう問うと「やっと裏のことに興味を持ってくれたんだね嬉しいよ」なんてことを言いながら説明が続く。


「そうだね。でも掃除屋さんの本来の仕事は生きたくない鬼達に眠りを与えることだからね皆少しの例外は目を瞑るんだよ。それに人に眠りを与えれるのは奇人だけで奇人は数少ないからね。

そして二つ目、奇鬼には近づかないこと」


「…奇鬼?」


そういえば鬼と奇人以外にも種類があるが水未が言っていたのを焚は思い出して奇鬼とは何か夏ノに問う。


「奇鬼は元々は人間じゃない悪魔怪異概念などが人間模している者達のことだね。意外なことに奇鬼は奇人より多い上に人を傷つけることを躊躇しない危ない者達だ。だからもし見つけても近づかないことを皆に伝えている」


人外がこの世にいるなんて、もうこの世界歪みだらけだな何て焚は考えながら、ふと水族館で見たガラスに写り喋るもう一人の焚は奇鬼とやらの仕業だったのではないかと思い出す。でも周りに人を模した者らしき人は居なかったから違うのかと思うとやはりあれは何だったのか分からなくなってきた。


「ルールはその二つだけか?」


「うん焚くんが覚えていた方がいい情報はそれだけだよ。後は自由な社会って感じだし、あまり色んなことを気にして生きない方がいいよ」


あまりにも少ないルールに焚は少し呆れる。こんなんじゃ鬼や奇人は好き放題するのではないかと思うが焚には関係ないことだなと思い直し何も口出ししないことにした。


「じゃあ帰る」


「えぇー焚ちゃんもう帰るんですか?」


もうここに用はないし外は夜が明けていたからそろそろ帰らないと日課が崩れるなと焚はみずみの残念そうな声を無視して思い教会の外へ歩く。


「あ!焚ちゃん裏の住人を紹介したいのでまた今夜よければ未水の隠れ家に来てくださいね〜!」


「…暇があったらな」


何て後ろから声をかけてくる水未の声にそんな返事を返すがどうせ焚は夕方になったらまたフラフラと徘徊するのだからまた隠れ家とやらに行く自分がいるのだろうと思いながら焚は帰路へと歩く。

そしてふと思うのだ。


「…何処だここ?」

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