第7話


昨日真群からデートに、誘われた焚は驚いてるうちに、日程と準備するものを一方的に言われて行く事が確定してしまった。

言われた事は覚えているが、まだ頭がぼんやりしている。どうしようもなく、どうして、あんな言葉が、出てきた意味が、わからなくて混乱していた。意味わからない言葉が、心の中でぐるぐる回って気持ち悪くなると、同時にこのそわそわしている、気持ちに嫌気がさす。だって焚に、恋愛などいらないんだから。恋愛をしている暇が、あったら勉強していたい、ただひたすら時間を、有限に使いたい。そう思うのが焚のはずなのに、あの言葉を聞いた時、断りの言葉も怒りの言葉も出てきてはくれなかった。昨日、あれからどうやって帰ってきたかも、覚えてないレベルで、驚きと戸惑いの感情に支配されたのだ。

朝家に迎えにくると言った。真群の言葉は覚えていたし、断りの言葉を言えなかったから仕方なく起きて洗面台の前で、自分と睨めっこしている。

どうして断らなかったんだ、と何回も自分に問うても、分からないという、気持ちしか返ってこないから、思わず自分に対してため息をつく。

こんなことで、呆れるなんてあまりにも馬鹿馬鹿しくて、もうため息の連続だ。何の言葉も出てこないから、この家に響くのは息の音だけ。

そんな静かな空間だから、自分の心臓がドキドキしている音まで聞こえてくる。

心音を聞いたら人は落ち着くと言うが、今の焚にとっては逆効果にしかならない、そわそわした気持ちが倍増して、むしろ心臓の鼓動が早くなっていってる気がする。

そうして焚はそんな自分を落ち着かせる為に、頭から水をかぶる行為をしようと思い。風呂場に入ってシャワーを出す。

もう混乱から抜け出せないから、寝着を着たまま冷たい水のシャワーを浴びてしまっていて、服のべっちょりした、感触の気持ち悪さを感じるが、頭は段々と冷静になってきた。


「デートなんて、言葉に惑わされるな俺。これからやることは、調査の延長だと思え」


そう自分に、言い聞かせて、やっと心臓の音が元に戻った気がする。焚は冷えた頭に安心しながら、風呂場から出て、一応持ってきといた着替えの下着を着るために、濡れた寝着を脱いで洗濯機に入れる。そして下着を着る。もちろん下着はいつものスポーツブラとパンツだから色気なんて無いと、言ってもいい。でも濡れた肩まで、ある髪からチラリと見える瞳が焚が色気があるように見せる。もちろん焚以外誰もいないから、その色気に気づく者はいないが。

焚は下着姿のまま濡れた髪を、ドライヤーで乾かしていく。今日の服までは、持ってきてなかったから仕方なくだ。焚はあんまり肌が見えている状態で、いるのが好きじゃないから、本当はドライヤー無しで行きたいが、今日の服が濡れて、その状態で真群に出会うのは自分が、動揺している事を、見せつけてるのも変わりない。それに完璧主義の焚が服を濡した状態で、外に出ることを許すわけなかった。

ドライヤーをつけてる間、鏡の自分と睨み合いっこしてると、自分の表情がよく分かる。焚は今困惑と期待している、自分がいるんだって。だって鏡に映る自分はいつもの無表情より、少し眉が下がっていてでも、それでも目に光が見える。自分の顔に感情が、出ることに少しの驚きを抱きながらも、ただ怒りの感情以外を顔にも心にも出したのが、久しぶりすぎて。あの時最初に真群と喋った時の、自分を思い出す。あの時も、確かに期待の感情を抱いたのだ、それが何でだったか。よく覚えてないがきっと同族が自分の人生を歩んでるのを見て、自分もこうなれればいいのにな、というくだらない感情だった気がする。

しかしこんな顔、真群に見せれる訳がなく無表情に戻そうと、顔を洗いスッキリする。髪の毛も乾いたから、髪の毛もくぐり、今日はまだ服を着ていないから、いつものポニーテールじゃなくて、横に流すように一つくぐりするのだ。

その時に、目を隠すほど長い前髪が乱れて、いつも隠れてる片目が見える。あの事件の時に、ついた怪我跡が、片目からおでこにかけて広がっているのが、見えて自分を取り戻したように表情が、いつものに戻る。この傷を見ると事件のことを思い出して、いつも不思議と怒りの感情が湧いてくるから、焚のいつもの顔、ムスッとした顔に戻れるのだ。

でも心の方は、余計ごちゃごちゃと感情が入り混じり嵐のように荒れた心を、抱きながら服を選ぶ為に、2階の自室に上がる。

いつもなら週初めに毎日の服を決めているのだが、今日選んでた服は外に出る気がないつもりで、選んだジャージだった為、渋々と服選びの為にタンスを開ける。

シンプルな服が、綺麗に入ってるタンスから何枚か服を出して、鏡の前でどれにしようか悩む。

いつもの黒のタートルネックに白シャツで、制服と至って変わらない服にするか。

タートルネックの色に合わせて、黒いtシャツにするか。

それとも少しダボダボした紫色の長袖を着てジーンズに合わせるか。

そして服選びをして鏡の前で、悩む自分がまるでデート服に悩んでる乙女みたいなことをしているみたいに感じて、そんな自分に怒りが沸いた。焚は今まで見ていた服を、ぐちゃぐちゃにタンスに突っ込んで戻して、ヤケクソになって目をつぶって、タンスから服を取り出す戦法をする。そして乙女な自分などいないと自分に対して、必死に誤魔化す様に、服をつかみ出すのだ。

そうして出てきたのは、ぐちゃぐちゃに突っ込んだせいで、前に出てきていたのであろう奥に入れてたはずの昔の焚(わたし)が着ていた、青緑色の可愛らしいワンピースが手に持っていた。

このワンピースは、昔の焚(わたし)が親友と遊びに行く時に一回来ただけの服だったから、新品の様に綺麗だ。

でもいつもはシンプルな服を着てる、焚がこんな可愛い服を着てしまったら。デートに浮かれた人みたいに、見られるに、違いないと思うがなんとなく掴んだんだからと一回着てみて鏡の前で一回転して自分を見る。

あぁ浮かれてるみたいな、自分がいるなとゲンナリしながら、それでも何処か懐かしい気分になる自分もいる。

それに黒いタートルネックを中に着ているから、それほど肌は出ない。これにスパッツを着たら、別にこれを着て出ても、問題はないだろう。

でも今の焚は、可愛い服を着ると懐かしい気持ちよりも強く違和感が出る。だって性自認が自分は男でも女でもない様な状態で、ふわふわと浮かんだ様な状況にいるから。イマイチ性別を意識する服を着るということをしようとは、今まで思わなかった。

でも真群はどう見ても、焚のことを女として、見ているなら焚も女として接した方がいいのか、悩んだことはあった。その結果性別に意味などない、ただ子供が産めるか産めないかの違いでしかないから、女らしさも男らしさも気にしなくていいんだということになった。から結局性自認はあやふやで、ついどっちともとれる服を選ぶ毎日だった。


ピンポーン


そんな事をウダウダ考えてると、玄関のチャイムが鳴る。焚は慌てて、階段を降りて限界のドアを開ける。

ガチャリとドアスコープすら、確認せずにドア開けると。そこには真群がいた。朝迎えに来るとは言っていたが、こんなにも早いなんて思わなかった。だから焚は少し驚く。


「お前か…。準備できてないから入って待て」


「…ッ」


そう言って、端に寄って入る様に促すが真群は動かない。不思議に思って焚は真群の顔を見ると、こっちをみて顔を赤くして黙っていた。どうして、そんな反応になるのだろうかと不審な気持ちになってから、下を見下ろしてようやく状況に気付く。焚は今可愛いワンピースを着たまま、出てきてしまったのだ。しかもスパッツも、履いてないから生足のままで。

それに気づいて顔がつられて、カアッと赤くなっていく感じがした。可愛い服を着ているのを、見られたからじゃない。可愛い服なんか着て浮かれている様に、思われたんじゃないかと、自分への怒りと恥ずかしさの感情から、顔が赤くなったのだ。


「着替えてくるから!リビングで待ってろ!」


つい語尾が強くなりながら、突っ立てる真群を家にいれて。すぐに着替えに、自室に戻ろうとすると後ろから腕を掴まれる。

それにビックリして、走り出しそうな勢いで踏み出した足が絡まって後ろに倒れる。


「…焚ちゃんが困らないならそのままがいいな」


そんな焚を、受け止めて抱きしめる形になった真群が、ようやく言葉を絞り出す。焚は複雑な気持ちになりながら、真群の顔見ると、まだ真っ赤でリンゴの様だったから、つい面白いな、なんて感情が湧いてきて、スパッツさえ履けばこのままでもいいかもしれないと思った。

焚にとって服装なんて、面白さに比べたらどうでもいいほうなのだ。ただ浮かれてるみたいに、思われたくなかっただけで。もう見られたから、そこも関係なくなった。


「別に、服装如きで一々困らない。でもスパッツは履くし髪の毛もボサボサだから、ちょっと待ってろ」


そう言って、真群から離れて立ち上がる。そしてリビングまで案内して、座らせてお茶を出して「待ってろ」と一言いって自室に戻る。

そうしてやっと落ち着く。この服を見られたことに、少しの緊張感が走ったが。どうやら真群は焚の女服姿に慣れていない様で、顔が赤くなるだけだった。ちょっとだけからかってきたりしなかったことに安心する。

そういうことしない奴だとは、なんとなく理解はしていたが、やっぱり焚にとっては人からのからか、いや拒否されることに弱い。自分が否定される気分に、なるからどうしても完璧にこだわる、焚にとって苦手意識は取れないのだ。これが一人で完璧を、目指す焚の中にある矛盾の感情である。

こんな些細な事で、不安になるなんて完璧に程遠いし馬鹿らしいとは思うけど、どうしても真群に否定された時のことを、考えると一層心が落ち着かなくなる。

他人の意見を、あんまり聞かない関わらない生活を送ってきた。彼女にとっては真群ぐらいの距離感でも、踏み込んだ方だから。どうしても気持ちが、落ち着かなくなるのだ。

焚は髪の毛にヘアオイルを優しく揉む様に塗りながら櫛を通す。するとさらさらになった髪の毛が、また焚の片目を隠す。

そうして先程焚の傷跡については全く気にした様な様子がなかった、真群を思い出す。こういうことに、触れられないことに、また安心するのだ。真群が、よく焚への距離感を理解している。だから焚も側にいていい存在として、認めているからこそ、先程の感情が来るのだろう。

焚はいつも通り上あたりで、髪をくぐってポニーテールにする。これといってポニーテールにする理由はないが。いつも邪魔な髪をまとめると自然に上らへんにくぐってしまうから、もう髪に癖がついてるのだ。

スパッツを履いて足を隠す。正直一番見られてたくない場所は足だ。瓦礫に潰されたせいで少し歪な形になっていて、足全体に酷い怪我跡が残っている。だから見られて可哀想なんて言われた日には怒りで、その人を殴ってしまうだろう。

だから基本長ズボンを履いて隠しているし、水泳の時間は見学しかしない。一度サボりだと勘違いした、体育の先生に強制的に参加を迫られたが、作文用紙を10枚ほど使って参加できない理由を書くと流石に理解してもらえた。まぁそれから焚は、体育教師に密かに避けられているのだが。

足も隠れて、髪もくぐったから仕上げにいつも使っている香水をひとふきする。今月買ったばかりの桜の匂いの甘い香りが、ほんわり匂ってくる香水だったから何気に焚は気に入ってる。

焚は休みの日はいつも家にいる日でも、香水をつける。匂いを楽しむ感情は薄くても、何故か残っていたから習慣となったのだ。

だからこれは別にデートで、浮かれた人間の行動ではないと、自身に言い聞かせて意を決して自室から出る。

リビングにいる、真群はその間ずっと顔が赤い自分をどうにかしようと、格闘していたのだが階段を降りてくる音を聞いて顔が赤いのは諦めて、せめてかっこいい表情をしようとキリッとした顔に変える。もちろん顔は赤いまま。


「待たせて、悪かったな。用意できたぞ」


「そんなに待ってないよ大丈夫」


後ろから声をかけてきた、焚に対して振り向いて焚の顔を見た、真群はあまりの感激にまた言葉が詰まって。じっと焚を見つめてしまう。

そんな真群の視線に居心地悪そうにしながらも目線を外すのは、負けた気がして猫みたいな思考になりながら、何だよと言わんばかり、睨み返す。


「今日の焚ちゃんは、雰囲気が変わっていつもと違う感じに可愛いね。いつもはいつもので可愛いけど」


そう顔赤くして言うもんだから、焚は睨みつけるのもやめて顔を逸らす。


「そう。オシャレぐらいするに決まってるだろ休日なんだから」


「うん、そうだね。可愛い。焚ちゃんはいつも可愛い」


そう言って誤魔化すと真群は大分落ち着いた様で、そう噛み締める様に言う。だから焚はその言葉で、今度はこっちが恥ずかしくなってきそうだな。なんて思いながら、ふとよく真群を見ると真群は真群でお洒落な服を着ていた。

青いジャケットに白と紫のシャツそれにブレスレットをつけている。いつもの真面目な制服姿と違って新鮮なラフな格好だ。


「お前もオシャレしてるじゃねえか」


「うん。今日のために頑張って服を選んできた。かっこいいでしょ?」


やっといつもの調子に戻った真群は、自分で自分をかっこいいと自称して、焚の顔を呆れた様に歪ませた。真群は自分のことをかっこいいと認めてしまうところがあり、少々ナルシスト気味の性格で女子から「かっこいい」と持て囃されても「そうでしょ。ありがとう」と言ってしまうところが、あるから男子にも揶揄われやすくて腹黒なんて噂を立てられる要因の一つでもある。

焚もそれを理解しているから、呆れている。何でこいつはいつもいつも自分の容姿に一々自信満々になるのだろうかと、もっと別に特技とか磨けばいいのにとは思うが、器用な真群のことだから、焚が別に何か極めてみろよ。なんて軽々しく言ったら本気になって一週間ほどで、プロ並みの腕になってしまうんだろうなとぼうっと考える。


「ありゃ…?本当に見惚れちゃった?…そんなわけ無いよね」


ぼうっとしてる焚に心配になって話しかける真群だが、軽口を叩いてはそんなことは絶対にないなと自分でもわかっているのか最後らへんは小声になりながら、自分にツッコミをいれる。


「…でどこに行くんだ」


真群の一言から思考の中から、戻ってきた焚はようやくどこに行くのか問う。デートに行こうとは言われたが、何処に行くまでは、聞いていなかった。


「それは、着いてからのお楽しみ」


付き合いたてのカップルが、よくやるうざったい返しに焚はイラっとはきたが、別に何処に行こうとも焚にとってはデートってだけで、もう吐き気がするから気にしない様に努力することにした。


「じゃあさっさと行ってさっさと帰るぞ」


「行く前に帰ること考えないでよ。悲しくなっちゃうな」


そんな事思っても無いくせに、なんて考えながら焚は鞄を持って玄関に歩いて行く。それに着いてくる真群を、見ながら焚は玄関のドアを開けて振り向く。


「かっこいいとか、可愛いとかは別にどうでもいいけどその服お前に合ってるんじゃないか、私感だけど」


それだけ言って焚は外へ出て行く。置いていかれた真群は玄関で、驚いた様な顔して赤くなっていく。そんな自分を感じながら、数秒突っ立ってしまう。


「ありがとう!焚ちゃん!俺本当に嬉しい、だからもう忘れないからこの嬉しさ」


そう玄関を飛び出して叫ぶ。すると焚は驚いた様な顔を、一瞬したあと呆れた様な顔をして何も返さずに玄関ドアに鍵を閉める。


「行くぞ。ほら前を歩け」


行く場所を知らない。焚は前を歩けないからそう言って、案内を促すと真群は口をモゴモゴさせながら、何かを言おうか悩んでる仕草をとる。


「なんだ。何か文句があるなら早く言え」


焚がそう言うと、意を結した顔してこちらに手を差し出してきた。それを見て突然のことで何がしたいのか分からないと、訝しげに見ると口を開く。


「手を、繋がない…?」


それはとても恐る恐る出てきた一言で、その言葉にびっくりして、すぐに返事ができなかった焚をチラチラと様子を伺って、珍しく踏み込んできた真群を見て焚は悩んだ。

ここで断るのが、いつもの焚なのだが不思議と嫌な気持ちは湧かなかった、だから別に断る理由など恥ずかしいぐらいで無いに等しいのだ。他人に触れることなど、今の焚にとっては

最上級に嫌悪感が湧くはずなのに真群に対しては、不思議と触れてもいいと思ってしまった。

そんな自分に誰にも心を許してはいけないと言い聞かせるが、もう焚の手は自然と真群の手の上に置いていた。


「えっ!?」


「目的地までだからな」


それに驚いた様な顔と声を出すが、焚が仕方なさそうにそう返すとへにゃっと効果音がつきそうな笑顔で真群は笑う。


「今日は嬉しいことだらけだよ。もうこれだけで誘って良かったと心底思える」


「調子のいい奴。オレはまだ楽しんでない」


そう言って笑う真群に辛口を投げかける。でも真群が、心底嬉しそうに笑っているのを見るのは嫌いじゃなかった。好きかは分からなかったが、でも嫌いじゃない。今はそれでいい気がした。


「うん、そうだね。今日は焚ちゃんが楽しめる一日になるように精一杯努力させていただきます」


噛み締める様に、そう言って真群を焚と手を繋いで歩き出す。今日一日、二人が幸せな日になるように真群は張り切って歩くが、ちゃんと隣を見ながら歩幅を合わせて歩く。まぁ歩くスピードは焚の方が、早いから合わせると言っても焚が歩きやすいように気をつけるだけだが。


「そろそろ何処に行くか教えろよ。大雑把でいいから」


「ここからバスに乗って海沿いにある隣町に行くんだ」


そう言って、丁度やってきたバスに乗る。バスの席に隣り合わせに座ると距離が近く感じて真群はドキドキしているのを隠しながら窓を見るフリして焚の顔を見つめる。


「バスに乗るの久しぶりだ」


つい口から言葉が溢れる。

正しくは今の焚がバスに乗るのは初めてだ。学園もスーパーも徒歩圏内にあるから無駄な遠出などしたことなかった。いつも休日は家にいるから、近くの図書館で勉強をして過ごしている。前の焚は確か遠出をするのが、好きでよく海に行ってたことは、記憶しているが、何処かその記憶は他人事に思ってしまうから、今新鮮な気分を味わっている。窓際に座ってしまったから、窓の外ばかり見つめてしまう。早く風景が動いて行くのを見るのは中々に楽しい、と思う。暇は潰せてるだろう。


「そ、うなんだ。焚ちゃんって徒歩以外信じてなさそうだもんね」


「確かに誰かの運転する乗り物に乗るのはあまり好ましいと思っていなかったがちゃんとした運転手が選ばれてることぐらい分かってるから信じていないわけじゃない」


揶揄う様な真群の言葉にムッとしてムキになった、返事をする。焚だったが真群のあははって本当に面白そうに笑ってくる、笑い声にムキになった、自分に気づいて、それが恥ずかしくなって窓から顔が離せなかった。でも真群が焚の表情を窓の反射から見てることは気づいてないから、真群はまた笑ってしまうのだ。

その笑い声を聞いてイラッときた焚が真群の足を蹴る頃には目的地に着いていた。


「あ、焚ちゃんここで降りる!降りまーす!」


「お前もっと早く言えや」


そうして目的地に着いて開いたバスの扉を見て慌てて立ち上がった、真群に釣られて焚も慌ただしく立ち上がり二人して慌てた様子で、バスから降りる。


「はー…焦ったぁ!」「もう…焦ったわ」


二人してバスを降りた途端、同時に同じことを言ってしまい。二人無言になって顔を見合わす。そして嬉しそうに真群は笑い。焚は呆れた様子でそれを見ている。


「じゃあこっち行こうか。あ、焚ちゃん目を瞑っててエスコートするから」


ひとしきり真群が笑った後、手を差し出してそう言った。焚は目を瞑ることに、なんの意味があるんだよと訝しげに見たが。ここまで来るともう流れに身を任して、今日の責任は真群にキッチリ背負ってもらおうと思い目を瞑って手を繋ぐ。

目が瞑った状態で歩くのは少し不自由かと思ったが真群が随一に「ここは段差だよ」「ここはでこぼこしてるから気をつけてね」と教えてくるから、案外普通に歩けた車道によってしまったであろう時も「危険だから引き寄せるね」と言って手を引っ張ったから転けることも全くなく、そうやって5分ぐらい歩いた。


「目開けていいよ」


そうしてピタリっと止まった真群はそう言う。だから焚はゆっくりと目を開ける。そこには海と砂浜が広がる中一つ目の前に大きな建物がある。その建物の看板には「コスモス水族館」と書かれていて、確か2年前ほどに出来て新しめで大きな水族館がウリと書かれたチラシをよく見ていたのを覚えている、前の焚(わたし)が。


「どうかな?デート場所としては結構いい線行ってるんじゃないかな」


「…そういえば聞き忘れたがお前、前の俺とは面識があったのか?」


真群なら遊園地とか騒がしい場所でも、選ぶんじゃないかと思っていた。それにしてもずっと前の焚(わたし)が完成したら、絶対に行きたいと周りに言いふらしていた場所に連れてこられるなんて、少し疑ってしまう。焚の記憶に真群みたいな男と関わった記憶なんてないからあり得ないが。


「…どうかな、分からないや。それより早く入ろうよ。ショーとかも見たいし」


分からないとは意味がわからない発言だと思ったが、よくよく考えたら真群も前の自分を殺したとか言っていたから。その時の記憶が分からないのかもしれない。それを問おうと焚が口を開いたら間髪入れずに早く行こうと歩き出す。どうやら真群にも聞かれたくないこと、踏み込まれたくないところがあるらしい。であれば焚が踏み込む理由はない。だから黙って着いていく。

水族館に入って、すぐに受付とお土産屋さんがある。


「今日は俺のおごりです!チケットとか買ってくるから焚ちゃんはお土産コーナー見てていいよ」


「お前に奢られるほど金には困ってない」


奢ると言う、真群に反論するが焚の意見は聞いてもらえないようで「いいから、いいからほら烏真くん達への土産を考えといて」何て背中を押して土産屋に押し込まれた。

最初に土産屋を見るのは、どうなのかと思ったが押し込まれたから仕方なしに商品を見て回る。

イルカのぬいぐるみ

これは可愛いが土産にしてはデカすぎる。

海のスノードーム

綺麗でキラキラ光っているが飾るだけのものを烏真が欲しがるかと、言わればばイマイチ喜んでいる顔が浮かばない。

ペンギンのピン留め

烏真も立橋もよくピン留めを使っているのを見る。これならいいのではないかと、焚は考えるが男子高校生(一名性別不詳)がこんな可愛いものをつけるかと問われれば烏真は気にせずつけるが、立橋は恥ずかしがるんじゃないだろうかと思う。

そうして色々早足で見て考えた後、最後に見た物が気になって足が止まった。

海をイメージした香水。この水族館にしか売ってない限定の物らしい。お試しの匂いを嗅いでみたが、中々にさっぱりしてほんのりみずみずしさが感じる様な、匂いだ。

これなら焚自身が珍しく欲しいぐらいだが、香水は一ヶ月に一回一個だけ買うと決めているから、もう今月はダメなのだ。今回はみたいな特別な時でも、焚にとって自分で決めた自分に対してのルールは絶対の為諦める。


「焚ちゃんいいの何かあった?」


「烏真にはピン留め、立橋には適当に菓子でも買っていけばいいんじゃないか」


「うんうんそれはいいんじゃないかな!じゃあ見回った後また買いに来ようか」


焚の意見を全肯定して、真群は楽しそうにチケットを握りながら。焚の手を引っ張って入る様に促す。だから焚も連れられ中に、入っていく。

まずは普通のデカい水槽が並んでいる。アジや鮭など魚屋でも、見たことある魚からクマノミなど、可愛らしいペットにもできる魚などが、泳いでる水槽たちが並んでいる。


「思った以上に広いんだな」


そう言って魚をチラ見しながら焚は水族館のパンフレットを開く。

普通の魚展示場

このような釣れたり身近にいる魚の水槽エリア

深海魚エリア

水槽トンネル

ペンギンコーナー

ショー広場

クラゲコーナー

亀やカワウソの触れ合いエリア

8つのエリアに分かれている様で、今は身近な魚の水槽エリアにいる。デカい水槽が並んでいたり、真ん中あたりに小さな水槽があったりで、一つ一つが見甲斐があるようだ。


「あ、見て見て!焚ちゃん!ウニとかヒトデとか触れるよ」


「ゲッ…その手でオレに触れるなよ」


平気にヒトデに触れる真群に焚は少し引きながら触ることを断る。すると真群は不満そうに可愛いのにとか言いながら、ウニをチクチクしていた。焚はあんまり生き物に触るのが苦手で触ったら、死んでしまわないかとか汚くないのかと気になってしまう。軽い潔癖症なところがある。だから触れ合いコーナーでは、一切触れることはないだろう。それが少し残念な真群は不満気にはするが、強制はできないから仕方なく触ったあとハンカチで自分の手を拭いて、次のところに行こうと焚を誘う。


「次はトンネルエリアか」


「わぁ綺麗だね大群の魚がいるよ」


イワシであろう、魚のがぐるぐる泳いでる。これは焚も圧巻だと思えざる得ない。他にも少し大きな魚など達が、横を通り過ぎたり寝ていたりして可愛いくて、綺麗な光景が広がっている。


「確かにこれは綺麗だな。まるで海の中にいるようだな」


「でしょ。海の中ってきっと綺麗なんだろうね」


水の透明さ魚の動き全てが、綺麗だと本気で見惚れていた。しかしその言葉に焚がぴたりと止まる。何か忘れている記憶が叫んでいる様な気がして、身体が動かないのだ。女の人の声が、焚の中に響く感じがしたと思うと、その瞬間手を掴まれて一気に現実に戻ってくる。


「焚ちゃん次行こ?」


そうやって顔を覗いてくる、真群にハッとした焚は繋いだ手を、振り払わないまま、そのまま次のエリアに歩いていく。そうしてホッと安心するのだ。確かに自分は今水族館を楽しんでいることを実感して。

そして道順通りに歩くと、次のエリアはペンギンのコーナーだ。

柵の向こうに、色んな種類のペンギン達がペコペコ歩いたり毛繕いしてる。


「ふは…あれ見ろよ烏真そっくりの目つき」


「えっ?えぇ?!」


烏真みたいに細めでキリッとした、可愛いめの顔したイワトビペンギンの顔を見て、つい焚は吹き出してしまう。見れば見るほど烏真に見えてくるもんで。

それに対して驚いた様な顔する真群がいる。当たり前か焚が笑ったところを見るのはこれが初めてなのだから、笑ったと言っても真顔で吹き出して、声だけ笑った様な音を出しただけだから、ちゃんとした笑顔は見れていないのだが。


「何だよそんな声出して」


「え。いやだって今の焚ちゃんが楽しそうにしてるの初めて見たから」


そう言われてそういえば、焚は自分でも喜楽の感情を表情にあまり出さないなと気づき、まぁいきなり出したら驚かれるかといつもの無表情に戻す。


「顔には出さないけど、オレだって今日は楽しんでいる」


「…それは嬉しすぎるよ。焚ちゃんと楽しみの感情を共有できたことがほんと嬉しいありがと」


何でそんな事で、礼を言うのか分からなくて焚は心底不思議そうな顔をしながら、真群を見る。でも真群はその頃には焚じゃなくてペンギンの方を向いて「確かに似てるね」なんて笑って言ってるもんだから。この楽しみの感情に身を任しても、もういいか何て思って握られた手を握り返す。

すると真群の耳が赤くなってる様に見えて、焚は面白いなこいつは何て考えながらペンギンの方に視線を戻す。

そして2分、二人にとってはとても長く感じた手が繋がれた後の二人だけの時間は「ただいまからイルカショーが始まります。お越しのお客様はぜひ当店のイチオシのショーを見に来てください」というアナウンスと共に終わる。


「…イルカショー観に行こうか」


「そうだな」


でも手は繋なぎ合ったまま二人はショーエリアまで急いで歩いていく。その道のりになると人も増えてきて二人だけではなくなったけどそれに安心する真群もいた。

広場の観客席の真ん中あたりに、二人は座って無言でショーが始まるまで待っていた。


「皆さまお越しくださりありがとうございます!これからイルカショーが始まります!」


そうして舞台にいる飼育員のお姉さんがイルカショーを始める。それはそれは水族館に初めてきた、二人にとっては凄いなと感じるものだった。イルカが輪をくぐったり、ボールを水の上に落ちない様に、何回も上にあげたりして最後にはイルカが観客席の近くまで来て、飛び上がるなどの芸を見せてくれた。


「イルカはお前みたいだな」


「え、俺あんなに可愛いかな?」


何て雑談しながらもイルカショーを楽しんだ。それはもうたっぷり。もちろん焚が真群がイルカに似ていると言った、意味は可愛いからとかじゃなくて芸が終わる毎に餌をねだって食べている姿が、よく食べる真群の姿と似ているなと思っただけだ。


「イルカショー楽しかったね。あとは触れ合いエリアか深海エリアかクラゲエリアの3択。バスの時間的にあと一つしかまわれなさそう」


「なら深海エリア一択だな。触れ合いエリアには絶対に行きたくない」


バスで来たから時間を気にしてまわらないといけないことは、残念だがもう沢山見たから満足感はある。

焚はこの3択の中で、触れ合いエリアに行ったらペンギンやアザラシに囲まれてどうすればいいか分からなくって硬直してしまう姿が見えたから断固拒否した。クラゲエリアはちょっと悩んだが暗い深海エリアの方が、落ち着いて珍しい魚達も見れるだろうなと考えたら、深海エリア一択だった。


「じゃあ行こうか」


真群も異存はないようで、賛成する様に行こうと手を引っ張る。内心触れ合いエリアで困った様な顔をする焚も見たかった事は誰にも秘密だ。

隣り合わせで深海エリアまで歩くと意外に暗くて歩く中「足元気をつけてね焚ちゃん」なんて言うもんだから焚は「お前が気をつけろよ」って言い返していた。

深海エリアはぼんやりとした光の中魚達が確かに泳いでる。それをなんて、名前かな何て考えながら焚はジッと魚を見つめる。


「あ、焚ちゃんごめん。ちょっとお手洗い行ってくるね。すぐ戻るから」


すると真群は、お手洗いに急いで行くもんだから本当に転ばないだろうなと、その背中が見えなくなるまで見ていた。


「こんにちわ。おはよう。今日はとてもいい日ね」


すると何処からともなく声をかけられるから、焚は咄嗟に身構えて周りを見渡した。でも暗いからか、人気がないからか、このエリアに今焚以外の人は居なかった。だから聞き間違いを疑ったが、確かに聴こえたのだと最後に水槽の方を見る。

するとそのガラスに写る焚がにっこりと笑っているのだ。自分は今笑ってなんかいないはずなのに。すぐに焚は顔を触って確かめるが、確かに笑ってない。ならこのガラスに写る焚は誰なのか。それが分からなかった。


「お前誰だ…?」


そう問うたが人ではない事は、確かに分かる。


「私?私は__の___だよ。あれ?これじゃまだ認識できないかな?"焚ちゃん"は現実逃避が大好きだもんね!良いと思うよ現実逃避、素敵じゃない。夢(ロマン)に逃げ込むなんて。あはは。あ、そうだ自己紹介だね。私はあなた、貴方はわたし。これなら認識できるかな。よろしくね私わたし」


「は…何なんだよ。お前!」


ガラスに写る焚が、笑顔で喋っているのだ。幻覚で幻聴かと疑った。でも焚は焚が完璧じゃないと許せないから、これを幻覚や幻聴で片付けてはくれない。


「だから私はあなたなの。それより焚はいつまで現実から目を逸らすの?確かに彼と過ごす日々は天国の様に楽しいわ。でも私わたしは地獄を忘れちゃいけない。ほら思い出して地獄(やくそく)を」


そう言ってくる焚みたいな何かの言葉を聞いてると、頭が割れる様に痛くなる。そして頭に、女の人の言葉が響いてくるのだ「死ぬなら崖から飛び降りて海に帰ろう。そしたきっと死んでも遠い、遠い場所に行けるよ」その言葉がガンガンとサイレンの様に鳴り続ける。


「ほら私わたしは地獄を忘れてない。地獄を忘れてはいけない。だって私は___なのだもの」


笑う様にそう言う。焚みたいな何かの言葉が微かに聞こえてくる頃には、頭が割れるように痛くて立っていられなくなって、焚はふらふらとガラスから少し逃げた後に、壁にもたれかかって膝をつく。

___「落ちるときの体感は凄く長いんだってでも抱きしめ合っていたら怖くないだろうね」

頭に響く

____「先輩__です。居なくならないで。ずっと一緒にいてください」

ここは何処?

_____「私と__はずっとずっと最後まで一緒だよ」

体が重い

_______「____!!!!!」

身体を支えきれない倒れる


「焚ちゃん!!!!」


そう思ってふらついて、床に倒れるはずだった身体は名前を呼ばれると共に、抱きしめられ支えられる。ふと焚はここが何処かも分からなくなっていた自分から、正気を取り戻して真群の顔を見てホッとする自分がいた。


「大丈夫?何があったの?」


「…目眩がしただけだ」


なんとなくさっきの現象については誰にも言わない方が、良い気がして誤魔化す。すると真群は、悲しそうに顔する。


「俺でも駄目なの…?俺は理想だよ」


そして意味がわからない言葉を絞り出す様に呟くもんだから、訝しげな顔をしながら立ち上がる。


「本当に一瞬の目眩だったから心配すんな。それよりこれ以上いたらバスの時間に遅れるぞ」


でもその悲しそうな顔を見ると、何故か胸がズキズキするから焚は早口でそう言ってさっさと、出口へと歩いていく。

それに渋々と着いていく真群は、本当に不満気な気持ちと、心配な気持ちが混ざった様な、複雑そうな顔をする。


「土産買ってくか」


「ううん。さっきお手洗い行った時についでに買っといたから早くバス停に行こう。焚ちゃんの体調も良くないみたいだし」


出口であり入口である場所に戻ってきて土産屋を見て、焚はそう問うが真群が先に買っといてくれたようで、もう真っ直ぐ帰るだけのようだ。

だから遅かったのか。なんて焚は呑気に考えながらバス停まで、歩いてバスが来るのを待つ為にベンチに座る。

二人して無言だ。しかも少し居心地が悪い雰囲気の無言。真群にしては、珍しいなと思ってチラリと焚が顔を見ると、見られたことに気づいた真群が、焚の方を見て歪な笑顔を返すもんだから二人はバスが来るまで、何も言葉が出なかった。

バスが来て乗っても、その調子だから焚はまるで体調が悪いのは真群みたいだなと、思いながら深海エリアで起きた現象を思い出して。あれは何だったのかモヤモヤ感を抱いて窓の外を見る。

不思議と焚を名乗る、何かが言っていた言葉も頭に鳴り響く言葉も、ぼんやりしていてはっきり思い出せなくなっているが。それでもモヤモヤ感は晴れない。

そんな空気の中バスはいつもの街に着く。

朝とは違って焦らずに降りる。


「今日は送り迎えはいい。一人で帰る」


「そう?…じゃあこれ受け取って」


真群には、珍しくすぐに引き下がったのを少し驚きの感情で、見ていると土産屋で買った三つの袋のうちの一つを差し出す。てっきり自分用に買ったのかと思っていたが、焚にプレゼントだったようだ。

奢って貰っといてプレゼントまで、受け取るのはどうかと考えるが、真群の顔が受け取ってくれないと泣きますと言わんばかりの顔だったから仕方なく焚は受け取る。


「中見ていいよ」


真群がソワソワしながら、見てほしそうにするから袋の中にある丁寧に包装された箱みたいなものを丁寧に開けていく。そして箱の蓋を開けたら焚が欲しいなっと思っていた、あの水族館限定の海の香水が入っているのだ。あの土産屋で、見ていた青くきらきら光っていた物と全く同じ物が。


「これ、欲しかった香水」


「嬉しい?」


欲しかった物が、なんでわかったんだとか言いたかったが、親の機嫌を伺う子供のような声で問うてくるから、焚はそんな表情が出来るんだなんて思いながら返事をする。


「…嬉しいよ。ありがとう。それに今日は楽しかった。次があってもいいと思うほど」


そう本音をぶつけてみると真群が俯いていた顔を思いきり上げて、嬉しそうにへにゃっと笑う。


「好きだよ。焚ちゃん」


「は?」


そうして勢いから、つい真群は感情が溢れ出た様に告白の言葉を言ってしまう。それに焚はポカンとした顔する。だから真群、意を決する。


「好きなんだ。恋愛的な意味で。もっと距離を詰めてから言おうと思ってたけど、止められなかった。…今の焚ちゃんに言ったら困るでしょ?だから返事は待って言わないで、俺は__こそ君に好きになってもらうから」


そう一方的に真群は、言った後に言い逃げる様に「また明日!返事はまだまだ先でいいから」なんて言って焚を置いて走り去っていくのだ。


「すき…」


焚は、その言葉に呆然することしかできなかった。前々から何となく分かっていたが、面と向かって言われたら焚も向き合わないといけない。

でも焚には愛とは何かわからないのだ。

あの日からずっと。

だから焚は少しそこでぼんやり突っ立った後ゆっくりと家の帰り道を歩くのだ。愛とは何か恋とは何か考えながら。

でも何回考えたって焚には分からない、思い出せない。初恋だって前の焚がしたことあっても、家族への愛だって前の焚にしか持っていないものだ。

でも焚は、なんとなく愛を知りたいとこの日思った。

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