第6話

夢を見た。

綺麗な夢を。

自分は先輩と呼ばれる少女になって、後輩の男の子と会話してる夢。

後輩の男、まこという名前の男の子。

まこが隣に、体育座りして自分の話を聞いている。


「まこくん。今日は天気がいいねぇ。あ、あの雲可愛い」


「そうですね。…可愛いですか?雲が?」


なんて、くだらない話ばっかりする。

くだらない時間で無駄な時間でも、楽しくて綺麗で暖かい夢だ。


「先輩。先輩はなんで俺の側にいてくれるんですか」


そう言って心配そうに、そう先輩の顔を覗き込んでくるもんだから、はっきりとその姿が見えた。髪は白くて肩まである中性的な見た目、そして何より、背が小さいのが後輩らしくて可愛いなと、夢の中の焚(せんぱい)は考える。


「んー…友達だからかな」


そして曖昧な返事をする夢の中の自分に、イラッとくる。そこはもっと違う言いたい言葉があったはずだろうと、叫びたくなるが夢の中だからそんな事は出来ない。


「そ、うですか。友達…ですか。嬉しいです」


それでもまこは嬉しそうな顔をするもんだから、焚はなんとも言えない少し悲しい気分になる。何で悲しいのか、説明できない感情で夢の中の自分に引っ張られてるのかと思ったけど、夢の中の自分(せんぱい)は、笑顔を返して空を見上げて、何でもない様にしている。

夢の中の自分(せんぱい)が、何を考えてるか焚には、分からなかった。


「ずっと、ずっと友達でいてね」


そう空を見上げたまま、ポツリと呟く。怖くて相手の顔が、見れないのか分からないけど夢の中の焚(せんぱい)は、相手の目を一切見ようとはしなかった。

だから、まこの顔を見たのもまこが、焚の顔を覗き込んだ、その時だけだ。


「…先輩が望むならばいつまでも」


その返事に、安心した様な複雑そうな様な顔する、夢の中の焚(せんぱい)を見て、まこは不思議そうに、そして自分の選択を間違えたのか不安そうな感情を混ぜた目で見てくる。

でも夢の中焚(せんぱい)は、まこの方を見ないから、その目線に気づくことがなく口を開く。


「まこくんは優しいね」


だからそんな酷いことを、簡単に言える。そう焚は思った。人を肯定してあげようとしてるように、見えてこの焚(せんぱい)は、ただ目を背けてるだけなんだ。


「俺は優しくなんかないですよ。ただ…ただ俺は______」


ただと言った後のまこがなんて言ってるか、焚には聞こえない。それを聞いて驚いた様な顔をしている、焚(せんぱい)を見て、焚は浮上していく意識に引っ張られていく。


「はっ…」


そうして暗闇から、目を開けると見慣れた天井がある。先程までの夢は悪夢では、ないのにまるで悪夢の様に、汗をかいて心臓はドキドキうるさく鳴っている。

夢を鮮明に思い出せるほど、衝撃だったみたいで、焚の耳にはずっと「先輩」と呼ぶ声が、残っていた。

あの夢の人物に「先輩」と呼ばれたことを、思い出すたびに、心臓あたりがザワザワして落ち着かない。過去に自分を先輩と呼んで仲良くしていた人が、いたか思い出そうとするけど前の焚(わたし)の記憶はいつもほとんどがぼんやりしていて、嫌なことだけは、強烈に覚えていたりして、生き方が上手くない人物だったこと、ばかり思い出す。

でも嫌な思い出の中に、まこという人物が出てこなかったという事は、本当に夢だけの人物、架空の人か、それか良い思い出の中に埋もれて霞んで忘れてしまった人物か、の二択だ。

どちらにせよ、今の焚の記憶にも残っていないということは、今は縁が切れているだろう人物だから、焚には何の関係もないのだ。

夢のことなんて、忘れて学園に行く為に着替えようと、昨日寝台の横の机に置いといた制服があるはずだと手を伸ばす。

すると嫌でも腕に広がる、リストカットの跡が見えるから、今日の朝も気分が悪くなる。

大体いつものことだけど、リストカットの跡など見るだけで、過去の自分が嫌いになる。わざわざ、人が見える場所に作った傷など、今の焚には汚点にしかならないのだ。

自分を完璧な人間だと自称してる、焚にとっては要らなくて、鬱陶しいものだ、だってそれを見ただけで、事情を知らない輩は皆哀れな目で見てくる。

何故前の焚(わたし)が、リストカットしたのか今の焚が覚えていないとしても。

そんな事を考えて、ぼうっとしていたせいで焚はやっと目の前の状況に気づく。

いつもなら昨日のうちに用意しておく、制服がないのだ。確か昨日は真群の家から帰ってきて、両親の顔をチラりと見た後、妙に疲れていたから、風呂も入らずに、そのままベットで寝てしまったことを思い出す。

そして夢で汗をかいたのもあって、自身の汗臭さを自覚して、まずはシャワーを浴びようと思い。起き上がり新品のタオルを持って、風呂場に向かう。

そしてシャワーを浴びながら、昨日のことを考える。

自分でも、馬鹿な思考をしていた。商店街の賑やかさより、真群と2人でいる時間の方がマシだと、考えてわざわざ家まで行ってしまうなんて。

適当に切り上げて、真群を置いてさっさと商店街から立ち去れば良かったのだ。

しかし一回商店街に行ってしまうと新鮮な食材が、沢山あってそれに興味がいってしまう。

何て、焚はだらだらと言い訳を考えていた。

シャワーで頭はさっぱりしてるはずなのに、モヤモヤした気持ちは晴れない。

焚は自身の気持ちが理解できなくて、ただ自分にも、真群にも、振り回されてばかりなのだ。

さっさとこの世界の歪みを正して、焚の日常を取り戻したいのだが、世界の歪みという壮大な謎をどう手をつければいいか分からない中、手探りで調査しているから、あまりの進まなさに少しゲンナリする。

そして自分の無力さが、浮かんできたんじゃないかと、不安になる。それを考える度に、自分は完璧になったのだと言い聞かせて、心を落ち着かせるのだ。

焚は気付いていないが、これでは前とそう変わらない。だからそれを無意識に感じ取ってる焚は、早く真群から離れたいと、常日頃に思っているのだが、そう簡単にことは動かない。


「何で…俺こんなに先輩のことばかり考えてんだ。馬鹿だろ」


そう真群のことばかり、頭に浮かんでくるそれは鬱陶しいからという理由でしかないのだが。そして焚はふと自分が「先輩」と口に出した途端夢の中の、後輩のことが頭にチラつくのだ。真群の次は夢の中の人物かと、自分にうんざりするのだが、結局はどちらもどうすることも出来ない人物だから、もうここ数日感じた何度目か分からない、諦めの感情と共に風呂場から出る。


「あ、い、たんだね」


すると脱衣所で世間一般的には母親と呼ぶ存在と鉢合わせた。珍しい両親はいつも朝早くから仕事か遊びに出かけているのに、こんな時間に家にいるとは思わらなかった。

焚と両親は不仲である。といっても前の焚(わたし)はうわべだけは良くて良い子ちゃんになろうと、頑張っていたから、前から不仲という訳ではなく、今の焚が両親に無関心を貫いてるから、あちらも反転した様な焚が不気味なのか関わろうとしないし、会ったら他人行儀なギクシャクとした、言葉しかかけてきたことはない。

今だって母親は焚とバッタリ出会ったことで、気まずそうにしている。


「…」


焚も母親に、何か言葉をかける気はない。さっさと服を着て脱衣所から、出て行こうと思うと母親も早く出て行こうと思ったのから洗面台に置いていた、忘れ物を取って出ていって、そしてリビングで、ゆっくりする訳もなく急いで外に出て行く。

焚はそんな両親の行動に慣れきっていて、まるで無かったかのように、服を着てリビングに出る。


「何かこういう反応見ると、逆に安心するわ」


そう静かなリビングでポツリと呟く。そう無関心を、貫いて焚を1人にしてくれる方が、楽で息がしやすいのだ。そんな空間を保ってくれる、両親には感謝してる。まぁ両親的には、いい迷惑だろうけど。

今日の朝ごはんはハムと目玉焼きにして本当なら、昨日残ったご飯を食べる予定だったのだが、昨日は真群の家でご飯を食べたから炊いてないご飯を見て、仕方なく食パンをトーストに入れる。

トーストでパンが焼けるまでに、ハム目玉焼きを作るのだが、焚の中の最近のブームで目玉焼きをバターで焼くということだ。

カロリーが高そうだが、そこは計算して野菜を増やしてるから問題ない。

バターの香りが香る目玉焼きが、焼けた時には既に食パンも焼けている。

食パンの上に、目玉焼きを乗せて皿に乗せる、そしてさらに上に切ったキュウリも乗せて食卓に移動する。

いつも焚の席に、座っていただきますと丁寧に手を合わせてから言って、朝ごはんに齧り付く。

少しバターのせいで油っぽいが、そこが美味しいのだ。小さな口で頬張る焚の表情は、至っていつもむすっとした顔だが、内心は上手く出来たと笑顔になってるつもりなのだ。

でもそれが全く表に出てこないのも、両親から距離が置かれる、一つの要因だろう。

モグモグと効果音がつきそうな食べ方をしている焚は、そう言えば昨日買ってきた魚を冷凍庫から冷蔵庫に入れといて、今日の夜ご飯にしようなんて考えていた。

しかし商店街の魚は本当に新鮮で美味しそうな見た目をしている、実際美味しいんだろうなと考えて、そこであんなけ商店街の人達から食材をもらってながら、料理が出来ない真群の残念さを思い出して、つい苦笑が出てしまう。

可哀想なんて、言葉は使わないがもったないとは思う。

きっと料理が出来たら、真群こそ完璧な人間というものになれるんじゃないか、なんて考えて自分が考える完璧とは正反対なのにどうしてそう考えてしまったのかと思う。

焚が考える完璧な人間とは、一人で何でも出来て一人で生きていける人間の事をさす。でも世間一般的の完璧は、人付き合いも出来て誰にでも愛想がいい人の事をいうのだろう。

しかし自身が考えた完璧を貫こうとするのが焚である。

そうこうしてる、うちに食べ終わった朝ごはんにごちそうさまでしたと、また手を合わせて言う、そして焚は冷蔵庫にある牛乳の小サイズのパックを取り出して、一気飲みして時計を見る。

丁度今から出れば良い時間に学園に、着く時間だなと、思いほとんど教科書が入ってないカバンを持って玄関に行く。

玄関には散らかって置かれてる、両親達の靴が沢山あるが、焚の靴は一つしか持っていない。その一つの靴を大事に履いては、1年経ったら捨てて、新しい靴を一つだけ買うを、繰り返しているのだ。だから夏も冬にも違和感がない様なスニーカーを一つだけ、持っている。

買うスニーカーの色も大体同じで、白色がメインのやつを買いがちだ。それが何故だかは焚にも分からないが、いつも目につくのが白色だから適当にでも、履きやすさを考えはして買っていたら、こうなっただけで、別に白色が好きと言う訳ではない。


「でも白は汚れが目立つな」


つい独り言をこぼす。

そう汚れが目立つのだ。だから定期的に靴を磨いては、綺麗な白色に戻る靴を見るのは好きだ。もしかしたら、そういう所に惹かれたのかもしれない。焚は掃除など、綺麗にする事が好きだ。それだけは確信を持って言い切れる。だって綺麗だと、その分効率的に動ける気がする。だから掃除や磨くことはら無駄な時間にはならないのだ。


「早く学校行こ」


そんな事を考えてると、意外に時間が過ぎていた様で、少しだけ予定が狂う。まぁ焚が普段から学校に行く時間は、とても早い方だから万が一遅刻するなんて事は、絶対にないのだが。

今日は部室に顔を出して、昨日の調査報告をするつもりだったから、急いで玄関のドアを開けて外に出る。


「おはよう焚ちゃん」


焚が限界のドアの鍵を閉めてると、後ろから話しかけてくる男がいる。声だけで、わかるいや、声を聞かなくても、分かる迎えにきた真群だろうと、振り返るとやっぱり当たっていて、後ろには、いつも通りの笑顔を見せてくる真群がいた。


「はぁ…お前何時に起きてんだよ」


昨日分かったが、真群から焚の家までは20分はかかる。だから朝が早い焚に合わせると何時に、起きてるの心底不思議に思った。男だから朝の準備も少なく済むのかと、考えたがこの男は別で、髪型のセットとかに何時間もかけてるタイプだろうなとは予想した。


「え、四時かな」


「ジジイかよ」


予想通り早朝すぎてらむしろ夜中と言っていいレベルの早起きだ。次は何時に、寝てるのかと気にはなったが、それは口にしない。それを言うと、真群に興味を持ってるみたいに思われたら、嫌だからだ。きっと寝る時間も、早いのだろうなとは、思いながらも健康を通り過ぎて逆に不健康そうな生活をしている、真群に心底呆れたのであった。


「あはは。あんまり寝るのは好きじゃなくてね。すぐに悪夢を見ちゃうんだ」


そう言った真群を、見て焚はふと前の焚(わたし)も悪夢病だったなと思い返す。今では、滅多に夢を見なくなったが、悪夢とは中々に厄介なもので、見たら起きてから、何時間経っても気分が悪くなるものだ。それを知ってはいるから、哀れだなとは思いつつも、他人の人生に足を踏み入れたくないから、解決のアドバイスもしない。そもそも解決方法なんて人それぞれだから、焚のアドバイスなど意味をなさないだろう。


「今日は部室によるんだろ。早く行くぞ」


「うん、でもあんまり急いでも烏真くん達いないかも。朝弱いからねぇ…烏真くんは」


烏真の朝は、いつも騒がしい。烏真が寝汚いから、ギリギリまで寝ようとした所、立橋が飛び乗って起こすのだ。この時ばかりは、立場が逆転する。そんな烏真は、何回か立橋を気絶させてでも、寝ようとしたことがある。その日にやっと、真群は烏真の寝汚なさを知った。兄弟が頬を真っ赤に腫れされて、学校にやってくるもん、だからつい理由を聞いたのがキッカケだった。


「ふーんあいつに欠点とかあるんだな」


烏真も完璧を、こだわるタイプかと考えていたが意外に欲望に素直な所もあるのかと、まで考えて焚は烏真ほど欲望の化身と言っても過言じゃない事を思い出す。なんていったって自分が、死にたいから、他人に自分を殺させようとする、イカれた野郎だから。ある意味歪んだこの世界では、正常な方かもしれないが。


「烏真くん外面だけはいいからね」


意外な真群の辛口なコメントに、人類シュウマツクラブの初期メンバー、3人の仲の良さが垣間見えた。真群はあんまり、いやほとんど人の悪口を言わない。しかしそういう所が、腹黒ではじゃないかと、噂を流される要因の一つではと焚は思うが。


「お前も外面だけはいいもんな」


腹黒の噂は、噂だけでは、終わらないことを、なんとなく焚は察している。真群は多分関われば関わるほど、心を許すとつい口が悪いのを見せてしまうタイプだろうと。焚には一切口の悪さを見せたことはないが、雰囲気や人を見る目でなんとなく分かってしまうのだ。


「えぇー酷いな」


そう言って笑顔を見せる、真群の表情さえ焚から見たら、胡散臭く見える。目がちゃんと笑いきれてないのだ。人の目を見て、話す奴にはきっと分かるだろう。


「時間を無駄にした。学校行くぞ。いなくてもいても部室で出来る事はある。こんな道端で時間をくうのが勿体ない」


「分かった。じゃあ行こうか焚ちゃん」


そう言って、真群は焚の隣を歩く。昨日の朝までは、ずっと前か後ろを歩いていたのに放課後の出来事から、それをやめたようだった。

別にそれに対して何も言う気は無かった。焚にとって真群がどうやって歩こうともどうでもいいことだったから。

そうやって歩きながら真群は焚にちょっとした話をする。それに返事はないのはいつものことだ。ちゃんと重要な話には返事が来るからまぁいいやみたいな空気で終わる。そんな中でも真群の話は続く、会話してないといけないみたいな感じはないが真群が焚に話したいから話してるだけ。それをよく喋るなと思いながら焚は学園まで歩く。

そうしたら、いつもの時間に学園につく。

学園の下駄箱にも校門にも、人は少ない部活動の朝練で、来ている者が少しいるぐらいだ。

この静かな登校時間が、好きだから焚はいつも早く家を出るのだ。人が沢山いる騒がしい時間に行くと、目線と声がうるさくて面倒で嫌だから。

そうして下駄箱から上靴を取り出して履く。もちろん上靴も定期的に持って帰って洗って磨いてるから綺麗だ。

ここから部室までは10分もかからない三階まで、階段を登って奥にある。

三階まで上がる途中にウィリアム先生とすれ違って「おはよう2人共」と言われて「おはようございます」「…はよ」って返した出来事が、あったぐらいで至っていつも通りに部室にたどり着いた。

部室に入ると静かで、誰もいないと思ったら奥の段ボールの山の上で寝てる烏真を発見する。使っていないのカーテンにくるまって寝ているから、猫でも入ったのかと二人は思った。


「烏真〜コーヒー買ってきたよ」


そしてそれを見ていた二人の後ろから、立橋が缶コーヒーを持って入ってくる。いつも一緒にいる二人だから、何処に行ったかと思えばパシられていたようだ。


「まじで寝汚いんだな」


「まぁ部室や家になった途端寝汚くなるよ。それ以外ではまるで人が変わったようにシャキッとするから面白いよね」


焚がそう呟くと立橋が、説明しながら烏真に缶コーヒーをピタっと頰にくっつけて起こしている。そうすると、冷たさにビクッと身体を動かした、烏真だったけど「ゔー」って言ってまたカーテンに頭まで被って包まってしまう。


「烏真。焚くんが来てるよ」


「はぁ?!」


立橋がそう言うと、烏真はまるで悪夢を見たように飛び起きる。もちろん悪夢は見てない、ただライバル的存在の焚にだらしない姿を見られたという事実が、頭に入ってきたようで飛び起きたようだ。烏真はダンボールの上から降りて布団にしていた、カーテンを棚にぐちゃぐちゃになるのも気にせず、突っ込んだ後何にもなかったということにしようとせんばかりに、こちらを睨みつける。


「立橋…お前焚が来る前には起こせって言ったよね!」


「ごめんごめん。烏真に頼まれたコーヒーさ何処も売り切れていてコンビニまで行ってたんだ」


理不尽に、怒られて、怒らない、立橋の心の広さは、兄弟だからか真群に似ていると、焚は思った。そしてそう言って、缶コーヒーを持ってる立橋の腕には、確かにコンビニの袋がぶら下がっていた。缶コーヒー以外に色々買ってきたようだ。


「まぁおやつも買ってきたから食べようよ皆で」


そう言って立橋は袋からガサガサと音を立てながら、マカロンやシュークリーム、プリンやチョコケーキを取り出して、中央の机に置く。


「朝からこれは胃がもたれるだろ」


見事に甘い物ばかり、だったから焚はつい胃の心配をしてしまう。別に焚は甘いものが、嫌いという訳ではない。そもそも今の焚には好き嫌いはない。だから別にいいのだが、今は朝だから食べたら、気分悪くなるんじゃないかと思いはする。それは真群も考えているのだろう兄弟がごめんと言わんばかりに苦笑いしている。


「気がきくじゃん。僕はプリン貰うからね…って何その顔。二人がいらないって言うならマカロンとチョコケーキも貰うよ?」


そう言うと烏真は三つとも、自分の机に持っていってもう返さないと言わんばかりの顔で、食べ始めた。


「いらんわ甘いものなんぞ」


焚は心底ゲンナリして、烏真を見るが烏真はもうスイーツに夢中で、バクバクと効果音がつきそうな勢いで食べている。

その横でチマチマと効果音がつきそうなシュークリームの食べ方を、している立橋がいた。

二人共容姿的に食べ方は、反対だろうとは思ったが誰もそんな事口にしなかった。


「ん。このシュークリーム美味しいね烏真一口食べる?」


「もらう」


烏真は大きく口を開けて、差し出されたシュークリームを思い切り食べる、その勢いで鼻までクリームがついたが気にしていない。


「鼻にクリームついてるよ烏真」


そう言って立橋がクリームを取ってあげる。それを何にも言わずに、受け入れる烏真がいてそれを意外そうについ黙って見てしまった焚がいる。何だかんだ、この二人はお互いに甘いのだ。


「お菓子食ってる場合じゃないだろ。情報共有しろよお前ら」


「まぁいつもこんな感じだから慣れてね焚ちゃん」


慣れたくないわと、顔に思いきり出ている表情をする焚。それに苦笑して、それでもいずれ慣れてくれるんだろうなと思って、つい笑顔になる真群がいた。


「情報共有ー?あーそういえばお前達商店街に行ってたね昨日。帰ったら珍しく丁寧な夜ご飯が作られたって立橋が朝から騒がしくしてたけど随分仲良くなったんだね」


「仲良くなってねぇよ!気持ち悪いこと言うな」


ニヤニヤして揶揄う烏真に対して、怒りの感情を見せて、顔を歪める焚の二人の間には、またバチバチと火花が散っているように見える。

実際烏真と焚の口喧嘩みたいなものは、毎日のように起こる。しかしそれはすれ違ったら煽りあって、止まって、口喧嘩する程の事の為、実際は反対に考えたら、仲がいいと言っても過言じゃないだろう。


「ふふふ別に誰が夜ご飯作ったかなんて言ってないんだけどな〜!」


「テメェ!分かってて言ってるだろ絶対!」


つまり二人は「喧嘩するほど仲がいい」という言葉がぴったり当てはまるのだ。


「ほら二人共情報交換するんじゃなかった?」


その二人のストッパーになってるのが真群だ。反対に兄弟の立橋が口を出すと火に油を注ぐ結果になる。

二人して真群の言葉を、聞くとピタリっと止まり顔を合わせて、少しの間無言で睨み合った後同時にため息を、ついてまた睨み合うということを、してやっと四人は部活活動に入る。


「商店街で聞いた噂を教えて」


焚から視線を離した、烏真はそう二人に言う。二人は怪物のような腕と下校時間が過ぎた生徒が路地裏に、引きずり込まれて襲われているという話をした。


「ふむ…化け物みたいな手が狙うのはこの学園の生徒か。僕達の捜査報告を合わせると犯人は絞れそうだな。立橋、報告」


「はーい。俺達はここ最近学校に来なくなった生徒が多くなってるからそれについて調べてみたんだけど、その生徒の大半が素行が悪い人とか頻繁に夜遊びしてる子達で、その子達今目が覚めない状態、ずっと眠ってる状態に陥ってるらしい。だから今回の異常者は何かしらルールに拘る学園の人つまり」


「学園の先生や生徒会あたりが怪しいってこと。まぁここの生徒会は、お飾りみたいなものだし、実質先生達だと思うんだけどね。真群達が聞こえた歌の範囲も考えるとね。で、心当たりはない?」


焚と真群には心当たりと言われたら、あると言えばあるが、それを確信できる要素がないのだ。どれもこれもただの偶然で片付けられる心当たりだから。

だから二人は黙ってしまう。何とも、言えないから。


「まぁその顔だと心当たりはあるけど確信はつけないってとこだね。じゃあ二人にはその心あたりがある人物を中心に見張っていてくれる?後の人物は僕らが調査してみるからさ」


こういう時に、自然とまとめ役になるのはやはり部活創立者であり年長者の烏真だ。生き方、喋り方、人の動かし方、そう処世術が上手いのだ。それだけを言えば完璧を自称する焚よりも上手いと言っても、過言じゃないだろう。しかし、何年も生きた人みたいな発言をすると思ったら、焚みたいな人間の前になるとクソガキみたいな発言をしたり、コロコロと顔が変わっていくのが烏真の特徴と言ってもいいだろう。


「分かった。そう言えば焚ちゃんは今日ウィリアム先生の面談だよね?」


「丁度いい。何か隠してないか問い詰めてくる」


「本来面談って先生であるウィリアムの方が問うんだけどね」なんてかる口を呟きながらも、焚一人で面談に行かせるのは心配と言わんばかりの表情をする真群に焚は舌打ちをしながら、どうせ面談は一対一でやるものだから、着いては来れないだろうと、分かっているからガン無視する。

まぁウィリアム先生との面談中にワンチャン悪魔の歌が流れて暴れ出してくれたら、真群も乗り込めるし、簡単に終わるから、そうなってくれれば良いと考える二人だが、一度焚は悪魔の歌が流れてる状態でウィリアム先生に出会っていて、その時に異常が出なかったから次もその場で異常化が起きるとは限らない。


「異常者にも種類があるんだな」


ふと異常化しない例も見てしまったのと烏真の口ぶりから、異常化するのにも条件や個人差があるのだなと思い、焚はつい口に出す。


「そうだね。僕らは悪魔の歌が、聞こえないから真群からの情報だけで、判断してるけど皆が皆すぐ異常化が起きない場合がある。でも確かに異常な歪みの感情が蝕んでいってるから絶対に、何処かはおかしくはなってるんだ。話し方とか、行動とか、よく見ると変になってる。だからお前がずっと会ってきた異常者達はきっと爆発寸前の奴らばっかだったんだろうね」


説明をする、烏真の話には興味がある為黙って聞いてる焚だったが、その隣で少し悲しそうな顔をしている真群がいた。しかしその表情も一瞬のこと、向かい合っていた烏真は気づくが、焚は気付かない。

でも烏真は前から、真群が隠し事をしていることぐらい知っている。焚を連れてきた理由も、好きだから、何て単純な理由だけではないだろうことも、理解していたから何も言わない。

だって烏真は自分さえ死ねれば、それでいいのだから。


「そうかならオレは、もう教室に行く。どうせあの熱血教師のことだろうから教室の掃除でもしてるだろ」


「あはは確かにウィリアム先生なら「生徒達の為、学園の為、掃除するのは先生として誇りだからなホコリだけに」とか言ってそう」


焚はそう言って鞄を持って立ち上がると、それに続けて真群も立ち上がる。そういえば早めに教室に、よく行く焚は真群の言葉と似たような発言ウィリアム先生から、聞いたことあるな、なんてくだらないこと考えながら部室から出て行くもちろん真群も着いていく。


「気をつけなよ。異常者をただの人だと舐めてかかったら死ぬからねー」


なんて後ろから聞こえてくる。烏真の声を聞いて、焚は部室から離れる。そうして一年、自身の教室、2階に向かうために階段を降りていると真群も着いてくる。


「先輩。三年の教室は三階だろ」


「まだ時間があるから着いてくよ。ウィリアム先生の事、俺も気になるし」


そう言われれば、何も言えないが、焚は真群がウィリアム先生の事を、気にしてるんじゃなくてウィリアム先生が異常者だった場合、焚一人じゃ対処が大変じゃないかと、心配して着いてきてるという感情が丸出しだから、それにイラついて睨みつけてから、真群の雑談も無視して教室に入る。


「お、焚に遠之宮じゃん。朝早いねぇ!おはよう!二人共」


すると教室には思った通り、一人で掃除している、ウィリアム先生がいる。元気よく挨拶をしているあたり、いつも通りに見える。昨日の夜の体調が悪そうな顔が嘘のようだ。


「…はよです」


「おはようございます!」


小さな声で、略して雑に挨拶する焚と反対に笑顔で元気よく挨拶する真群の温度差は風邪がひきそうな勢いだった。しかしこれも校門に立って、挨拶を良くしてるウィリアム先生にとってはいつもの事だから、気にせずに「元気そうで何より」と一言言って掃除を続ける。


「ウィリアム先生いつも通りだね」


「そうだな」


なんて事を、二人で小声で言いながら焚は自分の席に座ってウィリアム先生を視察する。もちろん真群は生徒がいないことを、良いことに前の席にナチュラルに座って焚の方を見ている。

ウィリアム先生が、掃除しているのをじっと見ていて、ふと気付いたことがある先生の片手に大きなガーゼが貼られているのだ。昨日には確かなかったはずだ。焚も真群もろくに人の事見ないから、その情報が確かだったかは確信が持てないが、最近できた傷なのは確かだろう。


「ねぇねぇ焚ちゃんウィリアム先生っていつもこんな時間から掃除してるの?」


「…朝の挨拶がない日は大体いつも掃除してるな。本人曰く「埃アレルギーだから掃除しないと授業が出来ない」とか抜かしてた」


そう今のウィリアム先生は、いたって普通なのだ。異常が蝕んでいる様子が、見受けられない。何か異常が浮き出る為の条件があるのかそれとも自分達の思い過ごしなのかと、焚が考えてるうちにウィリアム先生がこちらまで来ていた。


「遠之宮、そろそろ時間だから自分の教室帰った方がいいぞ。ほらその席の中瀬が来てる」


そう言う先生に違和感を抱いた。いや焚達が違和感を抱いた、瞬間は昨日の夜の話だ。真群が立ち上がる頃には、焚には違和感の正体が分かっていた。


「昨日お前のこと名前で呼んでた」


「え?…あ、確かに昨日の夜名前で呼ばれたっけ」


そう昨日の夜は真群のことを「真群」と名前で呼んでいたのに今は「遠之宮」と名字で呼んでいるのだ。学校とプライベートで分けていると言われたら、それまでなのだが先生は焚のことは「焚」といつも名前で呼ぶのだ。それになんの違いが、あるのか分からないがわざわざ公平に生徒と接そうとしている、ウィリアム先生がプライベートだからと言って、名前を呼ぶような事があるのか少し疑問になる。


「先輩。早く教室に帰れ」


この事も合わして、今日の面談でウィリアム先生に問い詰めるからと、焚は目線で伝えると不思議と真群に伝わったようで、気をつけてねと口パクで言って自分の教室に帰っていく。


「相変わらず仲が良いね二人は。先生嬉しくなるよ」


何て焚にとってはふざけた事を言いながら、朝のホームルームの為に先生は教壇の方に行く。中瀬も無事座れて朝の支度が終わった頃にはウィリアム先生は朝のホームルームを始める。ウィリアム先生のホームルームはいつも一人一人苗字を呼んで始まる。ウィリアム先生が呼んでいく中途中休みの生徒の事を名前で呼んでしまって生徒から「ウィリアム先生贔屓してる〜!」何て茶化しが入る。焚はその生徒には思い当たりがある、焚が目立っているからと難癖つけてきた少し素行が悪い生徒だったことを記憶している。

そう考えると昨日の夜に出会ったのは大分危なくあり、チャンスでもあったのではないかと焚は考える。

そうしてふと、何故自分は自分だけは名前で呼ばれて、それでいて無事なのか、疑問に思うがそれに、心当たりはさっぱり無かった。

だから、とりあえず名前を呼ばれて下校時間が過ぎた素行の悪い生徒がスイッチみたいになっているのだろうととりあえずの推理をする。

そうして今日一日授業中は先生達を視察することに集中するがどの先生も異常が無さそうに見えた。数人体調悪そうにしている者がいたがそれは休んだ生徒の対応をしている、指導担当や風邪をひいてるみたいな様子だった為、いたって普通の体調不良だと、とりあえずは候補から切り捨てて今日の授業を見た限りウィリアム先生の監視だけに集中していいと思った。

昼休み真群が来て「面談本当に一人で大丈夫?」なんて焚にとっては余計な心配を焼いてきたが、それは適当に流して結局放課後の面談は焚とウィリアム先生の一対一の面談ということのまま時間は過ぎ去った。

そうして全ての授業が終わって、生徒が面談に使うからと理解し、て焚以外が出ていき、ウィリアム先生とやっと二人きりになる。

ウィリアム先生は机を二つくっつけて向かい合わせにすると焚を手招きする。

焚は、それに従い二つくっつけた机の片方の椅子に座る。今の所突然襲ってくることはないだろうが、ちゃんと警戒して近寄った。


「よし今日も先生が質問していくから答える感じでよろしくな」


そんな焚に気付いてるのか、気付いてないのか分からないが、普通にいつも通りに面談が開始される。


「その前に数個質問がある。まず一つ目その怪我どうしたんだ」


「お、焚から質問なんて珍しいな!やっと先生にも興味出ちゃった?嬉しいな〜!何に対しても無関心そうな態度しちゃうからねぇ焚は」


嬉しそうにデレデレした顔をするもんだから、焚はげんなりする。こう見てるといつものウィリアム先生なんだが。


「いいからさっさと答えろ」


「これね、起きたらぶつけてたみたいでさぁ。俺ってそんなに寝相が悪かったのかなと思いながらも色が結構酷かったから一応隠したんだよね」


そう言って自分の腕を撫でるように触るウィリアム先生、寝相が悪いとしてもアザが出来るほどの打ちつけをしたら、起きるではないかと本人も思っていたようで「不思議だな〜」なんて本気に不思議そうにしている。

焚はそれを聞いて異常化している時の記憶がないのか、それとも本当にただ寝相が悪かっただけなのか知る為に続けて質問する。


「起きたら出来てたんだな。昨日の夜の時点では無かったということか?昨日腕を押さえてる様子だったが」


「うん?昨日?腕押さえてたっけ?昼間にはアザは無かったよ?」


「昨日の夜の話だ」


そう言うとウィリアム先生は心底不思議そうな顔しながら「昨日の夜は会ってないと思うけどな、見かけたなら声をかけなよ〜」なんて暢気で焚の記憶とは合わないことを言い出し始める。

焚は確かに昨日帰りに、先生に出会って会話したのだ、その記憶は間違いないはず。しかしウィリアム先生も嘘をついてるようにも昨日寝ぼけていた、なんてことには思えないし見えない。だからここでウィリアム先生が異常に蝕まわれているのは確定したようなものだった。あとはどんな条件下で異常化するかを確かめないといけない。


「あんたは何で俺以外の生徒を名前で呼ばないんだ」


「あ、あー…それはね。名前を呼ぶのは身内にだけって約束したんだ弟と。弟はたった一人の肉親だったからその約束を今も守り続けてるの。焚は、その弟に似ていたから重ねてみていたかもしんない。ごめんね」


名前で呼ばない理由は分かったが、謝られた意味がわからない。だから焚は続けてそれについて聞こうとするがそこでキンコンカンコーンと下校時間のチャイムが鳴る。


「あ、チャイム鳴っちゃったね。今日はこれで終わり。続きはちょっと早いけど明後日やろっか。最近不審者の噂聞いてるから帰り道気をつけなよ」


焚は悪魔の歌が鳴らないか身構えたが、ウィリアム先生の言葉以外は至って静かで変わったことはない。

ウィリアム先生は職員室に行かないと行けないからと言ってさっさと教室から出て行く。


「あ、焚ちゃん終わった?」


そうしてウィリアム先生が出て行ったと思えば扉前の廊下で、待機していたんだろう真群が教室に入ってくる。


「どうだった?」


「…十中八九あいつだろうけど異常化のトリガーは分からなかった。明後日の面談には絶対に引き摺り出す」


そう決意してやる気を出す焚を見て真群は嬉しそうな顔をしながら、とんでもない爆弾を落とすのだ。


「じゃあ調査もほぼ終わったしそれに明日は丁度日曜で休みだし。明日デートしよっか焚ちゃん」


その言葉に、焚は珍しくポカンと口を開けてびっくりしたような顔で、止まってしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る