第5話
やっと昼休憩の時間が終わり、焚の元から真群が去っていったことにより、今日何度目かのほっと息をつく行為をする。それに若干のうんざりしていたら、昼からの授業は国語の古文で先ほどまで焚をからかっていた声から、真面目な声に変わったウィリアム先生の話を聞きながら、先程の仕返しと言わんばかりに、堂々と居眠りする体勢になる。昼ごはん後の古典の授業となると子守唄同然で他のクラスメイトも頑張って起きようとしているが大半は寝ている。
だからウィリアム先生はもう諦めモードなのだ。元から生徒に甘すぎる部分もあった為怒る様子もないが、焚がこの程度の条件で授業を居眠りするなんてありえないからわざと居眠りしてるふりしてる事を分かりきってるだろうが今ここで怒っては平頭にならないからしないだろうという算段である。けど明日の面談で少し何か言われるだろうことも理解していた。
ここちよい春の風にふかれながら子守唄みたいなウィリアム先生の声を聞きながら寝る時間はそれはもう気持ちよかった。つい次の時間までバレないように居眠りする程度には。
偶には息を抜くのも大事だなと放課後になって焚はもうスッキリして完璧に醒めている頭で考える。
「焚ちゃん今日は調査の日だよ」
「ゲッ…先輩」
放課後になって教科書などをカバンに詰めているといつも通り真群が迎えにきた。いつも思うのだが一年教室に堂々にしかも頻繁に入ってくる2年の先輩はやばい気がする。少しは教室の扉の前で待つとかして一年生にも焚にも配慮する気持ちはないのだろうかと考えて焚はジトってした目線を真群に送るがそれを気にもしてなさそうだ。
「焚ちゃん先輩じゃいっぱいいるし立橋も烏真も先輩呼びじゃん。分かりにくいから真群って呼んでよ」
それどころかその目線を無視するように話題転換していく。焚の思ってることは何となく理解した上での無視だろうからもう焚は諦めていた。何で理解しているだろうと思ってるのは焚はこの数日間何度もせめて教室の前で待てと言ったのに真群は「少しでも長く焚ちゃんの側にいたいから」とか言ってこの行動を改める気は全くないようだった。
「はぁ…。先輩は先輩なので」
そんな真群にため息一つ溢すと焚はようやく諦めたようで返事を返す。
焚は、今の焚(おれ)は人と関わるような性格をしていなかった為今まで深い関係どころか友人すらまともにいなかった、前の焚(わたし)には友人はいたが今の焚(おれ)になった時全ての縁を切っただから焚は誰かを名前で呼ぶなんてことこの学園に来てからしたことなかった。
もちろんこれからする気もあまりなかった。名前を呼ばないことに不便に思ったことはないし何より名前を呼ぶということは誰かに心を開いてるような気がして複雑な気持ちになるから極力名前は呼ばないと思っている。
「名前を呼ぶの嫌かな?」
「…」
別に焚は名前を呼ぶこと自体が嫌なわけではなかった。心を開くのは嫌だが名前を呼んだからって全て許したわけじゃないんだから、こんなしょうもない意地を持っていたって邪魔なだけなのは分かっている。
それを分かっているつもりなのだが。
でも焚は名前を呼ぶ行為を拒む気持ちに引っ張られてつい無言になってしまう。
「そうだね。まだ仲良くなって数日だもんね。嫌なら呼ばなくて大丈夫。先輩って呼ばれ方も何だか良い気持ちになるしね」
「気持ち悪…。あと仲良くはなってねえ」
名前を呼ばなくていいと言われて安心した。焚はこの男ならここ数日間の執着のしようを見れば名前呼びも強制してくるのではないかと思ったが案外引き際を分かっているらしく言葉では罵倒しつつも内心少しだけ好感が上がっていたのは絶対に言ってやらないと思った。
でも仲が良くなったという発言は本気でそう思いながら言ったようだから焚は罵倒の言葉も否定の言葉も本心から心を込めて言ってやった。
「あれ?友人関係ぐらいはいった気分だったんだけどな」
「嘘つけ。自分でも友人ですらないと思ってるくせに」
焚には分かる。真群は自分に執着はすれど、まだ友情の感情は持っていないだろうことを。真群の態度は他の人達とそう変わらないのだ。何を考えているかは分からないが近づきすぎもなく遠くには行かない程よい知り合い程度の立ち位置にいようとする。
付き纏ってるように見えて意外に真群の話題もスキンシップも深いところには近寄らない。つまり今まで肩を叩かれたことすらないし焚が焚自身の話をしたこともないその様な話題を振られたことがない程度には距離を取られている。
だから焚も少しの付きまといぐらいなら許してやろうと思っているのだ。
「酷いなぁ。俺は焚ちゃんと、友達になりたいと思っているよ」
そして真群は一歩踏み出した。焚と友人関係になろうとしたのだ。
でも焚はそれが本心からなのかどうしてそんな事を言ったのかを理解できなくて訝しげな目で見てしまう。
「これは本心だよ。焚ちゃん」
「勝手にしてろ」
そうしてその訝しげな目に真剣な目を返して見つめてくる真群に負けたように焚は目を逸らしてまるで友人になる事を許すように勝手を許してしまう。
「うん勝手にする。勝手に友人になる」
「それはお前の一方的な感情だからな。俺はお前と友人になる気はない」
勝手にしろとは言ったが焚には友人を作る気はないのだ。だって友人という存在は足枷にしかならない。友人と遊ぶ時間なんて今の焚は楽しいと感じられないし今こうしてる時間に勉強や運動をした方が将来的に役が立つのにと考えてしまう。
何より友人関係というものはいずれ壊れるものだと焚は思っている。人が人と関わると歪みが生まれるその歪みが関係を感情にヒビを入れていきそして最終的に人は怒りの感情にまかして縁を切るのだ。
だからそんな無駄なことをしていたくない。
焚だって浅い知り合い程度の関係ならいくら作ったって上手くやっていける自信はあるが友人関係はダメだ。
人間何があっても人間である限り関係は崩れるものだ。まぁ今の焚がキチンとした人間になれているのかは生の実感がない焚には分からないが。
「うん一方的な友人関係で今はいいよ」
「…は?」
普通の人間はこの時点で怒りや呆れの感情から焚から離れていくのだが真群は違った。ただ今の身勝手な焚を受け入れてそしてそれでも前に進むと発言するのだ。
流石の焚もこの発言には喫驚する。だってこの男は程よい距離感を保って近づこうとはしてこなかった。だから焚はここも諦めて終わるのだろうなって思っていたから。
「お前は、変な奴だな」
「そうかな?焚ちゃんと友達になりたい人なんていっぱいいると思うよ。皆遠慮しちゃうだけで」
そんな奴、沢山いてたまるかと焚は思う。遠慮じゃない皆焚を異端で、奇異の目で見てくるのだ。それは事件に巻き込まれた被害者で、加害者であるからかそれとも焚の人と関わらない人の輪に入ろうとしないからか、いやどちらもだろう。日本人は多数決の生き物だ。人が沢山の人がしていることと同じことをしていないと奇人と見られて嫌われる。
それが支障にきたすことはないから焚はそれでいいと考えているのだが。
「そんな奴いねぇよ。嘘つくんじゃねえ、さっきから嘘ばっかりお前虚言癖でもあるんじゃねえの」
だから簡単に突き放すように人を傷つける言葉が言える。
「いるよ。ほら例えば烏真くんとか立橋とかね。あと君のクラスメイトの中でも君を気になって見つめてる人とかいたよ。それに気づいた時はちょっと妬けちゃった」
「嘘だ。烏真は俺を利用したいだけ立橋は俺と戦いたいだけ。クラスメイトの視線だってただ人と違うのを見てるのが面白かった…とかそんなんだろ」
自分でもなぜ意地でも否定するのか焚は分からなかった。なりたい奴は勝手にそう思っていればいい焚が友人になりたいと思うことなんて無いんだから。結局はそれは一方的な感情で終わりそれだけなのに。
焚は前の焚(わたし)の友人達が変わってしまった焚を見て離れていったのが頭にチラついて仕方ない。
そんな些細な事で、そして仕方なかった事がトラウマにでもなってるのとでも言いたいのかと自分の思考に焚は嫌気をさして舌打ちをする。
自分がこんなに弱いとは思いたくないのだ。だって焚は完璧な人間になったのだから。
「烏真くんはツンデレさんだから焚ちゃんと似てキツい言葉ばっかり言っちゃうけど本当は自分と渡り合える焚ちゃんの事本当に気に入ってるんだよ。立橋だって喧嘩できる相手を選んでるんだよ戦いたがるのは相手と仲良くなりたいだけ。立橋から喧嘩売った人は大体認めているから。クラスメイトの子だってきっとそうだよ」
真群の言葉に焚は耳を塞ぎたくなる。聞きたく無い他人が自分をどう思ってるなんて良い方向でも悪い方向でも聞きたくない。だって焚の心が揺れて不安定になる気がするから。不安定なのは嫌いだ。不安定になるほど身体も心もダメになっていく。
だから焚は人と関わりたく無いのだ。人と関わったら自分の心が揺れてしまうのが分かっているから。
「やめろ…うざい。うざいんだよ」
絞り出した声はあまりにも弱々しかった。焚は自分でも聞きたくはなかったほどの弱い自分の声を聞いてしまってから「はは…」と自分でもよくわからない乾いた笑い声が漏れて る。
「ははは…ふざけんじゃねえよ。お前らの感情なんてどうでもいいんだよ。そうだ勝手にしろ。勝手にして勝手に呆れて勝手に幻滅してろ。それを見て笑ってやる」
そうだ。焚は変わったんだ。生の実感を失う代わりに完璧な人間になる。完璧な人間ならば人が何しようが揺れては駄目だ。駄目なんだと自分を責め立てる。すると不思議と顔も笑うように不器用な笑顔になる。もちろん愚かな人間を見下した最低な笑顔に。でも最低でもいい完璧な人間を演じ続けられるのであれば。
だってそれが前の焚(わたし)が望んだ事なのだから。
「焚ちゃんはそれでいいの?」
まるで今の焚に問うように優しい笑顔でそんなことを言う真群に焚は苦笑が漏れる。
「演じてるだけの俺に意思があると思うなよ。バカな奴。お前も分かってるくせに」
だって同族なんだから前の真群とやらは知らないが真群だって優しくて凄くて偉い、子供が考えたような御伽噺の王子様を演じてるだけなんだろうとそう焚は真群を睨みつける。
「焚ちゃんがそう思いたいならそれでいいよ」
そうすると真群は笑顔でよく分からない事を言う。真群だって同じはずだ同族だって最初に言ったんだとつい焚は思い出そうとするが間違いはなかった。
真群という男はいつからかこの性格を演じているのだ。
「意味分かんねえ奴…もういいよ」
本当焚にはこの男が理解できなかった。きっと一生理解することはないんだろうなと思い話を切り上げようと周りを見渡す。
「そうだね。今は終わりにしよう。長いこと話しちゃったから皆帰っちゃったね。俺たちも急いで調査に行かないと帰る時間遅くなっちゃう」
周りの人間は2人が話してるうちに帰っていたようで全く誰もいない2人が黙ると静寂が教室に広がる。
黙ると黙ったで焚は真群の存在が気になって鬱陶しくなる。
「帰る準備するから先に下駄箱で待ってろ。逃げねぇから」
「うーん。…まぁ今日はそうさせてもらうね。下駄箱で待ってるから早く来てね」
そう言って鞄を背負いなおした真群は焚を少し気にしながら教室を出て行く。宣言通り下駄箱で待ってるのは間違いなしだが。
「最近変だ」
そうして教室に1人になった焚はそう呟く。変なのだ心がざわざわしてまるで生きてるかのような生活をしている。でも前の焚(わたし)に戻った訳でもない。
もしかしたら真群と話したあの日思ったこと、今の焚の人生が始まるかもしれないそれが起こってるのかもしれないと思うとこんな人生なら始まるのが怖いと恐怖の感情が湧いた気がした。
焚が気弱な感情を抱くはずがないのに。
そんな事を考えてるとふと耳に歌が聞こえてくる。
悪魔の歌だ。
サイレンのように鳴り響く歌は久しぶりに聴くような気分になった。
思わず身構えるが近くに人がいないから焚の近くでは異常者は現れない当たり前のことだ。
それを認識して本当に近くに人がいないかだけ確認して身構えて警戒してた体制を崩す。
もし遠くで異常者が現れていても誰かが警察を呼んでなんとかするだろうなんて薄情なことを思いながら歌が終わるまでジッと焚は自分の席座っていた。本当はすぐにでも真群と合流すべきなのだろうが今はそんな気分にはなれなかった。さっきあれほど取り乱してしまったから今合流したって上手く連携だって取れないだろうって意味もない言い訳を心の中で呟く。
今日ぐらい落ち着かせてくれたっていいだろうなんて焚らしくない思考に気づかないまま焚は歌が止むまでぼんやり歌だけが聞こえてくる教室で椅子に座っていた。
何だか少し安心するような気分になる。聞こえたら人を異常化する歌なのに焚は欠けた人間だからこの歌を聞いても何も起こらないことが何より自分の不完全で完璧な今の焚(おれ)がここに存在すると証明してくれるようで。
だからこの時焚は完全に気を抜いて油断していたのだ。
この距離になるまで人が近づいてることに気づかないなんて。
「焚?まだ教室に残ってたのか。早く帰りなさいよ」
「…!」
咄嗟に身構えるとそこには至って普通のウィリアム先生がいた。
「ど、どうした?あ、驚かせちゃった?ごめんね。焚がびっくりするとは思わなくて」
そう至って普通なのだ。だから歌は聞こえてないだろうし異常化の被害も運良く受けていないのだろう。しかしそこまで考えてちょっとした違和感に気づく。いつも歌が聞こえたら大体は周辺で異常化は起こる。だからこの学園内の何処かで異常者が出ているはずなのだ。そしたら先生であるウィリアム先生はそれを抑える為に動いてなければ駄目じゃないのか。
「先生は今まで何処にいたんだ…?」
「何処って職員室だけど。この教室から一番近い部屋って職員室じゃん」
確かにここから一番近いの部屋は職員室だ。かと言って階段を挟んでるからちゃんとした距離は分からないが。よくよく考えたら今も異常者が出ていたならウィリアム先生が先ほどまで職員室にいてもいなかろうと一番職員室に近い男子教師として緊急に呼ばれているだろう。
「暇、してたのか?」
「暇って教師を舐めないでよね〜!テストの採点やプリント作ってたんだけど息抜きしたくなっちゃって見回りに来ただけだよ」
なら異常者はここら一帯には出ていないのかと焚は考えるけどいつもと違う事態に少しの違和感がしこりのように引っかかって気になって仕方ない。歌は一回に必ず1人は異常者を出すのだ。焚が聞こえてた時はそうだったし真群と情報共有した時もそういう風に言ってたからそうなるはずなのだが、と考えたところで真群が抑えつけて一回殺して元に戻したのかと一つ仮説が浮かび上がりとりあえずは気にしないように歌の終わりを聞く。
下駄箱という目立った場所で人を殺すなんて馬鹿なことしていたら普通に烏真に怒られるだろうが。
「焚、昼間はごめんな。俺さ焚の事妹の様に思ってるから。焚は焚の幸せを掴むんだぞ」
そう一言一方的焚に何も言わせないまま頭を一撫でしてからウィリアム先生は教室から出て行く。
「…え?」
焚が見えたウィリアム先生の顔は本気で妹の様に思っている様な愛しんだ優しい表情だったからつい焚は疑問系の言葉を呟いてしまうがもう既に教室には誰もいない。また静寂が戻ってきている。
それほど焚に驚きを与えた。ウィリアム先生は生徒に感情移入することはあっても誰に対しても公平にしようとしていた。だから焚のことをまるで特別な様に見ているなんて新しい情報すぎて焚の脳内は追いつかなかった。だから妹扱いされたことを否定も怒りもできないまま時間が過ぎていく。
そしてハッとする。下駄箱で真群が待ってるであろう事を思い出して早く行かないと痺れを切らして迎えに来るだろうことを焚は思い出す。むしろこれだけ時間が過ぎても迎えにこないことに少し驚く。あの執着男のことだからやはり向こうで何かあったんだろうと思い焚は急いで鞄を持って一目窓から外に異常はないか見渡してから教室から出る。
もちろん教室から出ても既にウィリアム先生はいないからさっきの発言に対しては何も言えない。
もし居たとしても、焚は何を言えば良いか分からないから話しかけずに下駄箱に行くだろうけど、なんて考えながら下駄箱まで歩く。
焚は真群の実力は分かってるし騒ぎが起きて様子がないことから急ぐ必要はないだろうという気持ちからの歩くスピードはいつも通り。
でもいつも通りでもそれなりに速いからすぐに下駄箱まで着いてしまう。
そしたら一年下駄箱前で焚を待ってる真群がいた。
「や、焚ちゃん。遅かったね」
「何か起こるか待ってんだわボケ。お前も聞こえてたろ歌が」
何にもなかったように至って普通に話しかけてくる先ほどの歌すら無かったのかと焚は思いかけたがあのサイレンの様な響きは頭に響いてよく残るからあれがなかった事は絶対にないから罵倒の言葉投げかけるがいつもの事になりすぎて真群は全く気にしていないようだった。
「うん。聞こえていたね」
「聞こえていたねじゃねえんだ。何してたか報告しろよ」
いつもの事だが真群ののんびりした性格にイライラする焚がいる。そういつもこうなのだ真群の良い言い方をするとのんびりとした悪い言い方をしると変な性格した所に焚は振り回されてしまう。いい加減に慣れたいと焚は思うのだが中々に素早く動いて無駄がない自分と合わしたらどうしてものんびりとした真群に目がいってしまうだ。
「あはは烏真くんみたい。うん報告するね。歌が聞こえてきた時に校舎を一周して異常者を探してみたけど見つからなかったんだよね。不思議だよね」
「つまり何もしてなかったと」
烏真みたいという発言にイラッとしたが焚はそれを顔には出さずに真群の周りにも何も無かったという事実に顔を顰める。真群が片付けていたものだと思っていたからのゆっくりしていたがこれはゆっくりしてる暇があれば早めに動いて周辺の様子を調べるべきだったと後悔する。
「おかしいな。2人して聞こえる範囲にいたのに何も無かったとなるとまだ異常者がいるかもしれない。周辺をもう一度調べるか」
焚はそう言って周辺を探ろうと歩き出そうとすると真群に止められた。
「いや悪魔の歌の事は烏真くん達に報告しといたから、学園内にいるみたいだし。こっちの調査は烏真くんに任せたよう」
その言葉に少し悩む焚がいた。まだ数日間しか知り合った事ない人物に任せれるかどうか少し躊躇してしまうのだ。自分が調査した方が確実だが今日は商店街の方の調査と決めていたのだからそちらを優先したって罰は当たらないだろう。
だって数日間だけの認識だが烏真達は別に無能ではないのは分かっているのだがら。
「商店街の方に異常な噂が広がってるんだそれについても調べたいし。ここは分散して調べた方が効率的だよ」
「そうだな。そういうことなら商店街の方に行くか」
商店街に広がる噂もあるなら分散した方が確実に効率的だろう。少し悪魔の歌が聞こえている焚達、2人共学園外に出るのは不安が残るが異常者さえ見つければ学園内の問題は片付くのだから任せて大丈夫だろう。
「あ、別にお前の意見を聞いた訳じゃないからな。俺は俺の考えで商店街を選んだ」
一応釘を刺しておく。焚は人の意見に流されるのが嫌いだから自身が流された訳ではないと言ってみたが、言った後に気付くこの言い方はテンプレツンデレ台詞みたいじゃないかと。
「今のはツンデレとかそういうのじゃないからな!」
「うんうん。可愛いね焚ちゃんは」
真群の対応のせいかそれともまだテンプレが抜けきってないせいかまたしてもツンデレっ娘になってしまって自分の口調への怒りから焚は手のひらを強く握りしめと怒りを我慢する。
ここは怒っていい所なんだろうけど怒ったって真群の対応が変わるわけではない。むしろ怒れば怒るほどツンギレ認定されるだろうからグッと我慢してパクパクと怒りで声になってない声を出した後口を閉じる。
「じゃ、商店街行こうか」
「…あぁ」
そんな焚を気にせずに話を進める真群に今回だけは救われた気分になる。このまま無かったことのように振る舞おうと思って適当に返事しながら商店街の方に歩いていく真群の後ろを着いていく。
後ろを着いて行く中少し前の焚の思い出が蘇る。
前の焚はいつも姉の後ろを歩いていた。別に劣っているからとか足が遅いからとかじゃなくてただ焚(わたし)が妹で姉が姉だから。ただそれだけの理由でいつも、いつも姉の背中を見つめて歩いていた。
でも偶に後ろを確認するように振り向いて人が多かったら手を繋いでくれる姉が好きでたまらなかった気がする。
今の焚(おれ)には分からない思い出の中の感情だけどそれが嬉しいって言葉に表すものだって事は分かっていた。
「焚ちゃん?」
そんな事を考えて歩いてるといつの間にか商店街まで着いていて。そして真群の背中にぶつかった焚を心配するように後ろを振り返って焚の顔を覗きこむ真群の顔が姉の顔と一瞬被って見えた。でも姉の表情までは思い出せなかった。
その代わりにあからさまに心配してますって言わんばかりの表情をしている真群の顔がよく見えた。
「…着いたなら調査始めるぞ」
「大丈夫なの?」
真群にしては珍しく話を引きずってくる。しかし今の焚は別に何とも思えない思い出を見ていてぼうっとしていただけであるから特に心配する必要はないのだ。
でもそんな焚を知らないから真群は心配するような表情を変えない。
「別に、何ともないけど?早く調査始めるぞ」
「え、あ、うん…」
そう言って何でもないと意思表示すると真群は何か言いたげな顔しながらもこれ以上は踏み込んでは来なかった。踏み込んできても焚はただ過去のことを思い出していただけとしか言いようがなかったからそれで良いと思った。焚は何故かそれを言うのが嫌な気分があったから余計踏み込まれなかった事に安心していた。
「人から話を聞くぞ。お前が聞いた噂っていうのは大雑把でいいからどんなんか分かるか?」
「えーと確か下校時間超えて夜の商店街にいた学園の生徒が化け物みたいな見た目の人間に襲われたって聞いたよ。目撃情報が少ないからその生徒一回は殺されてるかもね」
「?何で目撃情報が少ないのと殺されたのが繋がるんだ」
死んだ人間を見たらこの世界の真実を知るだけではないのかと焚は思っていたのだが少し違うようだ。
「死んだ人間が生き返るのを見たら人の精神って弱いし歪みを認知したくなさに襲われたと認知を歪めるかそれを全て忘れるかの方が多いんだよね。だから商店街とか人が多い所で人間が死んでも世界の歪みに気づく人って希少なんだ」
それを聞いた焚はあの時焚の前で人を殺したのは一か八かの賭けだったのかと唖然とする。
「あ、あの日の事は焚ちゃんなら一回で歪みに気づくって思ってのやり方だったから安心しなよ」
「はぁ…安心する要素ねえよ」
やはり真群はストーカー野郎としか言いようがない。きっとストーカーした結果焚が悪魔の歌が聞こえてると確信したからこそあの様に歪みが気づくように仕掛けてきたのだろう。焚は呆れたようにため息をつく。もうこの数日間の間で真群の執着(ストーカー)心は理解したつもりだがもっと前からストーカーされていたとはという呆れである。
「その生徒についてと、化け物の特徴について聞いて行くか」
「ok。あ、そこのお嬢さん〜!」
返事をしてすぐ真群はすぐに軽いノリで近くのおばさんに話しかける。まるで手慣れた様にまるで口説く様にナチュラルに手に触れる。焚には一切触れないのに女の子には簡単に触れるから勘違いされやすいのだろう。ふと焚はそう考えて自分は女扱いされてないのかと気づき少し喜びの感情が芽生える。
あまり女扱いされるのが好きじゃないから焚にとってこれは良いことなのである。
そもそもあんな甘ったるい声でナチュラルに触れてくる男など恋愛対象外、いや元より恋愛事に興味がないのだが、もしあったらの話で本当に恋愛対象として見る場合になると焚はああいう男には蕁麻疹が出るほど嫌悪感みたいなのが出るだろう。
「何だい?いい男が話しかけてくるなんて今日は良い人だね」
おばさんは嫌悪感を隠さない焚の顔とは正反対にデレデレとした顔で本当に真群に見惚れている様にキャーキャー言わんばかりの雰囲気を出している。
それを見て焚はこいつチャームの能力でも持っているんじゃないかって疑いの目を向けるすると真群は良い笑顔をこちらに向けてくる。
その顔を見てこいつ顔だけは良かったもんな…と割りかし失礼なこと思いながらおばさんの方に向き返る。
「おばさん、ここらへんで俺と同じ学園の生徒が襲われたって聞いたけど本当か?」
焚がおばさんと言うと少しムッとしたような顔になるおばさんを気にもしないで答えろと言わんばかりに睨みつける。
それに少し怖気付いたおばさんはウットリ真群を見てた目を焚に向けて話始める。
「そりゃ有名な話だから商店街に行く人ら皆知ってるよ」
商店街に行かずに近くの小さなスーパーで全てを済ます焚は全く知らなかなった。焚は商店街の雰囲気が好きじゃなかった。新鮮なものを買いたくても馴れ馴れしく話しかけてくるから落ち着いて買い物できないのが難点でなのだ。
焚は誰とも関わらずに素早く買い物を終わらせたい派だから今の焚がこの商店街に来るのは初めてかもしれない。
「門限が超えた生徒がね偶に居るのよ。それはそれで皆目をつぶっていてあげたんだけどね。そんな子が突然化け物みたいな鱗が生えた太い腕に路地裏に引きずり込まれた事件があったの」
確かに学園が門限を決めているがそれを破る生徒は多い。だから何故その生徒が狙われたのか謎に思っていたら話は続く。
「それがここ最近毎日のように起こってるのよ。怖いわよねぇ」
「犯人の姿は誰も見てないんですか?」
どうやら門限を破った生徒が無差別に襲われているようだ。鱗が生えた太い手というのは気になるが学園の生徒だけという事だから学園関係者と見ていいだろう。やはり焚の思い通り学校の調査も必要だったから明日烏真達の調査報告も兼ねて朝に部室に顔を出さないといけないなと考えていた。
「それがね目撃者が路地裏を覗いてみたときには皆襲われてる生徒が倒れてるだけで誰もいなかったらしいわよ。不思議よね」
「それは不思議ですね〜!お嬢さんも若く見えて綺麗なものだから生徒に間違えられないように気をつけてくださいね」
そしてまた甘ったるい対応に戻る真群を見ておばさんはまたデレデレとした顔で「良い男ねぇ〜。2人はどういう関係なの?男2人で友達かしら。正反対そうに見えるけど大丈夫?貴方達喧嘩とかいっぱいしてそうねぇ〜!喧嘩と言えばここらへんでいい川岸知ってるわよ〜!あ、今時殴り合いなんてしないかしら、でも貴方達ならしそうな感じするわ。でも貴方の顔に傷がつくなんてことはしちゃ駄目よ」何て関係ない話になっていってしかも焚を男と勘違いしながらおばさん特有の長話になって真群すらもその勢いに押され気味に困った顔をしているのでそれを見てだから人に優しくしたらこうなるんだぞっていう視線を向けながら焚は助け舟を出す。
「話が終わったのでこれで失礼します」
助け舟という名のバッサリ切る行為だったが。それでも焚からの助け舟となると真群は焚を見て花が咲くようなにぱっとして笑顔を向ける。
バッサリ切られたおばさんは何か言いたげになるが真群の笑顔を見てつい黙ってしまいその間に逃げるように焚は真群の腕を掴み商店街を歩く。
その繋がれた腕を見て真群はその笑顔が赤く染まって行く中何度も焚の顔と自分の掴まれた腕を何度も交互に何度見ては喜びを噛み締める。
でもその反面赤い顔を隠したいが為に必死に焚が振り返る前に元に戻そうと必死に掴まれてない方の手で顔を隠すがそれも無意味に終わる。
「お、真群!カッコいい嬢ちゃんと手を繋いんでんじゃんヒュー!モテる男はやっぱ違うねぇ!」
そうよく買い物をする魚屋の店主にこの光景を見られてしまい茶化される。よくズボンを履いてる焚を一目で女だと分かったのは凄いが今茶化すのはやめて欲しかった。絶対にキレて手を振り払われると真群は内心、この時間が終わってしまうのかとガッカリする。
「…」
意外なことに手を振り払うように離すのではなくゆっくりと普通に腕は離される。真群はつい焚の顔を見るとそこには何にも無かったようにいつもの目つきの悪い顔でこっちをジッと見つめてくる目と合った。
そう合ったのだ。それを自覚して真群の顔はまた赤くなる。真群は自分から目を合わせるのはいいのだが好きな相手から目を合わせられるのは今も照れてしまうのだ。
「やっぱり魚は鮮魚店の方が新鮮でいいな」
そう言って先程まで真群の顔を見つめていたのが嘘のように目を逸らして今度はじっくり魚を眺めている。
「この鮭、旬でもないのに美味しそうだねバターのホイル焼きにしたら丁度良さそう」
「お、嬢ちゃん分かってんねえ。今日は鮭が一番味が詰まってると思うよ。流石真群のお連れさんお目が高いねぇ」
未だに顔が赤く染まってる真群を無視して2人は魚の話に没頭している。この魚はこの調理がいいやこの魚は今日はダメだとか語り合ってるのを見ると真群は反対にさっきのは何だったのかと困惑でイケメンが台無しになる。
そんな中焚は人と関わりたくないという割に楽しそうに話しながら魚を数匹買っていく。
「真群も魚好きだから嬢ちゃんが料理できるなら魚料理作ってやってくれねえか?真群も立橋も全く料理できねえんだわ」
「…ご両親は?」
なんとなく真群と魚屋のおじさんが仲が良さげに見えるとは言え他人から他の家庭の事情を聞くのは引けたが親がいたら絶対に料理しに行くのは嫌だなと思った焚は少しの好奇心と共につい聞いてしまう。
「あー…」
「あ、いいですよ。別に喋っちゃって。大したことじゃないし」
魚屋のおじさんもそこら辺は弁えてるみたいで喋って大丈夫かと真群をチラリと見る。
真群はさっきからずっとあの時の焚の行動に頭が支配されたかのような状態だったが上の空でもいつもの性格の癖が出たのかokの返事をする。
「真群の両親はどっちも昔から放任主義なのと海外によくいく仕事でもあって全く家にいねんだよ。小学生の頃からそんなもんだから2人の面倒は大体商店街の奴らがみてんだ」
「そうか」
真群の家庭事情を聞いても特に焚は顔色を変える事はなかった。
正直焚は人の家庭事情にあまり興味がない。ただ放任主義な所は似ているなとは思った。流石に料理すらできない子供をほったらかしにするような親ではなかったが。
「だからよ真群と立橋は俺たち商店街の住人達と家族みたいなもんだから高校生になっても気になっちまうんだよ」
「通りで視線がよく感じると思った」
「そりゃこんな美人さんが息子と一緒にいたら皆見ちまうよ」
美人さんと言われる度に焚の顔は困ったように歪むが真群の顔はもっと酷い、ある意味良い意味で、息子や家族と言われる度に恥ずかしそうに目を逸らしてはモジモジするのだ。こういう所は年齢相応だな、何て考えながら焚は買った魚達を見る。
「おい先輩。秋刀魚は食えるのか?」
「え、あ、うん食べれるけど」
真群は焚からの質問の意図をイマイチ理解できなかった。しかし魚屋のおじさんは理解したようでこちらをニヤニヤ見てくる。
「秋刀魚の塩焼きにする。秋刀魚を三つ追加で買わせてくれ」
「秋刀魚はおまけでつけるよ。嬢ちゃん真群達のことよろしくな」
そんな中でも話は進んでいく。今回は珍しく真群が振り回されているようだ。真群はこの状況が理解できなくてただポカンとしている。
焚はいつも振り回してくるやつがこんなマヌケ顔晒してるのを見て内心笑ってる。
「お前ん家で夜ご飯だけ作って食べて帰る。迷惑か?」
そう言って自分を見上げてくる焚の顔を見て真群はまた顔が赤くなる。つまり自分の家に女の子を入れるということだ年頃の男の子にとっては苦渋の決断だろう。
「…ッ。迷惑じゃないよ」
欲望が勝ってしまったのようでokの返事をする。もちろん手を出すつもりは真群には一切ない。そもそも焚は手を出されかけた途端に簡単に返り討ちにするだろう。
「そうか。じゃあさっさとお前ん家行くぞ、ここは落ち着かない」
焚はただ単にこの商店街の騒がしさが落ち着かなくて早くここから去りたくて魚屋との親父との会話も切り上げる為にどうやら真群の夜ご飯を作るという用事を作って逃げ道を作ったようだ。
それが伝わってきて真群も少し一安心するいつもの焚ちゃんだって確かめて今度は前を歩く焚の背中を見ながら着いてくる。
「ところで焚ちゃんは俺の家の場所知ってるの?」
「………チッ」
真群がそう問うと立ち止まって舌打ちをうった後前を歩けとジトッとした目で睨んでくるから笑顔を返して案内するように前を歩く。
「本当お前、商店街の奴らから愛されてるんだな。視線が痛いしさっきからやじがうるさい」
確かに歩いていたらそこらから「真群が友達と歩いてるぞ」やら「真群と仲良くしてあげてね」なんて沢山の声がかかってくるのだ。それを焚は居心地悪そうにしながら真群に早く案内しろと早足で歩いてせかしてくる。
「まぁね。でも商店街の人と仲良くなれたのもキッカケがあったからだよ」
「そうか」
キッカケとは何だったのか気にはなりはしたが焚は聞くことは無かった。そうキッカケと言った後に真群が音にはならなかったが口パクで何かを呟いて悲しそうな顔をしているのを見たら聞くことも出来なかった。
焚にはその言葉が何を言っていたか分かってしまったから余計関係ない自分が踏み込むべきではないだろうと判断した。
「お前の家、散らかってないだろうな」
「え、うーんどうだろ?」
だから焚は話題を逸らしたのに真群からの返事は曖昧でどっちなのかハッキリしないことが嫌いな焚にとってはイライラする言葉だった為軽く一蹴り入れておくと「あだっ」と言いながら転びかける真群を見て「ハッ」と一言笑う。
「いや違うんだって俺にとっては必要な物を置いていたとして焚ちゃんにとってはそれはゴミかもしれないなと思ったら分からないなぁって思ってさ」
「他人にゴミだと思われるようなもんは置いとくなよ」
まぁこの場合焚の判断基準が厳しいと分かっての真群の発言だから理不尽に近いのだが。
「あははそれはそうだね」
でもそんな理不尽な言葉も気にしないのが真群という男である。
そんな話をしていると真群の家が近づいてきたようで真群は「あれが俺ん家だよ」って古びたアパートの一室を指を指す。
「コンロとかあんのか」
焚はそのアパートを見てふと料理をしない2人はコンロすら持ってないのではと不安になる。
「あはは流石にコンロはあるよ。野菜屋さんのおばさんが置いてた古いやつで俺たちは使ったことないけどこの前近所のおばぁちゃん野菜炒め作ってくれたから使えるのは確かだよ」
「ほんとお前交友関係広いんだな」
そんな事を言いながら焚と真群は扉を開けて部屋に入って行く。一目見た限り片付いてる。両親がほとんどいない家庭と聞いたもんだからもっと散らかってる感じをイメージしていたが特にゴミが床に置いてる感じはない。
「意外と綺麗だな」
「あー…いつもはもっと散らかってる。多分さっき言った近所のおばあちゃんが片付けていったんだと思う」
本当にこいつの交友関係はどうなってるんだなんて思いながら焚はキッチンの方を見る。キッチンも片付いてはいるが最低限の調味料しかないのを見て2人が料理をしないのは本当だったんだなと考える。そういえば学校で食べているお昼はいつもコンビニのパンとかばかりだったなと思いながら料理の準備をする。
「基本取られて困る物は金庫に入れてるから鍵とか壊れたままだから開けっ放しで色んな人が勝手に入っては勝手にお世話焼いてくれるから助かるんだよね。あ、でも学園のみんなには家の場所とか言ってないからそっちには内緒にしてね」
近所の人が簡単に出入りできる部屋なんて部屋の意味があるのかプライバシーとかなさそうで焚が住んだら1日でキレ散らかして自分で鍵を直しそうな部屋だなって思った。でもそんな環境で真群達が暮らしてることに少し心の広さに尊敬の念を抱くがいや、性格が大雑把だから気にしないだけかとすぐさま前言撤回を内心する。
そして流石にクラスメイトに部屋に入られるのは嫌みたいで意外だなと思う。まぁ真群の家が入り放題で世話し放題だと噂が広がったら女子達が沢山押しかけてくることは目に見えていた為それは嫌かと納得した。
「わざわざそんな事クラスメイトに言わねぇよ。おいコンロは借りるぞ」
「ありがとう。うんコンロお貸しします」
感謝を述べるとどうでもいいみたいな目線を寄越されたがコンロを借りる許可を取ると黙々と焚は料理をし始めた。
秋刀魚を綺麗に、素早く捌いてその捌いた身の部分に塩をかける。それを数分放置してる間に商店街を歩いてる時に押し付けられた豆腐屋の絹豆腐を切ってワカメを茹でた鍋の中に入れて少ししたら味噌をお玉に入れて鍋の中にお箸で混ぜながら少しずつ溶かしてお豆腐とワカメの味噌汁を作る。
「おいのんびりしてる暇あんなら米研いで炊いとけ。それぐらいはできんだろ」
真群は素早く動いて美味しそうな匂いをさせながら料理を作る焚の後ろ姿に見惚れていたら突然の声かけにびっくりする。
「うん、まぁそれはできる、けど…」
「なんだ口をモゴモゴさせて、なんか文句あるのかよ」
何でか言葉を濁すように何かを迷ってるような態度の真群に思わず振り向きさっさと言えと睨みつける。まさか米が無いなんて言わないよなとか思いながら。
「隣に立っていいの…?」
「はぁ?」
その言葉に何言ってんだこいつみたいな顔をしてしまうが思えば真群はいつも焚の3歩後ろや前を歩くことが多いなということに気づく。こいつなり気遣っていたのか?と思ったがあんなけつきまとっといて隣に立つのはダメなんて今更、焚すら言わないだろう。
でも絞り出すように言った弱々しい問い方に焚はため息すら出なくなりゆっくり真群に近づいて腕を掴み隣に立つ様に引っ張る。
「ほら、隣に立たれたぐらいで怒るかよ。さっさと米洗え」
そう言うと真群はこっちを向いてさっきまでの弱々しい顔は何処に行ったんだと言いたくなるほどの花咲いた様な笑顔を向ける。
「うん、ありがとう。…焚ちゃん」
そう言って米を洗い始める真群を少し見ていたら味噌汁の鍋が茹だってるのを見て慌てて火を止める。そして鍋を退けてフライパンを二つ並べる。一つにはアルミホイルをひいてもう一つには油をひく。そして温めているうちに卵を数個割ってボウルに切ったハムと共に入れて醤油、砂糖、塩胡椒を足して素早く混ぜる。
そして熱くなったフライパンに少量に分けて卵液を入れては巻いていく。
その間にもアルミホイルをひいた方のフライパンに塩を振って置いといた秋刀魚を置いて少しずつ蒸し焼くように中火で焼いていく。
「いい匂いだね」
すると米を炊き終わった真群がフライパンを覗く様に話しかけてくるから焚は危ないから下がってろと言わんばかりにあっち行けと肩を押す。
「ごめんごめん邪魔して。あっちで食器を出して待ってるね」
「すぐ出来るから良い子に待ってるんだな」
そう言って子供の様に待機してる真群を揶揄ってるやると真群は不満げな顔でこちらを見てくるもんだから本当に子供の世話をしてる気分になってつい顔が無意識に笑っていた。
それを見て真群は喜べば良いのか不満なのを訴えるべきか悩んで結局不満そうにしたまんまきちんと座って待っていた。
そうして数分して熱々で良い匂いが漂ってくる卵焼きと秋刀魚の塩焼きをお皿に盛り付ける。そしてそれを食卓に置いたら、避けていた鍋をもう一度少しだけ温める。その間に米をよそい秋刀魚の横に置く。温めた味噌汁を入れて2人分の夜ご飯が食卓に並ぶ。
「もう1人の分はレンジに入れとくから帰ってきたらおかずはチンして味噌汁はめんどくさがらずに鍋で温めて出してやれ。間違っても味噌汁をレンジであっためようとするなよ」
「うん分かったよ」
まるで理想のお母さんみたいなことを言うもんだから真群は少し複雑な気持ちを抱きながら笑顔で返事する。
そうして2人は向かい合って座って手を合わせて「いただきます」と言って食べ始める。
「美味しい…!」
最初は焚を気にしながらチラチラ見て食べていた真群だが口に入れるたびに広がっていく味に夢中になって食べることに集中する。
焚は最初から真群のことなんか気にしていなかった様で黙々と素早いスピードで食べていく。
そうして食器がカチカチいう音だけが広がる中2人は食事を続ける。
15分もしないうちに食べ終わり真群はもっと味わいながら食べればよかったなと後悔して焚はそんなこと気にしないでもう食器を洗う準備をしていた。
「あ、焚ちゃん流石に食器を洗うのは俺に任せて。ご飯を作ってもらったんだからこれぐらいしないとね」
「なら任せる。適当に洗うなよ、丁寧に洗えよ」
そう言って真群は焚の分の食器を持つと流しに持っていく。そして焚の言う通り丁寧に気をつけながら洗う。
「お前ん家料理しない割には食器が多いな」
「あはは、世話してくれる代わりに偶に商店街のみんながここで酒飲みし始めることもあるから自然と集まったんだよね」
真群の返事には興味なさそうにふーんと言った後食器をジロジロ見ながら焚は一つの食器を指差して「これ5万ぐらいするやつだな」なんて言うもんだから驚いて洗ってる途中の食器を落としかける。
「おじさん達なんていうもん置いていってるのさ…」
そう一言こぼしてあの人達なら気にせず置いていくだろうなと思いため息をつく。
そうして食器を眺める焚と洗い物をする真群との沈黙の時間が数分流れる。
「焚ちゃん暗くなっちゃったから送るけど…何見てるの?」
そうして洗い物が終わった真群が一つの食器を見つめる焚に話しかける。
「いやこれ昔家にあったのと似てるなと思って…。まぁどうでもいいことだ。1人で帰るから送りはいらん」
「………似てるか…そっか。いや帰りは送るよこんな時間女の子を1人歩かせたら俺が怒られる」
昔の焚(わたし)が気に入って飾っていた食器にそっくりだったからつい眺めてしまったがそんなことはどうでもいいのだ。
いくら親が焚のことを気にしていなくても早めに帰らないのと世間的な目があるから遅すぎて警察に相談されても困るから帰る準備をする。
すると真群は送っていくことを譲らない様で意地でもついてくる意思を見せる。
「はぁ…わかった」
真群が譲らないと言ったら譲らない主義なのはここ数日で身を持って理解しているだから焚も諦めて承諾して2人で家を出る。外は暗くて少し風が吹くたびに冬の名残の寒さを感じた。
「ご飯おいしかったよ。秋刀魚の塩具合に卵焼きの甘さ、味噌汁の具がいっぱい入ってる感じが俺好みって感じで本当感謝しかないよ」
「そうか。感謝すんならちょっとはつきまとうのやめろや」
「それは無理」
なんて会話をしながら2人は夜の住宅街を歩いていた。今日は何て良い日だろうと考えながら真群は前を歩いていたら間取り角に人影が見えて咄嗟に身構える。
そして曲がり角から現れたのはウィリアム先生だった。
「あれ焚に真群?」
知り合いだったことにホッと安心しながら真群は焚の方を見る。すると焚はゲッと言わんばかりに顔を顰めていた顔していた。
「……こ、こんな時間まで外におったら駄目でしょ」
「すみません先生今から帰るから許してください。ね」
ウィリアム先生には珍しく吃ってるのを見て少し不思議そうにしながら許しをもらおうと軽いノリで謝る真群に白けた目を向ける焚。
その2人を見て何かを堪える様に右手を掴んだ後ため息をついて仕方ないなぁと言わんばかりの笑顔を向けるウィリアム先生は。
「焚と真群だし。今回だけは見逃すよ。だから早く帰りなさいね」
「はい先生」
「分かってる」
そんな先生を不審な目と心配そうな目で見ながら2人はそれぞれ返事する。
「あ、焚明日の面談忘れないでね」
「…はい」
ウィリアム先生は終始何かを気にしている様だったがよくわからない2人は触れることをせずにウィリアム先生に別れの挨拶をして歩くのを再開する。
「ウィリアム先生体調悪そうだったね」
「そうだな。元気が取り柄の癖にああいう面を見るとムカついてくる」
気が狂うとでも言いたかったがそれを言うのは性格的にムカついたから、ムカつくなんて言葉を言った焚に「理不尽だね」なんて笑ってる真群がいた。
そうこう話してるうちに焚の家まで着いてしまう。焚に歩くスピードを合わしてるから早く着いてしまうことに残念な気持ちを抱き名残おしそうにして。
「じゃあ焚ちゃんまた明日ね」
そう言って笑顔で手を振る。そうすると明日も迎えに来るのかと言わんばかりの呆れた目線を送って玄関のドアを開ける。そして焚が家に入っていくのを見つめてるとドアが閉まる寸前に「おやすみ」と呟いて焚は家に入っていった。
「おやすみ。焚ちゃん」
おやすみと言ってくれたことの嬉しさを噛み締めながらもう聞こえてないだろうけどそう呟いて真群は家に帰る道を歩く。
そうして今日が終わっていった。
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