新しい町長は意外な人物

※※※


「「「「……」」」」


 フェルマから話を聞き終えた4人は皆一様にシーン、と静まり返ってしまった。


「て事は、前の町長は……」


「ええ。半年程前、今の町長に殺害されました」


「さっき言ってたみたいに、お年寄りや歯向かう人達も、にゃ?」


「そうです。今の町長のやり方に反抗した男性、そして若くて見た目の良い女性以外全員……、子ども達までも」


 フェルマがそう言いかけたところで、「ウッ……、ウウッ」と嗚咽し始める。


「私達は……、ウウ……、あの男の前に無力でした……。ウウッ……。冒険者だけでなく、町の人達も抵抗した人は居たのですが、グス……。皆抵抗虚しく……」


 フェルマが泣きながらそう話しているのを見て、エイリーはふと疑問が沸いた。


「じゃあ受付嬢以外の女性も新しい町長に捕まってる?」


 エイリーの疑問にフェルマは「いえ、そうでは無い様です」と、涙声で答え、それから指で目の雫を拭う。


「どうやら冒険者達や町長に捕まる前に何処かに身を潜めた様です。ですがその行方は私達を含め誰も知らないのです。デムバックの町の中だけでなく、外側も冒険者が捜索している様ですが、未だ見つかっていないのです。でもあの大人数を率いて、例えばファリスまで行くのは到底不可能でしょうから、多分近くで隠れていると思うのですが」


 フェルマの話を聞いて、ミークはファリスに来た2人の幼い姉妹を思い出す。


「そういや小さい子ども2人がファリスの近くの迷いの森まで来てたんだよね。お母さんを助けて欲しいって。アニタとリンクって名前だけど」


 ミークの言葉に、フェルマはびっくりした顔をする。


「アニタとリンク? あの小さなミラリスの子ども達が、たった2人でファリスまで向かってたんですか?」


 フェルマの驚嘆を聞いたラミーは「やはりミラリスの子どもだったのね」と呟く。


「というか、ミラリスも相当な手練れだった筈。その旦那も。彼等が居たのに新しい町長は倒せなかったのかしら?」


 ラミーの疑問にフェルマは悔しそうな顔をする。


「……そうです。とても敵いませんでした。だからミラリスの夫が早々に、ミラリスに逃げる様指示したと思います。当時はアニタとリンクも居ましたから。そしてミラリスは若い女性達を掻き集め一斉に何処かに逃げた様です……」


「どうして受付嬢の皆さんは残ったの?」


 エイリーの素朴な疑問に、フェルマは一言「人質として、残ったのです」と小さな声で答えた。


「私達が身代わりになり彼等の欲求を受け入れていれば、ミラリス達は逃げられるだろう、という、ギルド長の判断で。私達も了承したのでギルド長1人が悪い訳ではないのですが」


「「「「……」」」」


 またも涙をこぼすフェルマを見つめながら、それを聞いた4人は皆押し黙ってしまった。だが直ぐ、ラミーはフェルマの傍らに座り、優しく抱き締める。


「辛かったわね」


「……ええ。……ウウッ……グス」


「しかし新しい町長ってそんなに強いんだ? って事はもしかして……、魔族、とか?」


 ミークがふと疑問を口にすると、フェルマは「いえ違います。人間です」と答えた。ミークは興味深そうに「へえ~」と感心する。


「ならゴールドランクとか? いやでもゴールドランク程度ならアニタ達の両親だけでも何とかなるよね?」


「いやゴールドランク程度って……。そんな事言えるのミークくらいだよ」


 ミークの言葉にエイリーが呆れながら突っ込む。ラミーも「でもまあ、ミークはそれ以上に強いから仕方無いわ」と肩を竦めながら付け加える。そこでフェルマが「ちょっと待って下さい」と会話を止める。


「そちらの……。えーっと、黒髪の片方紅目のシルバーランクの方が……。ゴールドランクより強い、ですって?」


 フェルマが信じられないという顔でラミーに質問すると「ええそうよ」とさも当たり前と言わんばかりに返事する。


「既に辺境伯にはミークをゴールドランクにする様、精霊魔法で連絡しているわ。まあでも、ミークならプラチナランクも直ぐでしょうね」


「はあそうですか……」


 ラミーの説明にフェルマは一体何を言っているんだ? という顔をする。だが一方で、フェルマはこの黒髪の片目の紅い超絶美女が、どういう理屈か分からないが、腕を飛ばし、自身を救ってくれたのは目の当たりにしている。


「まあミークの不思議な能力についてはまた追々説明するとして、とりあえず続きをお願い出来るかしら?」


 ラミーにそう言われ、フェルマは慌てて「は、はい」と返事しコホンと咳払いする。


「仰る通り、ゴールドランク1人なら、ミラリスを含め冒険者総勢で抑え込めば何とかなります。ここデムバックのギルド長は元ゴールドランクですし、魔石屋を営むミラリスも元は相当なやり手ですし、その旦那も。でも……」


「それでも、太刀打ち出来なかった、と。相手はたった1人。しかも魔族でもないのに」


「その通りです」


 話を聞きながらラミーは顎に手を当て少し考えると、とある仮説が頭に浮かびハッとする。


「プラチナランクの冒険者は王都から離れられない……。もしかして……、新しい町長って……」


 ラミーの表情から察したフェルマは静かに頷く。


「ご推察通り、王族です」


 ※※※


 デムバックの最奥にある町長宅。事を終え相手をしていた2人の女性は湯浴みに行き部屋には居ない。

 そして彼は徐ろに、だらしない腹を揺らしながら、町長宅から町を一望出来る窓まで移動し町を眺めてみる。


「ん~。折角こんな辺鄙なとこまで来たってのに、退屈だなあ~」


 メイドも居ないので自分で水をコップに注ぎ一気飲みする。そして退屈そうに大きな欠伸をする。


「まあ女は好きだから? 好き放題抱けるのは良いんだけどさあ。でも今は受付嬢2人しか居ないし。ギルドにはフェルマって受付嬢が居るけど、あの女はもう冒険者達が好き放題しちゃってるから今更抱くのも気が引ける。ギルド長も中々新しい女を見つけて来ないし、冒険者達や警備隊にも探させているけど、元居た女達は全然見つからない。僕はハーレムを楽しみたいのに」


 もうすぐ夕方に差し掛かる。ポツポツと魔石で造られた街灯が光り出すのが見える。だが沢山立ち並ぶ家々から漏れ出ている筈の明かりは少ない。眼下に広がる家の数を見れは、本来ならもっと明るいであろう。


「ちょっと殺しすぎちゃったなあ。町ってのは人が少ないとこうも詰まらないもんなんだね。でも仕方無いじゃん? あいつ等勝てっこないのに逆らうんだもん。特に逆らった男達! 馬鹿ジャネーノ? 女抱き放題だよーって教えてやったのに」 


 はあ~あ、と思い出しながら長い溜息を吐く町長。


「……ちょっと行ったところにファリスって町があったな。そっちもやっちゃおうかな?」


 そう呟いたところで、コン、コン、と扉をノックする音と同時に外から「町長、よろしいでしょうか?」と声が聞こえてきた。「入っていいよ」と町長が返事すると、失礼します、との声と共に扉が開かれた。やって来たのは町長宅を警備している警備兵だった。入るなり頭を下げ報告し始める。


「警備隊長が急ぎ報告したいとここに来ておりますが、如何いたしましょう?」


「警備隊長が? まあ良いよ通して。暇だったし」


 町長が答えると「かしこまりました」と返事があり、既に一緒に来ていたらしい警備隊長が、既に拘束を解かれ、やや息切れした様子で「失礼します」と入ってきた。


「やあ警備隊長。どうしたの?」


「町長! 朗報です! 外部からとても上玉の女、しかも4人もやって来たのです!」


 嬉々として語る警備隊長に、町長は口角を上げ「ほお~? 詳しく聞かせてくれ」とこちらも嬉しそうな顔を隠そうとせず、大き目のソファにドカ、とその太った身体を沈めた。


「で当然、その女達は既に捕えているんだよね?」


 町長がそう確認すると、警備隊長は今度は急に気不味そうに「そ、それが……」と言葉を濁す。


「ん? どうした? いくら抵抗したとてたかが女。君達なら訳も無く捕まえられるでしょ?」


「じ、実は……。その全員が冒険者、でして……」


 打って変わって今度は緊張しながら汗をかきつつ説明する警備隊長。その内容に町長は一気に顔色が変わる。


「何だ? 僕をからかいに来たのか? 女全員が冒険者? そんな訳あるか」


 そして徐ろに立ち上がると、シュン、と一気に警備隊長の元へ移動。頭をガシ、と掴む。頭蓋骨にググっと圧力がかかるのが分かる。一瞬の出来事に警備隊長は戦慄し、ガタガタ震え出す。


「お、お待ち下さい! 実はその中に、あのゴールドランクの、ラミーが居たのです!」


 震え声の警備隊長の言葉に、町長は「ラミー、だと?」と抑えていた手を離す。


「あの、王都に居たラミー?」


 町長の手が自身の頭から離れ、安堵しながら報告を続ける警備隊長。


「は、はい! 多分そうだと思います!」


「本当に?」


「は、はい! そして他の3人が冒険者だというのもメダルを確認しました! 偽物じゃなければ間違いないかと! シルバー1人とウッド2人でした!」


 町長はそれを聞いて、またも口角を上げ嬉しそうな顔をする。


「ラミーか……。そういや確か、ファリスに親戚が居る、とか聞いた事があるな。成る程成る程……」


 ……そうかラミーが居たのか。なら警備隊長がやられてしまい、女達を逃がしてしまうのも無理はないな。


「分かった。ではその4人見つけたら即僕に報告する様に。ラミーを相手にするなら、流石に君達でも手に負えないだろうからね。僕が直接捕まえよう」


「か、かしこまりました! で、ではその……、他の3人は……」


「ああ。そうだね。まず僕が味見してから、飽きた女は君達が好きにすれば良いよ」


「しょ、承知しましたあー! では早速探して参ります!」


 警備隊長は町長の返事を聞き嬉しそうに出て行った。その後ろ姿を見ながら町長はずっとニヤニヤが止まらない。


「ぐひひ……。ラミー、ラミーか……。あれは確かに良い女だ。だが王都では手を出せなかった。王都は規制も監視も厳しかったから。同じ王族も居たからね。……あの女、王族であるこの僕が何度も誘ってやったのに、生意気にも全部無碍にしたんだよなあ。ぐひひひ……。これは僕にもツキが回ってきたなあ。あのプライドの高い女が、ヒイヒイ言う様を見れるのか……。ぐひひひ……」


 下卑た嗤いをしながら、町長は外着に着替え始める。


「ラミーは魔法使いだ。膨大な魔素を辿れば直ぐ見つけられる。あの警備隊長が見つけたとてまた逃すかも知れないし、見つけたら報告する様に、とは言ったけど、ここは僕が人肌脱ぐか」


 そう1人呟きながら、町長は窓を開けそこからふわりと地面に降り立つ。


「おっそうだ。見つけたら抑えてた魔素を開放してやろう。ラミーもそれで僕の存在に気付き怯える様が見れるだろうしね」


 ぐひひ、と嗤いながら、町長は地面にグッと力を込め、ドン、とその肥満体に似つかわしい超高速で飛び出した。


 

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