髭面禿頭の行方と漸く長い1日の終わり

 ※※※


 ファリス郊外にある通称’迷いの森’。そこは多くの動物が暮らし木の実やポーションや解毒剤等、薬にも必要な植物も生息している、ファリスの町の住民にとって生活の糧ともなる巨大な森林である。


 因みに迷いの森と言う名称は、その広大さが理由らしい。


 絶えず多くの魔物も出没する為、討伐依頼がこれまで途切れた事は一度もない。それを稼ぎの種として冒険者も多く集う。かなり辺境の地にあるにも関わらず、この世界ではそこそこ有名な土地だったりする。


 夜になると動植物は鳴りを潜め、代わりに強力な魔物が徘徊する。ブロンズランク以上の冒険者は、敢えてそういう強い魔物を狙い夜に狩りに出かける事もしばしばあった。


 この迷いの森の傍にある町ファリスが出来てからかなりの年月が経っている事もあり、森のどの辺りにどんな魔物が潜んでいるのか、ギルドでもある程度把握出来ているので、冒険者のランクと強さを確認して、出来るだけ命の危険が無い程度の魔物の討伐依頼を選択肢、場所を指定して、冒険者と相談の上依頼を受けて貰う、と言うのが、通常の流れである。


 そんな、危険な迷いの森へ1人、着の身着のまま突入してしまい、ブロンズランクでも手こずる魔物、一角狼と遭遇してしまったゴルガだったが、と偶然とある2人組が倒した事で事なきを得る。


 そしてその2人組に連れられ、ゴルガは迷いの森のとある崖の上にある大きな洞穴に来ていた。


 入り口は屈んで入らないといけない程の狭さだったが、洞穴の中は高さ5mはありかなり広い。魔石を用いた灯りが付いている為中は明るく、途中枝分かれしていてそれが各部屋に繋がっている様である。


 ゴルガは2人と共に洞穴の最奥までやって来ると、そこには木製のドアが備え付けられた部屋があった。


 1人がコンコンとノックし「お頭、入っていいですかい」と伺うと「おう、構わねぇよ」とドスの利いた声が返ってくる。


 2人がドアを開けゴルガに「入れ」と命令されたのでゴルガは素直に従った。


 中は10畳程の広さで簡易に作られたベッドと様々な装飾品が無造作に置かれており、その奥で大股を開き座りながら、木製の大きな酒瓶を片手に持つ、一際大きな男が居た。


「何の様かと思ったら、お前ら何でこいつ連れてきた?」


「いやこいつが頭に話ししたいって言うんで」


「お前ら、こいつが誰か知ってんのか?」


「まあ、一応」


 不味ったか? と2人は少し緊張した面持ちになったが、頭と呼ばれた男は「お前らもう下がって良いぞ」と言われたのでホッとしながら「失礼しやす」と頭を下げ先に出ていった。


 そして少し震えながら無言で佇んでいるゴルガに、頭と呼ばれた男は声をかける。


「おう。ゴルガ。俺が分かるか?」


「……ああ。この辺りじゃ有名だからな。討伐依頼も出てるし」


「ハッ! 討伐ねぇ」


 そう言いながら、ゴルガと同じくらいの巨躯の男は、大きな酒瓶をグイと傾ける。


 実は一角狼を倒した2人は、この頭を筆頭にした、ファリスでは有名な盗賊団だった。それを知ったゴルガは町にも戻れず困っていたので、その盗賊団の2人に、頭に会わせて貰えないかとお願いしたら、特に連れて行って困る事も無いだろうと判断した2人は、塒にしている洞穴に連れて行ったのである。


「で? 俺に会いたいって事らしいが、何の用だ?」


「俺はもう町には戻れねぇ。しかも武器も防具も何もねぇすっからかんだ。だからもし良ければ、俺も盗賊団に入れてくれねぇか?」


 ゴルガがそう言うと、盗賊団の頭、ボングは大股で座ったまま、ゴルガに顔を寄せじっと見つめる。ゴクリ、と固唾を飲むゴルガ。


「お前に何が出来るんだ?」


「お、俺はこう見えてブロンズランクだ。狩りでも何でもきっと役に立つ」


「分かってるとは思うが、俺らは盗賊だ。町の連中も襲うぞ? 顔見知りだったとしても関係ねぇぞ? お前に出来んのか?」


「これまで町にいて思い通りにいかない事ばっかだったんだ。ギルド長も俺を謹慎しやがったから大して稼げねぇ。町長も警備隊に俺を入れようともしねぇ。恨みしかねぇから町の連中襲えるってんなら寧ろ大歓迎だ」


 ほお、とボングはニヤリとと笑う。そして徐に部屋から出ていったと思ったら、大声で「おいお前ら! ゴルガ仲間にするが構わねぇなあ!」叫ぶと、あちこちからそれに答えるかの様に声が返ってくる。


「頭が良いなら構わねぇよ!」「一応名の通った冒険者だから良いんじゃねーかぁ!?」「俺はどっちでもいい!」等々、様々な声が聞こえてきたが、概ね反対意見は無いと判断したボングは、部屋に戻りゴルガの肩をポン、と叩く。


「じゃ、今日からゴルガは俺らの仲間だ。腹減っただろ。食いな」


 そう言ながらボングは無造作に置かれた、こんがり焼けた肉串をポイ、とゴルガの手前に放る。慌ててそれを受け取るゴルガ。それに食らいつこうとするタイミングで話しかけられる。


「お前町からやって来たんだよな? ちょっと聞きたいんだが、黒髪のとびきりいい女知らねぇか? 女の癖に冒険者みてぇな格好してやがるんだが」


 食らおうと思った手が止まる。そして肉串をわなわな震らせこめかみに血管が浮かび顔が紅潮する。


「……きっとそいつ、俺をコケにしやがった、あのクソ女だ」


 ※※※


 久々に胃の中に沢山の食事を入れ、大満足したミークは、ネミルに連れられこの宿屋の最上階、3階に連れて行かれた。


「申し訳ないけど、今日宿泊用の部屋は全て埋まっちゃってるの。だから私の部屋使ってね」


 ネミルにそう言われたミークは「ごめんなさい」と申し訳無さそうにするが、ネミルはニコリとして「気遣わなくて良いからね」と優しく答える。


 木製のドアを開けると、中はガラス張りの窓があり、それに沿って机と椅子が添えつけられている。横には1人用サイズのベッド、その向かい側の壁に箪笥が1つ。簡素な部屋で6畳程の広さ。天井には小さな天窓があり、星が煌めく綺麗な夜空が見えた。


「いつも仕事返ってバタンキューだから、女の子らしい装飾もしてないの。お母さんには花位生けたら? とか言われちゃうんだけど」


「いえいえそんな。部屋の中で休めるだけでも十分です」


「ねえそろそろ敬語止めてほしいな。夕食の時もずっと敬語だったし」


 プクリと頬を膨らませる様が可笑しくて、ミークがクスリと笑う。そして「うん分かった。敬語使わない様頑張る」と笑顔で答えた。その言葉遣いにネミルもニッコリ笑い「うん! そっちの方が話しやすい! ちょっと部屋で待ってて」とパタパタ1人で出ていった。


 そしてネミルの部屋に1人残されたミークは、ふー、と大きく息を吐く。


「はあー、気疲れするなー。望仁以外の人、しかも女の人とあんな長い事喋るの久々だったもんなあ。そりゃ敬語にもなるよ」


 他人の部屋なので勝手に座るのもどうかな、と気を使い、ミークは立ったまま天窓を再度見上げる。


「……星なんて見るのきっと初めてだよね。小さい頃見たのかも知れないけど覚えてないや。私の記憶じゃ、地球では厚い雲が邪魔して全く見れなかったしって……、あれ?」


 ミークはとある事に気付く。小さな天窓から覗く夜空を、天の川の様な星の列が並んでいるのが見えたのだ。ミークは咄嗟に左目を紅色に戻し望遠機能を利用し、更に上空を見る事にした。


「大気の先まで望遠……。あれ多分、銀河系の土星みたいな環だ」


 天の川の様な星の列の正体は、この星の周りに浮かぶ沢山の小隕石の塊の環だった。


「ふむ……。やはり地球と違うんだ。て事はあの環の沢山の石が、この星の重力を保つ一端を担ってるんだろうな」


 中々興味深い。これから色々調べてみよう。そう思っていたところで「お待たせー」とネミルが戻ってきた。直ぐ左目の色を黒茶色に戻し「お帰りなさい」と答えるミーク。立ったままで出迎える様子を見てクスっと笑うネミル。


「何で立ってるの? 疲れてるでしょ? ベッドでも椅子でも座ってれば良かったのに」


「いやだって勝手に座るって。でも夜空見てたから大丈夫」


 気遣いするよねー、と苦笑いしながら「とりあえずミークの寝具持って来たから」と、ドアを開けたまま寝具一式を抱え部屋に入れた。


「今日は床にこれ敷いて寝てね」


 ありがとう、と頭を下げ、ミークは部屋の中央に布団を敷いた。その間ネミルは再度部屋の外に出て、直径1mはありそうな大きな桶を部屋の中に運んだ。


 そして青色の小石を取り出し桶の上に持っていくと、そこから水がドバドバ溢れ出た。


「おおー、これが魔石を使った魔法?」


「そうそう。そしてもう1つの魔石をこう使うの」


 水がなみなみと入った桶の中に、もう1つ赤い石ポケットから取り出し、少し握ってから桶の中にトポンと入れると、徐々に湯気が沸き立つ。


「わあお湯になった。凄いなあ」


 子どもの様に目をキラキラさせ珍しそうに目の前の現象を興味深く見ているミークに、何故かネミルは得意気な表情で、「そうよ。これが魔法よ。魔石があれば誰でも使えるのよ」と胸を張る。


「おっとそろそろ炎の魔石取り出さないと。お湯が熱くなっちゃう」と桶から赤い石を取り出し手拭いで拭いてポケットに戻した。


「さ、身体の汚れも気になるでしょ? これ使って身体拭いてね」


 ああ、このお湯はそういう用途だったのか、とミークはそこで初めて気付き、既に上半身裸になっているネミルをチラ見して少し顔を紅くしながら、恥ずかしがっている場合じゃないや、と自分もいそいそと服を脱ぐ。


 お湯に手拭いをくぐらせ硬く絞り、首筋から脇の下、そして乳房に渡ってゆっくり身体を拭う。「はあ~」とつい気持ち良くて声が出てしまう。


 ……こんな風に身体を拭くなんて何年ぶりだろう? そういやお風呂でさえずっと入ってない。地表に出てからは砂埃だらけの中逃げるばかりで、寝る間も殆どなくて、こんな風に身体綺麗にする余裕なかったもんね。AIに新陳代謝速度を早めて貰って、肌の痛みやかすり傷とか、そういう処理はしてたけど。 


 お湯の温かさで身体がほんのり赤みを帯びるミークの引き締まった艷やかな裸体を見て、ネミルが「はあ」とため息を吐く。


「本当綺麗な身体ねー。めっちゃスタイル良いよね。お姉さん嫉妬しちゃう」


 ええー? とミークは自分より大きな双丘を携えるネミルを見て「いや何言ってんだろ?」と心の中で突っ込む。


 そして全身をくまなく拭き終えた2人は、ネミルの用意したパジャマに着替え、一緒にお湯の入った桶を外に運ぶ。部屋の外にはトイレがあり、残り湯をそこに流し捨てた。


「そっか。トイレもあるんだ。しかもここ3階なのに」


 キョトンとした顔でネミルが質問する。


「え? ミークのいた世界ってトイレ無かったの?」


「いや、あったんだけど……。そうだなあ。後で説明する。これ、使い方教えて」


「ああ。これも魔石使うのよ」


 しゃがむスタイルは和式トイレと同じ。ただ違うのは魔石を使って用を足した後、水を流す機能が付いている事。


「この青い魔石に手を当てて、水よ出ろ、と念じると出るのよ」


 へー、と物珍しそうにミークはトイレの中に設置してある魔石に手を当て、水よ出ろ、と念じてみた。


 するとザザー、とトイレの中で水が流れ出ていった。「おおー」と感嘆の声を上げるミークと、それを見てクスクス笑うネミル。


「本当に魔法初めてなのね。あ、でもこれ、魔素を補充しないといけないの。さっき桶に水入れた水の魔石も、炎の魔石もそう。また機会あったら魔素を補充する店に行きましょうか。そこに魔法使いもいるから」


「うん、是非」


 地球には無かった、この世界では当たり前に使われている魔法。興味が湧いて仕方ないミークは、是非色々調べてみたいと思った。


 そして2人は部屋に戻る。勿論ミークは床に敷いた布団に入り、天窓からの夜景を見たくて仰向けに寝た。


「はあ~、こんな気持ち良いお布団で寝るなんて何年ぶりだろう?」


 つい、安堵の声を漏らすミークを見て、ネミルが気になって質問する。


「ねえ、ミークが居た世界ってそんなに悲惨だったの? 食事の時も今布団に入った時も、凄く感動したみたいだけど」


「……うん。悲惨だった。地球、って言うところから来たんだけど、物凄い攻撃を沢山受けて、家族も友達も皆死んで……。私は友達と2人ずっと逃げ回っていたんだけど、結局2人共やられちゃって……」


「そうだったの」


「……一緒に居た友達は、私にとって凄く大事な人だった。ずっと一緒に居たかった。でも、私だけこの世界に来ちゃって……」


 望仁と過ごした日々。平和だった地下施設での暮らし。それが全て破壊され、最後まで一緒に望仁と逃げ惑った地表での最悪な環境。それら全てが良くも悪くも思い出。それが今日、ついさっきまでの出来事だった。


 自然とミークの瞳から涙が零れ落ちる。但しそれは右目だけ。既に部屋は暗いので、ネミルからミークの顔を見えないだろうが、その悲しげな様子は感じ取れた。


「辛かったんだね。思い出させちゃってごめんね」


「グスッ。ううん。大丈夫。でもまだ気持ち切り替えられて無くて。やっぱり色々ぐちゃぐちゃで。神様は好きな様に、って私に言ったけど、この世界で何すれば良いかなんて分からなくて。だからとりあえず世界のあちこちに行けるだろうって冒険者になろうと思っただけで……」


 取りとめなく独り言の様なミークの話を、時折「うん、うん」と相槌を入れながら聞いているネミル。


「じゃあ今日は疲れたでしょ? もう寝ようか。また今度色々話聞かせてね」


 暗くて見えないが、ベッドの方からネミルの声がそう語りかける。ミークは「うん」と小さく答えた後、直ぐ眠りに落ちた。 

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