ギルドにて初依頼を受ける
※※※
それは突然で、そして始まりだった。
「……え?」
泣き喚く望仁が傍に居るのが分かる。でも、自分の視界が何かおかしい。
「望……仁……?」
少し意識が戻って来たところで、突如左目と左腕に激痛が走る。これまで感じた事のない、気が狂いそうな程の痛みが私を襲う。
「が、あ、ああああああああああああ!!!!!」
「ミーク! ミーク! ああ、ごめん! ごめん! 僕のせいで!」
「ああああああ!!! 痛い! 痛い! ああああああ!!」
泣き叫ぶ望仁が傍らに居るのは分かる。でもそれより堪え様のない激痛がずっと私を襲ってきて、望仁が何故泣いているのか、そこに意識が行かない。
「そ、そうだ! お父様に連絡!」
望仁が腕時計タイプの通信機器を使い泣きじゃくりながら何処かに連絡しているのを見たところで、私の意識が消えた。
※※※
微かに声が聞こえる。どうやら2人? 何か私の傍で話してるみたい。
「何故また地表に出ようとしたんだ? 危ないのは承知だっただろう?」
「地下での生活が退屈で……。ミークも連れて行ったら楽しいだろうって」
「愚か者」
「……分かってる」
「まあでも不運だったのは違いない。地下施設から地表に出た瞬間、ミサイルが飛んでくるなんてな」
「僕が……、僕がミークを連れて行かなければ、ウウ、ヒグッ……。ミーク、ああ、ミーク……」
……1人は望仁かな? 泣いてる。きっと地表に一緒に行こうって誘った事を後悔してるんだ。
私は「気にしないで」と、声をかけようとしたけど、どうも上手く声が出ない。何でだろ?
「いつまでも泣くな。そして心配するな。手術は無事成功したんだからな。お前が皇族であって本当に良かったな。そのコネクションのおかげで、研究施設に依頼して取り付けて貰えたんだから。一般人であればこんな事不可能だ。間違いなく失血死していただろう。なのにこうやって命を取り留める事が出来たんだ。もっと喜んだらどうだ」
そうか。私大怪我しちゃったんだ。それで病院? に連れて来られて手術でもしたみたい。でも何か様子が変だな。
「本当にミークは大丈夫?」
「ああ。研究者の話によれば日常生活は全く問題ないそうだ。大島さんとの整合性もかなり良いらしいしな。上手く順応出来ているらしい。ただ、手術する前にも言ったが、これは実験でもある。なんたって海外には一切漏らしていない、日本の技術の粋を集めた最新鋭のAIと兵器を組み込んだんだからな」
……研究者? 実験? AI? 兵器? 一体何の話をしてるんだろ?
「いつか我々が暮らす地下施設も攻撃されるだろう。その時には率先して活躍して貰うつもりだ。大島さんが目覚めた時、その事をお前の口から伝える様にな」
「……分かった」
※※※
「ん、眩し……」
窓から朝日が差し込み、布団で寝ていたミークの顔を照らす。その光でミークは目を覚ます。
「何か夢見てた気がするけど、覚えてないや」
虚ろな表情で天井を見る。昨晩見たあの天窓が丁度ミークの上にあった。やはり昨日、この異世界に来た事は現実だった。それをまだ朧気な頭で理解する。そして状態だけ体を起こし、ん~、と伸びをする。ふと、ネミルが寝ていたであろうベッドを見てみるが、既にもぬけの殻だった。
「先に起きたのか」
そこでとある事を思い出す。
「そういや私、昨日ギルド長と戦った時からずっと、身体能力3倍のままだった」
思い出したと同時にAIに元に戻す様指示。別に日常3倍のままでも大した問題では無いのだが、その代わり通常より疲れ易くなってしまう。
「てかAI。今デフォルトでしょ? 私が地球に居た時の設定じゃないでしょ」
ーーその通りです。地球の時の設定にしますか?ーー
「勿論。宜しく。あ、身体能力は標準にしといて」
地球にいた頃は8倍に設定したのでそこだけ変更を指示。AIが了解と答え、地球にいた時と同じ設定に変えた。
要するデフォルト、初期設定のままだと、例えば戦闘時逐一AIから了承を確認されたり、口に物を入れた時、逐一説明をしたりする。すなわちマニュアル通りにAIが反応してしまうのだ。地球にいた頃はそれが煩わしかったので、ミークの扱いやすい設定に変えていたのである。
これで必要最低限、ミークから指示が無い限り、AIから話しかけられる事は殆ど無くなる。
それから、ふう、と一息ついて立ち上がり、窓に近づき外の風景を見てみる。眩しくとも綺麗な朝日がミークの全身を照らす。
「この世界にも太陽があるんだ。て事はやっぱり月もあるのかな? ま、これから分かる事だろうけど」
自動的にAIが計測した太陽光線の分析結果が、ミークの脳裏、正確にはミークの左目に映し出される。
「……地球と成分は殆ど同じ。赤外線も紫外線もある。て事は虹も見れるかも。でもこの太陽光にも魔素が検出されてる。面白いね」
地球からこちらの世界に来てからまだ1日しか経過していない。なので完全に気持ちの切替が出来ている訳ではないが、それでもこの世界に徐々に興味を持ち始めている自分がいる。
窓を開けると、そこからパンの焼ける香ばしい匂いと肉類の焼ける食欲を唆る匂いが漂ってきた。
「いい匂い。そうだ、私もお手伝いしないと」
そして床に敷いていた布団を畳み端へ寄せ、パジャマから昨日着ていた服に着替え下に降りた。
降りた途端、宿泊していた冒険者達だろうか、昨晩程ではなくともワイワイガヤガヤと騒がしく食堂が賑わっていた。忙しなく朝の食堂の手伝いをしていたネミルがミークに気付く。
「あ、お早うミーク。昨日は寝れた?」
「あ、お早うネミル。うん、お陰様で。私も何か手伝いたいんだけど」
ネミルと挨拶し話していたところで、ネミルの父親が大きな声で話しかけてきた。
「おう! お早うミークちゃん! 手伝ってくれるって!? その前に顔洗ってきな!」
「お早うミークちゃん。水場はこっちよ」
近くに居たネミルの母親がミークを案内しようと手招きする。ミークは2人にお早うございます、と挨拶してからネミルの母親に付いていった。水場は宿を出た直ぐ外にあった。蛇口が3つ程並んでいて、トイレ同様、青い小さな魔石が付いていた。ネミルの母親は手拭いをミークに渡しながら、
「そうそう。その服や装備洗いたいなら言ってね」
と優しく微笑む。ミークはありがとうございます、と頭を下げると、「じゃあ後でね」と母親は中に戻っていった。
「……良い人達だな」
身元も分からない、言ってみれば明らかに怪しいであろう自分に、ここまで色々してくれる。その事に心から感謝するミーク。いつかきっと何か恩返ししよう、そう思いながら、水よ出ろ、と青い魔石に手を触れ念じ水を出し顔を洗い、そして水を止め、手拭いで顔を拭うと「さて、私も出来るだけ手伝おうっと」と、小走りで中に戻った。
そしてミークは「何が出来ますか?」とネミルの父親に声をかけると「おう! じゃあこれとこれ、あの席に持ってってくれ!」と遠慮なく指示する。ミークは分かりました、と早速言われた通り食事を運ぶ。そして自然とミークは店内食事運搬と後片付けの係となり、引っ切り無しに出てくる料理を運び、またテーブルを片付ける。するとまた別の客が席につく、の繰り返しで、かなり慌ただしく対応に追われた。
そうすると、自然と席にいる冒険者達にミークの存在が知られる訳で、
「おい大将! 偉いべっぴんさんの従業員入れたんだな!」「……やべ。こんな可愛い子いるなら、明日出ていくつもりだったけど、暫くいようかな?」「ねえ君、名前なんて言うの?」
等々、色めきだった男達から様々な声が飛んでくる。ネミルの父親が「従業員じゃねーぞ!」と鍋を振りながら大声で返事したり、ミークがお客から話しかけられるあれこれを苦笑いで返したりスルーしたりしてやり過ごしながら、忙しない時間が過ぎていく。
2時間程すると客足も減り漸く落ち着いた。ネミルが「ふう」と一息吐いてミークに「朝は雇ってる従業員居ないのよ。助かったわ」とお礼を言うと「こんなので良かったら手伝うよ」と笑顔で返事した。。
「よし。俺らもそろそろ朝飯にするか。ほらミークちゃんも座って」
父親に促され、ミーク達は円卓に一同に座った。父親が用意したパンとベーコン、卵焼き、スープがそれぞれ並べられる。
「ほら遠慮なく食ってくれ。手伝ってくれてありがとな!」
ニカ、と笑いながら勧める父親に、やや遠慮がちながらもミークは「いただきます」と朝食を食べた。
※※※
「さて、行きましょ、ミーク」
「うん」
ネミルと共に宿屋を出る。ネミルは既に受付嬢の格好、出勤スタイルに着替えている。「気をつけてなー!」「いってらっしゃーい」とネミルの両親が見送ってくれ、ミークは頭を下げネミルの後を追った。
「ねえミーク。今日から冒険者って事だけど、ウッドランクだからいきなり魔物の討伐はしないの。採集とか、今日ウチでやった様なお手伝いとか、そういう仕事がメインになるわ。それを続けて実績を作ったら、次のランクに上がれるから。依頼の受け方だけど、ギルドでランクを伝え、受付と相談の上受ける。それを達成したら換金する。昨日ギルド長からランクバッジ貰ったでしょ? それ、他の町に行く時、一々水晶で犯罪者登録確認されなくて済むから楽よ。無くさないようにね」
「成る程分かった」
この世界に来た時、素っ裸だったミークに神様がくれた服と装備のうち、右腰にポシェットを付けてくれていたので、ミーウはそこにランクバッジを入れていたので、ポン、とポシェットを叩いた。
そして2人がギルドに近づくに連れ、ミークとネミルを見る町の人達がコソコソ話していたり、チラチラ見たりしている。ネミルがその様子に気付く。
「昨日目立っちゃったからね、ミーク。多分闘技場でのミークの立ち回りが噂になっちゃってる」
「余り目立ちたくないんだけどな」
「まあそれは仕方ないわよ。あれだけの事したんだから。しかも女で。この町じゃなくてもきっと目立ってたわよ」
この世界では冒険者は殆ど男。女の冒険者ならまず魔法使い、しかもそれでも女の冒険者は少ない。その事を事前に知っていたなら、もっと上手く立ち回ったのに、と今更ながら後悔するミーク。
「ま、知られちゃったのは仕方ないわよね。あ、着いたわね」
周りの視線を気にしつつ、2人はギルドに到着。昨日空いた壁の穴はまだ仮の板が貼ってあるままで、その横のドアを開けると、既に中には大勢の冒険者達が居るのが目に入った。
「あーむさ苦しい。朝ここ来て扉開ける時っていつも、男だらけで気分が悪くなるのよねー。夕方報告に帰ってくる冒険者達が集まってくるけど、数日かかる依頼もあったりして、朝程じゃないのよね。あー朝が一番きつい」
うげぇ、とあからさまに嫌そうな顔をするネミルを見て苦笑しながら、ミークも確かに熱気凄いな、と思いながら中に入る。
ネミルに続いて入っていくや否や、冒険者達の視線が一斉にミークに注がれる。やはり注目されてしまっている? と言うより、何かそわそわしている様にも見える。
ミークが不思議に思い首を傾げながらもネミルに付いていく。ネミルは奥のカウンターに入り、ミークは対面で向かい合った。するとネミルはコホン、と1つ咳払いすると、ニッコリ営業スマイルをミークに浴びせる。どうやら仕事モードになった模様。
「さて、ウッドランクのミークさん。今日から冒険者として頑張って下さいね。依頼ですけど、迷いの森入り口近くの薬草の採取は如何でしょう?」
ネミルの仕事モードの語り口調に、ミークはクス、としながらも「じゃあそれ、お願いします」と答えると、ネミルもニッコリ笑い、「では受け付けますね」と同じく笑顔で答えた。
「てか、薬草って何? どんなのをどれだけ集めれば良いの?」
「あ、そうね。ちょっとサンプル取ってくるわね」
そう言ってネミルは小走りで奥へ入って行った。それをカウンターで待っている間、周りでこそこそ様子を見ていた大勢の男達が一斉にミークに話しかけてきた。
「な、なあ、冒険者なんだろ? 俺とパーティー組まねぇか?」「い、いや僕と一緒に一狩り行こうぜ!」「何を言うか。僕の様な美しい男こそ、君の様な美しい女性に見合う。君の依頼、手伝ってあげるよ」
「あ、あはは……」
どうやらチラチラ見ていたのは、ミークを勧誘したかった様で。しかもこの3人に対し「チッ、手が早ぇな」「俺が声かけたかったのに」「クソ! やられた!」と悔しがる声があちこちから聞こえてくる。
そんな周りの様子はさておき、3人はそれぞれ必死な様子で言い争う。
「おい! 俺が先に声かけたんだぞ! お前らは引っ込んでろ!」「順番関係ないだろ!」「そうだ。決めるのは美しさだ」
「えーっと……」
3人のやり取りに引きながらも、どう収集つけようか悩むミーク。
「何が美しさだ! そんなんで魔物狩れるかよ!」「そうだ! 僕みたいな純粋な奴こそふさわしいんだ!」「フッ、美しくない連中は惨めだねえ」
ちょっと鬱陶しくなってきたミークは、「あの!」と大きな声を出す。
「「「はい!」」」
素直に返事する3人。
「誰とも一緒に行きませんから」
ミークの言葉に3人揃ってキョトンとする。
「「「……何故?」」」
「いや不要なので」
「いやいや! 今日初依頼なんだろ? 色々教えてやるって! それこそ手取り足取り」「そうそう! 初めてなのに1人って、しかも君みたいな美人が。危ないよ」「そうだよ。美しい君には美しい僕が傍に居てこそ引き立つのさ」
そこで戻って来たネミル、ミークが絡まれているのを見て3人をギロリと睨む。
「ミークが迷惑がっているのであっち行って下さい」
ネミルの睨みにビクっとするが、それでも食い下がる3人。
「い、いやでも! ウッドランク1人って危ねぇだろ!」「そうだよ! しかも女の子だよ!」「そうそう。麗しき美女を1人で外に行かせるなんて、ギルドも非情じゃないか?」
尤もらしい反論をするも、ネミルは睨みを利かせながら、
「いやあなた達の魂胆分かってるのよ。ミークの事は心配しなくていいから。ちゃんと危険の無い依頼を任せるから。ほら、邪魔だから行った行った」
シッシッと手で払うネミルに、3人はしょぼーん、としながらトボトボと離れていった。その様子を見てミークが苦笑する。
「手慣れてるね」
「そりゃあ毎日相手してるもの。それに冒険者は私達受付嬢に逆らったりしたら、良い依頼貰えない事も承知してるの。だから私達には弱いのよ」
そんなもんなんだ、とミークがギルドでの上下関係を垣間見たところで、ネミルが枯れた草をミークに見せた。
「さて、これが薬草のサンプルよ。これは枯れちゃってるけど見た目殆ど同じだから。でも悪いけどこれ貸せないの。だから覚えて貰って探して取ってくる事になるけど、大丈夫?」
「ちょっと貸して貰って良い?」
どうぞ、とネミルから受け取ったタイミングで、ネミルに気付かれない様、左目を紅色に変換、枯れた薬草のスキャンを数秒行い、また黒茶色に目を戻してから「ありがとう」とネミルに返した。
「場所は町を出て少し街道を歩いて、迷いの森入り口右側辺りよ。この薬草、最近よく使うから直ぐ無くなるの。だから見つかりにくいかも知れないけど、でも2~3本採取できたらそれで依頼達成だから」
「そんな少ない数でいいの?」
「ええ。初めてだしね。それに数本でも薬の原料としては充分なの」
「成る程。じゃあ早速行ってくるね」
「ええ。気をつけて。危なくなったら直ぐ逃げる様にね」
ありがとう、と答えながら、周りが未だチラチラ見ているのをスルーし、ミークは元気よくギルドを出ていった。
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