最終夜

闇に包まれる夜空の下。


他には誰もいない。


一人きりの車内。


どうしようもない悲哀と。


どこにもやりきれない後悔。


そんな永遠に続くかのような逡巡から、不意に我に返った僕は。


もう一度。


君からの手紙に目を落とした。


僕にはまだ、この命を続けなければならない『理由』があるのではないかと。


彼を赦すことができなかった『罪』を背負って、僕も『罰』を受け続ける。


それが僕が、自ら責任をとった彼に対して、果たさなければならない責任なのではないかと。


それは。


けして賢い生き方ではないのかもしれない。


それは。


けして幸福な生き方ではないのかもしれない。


それでも。


それでもきっと。


君がいまもここにいたら、君は僕にこう言うと思うんだ。


あなたが。


生きてさえくれればいいと。


『あなたの誕生日も近いね。早くスピカやオリオン、新しい家族と一緒に、あなたが生まれた日をお祝いできたらいいな』


もう二度とはもらえない君からの大切な手紙に、大粒の涙がこぼれ落ちて、僕は慌ててそれをぬぐった。


もう涙なんか涸れきったはずなのに、どうして今更こんなものが溢れてくるんだろう。


涙は、手紙の中で染みになっていった。


それと同じように、この涙が、この手紙を書いていた時の君の心にも、届けばいいのになって。


君と出逢うまで、誕生日って、なにがめでたいのかわからなかったんだ。


だって歳をとるって、少しずつ自分が死に近づいている『証』でもあるじゃないかって。


いつかの天体観測の日、そんな全てを口に出したりはしないけど、僕がネガティブな人間だから素直には喜べないでいると、君は言った。


「誕生日って、記念日なんだよ」


「記念日?」


君は、屈託のない笑みでこう答えた。


「そう。ずっとあなたに逢いたかった人が、あなたに逢えた記念日。わたしだってそう、みんながあなたに逢えた記念日が、少しずつ増えていくんだよ」


ほんとは、もしまだこの世界に君がいたら、君はきっと僕にこう言うってわかってたんだ。


だからあなたも。


自分の記念日と一緒に、誰かの記念日を増やしてあげてねって。


あの高校の天文部で初めて出逢った時から、ず~っと一緒にいたんだからね、そりゃわかるよ。


君の記念日はもう来ないけど、それでも、それでも僕にできることがあるとしたら、この世界に、この夜空の下に、『君が生きた証』を残すことなんじゃないかなって思う。


だって、君に逢えなかったら、僕はいまここにいないんだよ。


僕の中に、君が生きてるから、僕はいまここにいるんだよ。








            ◆   ◆   ◆








「ねぇ、知ってる?」


「うん?」


「星の輝きって、命の輝きなんだよ。ただの光じゃなくて、命の光。その輝きが強ければ強いほど、早く、儚く消えていくんだって」


「星の光は命の光か……なるほど、そんなふうに考えたことはなかったな。輝きが強いほど早く消えていくって、そんな光みたいな人って、人間にもいるよね」


「うん、なんか人に似てるな~って思って。この世界って、ひょっとしたら、いろんなところで繋がってるのかもしれないね」


「だとしたら、あの星の光は、僕たちに何を伝えようとしてるんだろう」


「わからない。けど、こんなに暗い夜の中でも、一筋に光る星って……」


夜空を埋め尽くす満天の星の中、君はその光を探し求めるように大きく手を広げて、振り返ると、僕に微笑んで言ったんだ。


「何かの希望なんじゃないかな」

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