第二夜

同じ高校、同じ大学を卒業して、それぞれが夢見てきたものとは違う仕事にも慣れはじめた頃、まるでそうなることが自然だったような形で、僕たちは二人で小さなアパートを借りた。


少し古くて手狭なところが問題ではあったけど、唯一僕たちが絶対に譲れなかったポイント、窓からは綺麗な星空が見れたので、生活には満足していた。


まだ二人とも給料も安くて、そんなに裕福な暮らしはできなかったけど、とにかく二人だけで新しい生活をスタートできたのが、何より嬉しかったんだ。


給料日前の一番キツいときは、いつも君が安い食材で工夫をこらした料理を作ってくれた。


掃除、洗濯、ゴミ出しなど、生活に必要な家事は、二人で当番を決めて役割分担した。


たまに些細な言い合いや喧嘩もあったけど、それぞれ違う場所で生きてきた二人が、初めて一つの場所で一緒に生きていくのだから、それはむしろ幸福の証だったのかもしれない。


日々の、喜びも怒りも哀しみも楽しさも、二人で分けあって生きていけることが、そのときは意識してなかったけど、こんなにも幸せなことだったんだね。


二人での生活を始めてからも、この街で一番高い丘での、天体観測は続けていた。


飽きるということはなかった。


むしろ、そこでのひとときこそが、日々の仕事や人間関係で疲れた僕たちの、二人だけの『癒し』になっていた気がする。


なにしろ他に誰もいなかったから、そこから見える星空の全てを二人じめできたんだ。


会話なんかなくても、君と二人同じ場所で、同じ星空を見上げるだけで通じていた。


光る星空、静謐な空間、夜の冷たい空気、僕たちはいま、同じ場所で同じ想いでいるんだって、言葉にしなくても感じていたんだ。


それはとても贅沢で、幸福な時間だった。


それからほどなくして、僕たちは結婚した。


その頃には社会人としても、二人ともそれなりに責任のある立場になっていた。


子供ができたらさすがに手狭になるから、二人で計画的にお金を貯めて、それまで住んでいたアパートは引き払い、ローンを組んで新居を構えた。


春にはお花見で、綺麗な桜を観ながら君の手作りの弁当を食べたり、夏には星空の下で花火をしたり、秋には紅葉を観にドライブに行ったり、冬には数年ぶりの雪でかじかんだ手を温めあったり、春夏秋冬、どこに行けるかじゃなく、君と一緒の時間を過ごせることが、毎日本当に幸せで楽しかった。


子宝にはなかなか恵まれなかったけど、焦らずゆっくり作っていこうねと話した。


子供ができたら、二人で星に関連する名前を考えられたらいいねと話していた。


だけど、そんな幸せの終わりは知らず知らずの内に、僕たちに近づいていたんだ。


そのとき、僕はたしかに『音』を聴いた。


手を伸ばせば、すぐそこにあったはずの。


かけがえのない幸せが、音を立てて崩れ去っていったんだ。

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