第一夜

星を見るのが好きな子だった。


僕と『君』が初めて出逢ったのは、高校の天文部だった。


それまで何にも深く興味を持つことができない自分だったけど、学校の教育理念で半ば強制的に入らされた部活で、一番波風立たないように過ごせそうだったのが、君のいる天文部だったんだ。


星のこととか、それを観るために必要な機材とか、何も知らない新入部員の僕に、星のことでは先輩だった君が、『こいつも天体観測漬けの毎日にしてやろう』ぐらいの目の輝きを見せて、いろんなことを教えてくれた。


いま思えば、天体観測で見た様々な星の輝きよりも、全く、天体について何の知識もなく、何もかもがまっさらな状態の僕に、天体の凄さ、壮大さ、美しさをどうやって教え込もうかと意気込んでいる、君の目の方が輝いていたかもしれない。


最初は嫌々ながら出ていた部活だったけど、部員もみんな理知的で穏やかな人で、僕に毎日あの手この手で星を好きになってもらおうとする君の頑張りを見てると、僕もいつのまにか全ての星座の名前や恒星の名前をそらで言えるほど、この天文部のことを好きになっていたんだ。


君の心には、自分と同じように、『星が好きな人』を少しでも増やしたいという想いが、溢れているように見えた。


そして、そんな熱意があったからこそ、それまで星に対して何の興味もなかった僕を、自分と同じ世界に引きずり込むことができたんだろう。


僕は、星に興味を持っていく過程で、君という人にも興味を持っていった。


君という人が何に喜び、何に怒り、何に哀しみ、何を楽しむのか、大宇宙の広がりは人類にとって永遠の謎だけど、君の生態も僕にとっては大いなる謎で、その日の感情によって豊かにコロコロと変わる君という人、それを見て、少しずつ理解を深めていくのが、毎日楽しみで仕方なかったんだ。


僕が君を少しずつ理解していったように、君も日々の中で、僕という人間への理解を、少しずつ深めていったんだと思う。


きっとそうやって。


人と人とはわかりあっていくんだと思う。


部活での天体観測は違う場所だったけど、君と初めて二人で星を見にいった日、君がこの街で一番好きな場所を、なぜか君は新入部員の僕だけに教えてくれた。


この街で、一番高い丘。


この街で、星に一番近い場所。


そこから見る星空は正に絶景のパノラマで、夜空に輝く幾千の星が、僕たちに「ねぇ、ここにいるよ」と言っているように思えた。


まだ高校生だった君は言った。


「お父さんにね、子供のとき、連れてきてもらったんだ。お父さんも星が好きな人でね、ここでも充分高い場所なんだけど、もっと高く高くがいい~って無理言って、肩車してもらって。おかげで、いまより子供のときの方が、一番高い場所で星に近づけたよ」


まだ高校生だった僕は言った。


「ひょっとして、つかめない星をつかもうとしてたんじゃない?」


君はぎょっとして僕に答えたね。


「どうしてわかるの!?そうそう、お父さんの肩に乗って、ぐ~って伸ばせるだけ手を伸ばすんだけど、絶対につかめないの!!すぐに近くにあるように見えたのに!!あなたって超能力者!?」


「いや、たまたまというか何となくというか。ていうか、子供のときって誰でもそういうことするかな~って。勘だよ勘」


「ほんとかな~。なんか怪しい~」


君は訝しげに冗談ぽく笑って僕を見ていたけれど、僕がほんとに君の思う超能力者だったら、どんなによかったことだろうね。


僕がほんとに超能力者だったら、あの日の君を不思議な力で助けられたかもしれないし、ひょっとしたら、ほんとに星に触らせてあげられたかもしれない。


だけど、いまの僕には、星は実際に触らないからいいような気もするんだ。


遠くで見ればとても美しい光だけど、近くに行けば行くほど、見たくないものも見えてくる、そんなものなのかもしれないから。


夢は。


夢のままだから。


美しく光るのかもしれないから。


そんなことも知らない、まだ高校生だった僕たち二人は、幾千の星が輝く美しい夜空の下で、時間が経つのも忘れて語り合った。


いつからだったんだろう。


そんなこともわからないほど。


共に。


同じ日々を過ごしてきた。


気がつけば、君のことを心から愛していたよ。

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