第4話

 一方、世界は大きく動いていた。神の名の下に国が国を侵略し、王の名の下にへきかいを越えて血が流され、怒りと嘆きの叫びが空に響く時代となる。人は生まれた地を離れ、見知らぬ場所をじゆうりんするうち、この星はどうやら球体をしていると気づくことになった。碧海をまたにかける碧海軍総督は言った。

「星が球体となると、反対側にあるはずの我が故郷はどうして空に落ちないんだ?」

 王や軍の参謀たちは、効率のいい侵略には正確な学問が必要だと理解した。きよくりよくを使ったしんえんのおかげで、星々が見えない嵐の夜でも方角を見失わずに済み、医学のおかげで兵士は栄養失調の難を逃れ、効率の良い武器が開発された。教界の力は波に削られる岩のように少しずつ弱まり、細くぐらついたものになっていき、反対に学問が徐々に力を取り戻していく。

 潤沢な資金と人材を手に入れた学者たちは研究に没頭した。この頃、人はようやく〝重力〟を発見し、数式を編み出して、土塊昇天現象以外の自然現象は、どうやらこの法則に縛られているのだという理解が広まった。

 ますます土塊昇天現象は、意味のわからない、例外的で不可解な現象としてとらえられるようになる。だが、土がただ天に昇っていくだけでは、国の益にならず侵略の役にも立たないので、この研究に関しては、資金面が相変わらず不遇だった。学者たちは口々に不満を漏らす──これほど奇怪な現象は他になく、ここにこそ神と星の間にある何かの約束事が隠されているだろうに、なぜ王は顧みてくれないのか。

 磨かれたあおきんや白石に彩られたごうしやな謁見の間で、他の学者やすうきようが並ぶ列の端も端にいながら、現象を研究する学者は震える声を振り絞って王に直訴した。

「土塊昇天現象の解明こそが急務です。この世で唯一重力に背くもの、その謎を解けば、きっと人は天を制することができるでしょう」

 天を制する。その提案は王の心をときめかせたが、他の学者、枢機卿、側近にも笑われ、馬鹿にされれば、首肯するわけにはいかなかった。

「穴の深さも求められない愚か者どもが、どうやって天を制するというのだ?」

 環境に恵まれないまま現象の探求者たちは進む。国から出発した侵略者たちの報告によると、星の裏側でも、道行きのなかに歩いたどこの土地でも、まったく同じように現象が起きるそうだ。

 以前と違い、穴から土が浮上をはじめて完全に排出が終わるまで、どのくらいの時間がかかるのか、計測自体はできるようになっていた。けれどもあり得ない数ばかりが計上され、学者たちはますます混乱した。その時間、九ヶ陰。約二八〇日もの間、土塊は穴から出続けていた。

 数式に従って時間と速度を掛け合わせ、深さを明らかにする。その数はおよそ一万三千路、星の直径とほぼ同距離だった。

「あり得ない」いかな現象を愛する物理学者も否定した。「間違いだ。これでは穴は星を貫いていることになるぞ。できるだけ多くの穴を観察して、反証せねば」

 だがどの穴を調べても結果は同じだった。気味が悪いほど数字は似通い、学者たちは背筋が凍るのを感じた。いったいこの星に何が起きている?

「我々の常識で考えるのはやめよう。土の排出時間を単純に計ってはいけないのだ」

 そうは言っても、新しい常識、既成概念を壊しまったく別の方向から見ることほど、難しいものはない。穴の深さは永遠の命題、しかし決して解けない命題として棚上げされ、学者たちは土塊にどのようなエネルギーがかかって浮上するのか、そちらの問題に取り組みはじめた。

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