片づけ、家捜し

 おじさんの家を訪れたのは、秋か冬、そのどちらかだったはずだ。その日は日が暮れるのがそれなりに早かったし、長袖を着ていた記憶がある。祖父母と父母、私の五人で家を訪れたように思う。

 やっているのかやっていないのか分からないがずっとそこにある店、それが叔父さんの家の外観だった。ダートコーヒーと書かれた看板は塗装が剥げ白と赤のうすぼんやりとした四角いものになっていたし、店先の食品サンプルは完全に日焼けて色あせていた。スパゲッティナポリタンは素パスタみたいな色になり、ピザトーストはでこぼこしたチーズトーストになった後もそこに鎮座していた。

 木造らしき二階建てで、裏には竹藪。それほど奥まった立地ではなかったけれど、こんな機会でもなければ訪れなかっただろうと思う。

 店側から家に入ると、いかにもな喫茶店の店構えがそこにあった。いくつかのテーブルとイス、カウンター。食器棚に、小ぶりな冷蔵庫が一つ。絵になりそうなその場所には、いたるところに捨て損ねたゴミ袋が積み重なっていた。特にカウンターの中には足の踏み場がないくらいにゴミ袋が押し込んであって、店を辞めてからは、そこに足を踏み入れる気が無かったんだろうなと思った。

 幸いなことに、店内からはゴミの匂いはしなかった。水気のあるものはどこにもなくて、どれもこれも埃をかぶり、乾ききっていた。

 手始めに取り掛かったのは、そのゴミの数の把握だった。何袋あったかは覚えていないが、業者に回収してもらうほどではなかったのだと思う。流石に分別はしてあったし、体調を崩してから先の分しか残っていなかっただろうから、殆どを持ち帰って捨てた記憶がある。

 ひどかったのはその直後に取り掛かった冷蔵庫の中身の始末の方だった。

 死の直前に買ったであろう賞味期限が切れた冷やし中華が、一番ましな物だった。卵はケースの中に入ったままひび割れていて、中身が完全に乾いていた。白と黄色のセロファン。水分がすべて失われたそれは、殻と薄皮だけになっていた。人参も、形が残っていなかった。にんじんと書かれた袋には黒い何かが入っていて、冷蔵庫の棚板にへばりついた。おそらくは腐り溶け乾ききったあとの姿なんだろう。でなければ、おじさんは土を冷蔵庫に入れる異常者ということになる。

 冷凍庫の方は、完全に霜で覆われていた。少し隙間がある状態で放置するとこうなってしまうらしい。霜を取り除いて中をのぞいたが、氷枕が一つだけ入っていた。

 浴槽と居間は、印象に残っていない。何もなかったんだと思う。綺麗に使っていたんだろう。

 昼前くらいに、一階の片づけは終わったように思う。開けずに残されていたお歳暮お中元の中から、シーツやタオルなど腐らないものだけを車に詰め込んでいた気がする。車へ戻って、車内で軽く昼食を取った。家の中で食べる気は起きなかったんだろう。


 二階へ上がったのは、午後になってからだ。普段おじさんが寝ていた場所で、死んだ場所だ。二階の、畳張りの部屋。四畳半が二間ほど、片側はタンスと押し入れがあり、もう片側には亡くなった時のまま、布団が敷いてあった。枕元の焦げ跡と、吸い殻の山が築かれた灰皿を見て、驚いた気がする。火事にならなくて良かったと。

 草臥れた布団と、シーツ。若干色が黄ばんでいた。流石に、人が最後まで過ごしていただけあって、かすかにだが臭いがあった。アンモニアと、湿布の臭いが残っていた。

 窓際には、釣りのロッドが数本立てかけてあった。その近くに疑似餌や針の入った釣り具箱。誰も価値が分からなかったから、そのままそこにおいて帰ったと思う。これに関しては、少しもったいなかった気もする。

 押し入れの中にはレコードと、カセットテープがあった。ラジカセもあったので、それと一緒に持ち帰った。70年代か80年代か、おそらくはそのあたりの流行歌が入ったものが数本。

 そこでやめておけばよかったのだろう。でもその時の私は、まだ何かあるのではないかと、押し入れの奥を探った。

 あった。官能小説があった。緊縛ものが、数冊。その時、改めてというか、ようやくというか、自分がしたことがとてもひどいことなのではないかという気持ちになった。死人が、一番見られたくないものを掘り起こしてしまったのではないかと、申し訳ない気持ちになった。ちゃんと隠してあったのが余計につらかった。苦笑いして、その本はゴミ袋に入れた。

 あとはもう、流れ作業だった。必要なものは車に積んで、業者に片づけてもらうものは袋に入れるなりしてまとめて、一階の喫茶店部分に置く。その繰り返し。

 家はそれなりに広かったけれど、使われている収納スペースは少なかった。寝床の押し入れと、一階の居間にあった食器棚の中、何か物が入っていたのはそこくらいで、他はほとんどが空っぽだった。一人身で、家の広さを持て余していたのだろうと思う。

 業者への連絡は思ってた以上にすぐに終わって、日が暮れる頃には撤収の準備が整っていた。案外、というか、思い返してみても、かなりあっけなかった。これがおじさんの、死んだ後の後始末。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る