第4話 ――師曰く

 阿久津真緒に『友達』を立候補してから一週間。

 とりあえず俺は、差し当たって『押して押して押しまくる』という方針で行動することにした。


 俺のプロファイリングによると、阿久津真緒は友達が欲しいが、しかし人間関係を構築してきた経験が薄いため自分からはどうすればいいのか分からないタイプなんじゃないかと思われる。

 従って、こっちから押しまくればあっさり陥落するはずだ。


 こういうので大切なのは、勢い、しつこさ、がむしゃらさである。

 そんな理念と共に、俺は以下のように行動を開始したのである。


 ――例えば。


「友達が欲しいか? 友達が欲しいか? 友達が欲しいなら……なってやる!」


 と、背後から忍び寄って厳かに耳元でそう囁きかけたり。


 ――例えば。


「問おう。あなたがわたしの友達か?」


 と、阿久津真緒が尻もちをついたところを見計らって、彼女を見下ろしてそう問いかけてみたり。


 ――例えば。


「友達王に俺はなる!」


 と、真正面から阿久津真緒に宣言してみたり。


 その他にもあれこれやってみたのだが、その結果はというと芳しくない。


「うっせぇわ!」


 と言って殴られたり、


「キモい!」


 と言って投げ飛ばされたり、


「ウザい!」


 と言って蹴り飛ばされたりする始末。


 当初はチョロいものだと思われていた阿久津真緒の牙城は、どうやらなかなか切り崩せそうにない様子であった。


 ちなみにこの一週間でのリザルトだが、殴る蹴るの暴行を受けること四十七回、『キモい』と言われること六十五回、『ウザい』と罵られること八十九回、『うっせぇ死ね』のコンボに至ってはなんと百十三回という結果である。我ながらなかなか立派な成績を残したものだと思う。


 しかしこれだけ苦心惨憺さんたんしても阿久津真緒が心を開いてくれる様子もない。

 いい加減手詰まり感もあったため、俺はちょっと人の智慧を借りることにした。


  ***


「巳次……あんたバカぁ?」


 とあるマンションの一室。彼女は呆れた声でそう言ってきた。


 彼女というのは、俺の師匠のことである。フルネームは槙島芽瑠。二十六歳独身のゲームクリエイター。


 ゲームクリエイターといっても、任〇堂とかで働いているとかではなく、個人で制作したゲーム(エロいやつ)を発表してそれで食ってる人間だ。まあ要するに、同人屋というやつであった。


 ちなみに巳次というのは俺の名前である。葛谷くずたに巳次みつぐというのがフルネームだ。


「周りに壁作ってる人間相手に、そんな押せ押せで行ったところで嫌われるに決まってんじゃないのさ。それをバカみたいに猪突猛進ばかりして、それで相手が心を開くとでも思ったのかい?」

「いやぁ、でもあいつ友達欲しがってたみたいだしさ。だから押せばなんとかなるかな、と」

「相変わらずおめでたい頭してるわねあんた」


 そう言って師匠はため息を漏らすと、取り出したタバコを咥えて火を点ける。

 それから「プハァー」と煙を吐き出してから口を開いた。


「いいかい巳次。だいたいの人間ってやつは、長年の振る舞いってやつをおいそれと変えたりすることはできないもんなのよ。その子――阿久津真緒だっけ? 彼女だって、周りに対してこれまで自分の殻に閉じこもって刺々しく接してきたなら、いきなり人と仲良くしようったってそう簡単にはいかないでしょうよ。それを無視してぐいぐい行くのは得策じゃないってのは分かるでしょ?」

「まあ、一応は」

「だったらどうすりゃいいのか、ちょっと考えりゃ分かるでしょ」

「ふーむ……」


 師匠に言われて、俺は腕を組んで少しだけ考える。


 周りに殻を作っている人間との接し方か……。殻を作って閉じこもってるってことはつまり、アレだな。


「強引に殻をぶっ壊せばいいんだな!」

「…………」


 師匠が、「ダメだこいつ」とでも言いたげにタバコを咥えたまま天井を仰いだ。

 ……俺はなにか間違ったことを言っただろうか?


「まぁ、うん、器用なやり方とかあんた向いてないもんね。図々しいし鬱陶しい上に面の皮が分厚くて押しつけがましいところはある意味あんたの良いところだから、あとは勝手に好きになさいな」

「あの師匠、全然褒められた気がしないんだが?」

「そりゃ貶してるもの」

「なるほどなぁ。俺としては、たまには褒められたいもんなんだが」

「褒められたいなら、褒められるだけのことをしたらいいじゃない」


 師匠の場合は、その『褒められるだけのこと』の基準が高すぎるんだけど。

 それから師匠はモニターへと向き直り、カタカタとスクリプトを組む作業に戻りつつ問いかけてきた。


「てか、やけに熱心にその子のこと口説くじゃない。なに、惚れたの?」

「いや別に、そういうわけじゃない。ただ、友達がいなくて困ってるみたいだったからな」

「……はぁ? そんな理由で?」


 モニターへと身体を向けていた師匠がこちらを振り返る。

 その表情は、意外とでも言いたげなものであった。


 しかし、そんな反応をされるのは俺としても心外である。


「そもそも先に言い出したのは師匠の方だろう? 『別に恩返しなんてしなくていいから困ってる女がいたら助けてやれ』って、昔俺に言ったろう?」

「確かに言ったが……」

「その時、俺も『じゃあそうする』って約束したからな。だから阿久津が困ってたから、俺は阿久津を助けてやるんだ」

「お、おう、そうか……」


 俺は師匠には大恩がある。

 比喩でも誇張でもなく、師匠には人生を救われたとすら思っている。実の親以上に、師匠は俺に『親らしいこと』をしてくれた人だ。


 そんな彼女には返したくても返しきれないほどの恩があるのだが、恩返しさせてくれと言ったところで『なんも思いつかんからいらない』と以前言われてしまったのである。

 それでもなお、何かさせてくれと頼み込んだところ、先のセリフを言われてしまったのだ。


「と、いうわけで。俺が阿久津真緒を助けるところを師匠も見ててくれ!」

「お、おう、そうか……まあ勝手にやっててくれ……」


 なぜか師匠は微妙な顔つきでそう言うと、「やれやれ……」と頭を掻きながら作業の方へと戻っていくのであった。


  ***


 一方その頃。


「えへへへ、明日も葛谷くん、話しかけてきてくれるかなっ」


 阿久津真緒は自室のベッドでごろごろしながら、そんな風に表情を緩ませているのであった。

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