第2話 病める時も健やかなる時も今日から俺たち友達だ!

「阿久津真緒! 俺が友達になってやる!」


 翌日、俺はさっそく行動を起こした。


 朝の通学時間中のことであった。朝早くから学校を訪れた俺は、校門前に陣取って、ある人物の登場を待ち受けていた。

 その人物とは当然、阿久津真緒のことである。校門のど真ん中に堂々と仁王立ちする俺に、他の生徒たちは不審人物でも眺めるような目を向けては横を素通りしていったが、そんなものは正直どうでもいい。俺の目当ては、阿久津真緒ただ一人だけである。


 そうして俺が待ち受けていると、やがて阿久津真緒が姿を現す。

 そんな阿久津真緒に向けて、俺が先の言葉を堂々と告げてみたところ、


「……」


 ゴミを見るような目を一瞬こちらに向けてきたかと思うと、彼女はモノも言わずに俺の横を見事に素通りしていった。


「阿久津真緒! そこのヤバい目つきの美少女のお前! 俺と友達になろう!」


 めげずに俺は振り返ると、阿久津真緒の背中に向かって改めてそう告げる。

 周りの生徒たちからはヤバい奴を見る目を向けられていたが、まあそんなものはどうでもいい。肝心なのは、阿久津真緒の反応だ。


 そして、彼女の反応はといえば。


「……チッ」


 ちらりとこちらを振り返り、舌打ちをして、そのままスタスタと俺の前から立ち去ろうとしていた。


「ふぅむ、手強い……」


 思わず俺はそう呻く。

 だが、こちらを見て舌打ちまでしたということは、先ほどよりも彼女の反応を多く引き出せているということでもある。すなわち、これは立派な前進・・であると言えなくもないだろう。


 そもそも、三顧の礼という言葉も世の中にはあるぐらいである。

 たった一度声をかけたぐらいのことで、友達になれるわけもないだろう。と、なれば、俺がこの先やるべきことなど決まっていた。


 俺は立ち去ろうとしている阿久津真緒の目の前まで回り込んで、ニカっと彼女に笑いかけた。


「病める時も健やかなる時も今日から俺たち友達だ!」

「うっせぇわ!」

「ぶほぇ!?」


 渾身の右ストレートが俺の左頬に突き刺さった。

 衆人環視の中思い切りぶん殴られた俺は、見事にすっ飛んで地面をずりずり転がっていく。地面に擦れた背中が痛い。こいつ、なかなかのパンチ持ってやがんなぁ。


 そんなことを考えながら阿久津真緒を見上げると、彼女はぷりぷり顔を真っ赤にして、こちらへ向かって怒鳴り散らしてきた。


「誰アンタ!? さっきからなんなん!? 友達友達うっさいんだけどマジでウザい! 死ね!!」

「お、おう、すまん。じゃあ小声で言うわ。……阿久津真緒、俺と友達になろう?」

「そういう! 問題じゃ! ない!」


 地団駄踏みながら阿久津真緒が文句をつけてくる。

 ……それじゃあどういう問題なんだぜ? と首を傾げつつも、俺は殴られた頬を撫でながらとりあえずその場で立ち上がった。


 ちなみに周囲では、誰も彼もがこちらを遠巻きに眺めつつ、「阿久津がまたなんかやってる……」「相変わらずやべぇ奴」「人殴るとか、最低……」なんて囁き交わしていた。

 ……うーむ、どうやら良くない誤解を周りの人間にも与えてしまったような気がする。


 俺は周囲への誤解を解こうと思って、阿久津真緒におもむろに近づくと、そのまま彼女と肩を組む。

 それから右手の親指を立てサムズアップすると、周囲に向かってこう告げた。


「なぁに、今のは友達同士のほんのささやかなじゃれ合いだ! いつものことだし、別にこれぐらい大したことないぜ!」

「うっぜぇわ!」

「ぐぼぇ!?」


 肘を跳ね上げて阿久津真緒が的確に真下から顎を打ち抜いてくる。

 脳が……脳が、揺れる……。こんなテクニカルな業まで持っているとは、阿久津真緒、侮れん……。


 堪えきれずにその場に崩れ落ちる俺を見下ろして、阿久津真緒は今度こそ本気の怒りを表情に浮かべ怒鳴ってきた。


「誰がアンタなんかと友達になるか! バカ! アホ! バカ!」


 ……語彙力~。


 そんな風に思う俺だが、脳が揺れてるせいで舌がもつれて回らない。立ち上がろうとするけれど、上手い具合に手足が動かない。


 動けないでいる俺を見下ろして阿久津真緒はさらにもう一度、「ふんっ!」と鼻を鳴らしたかと思うと、そのまま踵を返して今度こそスタスタと立ち去って行った。

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