第6話 ぽんっと飛び出るフェンリルさん

「君がモモだね! 僕、ロイ・テトランテって言います」


 桃が異世界に転移して1週間、学院の廊下で急に声をかけてきたのは、銀髪に眼鏡の小柄な少年だった。


「お友達になってください!」


 桃の返事を待たずに、手をつかみ一方的に握手をする。


「あらまぁ積極的ね。もちろんオッケー!」


 桃も別に悪い気はしない。この学院で桃はまだ遠巻きに見る者が多いのだ。異世界人がその莫大な魔力を使って何をするかわからないと警戒されていた。


「僕、貴女のこともっと知りたいんです!」

「愛の告白じゃん!」

「異世界のこと、もっと知りたい!」


 グイグイと両手を握って桃と距離を詰める。目がキラキラとして、彼の情熱が伝わった。


「今から授業だから夕食後でもいいかな?」

「もちろん! ありがとう!」


 嬉しそうに手をブンブン振りながら廊下を走って去って行った。


「テトランテ商会の御曹司ね」

「お金持ち? どっかのお貴族様より感じいいじゃん」

「あらいやだ。貴族が皆だって思わないでちょうだい」


 リディアナは不満気に言う。彼女も貴族の一員だが、誰にでも公平で、品の良さ以外は少しも貴族と感じさせるところはなかった。


「モモ、リディアナが特殊なだけってこと忘れちゃだめよ」

「まあピコーネ! 私のことは認めてくれるのね」

「ぐっ……まあ、貴女がいい人だってことは認めざるをえないけど」


 リディアナとピコーネは桃を通じて仲良くなった。これまで接点が少しもなかったが、同じ世話係として行動をともにすることが多かったのだ。

 ピコーネは貴族であるリディアナに近づこうとは思わなかったし、リディアナはガードの堅いピコーネと話す機会をうかがっていた。

 そしてそんな2人のやりとりをニヤニヤとみているのが桃だった。


「青春だねぇ~」

「もう、茶化さないでよ!」


 少しだけ顔を赤らめたピコーネは1人先に次の教室へと向かっていった。


 本日の午後最初の授業はお馴染み、『召喚術』だ。実は桃を召喚して一週間、臨時休講していた。


「えー……本日は予定とは少し変わりますが、チョピーカの召喚を行ってもらいます」


 ベルガーの歯切れが悪いのは桃の視線が気になるからだ。ここ一週間、あれこれ桃が元の世界に帰る術を模索したが、全く成果が出なかった。

 だが桃がベルガーを凝視しているのは、単純にこの授業が楽しみだったからだ。


(めっちゃ楽しみ~! でもチョピーカってなに?)


「チョピーカは小さな魔法動物でね。子ネズミ……って、モモの世界にいるかしら? それに羽が生えてるんだけど、まあ愛玩動物だから前回のような心配はいらないでしょ」

「召喚陣は先生の手書きなのねぇ。モモのことがあったからしかたないけど」

「とりあえず安全策ってやつね」


 ベルガーは生徒一人一人に召喚陣が書かれた紙を手渡しして、再度魔力の込め方を指導していた。


「召喚陣の中心に手を置いて、中心から外側へゆっくりと少量魔力を流し込んでください」


 今日のはかなり難易度が低いものだった。それだけベルガーは慎重になっているのだ。


(なんだか悪いことしちゃったわね)


「まずは皆さん、召喚の感覚を覚えましょう。では、始めてください」


 生徒が一斉に召喚陣が書かれた紙の上に手を置く。陣が光を上げ、ポンっと音を立てて次々チョピーカが現れる。


「さあ、召喚した人はチョピーカをうまくコントロールしてくださいね。飛ばしたり、くるりと回転するよう指示を出してみてください。5分維持できれば十分です」


 簡単そうに見えたが、意外と生徒たちは苦戦していた。飛ばすといっても自分が思ったより上空に飛ばし過ぎたり、回転しつづけたり、すぐに消えてしまったり……。


「流石アレン! グレンハイム家はやっぱり違うな!」

「ふん」


 アレンはベルガーが言った通りのことをうまくこなした。家名に恥じない実力は持っていたのだ。

 リディアナも、もちろんピコーネも今日の課題はなんなくクリアしていた。


「……できそう?」

「いける……いける気がする!」


 桃は召喚に苦戦していた。莫大な魔力を持つ桃はだとかという表現を実行するのがまだ苦手だった。


「ふー……」


 一度深呼吸をし、再び召喚陣へ向き合う。集中力を高め、周囲の音が聞こえなくなる。ゆっくりと、丁寧に、召喚陣に手をつく。掌の中心から、指先、そしてその向こうへとじわじわ広がるように魔力を流し込んだ。


(できた)


 そう確信したと同時に、ぽんっと小気味よい音と一緒に現れたのは……、


「フェンリル!!?」


 声を上げたのはピコーネだった。


「うそ!?」

「どこどこ!?」


 生徒たちが騒がしくなる。もちろんベルガーはすっ飛んできた。


「な、なんで!?」


 チョピーカ専用の召喚陣からフェンリルが現れるわけがない。そんなわけがないのに、とあたふたしていた。


「可愛い~! これは……犬?」

「フェンリルねぇ」


 リディアナは動じていなかった。桃がやればそんなこともあるだろうと思っている様子だ。子ネズミサイズの白い犬がふよふよと楽しそうに桃の周りを空中で駆け回っている。


「やっぱりあいつは魔人だ!」

「まともじゃない!」


 アレンの取り巻きがまた口々に悪口を言い始めた。


「はあ~?」


 と、桃が反撃しようとしたその時、小さなフェンリルの口が開いたかと思うと、そのサイズからは考えられないような砲撃音が教室内に轟いた。


「うわぁぁぁぁ!!!」

「きゃー!!!」

 

 悲鳴が響く。


「お座り!!!」


 桃も驚いて急いでフェンリルに命令を出すと、すぐにそれに従いちょこんと机の上に座った。しっぽをブンブン振っている。


「めっ! めっだよ!」


 フェンリルは叱られてしょんぼり耳を下に垂らした。キューン……と切ない声を上げている。


「かばってくれたことは嬉しいけど、ちょっとやり過ぎよ」


 そう言いながら優しくなでた。そうするとまたフェンリルは少し納得したようにまた尻尾を振り始めたのだ。


「すまないが、フェンリルはお帰りいただいてもいいかな……」


 ベルガーは大汗を流しながら桃に頼む。


「はーい! またね!」


 そう言うと同時にフェンリルはスッと光を放って消えた。 


 生徒たちはベルガーの防御魔法できっちりガードされていたが、全員表情が引きつっている。その表情を見て桃は、


「私の行くところ悲鳴あり、ね!」

 

 と言っていつものように誤魔化すように笑った。



 

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魔法学校の授業の一環として異世界に召喚されました 桃月とと @momomoonmomo

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