第3話 絡まれるのは転校生の宿命?

 学院の寮はおしゃれなマンションのようだった。1階は広いエントランスと大きな食堂、自習室やソファーが置かれたくつろぎスペースもある。少し奥に進むと左右に分かれた豪華な手すりのある階段があり、右手が男子、左手が女子の個室に続いていた。


「ここが貴女の部屋よ~」

「どうもありがとう!」


 案内してくれたのは、先ほど召喚術の授業に参加していた生徒の1人、リディアナ・ローレイだった。淡い茶色のロングヘアに緑色の綺麗な瞳を持っている。校長に呼び出され、桃の世話役に任命されたのだ。


「めっちゃ広くない!?」

「そうかしら?」


 桃は寮と聞いた時、まさか1人部屋とは思わなかった。大きなベッドに勉強机、クローゼットがあるが、少しもせせこましさもない。この学院は高額な学費をとっているだけあって各部屋も立派だった。


「余裕でフラフープできる空間あるし!」

「?」


 桃は楽しそうにクローゼットを開けたり、ベッドに座って堅さを確認した。


「ここがトイレよ……使い方はわかるかしら?」

「形が同じだから大丈夫そう」

 

 リディアナは事細かに寮のことを教えてくれた。


「私を赤ちゃんだと思ってね! この世界の事なんにもわかんないから!」

 

 と、初対面で言われたのもあるし、リディアナが教えることを何でもニコニコと聞いてお礼を言われるのが嬉しかった。


「荷物を置いて食堂へ行きましょう」

「やったー! 昼ごはん~!」


 桃はお腹がすいていた。先ほど出されたクッキーは全て食べたが、午前中ハードな運動をした成長期の体にはとても足りない。


 先ほど見た食堂は、昼食時間にしては少し遅いせいか利用者は少なめだ。だが、桃は先ほど召喚術の授業で見た顔を確認した。


「よく覚えてるわね~。あの後私達も色々調べたり調べられたりしてたのよ」

「私の事、魔人だって言ったヤツだよね?」


 桃がフォークで金髪の青年の方を指すと、


「まあ! お行儀が悪いわ。それに失礼よ」


 と、注意をされた。


「……ゴメンナサイ」


 素直に謝るモモにリディアナは満足気に頷いた。


「彼はアレン・グレンハイム。名門家系の人間なのよ。能力もプライドも高いわ。……あまり関わらないほうがいいかも」

「へぇ~」


 桃はミートボールを頬張る。何の肉かはわからないが美味しい。


「グレンハイム家の魔法使いの機嫌を損ねると圧力をかけられたりするの……」

「へぇ~」


(あ~食べ物が美味しくてよかった~!)


 リディアナの忠告は聞いていたが、気にはしていなかった。それよりも食後の予定の方が楽しみで仕方がない。リディアナに学院内を案内してもらうのだ。


「やぁリディアナ。召喚獣の調伏は進んでいるかい?」


 アレンの取り巻きの2人もクスクス笑っている。


「アレン! なんてことを……!」


 桃はリディアナでもこんな怒った顔をするのだと眺めていた。先ほど桃が注意された時と全然違う。会ったばかりだが、彼女は常に穏やかな表情で、初めての世界にいた桃にとって一緒にいてとても落ち着ける雰囲気があった。魔法の一種ではないかと思ったくらいだ。


「私達のせいでモモは家に帰れないのよ! そのことちゃんとわかっているの!?」

「フン。それは監督する学院側の責任だろう」


(リディアナ、優しいな~)


 さっきアレンの実家が取り扱い注意だと教えてくれた。なのに自分が全面に出て桃を守ろうとしてくれている。そんな彼女が自分の世話をやいてくれてありがたいと、指名してくれた校長の人選を心の中で褒めた。


(グッジョブ校長!)


 しかしこのままリディアナに頼ってはいけないだろう。いつ帰れるかわからないし以上、自分で出来ることはやらなければ。


「なぁにアンタ。私に惚れちゃったの?」

「……は?」

「好きな子ほどイジメたいタイプ?」


 何を言っているのかわからないという表情だ。取り巻き達もポカンと口を開けたままにしている。


「でも残念~! 私、アンタみたいな肩書きだけで生きてるタイプはちょっと……中身を磨いてから出直してくれる?」

「なっ……!」


 やっと言葉が脳にまで届いたようで顔がどんどん赤くなる。


「か! 勘違いも甚だしいぞ! グレンハイム家の魔法使いがお前のような素性の怪しすぎるヤツに惚れたりするわけないだろ!?」


 背の高い取り巻きの青年が固まってしまったアレンの代弁を買って出たようだが、


「あれ? アンタも私のこと好きなの? 困ったなぁ~」

「なんでそうなるんだ!?」


 矛先が自分に向いて焦り始めた。


「ふざけるな!」

「はあ? アンタ達から仕掛けてきたんでしょ~」


 不敵な笑みを浮かべる桃に、アレンは悔しさを隠せない。大体の魔法使いは、アレンの家名を聞いただけで尻込みするのに、桃は全く意に介していない。それもそうだ。アレンの家に睨まれたからと言って桃や桃の家族が不利益を被ることなどありえない。肩書が全く通用しない相手なのだ。それに気づいたアレンは急に不安になった。


「しょうもないことする暇あったら召喚術でも勉強すれば? そしたら私みたいな召喚獣が出てくることも減るだろうし」

「ぐっ……」


 そもそも言い返されることなど考えもしていなかった彼らは、すぐに尻尾を巻いて食堂を出て行った。


「口ほどにもないわ!」


 そんなセリフを言う日がくるとは……異世界はなかなか面白い。そう思う桃だった。

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