依頼。

 夏休みの出張依頼まで残り一ヶ月を切っているわけだが、他にも依頼が無いわけではない。

 そんな訳で、纒となぎさは房総半島にあるとある神社に来ていた。


「いや〜、自然豊かで良いところだね」

「え、ちょっと怖くないですか?これ」


 あたりは豊かな緑が溢れていて、なぎさの視線の先には太平洋の青い海が広がっている。この位置から見れば絶景なのだが、数歩踏み出した先にあるのは断崖絶壁だ。

 件の神社はそんな崖のすぐ上にあった。ささやかなお社だけではあるのだが、潮風の吹き付けるこの場所で綺麗な姿を保っているのだから、きっと頻繁に手入れされているのだろう。


「んーと、ここは昔に少女の投身自殺があった場所らしいです。

 それから夜になると飛び降りる少女の霊が見えると噂が流れ出したみたいですね。

 そんな少女を哀れに思った地元の人たちが慰霊の為にこのお社を建てたそうです。

 お社が建てられてからは少女の霊が見られることは無くなったそうなのですが

 最近になって苦しげな顔の少女の霊の噂が出るようになって、遂に二週間前にここで起こった女性の身投げを皮切りに次々とって感じらしいです。

 不審なことにそのうちの数人には鋭利な刃物による物と思われる切り傷があったとか」

「ん~、なるほどね

 なぎさはどう思う?その話についても、この場所についてでも」


 資料を読み上げたなぎさは、その質問にしばし黙り込む。

 辺りをゆっくり見回して、それから慎重に口をひらいた。


「そうですね…

 実際、ここ最近自殺者が急増しているのは事実らしいので話に一定の信憑性はあるとおもいます。場所に関しては、正直夜にならないと何とも。

 今の段階だと嫌な予感もしないですし、霊力の乱れもないのでただ景色がいいところだなって」

「うん、いい判断だと思うよ。確かに霊力に異常はないし、嫌な気配もない。

 ただ若干霊力の濃度が濃いかなってくらいかな」


 なぎさの意見にほんの少し訂正をしながら、纒はうなずく。

 霊力とは、神や霊、怪異など人とは異なる超常の存在が有するエネルギーの総称である。一般人には感じることのできないそれについてほぼ正確に読み取ったなぎさの成長に満足しながら、「それじゃあ、夜まで観光しようか」と纒は言うのだった。



 ❖ ❖ ❖


「海鮮丼美味しかったね〜」

「ですね〜

 特にマグロとエビが最高でした!」


 昼に食べた海鮮丼の話で盛り上がっている纒となぎさがいるのは、夜闇に沈んだ崖際の小路であった。

 月明かりだけが照らすその細い道を二人は迷うことも恐れることもなく歩いていく。


「纒さん、あれ」


 青白い月明りに照らされた社の前、そこには一人の少女が立っていた。

 初夏とはいえ夜はそこそこに冷える。しかし、その女の子は白を基調とした薄手のワンピースのみを着ているよう。

 その光景は明らかな異常であった。


「出たね」

「はい。霊力も前来た時とは全然違います」


 先ほどまでののんびりした会話からは想像もつかないほどの緊張感がその場を支配する。

 霊力の濃度も昼間とは段違いに高い。


「思ってたより強いな

 こりゃ耐性ない人は普通に引き込まれる」


 そう言いながら纒は流れるような動作で懐から二枚の何らかの模様が書かれた札を取り出し、目にも止まらない速さで振る。

 すると、如何な奇術を使ったというのか。

 その手にはいつの間にか札の代わりに刀と薙刀が一振りずつある。

 薙刀の方をなぎさに手渡して、刀を鞘から抜き放つ。

 まるで月光に青白い仄かな明かりを自ら発する不可思議な刀身があらわになる。

 それはなぎさの持つ薙刀も同じ。


「さあ、祓ってしまおうか」


 場に合わない気軽な口調で纒はそう宣言したのだった。


 その宣言の意味を理解したのか、それとも雰囲気で察知したのか。

 少女が血の気の感じられない右腕を対峙する二人に向けてゆったりとした動きで掲げる。

 瞬間、少女の周囲の霊力が爆発的に膨らむ。

 それを感じ、纒となぎさは半ば反射的に掲げられた手の直線上から飛び退く。

 刹那の後、一瞬前まで二人の居た場所を猛烈な突風が襲う。

 仮に直撃していたら、今頃は崖の下だっただろう。そう感じさせるほどの暴風だった。


「纒さん」


 目線は外さずに話しかけるなぎさの左頬には鋭利な刃でつけられたような深い切り傷。そしてそこから流れ出る鮮血。


「なるほど。遺体の裂傷はそれか」

「ええ、霊力で形成された不可視の刃が風に混ぜられています」


 冷静に状況を分析したなぎさが頬の傷を親指で、流れた血を拭うように撫でる。

 撫でられた後の頬には流れた血の跡があるだけで深かった切り傷は何処にもない。

 慣れた手つきで霊力による治癒をしてのけたなぎさの技量とあまりの成長に驚き、若干苦笑しながら、一歩前に出る。


「僕が前衛をやるから、止めはよろしく」

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