Episode1

日常。

 香取なぎさが神原纒と出会い、堕ちた神を祓う世界に入ってからはや二年の時が過ぎた。

 この二年間、なぎさは纒の弟子として過ごしてきた。

 そこで知ったことなのだが、『堕神屋』といっても噂のように、いつも堕ちた神様と相対している訳では無いのだ。

「いくら八百万の神がいるって言っても、そんなしょっちゅう堕ちてたらたまったもんじゃないよ」

 とは、弟子に成り立ての頃に【堕神】について聞いたときの纒の反応であるが、今となってはもっともな話だと思っている。

『堕神屋』というのは別に堕ちた神だけを専門としている訳では無いのだ。

 所謂、悪霊、妖怪、怪異、魑魅魍魎。

 そう呼ばれる人に害をなすものを祓うのも『堕神屋』の役割の一つである。そのことから全国の寺社仏閣との関わりも深いのだ。あの日、なぎさと纒が二度目の邂逅を果たしたあの神社もそんな関係をもつ所の一つであったらしい。 



「なぎさ、仕事なんだけどさ…」


 ここ二年のことを軽く思い出しながら、最近の習慣になった手記に色々と書いていると、師である纒がスマホを片手に話しかけてきた。


「どうしたの、纒さん」


 お互いに名前呼びなのは、師弟関係が始まってすぐの時に「名字があんまり好きじゃなくてね、名前で呼んでくれると助かる」と纒が言い出したことがきっかけで、それから「こっちは名前呼びなのに「香取さん」呼びはおかしい」とそんな意見が出たからでもある。


「来月から夏休みでしょ?

 僕は東北の方からの依頼で出張だけど、なぎさはどうするのかなって」


 季節は巡り、梅雨も終わりを迎えかけている。

 なぎさにとっては大学三年の年である。

 なぎさは東京の大学に、一人暮らしをしながら通っている。だからこそ『堕神屋』などという怪しいことが出来ているわけでもあるのだが。

 なお、対外的になぎさは探偵事務所で事務仕事をしているという事になっている。その名目上の事務所が「神原探偵事務所」であるというというのは、師弟関係になってから暫くして知ったことである。

『堕神屋』として二年間修行的なことをして、軽く一人で生活していけるくらいの収入は貰えるようになってきたなぎさである、両親が割と放任主義なこともあり、正直就職活動なんてあんまり考えてない。


「依頼内容にもよりますけど、行きたいなって思ってますよ。

 それに暑いの嫌ですし」

「りょーかい、内容はあとで連絡するよ」


 二年間必死に修行に打ち込んだからなのか、そもそもなぎさに才能があったのか、はたまたその両方なのか。

 なぎさは大抵の怪異ならば祓うことが出来るまでに成長していた。

 あの日神社で出会った老婆が言っていたように、なぎさには神が憑いている。そんな『神憑き』というのはとても珍しい存在である。


 纒曰く、「神とは意識を持った非常に強いエネルギーの塊」である。

 そんな強いエネルギーの塊であるから、それに憑かれるようなことがあれば、その力に耐えきれず憑かれた者は死んでしまう。その数少ない例外の一人がなぎさであるのだ。

 ちなみに、神とは意識を有しているわけであるから、なぎさからすると自分の中にもう一人、人がいるような不思議な感覚になる。

 なぎさに憑いているのは【蛇の神】らしい。なんでも堕ちかかっていたところになぎさが現れ、曖昧な意識のまま憑いてしまったとか。

 初めて「自分の中の神」と話した時に申し訳無さそうに謝られたのは未だに衝撃的なことだ。


 今までの人生において、あまりにも濃すぎる直近の二年とこれからの事を思い、人生の不思議さに困惑しながらも、なぎさの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。


 ✱ ✱ ✱


 夏の仕事について、纒からの連絡が来たのはその夜のことだった。


『東北の方で怪異が頻繁に出現していることが確認されている。

 なぎさも知っているとおり、怪異は神と同質のエネルギー、『霊力』によって出来ている。よって、今回の出現は東北にいる神の一柱が不安定になっていることが原因とされている。

 最悪の場合、【堕神】の顕現も考えられることから『堕神屋』である僕が行くことになった。期間は半月ほどを想定していて、もう一人『堕神屋』が派遣される。


 追記 学生なんだから勉強はしなきゃだめだよ?』



 机の上に開かれたパソコンに映る深刻な文面に顔がこわばるのを感じる。


 なぎさは【堕神】を祓ったことはおろか、出会ったことすらない。

「遭ったら逃げな、死ぬから」

 そう珍しく真剣な口調で言われたことは記憶に新しい。

 それでも今回は纒さんも、他の『堕神屋』もいるし大丈夫か。

 そう自分を納得させる。

 そして、次なる課題である勉強を始末するために、パソコンに講義プリントを表示させたのだった。

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