神憑き。
「ん?ああ、君はあの時の」
私のほうをちらりと見た彼はそう呟き、まるで私の後ろの何かを見るかのように目を細めた。
「あれ?話してないのか」
すこし予想外と言いたげな口調だった。
全く何のことだか検討もつかない。
「神原殿、お知り合いだったのですか?」
そんな事より神主さんが神原さんに敬語だったことの方が気にかかった。
神主はどう若く見ても、四十は超えているだろう。それに対して神原さんはどう考えても私と同じくらい。つまり、二十代である。
何らかの関係があるのだろうが、そうはいっても少し異様な光景であることには変わりなかった。
「まあすこしね
ところで、入らないの?
寄ってくるよ」
「なっ?!
…それが入れないのですよ」
私を置き去りになんか不穏そうな会話が繰り広げられていた。
「あー、ばあ様?入るよ??」
なにか察したような声と共に、此処にはいない誰かに声を掛けた神原さんは私の手首を掴んで「入れない」とそう言われた神社の境内にすらりと入っていった。
勿論、私も一緒に。
境内の中はどこか落ち着かなかった。
何か、強大な力をもつ何かにじっと見られているような嫌な感覚だ。
「纒、あたしゃ入って良いだなんて言っていないさね」
そこには一人の老婆が居た。
荘厳な気配を発する神社を背にしているからなのか、腰の曲がった小さな背丈にもかかわらずとても大きな存在に思える不思議な老女だった。
「まったく二柱も入れたら、機嫌が悪くなるってものさ
用件をいってさっさと出て行ってほしいさね」
「悪いね
例の結界が不安定で心配だから聞いて来いって『円卓』で決まったんだ
あとは、後ろの彼女のこともちょっと聞きたくてね」
傍から見れば、あの光る奇妙な猫が神原さんの足元にいることも相まって、老婆と好青年の心温まるやり取りにしか見えないだろう。
けれど、得体の知れない威圧感がその場を支配していた。
その威圧の種類としてはあの廃神社で意識を失う直前に感じたものが一番近いのだが、その時のものとはなんといえばいいのか、とにかく格が違った。
特に神原さんの言葉で老婆が私を見た時は思わず身がすくんでしまった。
蛇に睨まれた蛙というのは、このような気持ちなのだと悟らずにはいられなかった。
「ふむ、『神憑き』かい
運が良いのか悪いのか、なんとも言えないね
そうだ御神体はどうしたんさね」
「割ったよ。
あのままだと人死にが出そうだったからね」
「そうかい
まあ仕方ないことさね」
私を一瞥した後の老婆と神原さんの間で物騒な単語が飛び交う。
これからどうなるのか全く見当もつかない中、二人の会話は進んでいく。
「し、師匠!
大変です、外が」
そんな二人の会話に割って入ったのは、何かに焦ったような神主の言葉だった。
「え?」
その言葉に釣られて境内の外を見ると、そこには見るも悍ましい光景が広がっていた。
視界一杯に広がるのは異形の群れ。
酷く顔色の悪い女性のようなものから、様々な生き物の死骸を継ぎ合わせたかのような化け物まで多種多様である。
そんな化け物どもが境内の外で蠢いているのだ。どうやら境内までは入ってこられないらしいが、それでも充分すぎるほど悍ましく、到底この世のものとは思えない様相を呈していた。
あまりにも現実離れした光景だからこそ意識を保っていられるのだろうなと、心の片隅で他人事のようにそう思った。
「ばあ様。アレ、片づけてくるから軽く説明しておいてよ」
現実味のない光景に呆然としていた私の耳にそんな言葉が届いた。
それはまるで散歩に行くかのような気軽さで、さながらこの世に顕現した地獄のような怪物の海に向かうとは思えない口調だった。
そんなあまりにも似つかわしくない言葉だったからか、なにを言ったのか、これからなにをしようとしているのか一瞬理解できなかった。
そんな私にかまうことなく、神原さんは境内の外の怪物たちへ歩みを進める。
「なっ、」
なにが起こっているか理解できていない私でも外に出ればどうなるかなど明確に分かる。
思わず手が伸びる。
「大丈夫さね」
ただ、その手が伸びきることはなかった。
その声と共に老婆が私の手を抑える。
その時、一陣の風が吹いた。
反射的に目をつぶり再び目を開けるとそこには、どこから現れたのか。一振りの刀を携えた神原さんが立っていた。
「一体どういう」
「『堕神屋』」
私の方を見ることもなく老婆はそうつぶやいた。
けれどその言葉は私に向けられたのだとはっきり感じるものだった。
「それって…」
「そうさね。
人を害する「堕ちた」神とそれを狩る者。
その一人が纒で、あんたが踏み入れるしかない世界さね。
あんたには神様が憑いている。
ここ最近変なものが見えていたのはそれがきっかけさね。
ただ、神様に憑かれなくてもいずれ見えていただろうさ。
そして、誰に知られることなく喰われて死んでいただろうさね。
あんたの才能はそういうものさね。
その強すぎる才能はそこにいる怪異どもから狙われるということでもあるのさ」
老婆は話しながらも、こちらに視線を向けることは無い。
神原さんがその刀を抜いた。
純白の刀身が太陽光を眩しく反射させる。
「だから。
神を殺し、神を救う世界へようこそ
『神憑き』のお嬢さん」
その老婆の言葉と同時。
刀が振るわれた。
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