EP8『二つの本能』後編
病室に一人、静かに眠りにつく婦人。
白い部屋の窓から、太陽の光が差し込む。
暖かな空気に、安定した穏やかな吐息。
外から吹く優しい風に肌色のカーテンが
婦人が眠るベッドの側には、棚の上に置かれた黄色のバラ。
横たわった花越しに見える扉から、ノックする音が聞こえた。
「お母さん、入るよ!」
スライドの扉を開けたのは、水の入った透明の花瓶を右手に持った、制服姿の
彼女の声に反応し、婦人が目を覚ます。
「乃蘭かい?……今日は随分と早いわねぇ。」
そう語り掛ける婦人の姿は、お世辞にも元気だとは言えない。
衰弱しきった体は、
首の皮が
乃蘭は持っていた花瓶をベッドの側の棚の上に置くと、黄色のバラを
「いい香り。」
「ずっとここに居たら分からないわ。匂いに慣れちゃうもの。」
「そうなの?」
乃蘭はベッドの側にある椅子に腰掛け、花瓶に挿した黄色のバラを見つめる。
すると婦人は、乃蘭の姿を微笑ましく見つめて言った。
「黄色いバラの花言葉……知ってる?」
「知らなーい。なに?」
乃蘭は何気なく窓の外を眺めながら言った。
婦人は同じく、窓の外に
「『友情』よ。」
枝の上には、寂しそうな一羽の
【THE 4th STORY】
国立波動士学園
教室に入る乃蘭は、先に居た
二人は乃蘭に気付くなり、「あっ」と言う反応を見せたが、彼女はそっぽを向き、そそくさと自分の席についた。
この態度に対し、二人は顔を見合わせ、困り果てた表情を浮かべた。
乃蘭は机に頬杖をつき、二人を視界に入れまいと、廊下側を見つめる。
「乃蘭ちゃん、おはようございます。」
夢月は
それに対し乃蘭は、相変わらずそっぽを向きながらも、小さく答えた。
「おはよー。」
耳を澄まさねば聞き取れないほど、小さな声で呟く様に言った。
すると暁人は、夢月に続いて声を掛ける。
「乃蘭ちゃん!おはよう!」
しかし暁人の言葉に対して、乃蘭は無言を決め込んだ。
「なんで僕だけ……?」
あきらかに自分を避けている様なその態度に、暁人は涙を浮かべながら苦笑いした。
屋上のフェンスに保たれかかる、夢月と暁人の姿があった。
「嫌ってるわけでは無いと思いますよ。」
気を落とす暁人に対し、夢月は優しく彼を
「本当……?」
「乃蘭ちゃんは、猫みたいなところがありますから。」
「猫?」
「気分屋さんで、ツンデレなんです。」
「確かに……。」
夢月の言葉に納得する様に、暁人は大きく頷いた。
「まぁそういうところが、可愛かったりするんですけどね。」
夢月は優しく微笑んだ。
それに釣られ、暁人は自然と笑顔になった。
その時、屋上の扉が突然開いた。
二人は咄嗟に振り返ると、そこには乃蘭の姿があった。
「乃蘭ちゃん……!」
二人は思わず声を合わせて名前を呼んだ。
驚いた表情を浮かべる二人に、乃蘭は疑問を抱いた様な表情を浮かべ、少し首を傾げた。
「何やってんのよ、こんなところで。」
冷めた口調で言い放つ乃蘭に対し、夢月は何か企んでいるかの様な、怪しげな笑みを浮かべ、乃蘭の元へと歩み寄った。
「内緒の話です。」
「……何よそれ……。」
夢月は乃蘭を追い越し、階段を下っていった。
乃蘭は更に首を傾げると、再び暁人の方を振り返り、彼を睨んだ。
「セダ先生が呼んでんの!さっさと来い!」
「は……はいっ……!」
暁人は相変わらず不機嫌な乃蘭を追う様に、慌てて駆け出して行った。
波動士学園演習場
「よぉし!皆んな集まったねぇ!」
三人の前に仁王立ちするセダが、元気よく言い放った。
すると乃蘭は、
「先生ー、今日は何するんですかー?」
「今日は一宮君に波動を習得してもらうよ!」
「……波動?」
暁人は期待と不安を織り交ぜた様な、緊張した表情を浮かべた。
「波動さえモノに出来れば、君は立派な波動士になれるよ。」
「本当ですか……!?」
「まずは波動の使い方……波力のコントロールを教えるよ。」
セダの言葉に、暁人は大きく頷いた。
「ちょっと待ってください!」
その時、乃蘭が会話を遮った。
「そいつの特訓に、何で私達が付き合わなきゃいけないんですか?」
ごもっともな乃蘭の問いに、セダは穏やかな表情を浮かべて言った。
「一宮君の特訓は、今後の二人の成長にも繋がるからさ。」
意味深なセダの発言に対し、次は夢月が問い掛けた。
「どういう事ですか?」
その問い掛けに対し、セダは右手の人差し指を立てて断言する。
「君達には『
「……!?」
乃蘭と夢月の体に衝撃が走った。
それとは裏腹に、暁人はそれを理解出来ていない者の、呆然とした表情を浮かべている。
「波動……共鳴?」
「そう、波動共鳴。二人以上の者と波動を共鳴させる事によって、自分の限界値よりも更に上の波動を放つ事が出来る。いわば最強の波動と言っても過言では無い。」
「最強の……波動……」
「待ってください……!」
再び乃蘭が言い放った。
「確か波動共鳴は、共鳴する相手との『絆』によって、波動の『
「よく知ってるねぇ。その通りだよ。」
「だったら……仮に一宮が波動を使いこなせる様になったとしても、波動共鳴を習得するには早過ぎるんじゃないですか?」
懸命にセダを諭す乃蘭を、夢月は少し困り果てた表情で見つめた。
するとセダは、少し悩んだ末に、何かを
「あー、大丈夫!絆が無くても波動共鳴は使えるから!」
「……え!?」
突拍子もないセダの発言に、思わず乃蘭は目を見開いて驚いた。
「そうだなぁ……。昨日の任務で、俺が
乃蘭達は昨日の記憶を辿った。
そして当時の映像を鮮明に振り返ると、ゆっくりと頷いた。
セダはそれを確認すると、再び断言した。
「あれが波動共鳴だ。」
その言葉に、再び乃蘭は目を見開いた。
夢月は表情を崩さず、だが確かに驚いた。
それは彼女の額から流れた一滴の汗が、動揺を物語っている。
「波動共鳴とは……二人以上の波動を扱う者が互いの波力を均一な状態に保ち、それを同質の波力へと変換させ、共鳴させる事によって波動を生み出す。」
そう言ってセダは、開いた右手を前に突き出して見せた。
「昨日俺がやったのは、俺の波力を、
この言葉には、流石の夢月も目を見開いて驚いた。
「
「そう言う事だね。」
セダは怪しげな笑みを浮かべて言った。
「だがそれは、ほんの一瞬だ。それに、本来の用途とは違う。俺は
暁人は、セダがフォルテ
「波力を生成する機能には、人それぞれキャパが存在する。そのキャパをオーバーすると、体は波力に耐えられなくなり、暴発する。」
暁人は
「だから波動共鳴によって上昇させた波力を、どちらか一方に負担させようとすれば、それに耐え切れずに共鳴は失敗する。波動共鳴に絆が必要って言う
セダの説明が終えると、それでも乃蘭は納得のいかない表情を浮かべていた。
「要するに……波動共鳴は使い用によれば、絆は要らないって事ですか?」
乃蘭の問いに対し、セダは苦笑いを浮かべて返す。
「そう言うことを伝えたかったんじゃ無いんだけどなぁ。」
セダは参ったと言わんばかりの表情を浮かべ、右手で後頭部をさすった。
すると乃蘭は、暁人を力強く指差し、ここぞとばかりに畳み掛ける様に口を開いた。
「波動共鳴なら、そいつとじゃ無く夢月と習得します!絆が必要なら、断然、私と夢月の方が適任だと思います!」
「乃蘭ちゃん……」
夢月は静かに呟いた。
乃蘭に
どうしようも無く重たい空気に、セダは大きく手を叩いてそれを切り替えた。
「よーし!分かった!それじゃあこうしよう!一宮君は、俺とマンツーマンの特訓を行う!そして二人は、お互いの波力を均一に保つ訓練を行う!これでどうだい?」
セダは笑顔で三人に投げ掛けた。
すると暁人と夢月は、同じタイミングで乃蘭の方を見つめた。
「……おっけー。それじゃあ一宮……せいぜい頑張んなさい。」
そう告げると、乃蘭は暁人に背を向け、その場から離れて行った。
暁人はその姿を、何とも言えない複雑な気持ちを抱きながら見つめていた。
すると夢月は乃蘭を追う様に振り返ると、暁人に向かって優しく微笑んだ。
「一宮君は、まずは波動の習得を目指して頑張って下さい。」
「……夢月ちゃん。」
夢月は遠のく乃蘭の背中を追う様に駆け出した。
「さっ!それじゃあ始めようか!」
セダは暁人の後ろから、彼の右肩に右手を乗せて言った。
「あ……はい!」
力強く答えた暁人だが、
乃蘭は少し離れた所で足を止めた。
それはグラウンドに生える一本の木の下だ。
乃蘭に続き、夢月が後ろで停止した。
「乃蘭ちゃん……」
夢月が何かを言いかけた。
しかしそれを、振り返った乃蘭が遮る。
「さっ!はやく波動共鳴を取得して、私達だけでも任務をこなせるってところ見せてやろ!」
笑顔で話す乃蘭に対し、夢月は小さく溜め息を吐いた。
セダと暁人が、互いを見つめながら立っている。
「それじゃあまず、波力を出してごらん。」
「あ……はい!」
暁人は頭の中で、大海の上に立っているイメージを膨らませた。
そして暁人の体を中心に波紋が浮かび上がる。
現実世界の暁人は、体内から波力を放出させ、赤いオーラが出現する。
「出来た……!」
「いいねぇ!波力の扱いは問題なさそうだ!」
セダに褒められ、暁人はご満悦の表情を浮かべる。
「今の状態を『波力の
「波力の膨張……?」
「
「アウター?」
暁人は波力を体に着る様なイメージでコントロールした。
暁人のイメージした通り、波力が体に
「おお!いいね!飲み込みが早い!」
「なんだか……体に力が
「今の状態を……『波力の制御』と言う。波動や波術は、この波力の制御を
「なるほど……。」
「前にも説明したが、波動は『体内』で波力をコントロールするのに対し、波術は『体外』で波力をコントロールする。まずは、波動の使い方から教えていくよ。」
「宜しくお願いします!」
暁人は元気よく頭を下げた。
それに対しセダは、まるで我が子を見守る親の様な、温かい表情で彼を見つめた。
「それじゃあ、まずは波動がどう言うモノか、から説明するね!」
セダの言葉に対し、暁人は静かに頷いた。
「波動は、波力を体内でコントロールし、別のモノへと変換させて発動させるんだ。」
セダは右掌を上に向け、前に突き出した。
するとその時、セダの掌から青い雷が出現した。
「これは波力を体内で『雷』に変換させ、外に放出したんだ。」
「凄い……」
「波力には人それぞれ『個性』があってね……
その個性によって、使える波動の種類が異なるんだ。」
「個性……?」
「例えば……乃蘭ちゃんは俺と同じ、『雷』の性質を得意とする波力を持っているのに対し、夢月ちゃんは『水』の性質を得意とする波力を持っている。」
暁人はこれまでの記憶の中で、二人が放っていた波動を思い返していた。
「確かに……」
「それに同じ『雷』の性質だとしても、個性によって質も違えば色も違う。俺の雷は青色だが乃蘭ちゃんのは黄色だ。これは波力の持つ個性が違うからなんだよ。」
セダの説明に対し、暁人は真剣な眼差しで彼を見つめる。
その姿は、それを理解している者の振る舞いであった。
「僕にも……個性が……」
暁人が小さく呟いた。
するとセダは、掌から放出していた雷を消滅させると、人差し指を立て、自らの頭の横に持ってきた。
「波動も波力と同様……イメージが大切だ。」
「イメージ……?」
「波力には個性があるって言ったよね?波力を体に
この説明に対して、暁人は首を傾げた。
「『雷』ならば、波力が体をビリビリ刺激する力が伝わってくる。『水』ならば、波力自体が冷たかったりするんだ。」
その言葉を聞いた上で、暁人は自分の体に流れる波力に意識を向けた。
そして開いた両掌を見つめる。
「僕は……」
「聞かせてくれ。君の波力は……一体、どんななんだい?」
【THE END】
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